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猫(ジャンル不明)

 私の中には猫が住んでいる。

 比喩ではない、実際に壁に爪を立て、猫撫で声を上げ、排泄物に砂をかけている。

 猫は私という人間の肉体に住んでいるのではなく、いわば出入りの出来ぬ箱庭のような場所にいた。

 いや、訂正しよう。猫がいるのは箱庭でなく私の『心』の中だ。

 猫は私を様々に助けてくれる。その助け方も色々だが、愚息を見守るように私に手(この場合は猫の手と言い変えた方が適切かもしれない)を貸してくれる優しき猫は、もしかしたら十二支に入れなかった特別な猫かと考えてしまう。

 東洋では十二支の動物になり損ねた動物の一つである、猫。

 ただ、十二支の選に洩れた理由として語られる鼠の計略の逸話は後世での創作で、十二種の動物が選ばれた時代の中国では、猫がまだ一部の貴人に飼われ始めたばかりで庶民に馴染みが無かったらしい。

 もしそれが十二支に選ばれなかった理由であるならば、私は当時の人々を弾劾せねば気が収まらない。

 数々の苦難を救い出し、数々の奇跡を起こしてくれた私の猫は、信仰する程の存在のはずだ。

 日本のどこかには猫神を祀る地域や猫しか住まわせない島があるらしいが、それこそ世の中で人が見い出せる最良の思想であろう。

 姿の見えぬ私の猫に時折心臓を引っ掻かれても、私の信心は微塵も揺るがない。

 ある時ふと浮かんだのは、私の中に棲む猫を見たいという衝動だ。

 比喩でないと前述で述べたように、私の中に猫は確実にいる。だが、私にそれを確認する術は皆無である。猫がいるのは心の中、しかし心を切り裂けば私は数刻もせず死んでしまう。

 だから、私はこの手紙を遺す。

 この手紙を読んだものは誰でもいい、亡骸となった私の手に握られているだろう心の臓物を開き、中にいる猫を確認してはくれないだろうか?

 そして、出来ればその猫を幸せにしてやってはくれないだろうか?

 なに、金なら腐るほどある。この私の願いを聞き入れてくれるものに、財産の全てを譲る事にする。

 これは遺言であり、お願いであり、十二支に成れなかった猫への恩返しだ。

 今、私の手にはナイフが握られている。これで心の中にいる猫を傷付けなければいいが――


▲▲▲▲▲


「――以上が、手紙に記されていた文章です。筆跡鑑定の結果も本人と出ましたし、遺書で間違いないでしょうね」


「仏さんも可哀想だねぇ。ちょいと昔までは資産家で有名だったのに、いきなり頭がおかしくなって、最後にゃあナイフで自殺。しかも心臓を取り出すなんざ、正気の沙汰じゃあねぇ」


「一応ヤクもやっていた線での捜査もしてるみたいですけど、俺は何かしっくりこないんですよね……」


「何がだ? 仏さんが猫が何たら言ってんのは、脳みそに寄生虫が取り付いて、ついでに心臓も食い散らかされたせいだろ? 検死でそう出たって言ったのはお前じゃねぇか」


「いやまぁそうなんですけど……ただ、もう一つ気になる検死結果が出てまして」


「何だもったいぶりやがってよ。大体報告は全部上げろって何度も言ってんだろぉが!!」


「す、すいません! えーとですね、検死官も不思議がってて見間違いかもと言ってたんですが……仏さんの身体の内側に、動物の引っ掻き傷のようなものが無数にあったらしいんですよ。寄生虫なんかじゃ付けられない深い傷で、しかも傷の大きさから考えると狸くらいの大きさがあるはずだって」


「……何だ、ならこの事件は解決じゃねえか」


「え? ……まさか狸に化かされたとか?」


「馬鹿たれ! 狸って漢字はな、古代中国じゃヤマネコ辺りに使われてたんだよ。イエネコの場合は家狸ってな。要するに、これは自殺の線で片付くって事だな」


「えぇ!? 何か先輩だけ納得してるような」


「馬鹿たれ、俺らが担当すんのは人間の起こした事件だけだ。妖異怪異に手を出すな、妖怪人外信じるなってな」


「妖怪……ですか?」


「あぁ、もし調べるんならお前一人でやれよ? 俺ぁまだ死にたくないし、ヤマネコなんぞに……いや、『化け猫』に喰われるなんざ嫌だからな」


「化け猫、ですか……」


「今頃はまた、誰かの心臓に喰らいついて引っ掻いてるかもしれねぇな」



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