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空想学園シリーズ

舞踏会の一角にて

作者: 文房 群




 ここ、空想学園には数々の年間行事がバリエーション豊富に存在する。

 その中でも学園祭、体育祭に並ぶ一大行事として数えられるのが――聖誕祭。


 カトリックにおいて救世主が産まれた日に、盛大に開かれる――舞踏会であった。





       +



 通常授業や朝礼に使用される体育館を、原型を留めない形で装飾し、いつ工事を行ったのか豪華絢爛なシャンデリアまで吊り下げられたパーティー会場。


 中央では、舞台の上で陰ながらに活躍する吹奏楽部の奏でる曲に合わせ、舞踏会という名に相応しい踊りを披露する優雅な者達がいれば。

 ビュッフェ形式でずらりと並べられた数々の料理で、空腹を満たす、いわば庶民的な者達も顔を合わせ。

 これを気に伴侶を見つけようと、美麗に整えられた化粧の下で肉食獣の眼を広範囲に伸ばす、行動派恋愛戦闘民族の者達は静かな火花を散らし。

 会場の隅に集まりほのぼのと談笑する一般生徒に、目を奪われた穏健派恋愛戦闘民族が、フラグを建てに奮闘する。



 ある意味世界の全てが詰め込まれたかのような、賑わいのあるパーティーにて。

 日々学園の秩序を守り、規則違反者を厳しく罰する学園公認武装委員会は、今日も鋭い監視の目を光らせていた。




「会場内Bポイント、異常無しっス」


「……恥崎が失踪しましたが」




 トランシーパーによる定時報告を済ませた『記録係』こと、警備委員会書記――記更津(きさらつ)


 ズレた眼鏡をかけ直し、疲労と呆れのこもったため息を吐いた彼の横顔を一瞥した熊本(くまもと)は、引き続きパーティー会場内の生徒に視線を配る。




「……ところで熊本くん」


「はい」


「その手にある料理は何ですか?」


「いや、警備委員の勤務って腹減るんで」


「勤務に集中してください熊本くん」






       +



 岩原は今年も気の合うメンバーと、聖誕祭を過ごしていた。




「『恥将』確保ォ〜!」


「でかした龍堂寺ぃぃ!」


「それじゃ、早速中田との関係を洗いざらい吐いてもらうか……!」




 古河と軒島の笑いが響く。


 ノンアルコールのシャンパンを片手に、龍堂寺によって連行されてきた知崎へ同情の目を向ける岩原。

 「同情するならコイツらをどうにかして!」と悲愴な声を上げる知崎の両サイドを、ニヤニヤと意地の悪い笑みを湛え固めた古河と軒島は、周囲を気にする『智将』に問う。




「で? お前あの『番犬』とどこまで行ったんだよ」


「ニヤニヤするな大仏ホクロ! それより俺大切な用事があるから――」


「大切な用事って、愛しの中田くんに関わり事だろ? ん?」




 何で知ってるんだよ、と驚きに目を丸くする知崎を両側から小突く、お調子者二人。

 どすどすと脇腹を攻撃される知崎は、愛想笑いともとれる苦笑いを浮かべ話をはぐらかすだけだ。




「お兄ちゃん達、何してるの?」


「アイツらはなー、友達で遊んでるんだ」




 赤色が似合う元幽霊の少女を肩車し、間違ってはいないが子どもに教えるには邪なことを唱える寄戸は、額からみたらし団子のタレを垂らす。

 頭上で少女がみたらし団子を食べているのだが、行儀が悪いと叱らないあたり、その辺の教育に関して無頓着なのだらしい。


 元幽霊だからと気にしていないあたりが、妙なところで懐が広い寄戸の特徴であった。

 それは面倒くさがりと同等の意味を持つのだろうが。



 おそらくこの性格もあって霊的なモノに好かれやすい寄戸に、「せめて肩からその子を下ろせ」と注意した岩原は、あちこちのテーブルを彷徨く龍堂寺がゲットしてきた食糧に手を出す。

 豪華な見目に裏切られず、思った通り美味な料理に舌つづみを打っていると、会場の真ん中で踊る見知った二人組の姿を見つけた。



 同じ部の注連縄と、その彼女である識井は、たどたどしくも楽しそうにステップを踏んでいる。

 甘い空気を纏った初々しい知り合いの様子に、岩原は羨ましさを覚えた。


 彼女が欲しい。

 男子高校生なら一度は抱く、幻想じみた憧れを抱いた、恋に興味のあるバレー部少年岩原。


 機会があるなら、誰かと踊ってみるのもありだろう――と。

 去年は何もかも初体験だったため抱けなかった考えを、二回目ということもあり多少はパーティーに慣れた気持ちで思いながら、軽く会場内を眺めていると。




「……龍堂寺、寄戸。見ろアイツ」




 会場の出入り口から、数メートル。

 パーティーに積極的である者と、そうでない者の境付近にて、一人。


 そっと、岩原の目を奪った少女の姿が、あった。



 思わず暇そうにしていた龍堂寺と寄戸を呼び寄せた岩原は、何だ何だと肩を寄せてきた二人の視線を、自分の目を奪った少女に誘導する。

 「うわ」と、賑やかな会場の空気を楽しんでいた二人が、感嘆の声を上げた。




「なかなか可愛いな、アイツ!」


「あんなレベル高い女子、うちの学校にいたのか……」




 どうやら岩原と同じ感想であるらしい。

 質素なドレスを凛然と着こなした少女に、龍堂寺と寄戸の目も釘付けになる。


 少し周りに意識を向ければ、少女の存在に気が付いた者は皆、華美ではないが容姿の整った彼女に注目しているようだった。


 まあそうだろうな、と岩原は思う。

 秀でて美人、というわけではないがそれなりに整った部類に入る人物にこそ、人は親近感を抱くのだから。



 高嶺の花より、身近な野花である。



 ――ところであの子は、誰なのだろうか。



 少なくとも校内では見たことのないはずだが、だがどこかで見たことのある気がしてならない少女を、遠巻きに見つめる岩原は、首を傾ぐ。

 「声をかけるのか?」と、楽しそうに龍堂寺と寄戸が岩原を見てくるが、岩原は首を横に振る。




「いや……少し、様子を見てからにする」




 見たところ誰かを待っているみたいだから、と。

 居心地の悪そうに周囲を見回す少女の様子を観察した岩原は、言う。




「もう少しして誰も来ないようなら、声をかけようと思う」


「おい岩原ぁー。幽霊とかじゃあるまいし、こっちから行かないとああいうタイプは横からかっさらわれるぞ?」


「……そういうものなのか?」


戦友(とも)よ……これは運命なんだ! だから今すぐレッツゴー!」




 様子を見る、とまだしばらく静観することを主張した岩原の背中を、龍堂寺と寄戸がぐいぐいと押す。

 明らかに少女の方へと近づけさせていく二人に、岩原は「待てよおい」と声をかけるが。




「岩のお兄ちゃん、ごー!」


「元幽霊にまで言われた……!」


「現、俺の守護霊も言った事だし。ほら岩原ぁ」


「期待しているぞ戦友!」


「……ああもう! 行けば良いんだろ行けば!」




 散々友達に煽られ茶化された岩原は、半端やけくそ気味に足を踏み出す。

 頑張れ岩原! と、古河を呼びに来た通りすがりのバスケ部員、堀にもエールを送られ、なんとなく恥ずかしくなりながら、岩原は少女に近付く。



 見れば見るほど、既視感のある少女だった。

 身長は女子の中では若干高い方か。 前髪を淡い色の装飾があしらわれたピンで留めており、少し緊張の滲んだ幼さの残る顔立ちは、中性的に見える。


 機嫌が悪いのか、僅かに寄せられている眉間。

 もっと笑った方が可愛いだろうに――と、妙に心臓が脈動するのを感じながら、岩原は、初対面とは思えない少女に声をかけようとして。




「――中田くん」



 真綿のように、柔らかい。


 同時にカスタードクリームのように甘ったるい、そんな男の声が後ろから聞こえたと思えば、次の瞬間。

 岩原は肩を掴まれ、強く体を後ろへ引かれた。



 予想外に強い力に数歩後退り、何事かと当惑しながら次に顔を上げた岩原が見たのは、




「……遅いですよ、先輩」


「いやー、厄介なのに捕まってて…………にしても……うん」


「……何ですか」


「……可愛いな、と思って」


「――――っっ!」




 ぶわっ、と。甘い匂いのする花畑をバックに展開する、カップルの姿であった。




「ち、恥崎が……あの恥崎が女持ちだと……!?」


「しかも見るからにハイスペック……! プラス『先輩』呼びだとぉう……っ!?」




 驚愕する古河と軒島を無視する岩原は、頬をほんわりと朱に染めた少女と、明らかに上機嫌な知崎を交互に見やり、『まさか』と呟く。


 知崎が少女に駆け寄る時に発した、少女の名前だと思わしき単語。

 その言葉が示すのは、入学して直ぐ様伝説を作った、凶暴な『番犬』であり。

 知崎が惚れた相手として今もなお話題になっている、あの『男子』生徒の事であり――



 混乱する岩原の前で、とろけるような笑みを浮かべ、恭しく少女に手を差し伸べた『智将』は、全ての答えを口にする。




「では――俺と踊ってくれますか?

 中田千智(ちさと)お姫様?」


「……一曲だけですからね。知崎……半吉(はんきち)、せん、ぱい……」




 ――この、砂糖を吐きそうなほど甘いやり取りを見た岩原は、全てを悟った。



 即ち、今まで男子だと思っていた後輩は、実は女子で。

 つまり、知崎という男はホモではなく、ノーマルな嗜好で。


 これまで『番犬』と恐れられてきた人物は、可憐な女子であったことを。




「まさか……あの子が『番犬』だったとは……! 女の子だったとはぁぁぁああああああああ……!」


「しかもツンデレ属性持ち……知崎めぇ、知崎めぇぇええええええええええええええええ……!」




 がっくりと、後ろでうなだれる古河と軒島。

 正直、結構好みな見た目であったため『実は中田』という真実による衝撃が強い岩原は、フラフラとブルーなオーラを纏う二人の元に向かい。




「……お前ら、今日は飲もう……!」


「岩原……!」


「主将ううう……!」




 当たる前に砕けた岩原は、古河、軒島とさらに深い仲になった。


 そんな失恋モードの岩原の肩を優しく叩いた、龍堂寺と寄戸、ついでに堀は言う。




「戦友よ……明日があるさ!」


「ざまぁみろ岩原ぁ!」


「お疲れ様です」


「お前ら三人ちょっとスパイク受けるか」




 こうして岩原はしばらく、『恋なんてしない』と誓ったとか。





       +



「……女って、あそこまで化けるんスね」




 女ってこえーや、と。

 絶え間なくローストビーフを咀嚼する熊本は、会場の真ん中で一際注目を浴びるペアが踊る様子を、傍観しながら呟く。


 これに記更津は苦笑混じりに答えた。




「しかし……幸せそうですね、知崎くん。この調子で私達が卒業までに、くっついてくれると嬉しいのですが……」


「……どーっスかねぇー……『智将』先輩はグイグイいってますけど、『番犬』中田の方がどうも煮え切らない感じがするんスよ」


「そうですか。まだ、前途多難と」


「っス」




 さっさとくっついてほしいんですけどねぇ……、と。

 誰に言うわけでもなく、胸中の思いを零す記更津は、普段、険しい表情をしている『番犬』の顔が緩く綻んでいるのを見て、微笑ましい気持ちで息を吐く。


 その顔は、年の離れた弟を見守るかのように、穏やかだ。




「さて。恋愛も良いですが、そろそろ警備の仕事に戻ってもらわなくては……熊本くんも、いい加減仕事に集中してください」


「うぃーっス」




 やる気があるのか無いのか。

 きっと後者であるだろう間の抜けた応答をする後輩に、やれやれと小さくごちた記更津はトランシーバーを手に取る。


 そろそろ定時報告の時間だった。





<了>

○あとがき○



締切日に公開することを忘れてました。

主催者のくせに、すいません。


本当に申し訳ございませんでした。



突破衝動企画第八弾。

今回の題材は『パーティー』。


なので季節的にもあれだったので、クリスマスパーティーでのちょっとした岩原達のやりとりを書かせていただきました。


今回は締め切りまでにたくさん時間があったのですが、なかなかネタが思いつかず、またもやギリギリで書き始めました。

そして投稿を忘れるという。

ああ……どうしてこうなった。


最近何故か文章を書く気がおきなくて、悶々としています。

これが精神的なスランプというものなのでしょうか? 技術的スランプにはしょっちゅうかかっていますが。


スッキリしないまま書いたので、作者自身何が書きたかったのかも分かりません。

ただ、中田くんと知崎をイチャイチャさせたかった……だけなのでしょう。

たまにはイチャイチャしたって良いですよね。カップルなんだから。

お陰で岩原達が空気でしたが。

岩原……ドンマイ!



さてさて、今回もいつかは上達したい文章力で、送らせていただきました。

全部どこかで繋がっている、『空想学園』シリーズ。


今回このお話で登場したのは、バレー部主将岩原、フリーの殺し屋古河、邪神の遣い龍堂寺、守護霊が幼女寄戸、霊退体質軒島、王族の跡継ぎ堀、縄跳びの申し子注連縄、誤認超能力者識井。


あとぼんやりと駄弁ってた、

警備委員会、『記録係』記更津。

警備委員会、一年生熊本。


フルネームがとうとう明らかになった、

警備委員会、『智将』知崎半吉。

警備委員会、『番犬』中田千智。


この二人は茨野十字が記録者として動き出す時に、大きく関わるかもしれません。

フルネームで登場した、ということはそういうことかもしれません。


この複線がいつ回収されるか。それは未定ですが。



それではそろそろ、あとがきを締めくくらせていただきます。



最後に。企画主催者の片割れである雪野様。指をかじかませた冬の寒さ。異常なまでの眠気。精神的スランプ。この作品を執筆するにあたり携わった、全ての方々と、この作品を読んでくださった皆様へ感謝を。



ご閲覧ありがとうございました!

そして投稿を大幅に遅れてすいませんでした!




<完>

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