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フレイの森のお医者さん  作者: 夢育美
一章 黄金の林檎
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七話 モーザ・ドゥーグの村へ

 薬草を摘みに出掛けるのは、毎日じゃなく数日置きでいい。

 採取した薬草は枯葉やゴミを除いて、混ざっている雑草を捨て、水洗いの後に天日干しする。

 このような調整作業が必要なので、ある程度まとまった量を採ってくる。


 そんなわけで今日は、神殿から歩いて二時間ほどの集落に、熱冷ましと打ち身の薬を届けるお遣いをしている。

 もちろんアルフェルと一緒で、まだ一人では近くの森にも行かせて貰えない。


「そっかぁ、リィは精霊が見えるんだよね~」

 彼女はまだ精霊が見えないらしい。おっとりした雰囲気の見た目に反して、攻撃魔法が得意で、治癒系は適正が無いらしい。


「お父様もお母様も、癒やし手になってくれればって、期待してたのだけど……」

 このままじゃ守り手ねーと笑う。

 癒やし手とは人を癒す魔法師、守り手は人を守護する魔法師の事。


 彼女の家は代々騎士の家系で、王都の守護を担う王宮騎士や、神殿を守る神殿騎士に就いてきた。

 兄は神殿騎士を、姉は夏の神殿で治療師をしている。


「夏のしんでん?」

「あら、リィはまだ知らなかったのかしら。わたしたちが住んでいる神殿は、春の神殿というのよ。フレイの森には、全部で四つの神殿があるの」

「ふぇぇ……」


 来たよ、新事実。って、まえにプリムラが、四大神官が春夏秋冬を表すって説明してくれたっけ。神殿もそれに合わせて四つあるという事らしい。

 エフィルさんは大きな神殿の代表者、ボスってわけだね。


「夏の神殿はずっと南にあって、とても暖かいのよ。お姉さまにも会いたいなぁ」

 懐かしそうな表情で、アルフェルがため息をつく。姉妹の仲は良好そうで何よりです。


『そんなことより、リィ! ケモミミよっ、ケモミミッ!』

 ときに落ち着け。小鼻をふくらませて、口を半開きにするのをやめたまえ。

 ついでにヨダレもどうにかしろ。


 届け物に向かっている集落は、モーザ・ドゥーグという黒犬の獣人の住む村。

 ドライアードと同様の半妖精の種族で、全身を黒い毛で覆われた、二足歩行する犬のような種族らしい。

 それってもう、ケモミミとかいうレベルと違う気がするんだけど、プリムラは興奮してるので放置。ボクのイメージだと、狼男とか七匹の子ヤギの狼かな。


 一時間程歩いてきれいな泉の畔に着いた。アルフェルは、ここで休みましょうと言ってくれた。

 精神面は耐久力があるつもりでも、身体はまだ四歳児に過ぎない。彼女の気遣いは、それを思い出させてくれる。


「んー、アルお姉ちゃん、ちょっとつかれた~」

 伸びをしながら明るい声で答えた。

 アルフェルはすぐに、手頃な大きさの平たい石を見付けて、ナプキンを二枚さっと広げる。

 先に自分が腰かけて、おいでおいでされた。さりげない見事なエスコートぶり。


「えへへ、おそろい~」

 隣に腰かけながら、膝に乗せた大きめの肩掛け鞄をポンポンと叩く。

 大きめと言っても大人には小型の、女性向けの鞄だ。四歳児にはそれでも、膝からはみ出す位に大きい。


 この鞄は数日前に、マルリエンさんに作ってもらった。袈裟懸け出来る、被せ蓋のショルダーバッグで、いわゆる通学鞄というやつ。

 この世界の住人にはベルトを長くして、袈裟懸けするという発想が生まれなかったらしい。


 女性用ショルダーのベルトを身体に合わせて短く詰めて、蓋の中ほどに緑の葉っぱを刺繍してもらった。軽くて丈夫な、薄いなめし革素材の鞄だ。

 たまたま側にいたアルフェルが、自分も欲しいと言って同じように作ってもらった。

 彼女の鞄には三つの星の形が刺繍されている。


『これが世界で最初の、リーグラス鞄が生まれた瞬間であった。この鞄を足掛かりに、リーグラスは一大事業を展開して行く事になるが、それはまた別のお話……』

 無いからっ! そんな話は無いからねっ!?

 プリムラってば、なに勝手に変なモノローグ入れてるんだよ……


 マジ焦るからやめて。それに、自分もちゃっかり小さな袈裟懸け鞄してるのは、どういうわけなんだ?

 アレか、精霊の謎スキルとか、そういうヤツかっ!


『服といっしょで、イメージしたらできた』

 ……なにも言うまい。


「リィには驚かされたわ~。今までは手提げカゴでお遣いしてたのよ。この鞄だと両手が空くからずいぶん楽ね。手もつなげるしね~」


 彼女の言う通り、この世界の標準的な物入れは、篭か巾着袋のような物だった。

 材質は革製か、籐篭のように植物で編んだ物で、布製の袋は少ない。

 理由を尋ねたら、布で作った袋はすぐに破れるから、らしい。

 呆れるほど長寿の妖精族は、長持ちする物に価値を見いだす性質がある。

 布も服としての利用なら、すぐにすり切れたり破れたりはしない。


 袈裟懸け鞄はアルフェルも気に入ったらしい。背筋をしゃんとして、笑顔で微笑みかける。

 両手を膝で揃えて、両足もぴったり閉じたきれいな座り姿だった。

 ふと彼女の様子に、エルフさんにも貴族が存在するのだろうかと思った。

 同時にプリムラの言っていた、差別意識の事を思い出す。神殿を訪れる大人や子供を見ても、外見上の極端な貧富の差は無いように見えた。


『あー、それって、着替えるからじゃない? 来客用の服に』

 そう言えば来客用の服の話も聞いた気がする。ほとんどの人は持参して着替えるのだと。

 なんでわざわざ着替えるんだろう? 話を聞いた時には不思議に思わなかったけど、面倒なルールだと思う。

 ただし、それが神さまの御許を訪れる為に必要なのだとしたら。上辺だけでも、神さまの前では平等であると、そういう理由なのか。


『考えてるより、根が深そうですなー』

 気軽な感じで言ってくれちゃって。これ、気を付けないと後々面倒だよ。

 他種族に対する蔑視とか、あんまり無いといいなぁと思う。


「アルお姉ちゃん、黒犬さんは、こわいひと?」

 モーザ・ドゥーグはマイノリティな半妖精の中でも、さらに少数種族と聞く。

 実際に会った者もあまりいないらしく、実体はほとんど知られていない。


「そんなことないわよ~。わたしもお遣いで行ったことしかないけど、無口だけどやさしい人たちだよ」

 ほほう、それは何より。

 悪い印象を持っていないという事は、彼女は獣人に対して蔑む感情も無いと。ボクに対する態度が柔らかいのも、それが理由かもしれない。


「大きいわんわん?」

 ……いや、ほら、わざとだからね? プリムラさん、そのジト目やめて。

 自分でも『わんわん』とかキメぇぇwwwwwwって、草生えてるんだから。


「えー、モーザ・ドゥーグ族は黒犬って呼ばれるけど、わんちゃんじゃないよ?」

 黒い毛の狗人くじんというだけで、男性はほぼ全身が毛に覆われているけど、女性は背中と手足の先の方だけ、子供の頃は犬耳付きの人の子の姿らしい。

 ちょ、それってケモナーのド真ん中じゃないのか?


「ちっちゃな女の子なんて、かわいいよ~」

 なら何が忌避されているのだろう。今朝お遣いを頼まれた時に、ナウラミアを始め数人が明らかに嫌そうな顔をした。

 言葉には出さなかったけど、あれは蔑んでいるより避けたがる雰囲気だった。


 さてどう切り出せばいいのか考えていると、アルフェルが何かを見付けて立ち上がって、右手を挙げて呼びかけた。


「だいじょうぶよ~、おいで~」

 なんだろうと彼女の視線の先を見詰める。

『へぇ~、アルフェルって、変わった特技あるのね』


 プリムラの言葉に、??? が飛び交うボクが見たのは、アルフェルの指先に舞い降りた二羽の小鳥だった。真っ黒な背中に黄色のお腹、目の上に白線がある。

 とっさに『写真』で撮影して「Info」で確認。キビタキに似た小鳥だけど……


『スズメ目 ヒタキ科 キビタキ属 マミジロキビタキ

 オスの上面は黒色で翼に白斑。眉斑は白く腰とおなかは黄色。

 枝の上を動き回り、虫やクモを食べます』


 マミジロキビタキという鳥らしい。

 ボクの記憶には無かった鳥だけど、キビタキの仲間なのは間違っていなかった。

 チュィッ、チィー、ピィーチチッ、と何やらアルフェルと会話している雰囲気。

 これはまさか……


「そう、教えてくれてありがとう。リィ、この子たちが近くにリーグの実がなってるって。甘くて美味しい実なのよ。せっかくだから採っていきましょう」

 もしかして鳥と話せるのだろうか。でも、そんな能力って……


「ごめんなさい、驚いちゃったわね。これがわたしのギフトなの。親しい人にしか教えてないから、ナイショにしてね」



 小鳥が案内してくれた所に、大きなリーグの樹があった。リーグの樹とはナツグミだった。

 生食でもジャムでも美味しい実なのは、日本で体験済み。

 幸い近くに六本生えていたので、鞄が一杯になるくらいにリーグの実が採れた。


 手を振って小鳥たちと別れて、目的地に向かって歩き始める。

 元々お弁当しか入ってなかった鞄も、リーグの実でけっこうな重さになった。

 よたよたと歩くボクに気付いたのか、鞄を持ってくれようとした。


「だいじょーぶ、アルお姉ちゃんのカバンもおもいでしょ?」

「なら休みながら行きましょう、無理はしないでね?」

 ボクの手を引いて、ゆっくり歩いてくれた。

 手を引いてもらうだけでも、ずいぶん軽く感じる。


 彼女のギフトは『意思疎通』という、なかなかレアなものだった。

 ある程度知能がある動物と、会話出来る技能らしい。まるでソロモンの指輪みたい。

 ギフトの発現も早くて、物心ついた頃には当たり前のように、動物と会話していた。家族はとても驚いて、同時に残念に思ったらしい。


『騎士家系だと、戦闘に役立たない能力って、考えるんでしょうね』

 いやいや、諜報活動には役立つと思うんだけどな。


 そんな風に感じた疑問は、アルフェル自身の言葉で否定された。

 召喚師なら精霊を見る事が出来るし、偵察に使う事も出来る。その上自然精霊とある程度の会話も出来る。あえて動物と話す必要は無い、と考える者が多いと。

 野生の動物とも会話出来るのだから、彼らしか知らない情報を教えてもらったり、精霊とは違った情報が引き出せるんじゃ?


「動物にはフェア(精)が無いって、聞いたことあるかな? そのせいなのか、動物って食べ物とか危険に関わることは知っているけど、それだけなのよね」

 人が必要とする情報はほとんど持っていない。確かに諜報には役立ちそうにないと思う。


「前から思ってたけど、リィって頭いいわね~。大人でもそう考えない人もいるのに」

 うっ、ちょっとマズったかな?

 興味にまかせて何でも尋ねるクセは、しばらく封印した方が良いかも。


『そうそう、こういう時はわたしを頼ればいいんだし』

 腕を組んでうなずくプリムラというのも、なんかムカつくんだけど。

 ボロが出ないように、話題をリーグの実に切り替える。ジュースにしたり、果実酒やジャムでも食べられるので、用途の多い果実だし。

 生食だと渋みがあるので、たくさん食べるものじゃない。


「ジャム食べたーい!」

 グミは酸味が少ないから、レモン果汁入れないとペクチン出来ないなとか、レモン見た事無いけどあるのかな、と余計な事を考える内、森が開けて川が見えてきた。


「川を渡ってすぐのところに、村があるのよ~」

 目的地までもう少しかな。川沿いの小径を歩くと、辺りはバターカップの黄色い花が咲いてきれいだった。他にもアカツメクサやミミナグサの花が咲いている。

 橋が見えると、手前に人集りがあった。遠目にも緊張した雰囲気が伝わって来る。


「あら、何かあったのかしら?」

 近付くにつれて様子が分かってきた。小柄の男が三人、困った表情で橋を見ていた。

 髪の色と肌の色から判断すると、スプリガンかな? 一人は長槍を背中に、二人が腰に帯刀している。


「あのー、何があったんですか?」

 子供が二人歩いて来たのを見て、ほっとした表情を浮かべた者が一人。あとの二人は表情を硬くする。

 三人から少し離れた所、橋の中ほどに子馬がいた。青みがかった灰色の毛並みで、馬面というにはちょっと丸顔。

 変わった馬だなぁ。


『水棲馬の一種だよ。ケルピーとか、そういうやつ』

 うをぉ、マジかっ! ナゾの妖精さんキター!

 しかもあれか、近寄った人間を背中に乗せて水中へ拉致って、頭からバリバリってアレかぁぁっ!!


『ちょっ、空気読みなさいよっ! なんでそんなテンション爆上げしてんの! どう見てもそういう雰囲気じゃないでしょ!』

 え、だって、水棲馬だよ? ケルピーだよ? 幻想生物だよ?? 珍しい!!


『わ、わたしの時はそんなじゃなかったじゃないっ! エフィルにだって、なんかいつもドキドキしてるし、なんでわたしだけ……』

 お怒りモードのプリムラが何か言ってる。でもここは気にしたら負けだし。

 負けと言うより、地雷原な気がするからスルーしよう。


「ん? なんだお前たち。危ないから近寄るんじゃない」

 しっし、と手を振ってボクらを追い払おうとする。

 犬じゃないんだから、それは無いよなぁと思う。犬にはこれから会いに行くんだし。


「わたしたち、この先の村に用があるんです。川を渡りたいのですけど……」

 手前にいたひげ面の男が、腰の剣に手をやった。

 剣呑な雰囲気をまとわせながら、不機嫌そうな声で尋ねてくる。


「この先というと、モーザ・ドゥーグの村か? そんな所になんの用だ」

 アルフェルはひるんだ様子も無く、鞄の中から布袋を一つ取りだした。

 治療院から届けるよう頼まれた、薬草の包みが入った袋で、フレイ神殿の刻印が押してある。

 途端に男たちの緊張が解れて、一様に柔らかい表情になった。


「その麦と弓の刻印、フレイ神殿の神官だったか。悪かったな、失礼した」

「まだ見習いですけどね。本日はこちらの包みをお届けに参りました。わたしはアルフェルと言います。この子はリーグラス」

 紹介されたのでぺこりと頭を下げた。


「珍しい髪の色だな。ドライアードか? いや、ちと違うな……」

 彼らはモーザ・ドゥーグに雇われた警備兵だった。三人ともスプリガンで、傭兵部隊より派遣されている。

 村の周辺を巡回していた途中、目の前の異変に出会ったらしい。

 さすがはスプリガン、見かけは小さいおっさんでも、最強妖精と呼ばれるだけはある。


「ん? お嬢ちゃん、なんかいったか?」

 目は口ほどに……あぶないあぶない、危険がデンジャラス。

 余計な事は考えないようにしよう。


「橋のお馬さん、なんでおこってるの?」

 こういう時は幼女モードで質問に限る。チョロそうなおっさんには、なりふり構う必要なんて無い。外見に宿る庇護欲を最大限利用するべき。


『うっわっ、ここに悪い幼女がいる~』

 人はこうして大人の階段を上るのだよ……


「ん? あぁ、あそこのニグルがなぜか荒れててなぁ、通してくれんのだ」

 水棲馬はニグルというらしい。ただ、彼らのいう通りに鼻息が荒く、つり上がった目をして、前脚で橋の表面を掻いている。

 硬い蹄で何度も引っ掻かれた為か、板の表面が著しく毛羽立っていた。

 あれは間違いなく怒ってるな。何に対してか分からないけど、尋常じゃない。


『……なんか変な感じ、正気じゃない? むやみにイライラしてるよ、あれ』

 ニグルという妖精? いや、精霊かもしれない水棲馬は、普段から怒りっぽい性質というわけでは無いらしい。

 プリムラの見立てでも、スプリガンの言葉からもそれは窺える。


 それにしても、ニグルはただの一頭、スプリガン三人で手を焼く相手とは思えない。

 何か理由があるのだろうか。

 こういう時は『写真』の出番かなと、ニグルがよく見える位置に動いて、ズームアップする。

 「Info」ボタンを押した結果は……ふぁっ!? 情報表示されない……

 名前や種の説明はおろか、何も出てこない。


『むむ? 新展開?』

 新展開とかゆーなチート娘。

 それより、プリムラはどうなの? ニグルの情報何か無いの?


『いやぁ旦那、あればあっしだって、黙ってるようないけずはしませんやね』

 どこの岡っ引きだおめーわ。


「あの、追いはらうことは出来ないのですか?」

 遠慮がちにアルフェルが尋ねると、スプリガンの一人が苦々しい顔付きになった。


「そうしたい所なんだが、ニグルの血は猛毒でなぁ、川に入ると厄介なんだ。それに奴の後ろに……」

 くぃっと上げた顎の先、ニグルの足下に小さな黒い塊が見える。

 ん、毛玉? 発動した『写真』のモニターを足下に合わせて、さらにズームアップ。


 そこには丸くなっている子犬がいた。耳をぺたんと伏せて、ふるふるしている。

 やばい、めっちゃラブリー。上目づかいのくりんとした黒目が特にやばい。

 プリムラ、大至急あの子犬を確保するぞ。可愛いこそ正義だっ!

 神速とか、縮地とか発動して一気に間合いを……


『出来るかぁ!』

 なら仕方ない、今こそ隠していた真の力を解放することを許可しよう!

 いっけぇプリムラっ!!


『だぁかぁらぁ~~出来るかぁぁ!!』

 いやちょっと待って、確かプリムラの精霊魔法に、『浄化』ってなかったっけ?


『……あ……』


 ダメ元でその『浄化』って魔法を使ってみて。何を浄化するのか分からない。

 でも『透視』が精神に作用する魔法なら、『浄化』もおそらく近いものと思う。

 ぶっつけで悪いけど、やれる手があるなら試すのが正義!


『イエス、ユアハイネス』

 プリムラは宙に浮いたまま両手を上げて、意味が理解出来ない言葉を口にする。

 彼女の呪文と共に、正面にピンク色の魔法円が描かれていく。

 蛍光を発しながら紡がれる紋様は、とても幻想的だった。


『浄化!』

 発動の言葉だけは理解出来た。口述魔法と違って不思議な感じがする。

 ニグルが魔法円と同じ蛍光ピンクの光に包まれて、一瞬動きが止まったように見えた。


「うぉっ、なんだ突然? お嬢ちゃん、何かやったのか?」

 槍持ちのスプリガンが驚いて振り返り、アルフェルに聞いたものの彼女も首を振る。

 その間にニグルの様子に変化が現れた。つり上がっていた目が、大人しそうな丸目に戻り、呼吸も静かになったように見える。


 何より忙しなく引っ掻いていた前脚が止まっていた。ヒヒン、と一声嘶いて、ニグルが子犬を残して後ろに下がる。


 おぉ~という響めきが、スプリガンから上がった。

 確かにこの急な変化は見ていても驚くよなぁ。

 プリムラが訳知り顔でうなずいて、つーっとニグルの元に飛んでいった。

 何やら言葉を交わしている様子だ。事情聴取をしているらしい。


「ねぇ今の、リィがやったの?」

 ふるふると首を振って答える。

「いまのは、プリムラのまほう。『浄化』って言うまほうなの」

 それを聞いて驚いたのは、ボクとプリムラを除く全員だった。


「『浄化』だってぇぇ!?」「うそ!『浄化』!?」「マジっすか!?」「プリムラ先輩マジぱねー!」

 なんか変なの混じってるけど気にしない。

 驚く四人をよそに、聴取を終えたプリムラが戻ってきた。


『んー、なんか要領を得ないのよねぇ。本人も何があったか良く覚えてないみたい。あそこにいるモーザ・ドゥーグの子供を、何が何でも守らなきゃって、急にそう思ったんだって』

 精神操作系の魔法みたいなものか? 突発的か意図されたものかで、状況が変わる。


『今は正気に戻って、悪かったって謝ってくれたわ。あの子を仲間の所に届けて欲しいって』

 聞いた話をそのまま四人に伝えた。スプリガンはボクが召喚精霊を持っている事に驚いたけど、事態が悪化せずに治まったのを喜んだ。


「いったん村に戻ろう。考えていたよりおかしな事実が多すぎる」

 帯刀しているスプリガンが、橋の上で震えていた子供を抱き上げた。村まで彼らが案内してくれる事になった。

 人心地付いたのか、ようやく震えが止まった子供が、うるうるした目でボクを見詰める。


「おねえちゃん、ありがとう?」

 やべぇ、これは……可愛い。まだ不安なのか半垂れの黒耳に、うるうる眼。

 こんな可愛い生き物がこの世に存在するとは!

 プリムラ、今ならいけるっ! この子さらってダッシュで逃げるぞっ!!


 べちん! と額を叩かれた。しかも空中で一回転して、勢いと体重を乗せた回転ビンタだった。とっても痛い……


「あれ? どうしたのリィ? なんかおでこ赤くなってるよ? 涙出てるし……」

 精霊の姿が見えない人だと、ボクが一方的に変な人にしか見えないじゃないか。

 すごい理不尽だぞ、断固として抗議する!


『一方的じゃなくても変な人よっ! そのお馬鹿な考えをやめなさい。ほら、モーザ・ドゥーグの村に行くわよ』

 すごすごとあとを付いていく。アルフェルは何かを察したのか、微妙な表情で隣を歩いていた。村はすぐそこだった。


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