色(ジャンル不明)
空が青い。
魚鱗状の雲が見渡す限りに空に広がっていて、それはまるで瘡蓋が傷を覆うっているように見えた。
「知ってるかい? 日本には空色って言葉があるんだよ。晴天時の空の色を示した、明るく淡い青色で、英語名はスカイブルー。水色とは同義語なんだ」
芽吹いたばかりの草原の上に寝転がって、笑いながら君は言った。
人工的な物はなく、ここは自然の物しか存在していない。
鳥のさえずり、木々のざわめき、土の匂い、草の匂い、太陽の光、吹き抜ける風。
「でも英語名のスカイブルーが同じ意味かって聞かれたら、実は違うんだよ。スカイブルーの意味はね、『夏の晴天の午前十時から午後三時までの間、水蒸気や埃の影響の少ない大気の状態におけるニューヨークから五十マイル以内の上空を、厚紙に一インチ四方の穴を開けてそれを目から約三十センチ離してかざし、その穴を通して観察』した色って事になってるんだ。これで同じ言葉として括ってるんだから、まったくもって可笑しな話だろう?」
真っ白な歯を覗かせ、君は笑う。空の彼方を鳥が二匹飛んでいるが、ここからじゃ何の鳥かは分からない。
急に一匹だけ先に飛びだし、もう一匹を置いて行ってしまった。鳥の姿はもう、見えない。
ふと君を見ると、頬に寄り添うように小さな花が咲いていた。
名前も分からない野花であったが、なんでか僕は、急に胸が締め付けられた気がした。
「色っていうのはね、地域や価値観、お国柄や生活習慣で様々に捉えられているんだ。化学的な話をするなら、色は電磁波の一種、可視光線の波長の違いだ。それが短いか長いかで波長の色は変わり、人間の視覚を色鮮やかに変貌させるんだ……だから、泣かないでよ。僕は新しい『色』になるんだ」
無茶だよ、と言おうとしたが、僕の口は思うように動いてくれなかった。
空はどこまでも青く、草原はただただ緑に染まる。
二色の色を断絶する地平線は終わりが見えず、始まりも、見えなかった。
「何を悲しんでるんだい? 僕がいなくなるのは必然なんだ。絵の具の赤に青を混ぜれば紫になるように、黄緑を混ぜれば茶色になるように」
君は緩やかに笑って咳き込んだ。白い野花は、赤く染まった。
「……知ってたかい? 濃い緑に赤を混ぜると色は黒になるんだ。やっぱり草に赤色が付いても黒くはならないみたいだけど」
風が強く吹いて、空気からある匂いを嗅いだ。
自然的な、強く濃い鉄錆の匂いだった。
「この季節は命が終わって始まる季節なんだ。だからさよならは言わないよ、君の命が終わって始まる時――また逢おう」
僕は、うんと頷いた。
君が動かなくなっても、空の青さは変わらなかった。