五話 フレイの森にて
神官長との謁見を終えて王都から戻ってくると、お世話係の二人が待っていた。
ナウラミアが走って近付いてくる。
「エフィルさま~、お帰りなさい」「お帰りなさい」
「まぁナウラミア。神さまに仕えるものが、そんな落ち着きの無いことじゃ駄目じゃない」
軽く窘められても意に介さず抱き付く。アルフェルはちょっと羨ましそうな顔をして、エフィルさんの前で軽く会釈した。
「そうだわ、二人ともこれから何か用事がある?」
「いいえ、お務めは昼までに終わっていますし、院長さまに頼まれたお買い物も終わりました」
院長さまというのは、孤児院の院長かな。見習い神官は色々な雑務がある。
「いつもご苦労さま。そうね、だったら二人で、リィに森を案内して上げて。お願いできる?」
コクコクと音が聞こえそうな程、全力でうなずく二人。
お手! とか言ったら怒られそうだけど、言ってみたくなる。
「リィもそれでいいかしら? 初めて森に行く時は、一緒にと思ったのだけど。セレヴィアンさまに言われた、急ぎの用事があるのよ。二人ともリィをお願いね」
「分かりましたー」「はい、エフィルさま」
元気に答える二人をよそに、プリムラは何か不満げだった。ボクと二人きりで相談事でもあったのかな。
そんなわけで、三人+精霊で近くの森に来ている。
神官見習いのお務めには、森で薬草を摘んだり、春夏は果実、秋はキノコと言った森の幸を集めるのもある。
この辺りには危険な動物や、魔物はいないから安心出来る。
けど、この世界にもファンタジー定番の魔物がいるのか。あまり遭いたくないなぁ。
この辺りの森は整備されていて、茨や倒木の類いも少ない。針葉樹と広葉樹の混生林で、下草の種類はとても多かった。
馴染みのある草もたくさん見掛ける。樹木も見た事のある木が多くて懐かしい。
これはハシバミの木で、こちらはクマシデかな。この針葉樹はモミ、と思う。トウヒ類の若木も見掛けた。
一歩ごとに腐葉土の匂いや、湿った森の空気を感じる。
食べられる野草もときおり見掛けるけど、二人は気付かないから違う種類かも。
初めのうちは物珍しそうにしていたプリムラは、今はボクの右肩にいる。
何が不満なのか、時々ナウラミアを見詰めて表情を歪めていた。
『わたし、あの子あんまり好きになれません』
なんですか、いわゆる女の勘というやつですか。別に苛められたり、無視されたりとか無いんですけど。
『……ぷぃっ』
「リィ? どうかした?」
アルフェルが心配そうに見ている。手を引いていたボクが、急に立ち止まったからだ。
ちなみに、二人にはプリムラの姿が見えていない。
「そこのお花きれいだなーって」
道の右側、奥の切株の根元に、青い花が咲いているのを見付けた。
「あら本当ね。あれはオンファロデスよ~」
オンファロデスというと、ルリソウの仲間か。薬草としては使われないはずだけど。
「きれいなお花ね。けれど、食べられないし、薬にもならないものよ~」
この子は基本的に面倒見が良いのか、ボクの事も妹のようにかまってくれる。
「ざんねんなのー」
と、可愛らしく抱き付いて……うん、良い感じのステータスボディ。
成長期はこれからだし、彼女の今後に期待しよう。
エルフさんはスキンシップ好きで、こちらが恥ずかしくなるくらい積極的に抱き付く。
この世界の挨拶としては普通なので、早く慣れないとダメだなと思う。
なんとなーく、プリムラに睨まれた気もするけど気にしない。
タイミング良く、すこし離れた所からナウラミアの声が掛かった。
「二人とも何してるのー、こっちに美味しそうなキノコがあるよ!」
◇
彼女が指さす樹の根元には、明るい茶色のキノコが生えていた。
森の様子から、季節は晩春から初夏の間に見える。キノコの季節にはまだ早い。
「ほんとだわ。この時期にキノコは珍しいわね~」
アルフェルは珍しいと言った。ここでもキノコの旬は秋か。日本もだけど、実は初夏に生えるキノコの種類は少なくない。
タマゴタケやアミガサタケ、イグチの仲間と言った美味しい食菌も少なくない。
秋に比べれば種類は少ないけど、特徴がある一級品のキノコも多い時期。
しかし、このキノコは……
『リィ、このキノコって……』
みなまで言うな。言いたい事は分かる。
ただし、この世界と日本のキノコ事情が同じとは限らない。ましてや食毒に法則無し、がキノコ界の常識。
ボクたちが知っているキノコと酷似しているけど、この世界では違うかもしれない。
心のどこかでは、多分違わないだろうなぁと、思っていたりするのだけど。
「せっかくだし採っていきましょうよ。夕食のスープに入れてもらうと良いわ」
「このキノコはおいしいの?」
「そうねぇ、秋にはたくさん見るけど、この時期は見たこと無いわね~」
「でもこれ、セップでしょう? きっと美味しいわよ」
確かにセップ、またの名をボルチーニ茸だとすれば、かなり美味しいに違いない。
良い出汁が出るし、キノコ自体も肉質がしっかりして、鶏肉のような食感もある。
セップならこの時期に採れても、さほどおかしくは無い。
しかしボクにはこのキノコ、セップとよく似た毒菌、ドクヤマドリに見えていた。
ドクヤマドリはイグチ類には珍しい有毒種で、しかもかなり毒性が強い。
持って帰って、詳しい人に見て貰えばいい。それを言うと二人を疑うみたいだけど。
何か上手い言い訳はないかと、キノコに集中した時に、それは突然起こった。
自分の勘違いかもしれないと、キノコを注視した時だった。
こめかみにズキリと痛みが走り、“フォン”という小さな音と共に、視界の右下に半透明のウィンドウが現れた。
馴染み深い、懐かしいとすら感じられる、見慣れたウィンドウ。
右端に操作アイコン、左端に各種情報、ウィンドウ外の下に絞りとシャッター速度。
間違いなくこれは、自分が使っていたデジカメのファインダー画面だった。
突然現れたそれに驚いてプリムラを見ると、彼女に変わった様子は無い。
ボクの隣で難しい表情をして、問題のキノコを見詰めていた。
えっと、プリムラ? これ、何か分かる?
『えー? ですからぁ、ドクヤマドリかどうかですよねぇ。どこかに見分けるポイント、あった気がするんですけど……』
いや、そっちじゃ無くこっちの。
『こっちってなんです?』
プリムラにはこのウィンドウが、見えてないのか……?
あ! これがセレヴィアンさんの言っていたギフトなのか。
そうだ、彼女はボクのギフトを『写真』だと言った。
視界の右下七割を覆うオーバーラップウィンドウ。見た目はデジカメの液晶表示その物だ。
でもこれ、どう使えばいいんだ?
試しに右上のメニューアイコンを指で触ってみる。
おっ、各種の設定画面が出てきた。
操作は半透明のウィンドウに対して、指で触れる事で行うみたいだ。
サイバーな雰囲気で嫌いじゃないけど、他人から見たら、何も無い空間で手を動かす不審者だよなぁ……
そう思いながら、右下隅にある「戻る」アイコンを押す、とイメージした途端にその通りに動作した。
実際に身体を動かす必要は無いらしい。
面白くなってきたので、続いてズームとイメージすると……
ウィンドウの映像部分がズームアップした。ライブビュー画面らしい。
どのくらいアップできるのか、調子に乗ってどんどんアップ……
ちょっと待て、いくら何でも拡大出来すぎだろう……これ、細胞壁見えてないか。
マジ引くわー、なんて馬鹿言ってる場合じゃ無い。
慌ててズームアウトして、キノコの表面が詳しく見える程度に戻す。
思った以上にすごい機能に、心臓がどきどきしている。
右端のアイコンは、続いて「Info」、「>」、カメラのアイコンだった。
カメラのアイコンは、撮影する機能だろう。「>」は撮った写真の再生かな。
撮影してみたくもあったけど、何より気になった「Info」の出番だ。
「Info」を押すとイメージすると、新しいウィンドウがオーバーラップで現れた。
マルチウィンドウとは、なかなかやるではないか。
そこには期待通りの情報が記されていた。しかも日本語で。
『イグチ目イグチ科ヤマドリタケ属 ドクヤマドリ
主に夏から秋にかけて北方の針葉樹林内に発生します。傘の直径は10~25cmで
半球形からまんじゅう型。
強力な消化器系の毒を持ち、少量でも激しい下痢、腹痛、嘔吐、発熱を起こす
ので要注意です。過食すれば腎臓に障害を起こす場合もあり大変危険です。
毒性分はボレベニン類』
ビンゴだー、やっぱこれ駄目だわー。腎機能障害って思ったよりやばいわー。
それよりこの機能便利だわー、いわゆる『鑑定』ってやつ?
『さっきからどうしたんです? ハッとしたり、げっそりしたり、ニヤニヤしたり気持ち悪いです』
ひどい事言われた。後でいろいろと、恥ずかしい所を撮影してやろう。
『な、なにする気です!? 裸にむいてとか、ダメですから!!』
……忘れてたけど、ボクの思考、伝わってるんじゃ無かったっけ。
『バレてしまいましたか。面白そうなのでスルーしていたんですけど。わたしにもその画面見えてますよ』
やっぱりか。プリムラは小さく舌を出してフワリと移動すると、「Info」アイコンを手で押して見せた。
『ほら、確か「Info」って、何度か押すと内容が切り替わるんじゃ?』
そう言えばそうだった。
内容が撮影情報に替わって、現在時刻、方位、位置情報らしいものが表示された。
残念ながらそれ以上の詳細情報は無かった。
もう一度押すと元の説明に戻ってしまった。
てっきり見分け方など、追加の情報が分かるかもしれないと期待したけど……そう上手くはいかないらしい。
『あ、思い出しました』
ここですっとぼけたりギャグかましたら、分かってるよねプリムラ?
『さ、さすがにそんなことしませんよぉ、イヤだなぁ。あはは……』
やろうとしてたな。
まじめに解説、というか見分け方を説明してくれた。
傘の裏や柄の部分を傷付けると、青色に変色するという特徴があった。
この見分け方は、いくつかの食菌と毒菌の見分け方で使われる。
変色する方が食べられるキノコの場合も多い。
ヤマドリタケの場合は、変色したらドクヤマドリの証拠。この世界でも、同じ方法が使われる保証は無いけど試してみよう。
周囲を見回してドクヤマドリを探す。すこし離れた所に見付かったので、それを採って念のため情報を確認。
「ここにもあったー」
周囲でキノコを探す二人に聞こえるように、声を張り上げて小走りに近寄る。
アルフェルにもう少しという所で、頃合い良く前のめりに転んだ。
「あらあら、まぁまぁ。だいじょうぶ? 危ないから走ってはダメよ~」
わざと転んだので、大して痛くは無かった。狙い通りに、持っていたキノコが折れ崩れている。
「……ごめんなさい、おれちゃった」
しゅんとして謝りながら、折れて傘が崩れたキノコを渡した。
実は既に細工済み。
「……これ少し変ね、折れた所が青く変わっているわ」
キノコの青変には少し時間が掛かる。
化学反応で変色するので、採取直後に傘の裏と柄に傷を付けておいた。
少なくともアルフェルは、疑問を感じてくれただろう。帰ってからキノコに詳しい人に、これを見せてくれれば狙い通りだ。
ナウラミアが戻ってきた。ぱっと見だと数本は本物のヤマドリタケも混じっている。
もう一つの見分け方で、柄に白い模様が入るのが食べられるヤマドリタケ、というのを思い出していた。
念のため戻った時に、まとめて「Info」で確認しようと思う。
自分が転んだせいもあって、予定より早く神殿に帰る事になった。
アルフェルがボクの手を引いて歩く。帰ったら食堂に行きましょうね~と楽しそう。
キノコの事は、食堂にいたマルリエンさんが詳しいらしい。野草にも詳しいそうなので、時間がある時に色々教えてもらおう。
ボクたちの後ろから、収穫したキノコを抱えたナウラミアが続く。
二人とも待って~なんて言いながら、両手一杯のキノコを運んでくれた。
三人で採ったキノコは、やっぱりドクヤマドリがほとんどだったけど、二本だけヤマドリタケ、つまりセップがあった。
マルリエンさんのキノコ鑑定眼は大したもので、一目でドクヤマドリとセップを見分けてしまった。
小賢しい細工や心配なんか、する必要も無かったみたい。
夕食のジャガイモのポタージュスープに、細かく刻まれたセップが足された。
季節外れのちょっとしたご馳走に、神殿の皆から感謝の声が挙がる。
キノコ入りのポタージュスープは、とても美味しかった。
◇
初めての森の探索から帰った夜。
お世話係の二人も、エフィルさんも既に床についた真夜中の頃に、ベッドの中でプリムラと話し込んでいた。
夕飯のあとで、気になる事があると言われたから。
なかなか話を切り出さないプリムラに、ボクが疑問に感じた事をいくつか話していた。
もちろん話題は『写真』と言うギフトの事。
『予想外でしたけど、リーグラスさんの場合、妥当なギフトと思います』
そうかなぁ、もうちょっとこう、アレがああして、ファンタジーな感じの……
だって、転生だよ? 生まれ変わるんだよ?
神さまにプレゼントされた技能があるって言われたら、いろいろ期待するじゃない。
『なにをわけの分からんことを言ってますか。ギフトってその人が一番得意なことや、好きなことが元になるらしいですから。やっぱり合ってるんじゃないですか?』
またそんな情報を……いつの間に調べてきましたか。
『夕食の時ですよ。リーグラスさんだって、いろいろな人を撮影してたでしょ?』
それはまぁ、覚え立てのギフトを試すというか、練習したいから……
ちょっと待て、一番得意な分野って、ギフトは天賦の才能なんだよね?
『ですね。神さまに頂く技能ですから』
生まれた時から備わってるのに、得意分野って変じゃない? つまりそれって、前世での得意分野って意味になるんじゃ。
『それはまぁ、そうでしょうね。リーグラスさんだって、それが前提ですし』
うわぁ、霊魂不滅説、輪廻転生の全面肯定キタコレ!!
『なにをいい出すのやら……輪廻転生、霊魂不滅、どちらもリーグラスさんが転生する時に、説明したじゃないですか』
……あれ? そうだっけ?
『意外と忘れっぽいなぁ……ほら、人の魂は大きいから、たくさんの生き物に生まれ変わるんですよって。そもそも、妖精だの精霊だの存在する世界を目の当たりにして、まだ納得できませんか?』
その辺は理解してるし、へーすごいなーって感じなんだけど。
いやさ、『写真』ってあまりにも無機質な感じがして、ちょっと不安なんだよ。
『他にギフトを持ってる人がいたら、聞いてみるしかないですね。どんな風に使うとか、どう感じてるかとか』
そっか。プリムラの言う通りかもしれないな。
初めての事で、心が変化に追い付けていないだけかもしれない。
『それで、人を撮った結果は、どうだったんですか?』
あ、やっぱりそこ突っ込まれるのね。
どうって、やっぱり「Info」に期待するじゃない。
身長とか体重とか、BWH とか、趣味が何で誰が好きで、秘密のプロフィールが……
『おい、いいからそこへ直れ』
ちょっ、目がマジ恐いんですけどっ!!
だから、そんなの表示されて無いの、プリムラも分かってるじゃないかぁ。
種族と名前しか表示無かったし。
『……コホン、まぁ、確かにそうですね。植物や無生物を撮った時とは違いますね』
分かってて聞くこの意地悪さ。その性格直さないと、お嫁のもらい手無くなるよっ!
『黙れ男の娘が』
はうっ! それよりもっ!
プリムラが話があるって言ってたんじゃないか。
いい加減、そっちの話も聞かせて欲しい。寝る時間が無くなっちゃうし。
仕方ないですねぇ、と言いながらプリムラが話し始めた。
森からの帰り道、彼女だけが気付いたナウラミアの表情。
前を歩くボクたちをじっと見詰めた暗い瞳。
『呪われそうな雰囲気だったんですけど、どう思います?』
そこに浮かんだ暗い感情に、ただ事で無い何かを感じたそうだ。
そう言われてもなぁ……直接見てないし、意識してなかったから、プリムラの感じた印象も、正確には分からないし。
ボクの印象は、二人とも明るくて優しい女の子だ。
アルフェルがお姉さんな分おっとりしていて、ナウラミアは勝ち気で元気に見える。
プリムラの言うような雰囲気は、感じた事が無かった.
『んー、昨日の朝のこと覚えてます?』
朝の事というと……あれか、エルフさんに睨まれたと感じた事かな?
『そうです、そのエルフの人たちと、同じような感じを受けるんですよね』
差別意識、かもしれない。神殿に務める人から、差別的な雰囲気は感じなかった。
治療院や孤児院には、大森林周辺に住むさまざまな種族の人が訪れる。
普段から他種族に接するから、そういう意識を持たないよう努力しているのかも。
前の世界の知識だと、エルフは種族主義で他を見下す高慢な性格とされる物語が多い。
想像で書かれたのか、事実に基づくか分からないけど、書かれる理由があったに違いない。
『エルフはみんな美男美女ですからねー、嫉妬からの逆差別もあるのかも』
物語の中での彼らは、貴族社会に擬えたものだ、とする考え方もある。
モブの嫉妬から来る、こういう奴らに違いない! はあったかもしれない。
ナウラミアもアルフェルも、リョース・アールヴ。
種族主義があるか分からないけど、何かしらそんなふうに思うかもしれない。二人と接する時は、注意していようと思う。
『アルフェルは、ぽややん、ですけどねー』
ぽややんて、せめて天然さんと言って上げなさい。
年齢より落ち着きのある子に見えるけど、ときどき言動が予想の斜め上を行く。
ボクにとっては面倒見の良いお姉さんなので、彼女の事は悪く思えない。
ナウラミアは、正直よく分からないかな。真っ直ぐな、はっきりした性格に思う。
むやみに差別するタイプとは思えないけど、エフィルさんの事で、ライバル心を持たれている気がする。
ポッと出のボクに盗られたと感じているのかも。
二人の事はそれでいいとして、明日からは何をしようかなと、ふと考える。
神官見習いとしては、採取や雑用のお手伝いと、文字や魔法の勉強がある。
四歳児に過ぎないので、一人で用事をこなす事は出来ない。
それ以前に、世間の常識がほとんど無い。少しずつでも神殿の生活に慣れたい。
いま考えるべきは、自分自身の目標だ。
明確な目標の下過ごす時間は、そうでない時と密度が何倍も違う。
朝の5分と寝る前の5分の違いだ。
行動計画と数値化した目標は、思考と行動のムダを省く。
『うわぁ、リーグラスさんて、意外とそっち系なんだ……』
そっち系ってなんだよ、何事もムダは良くないよ。
『お花屋さんって、もっとこう、ゆる~いイメージが……』
小売業にしても、今時それじゃすぐ潰れるって。
花屋と言っても苗を生産する方だったしなぁ。温度管理、日照、潅水、施肥、などなど、どれ一つ手を抜いていいものは無い。
のんびりお花を育てる、如雨露で水を撒いてお日様を見上げてニッコリ、なんてどこのファンタジー世界だよって思う。
『夢もなにもあったものじゃないですね……』
人に育てられる工業製品のような花なんて、イメージわかないかな。
そう言えば、人が育ててる花にも精霊っているの?
『どうでしょう? 見たことはないですけど、聞いた話ではいないような』
聞いた話? あんな山奥に人はめったに来ないよね。動物に聞いたとか?
『他の精霊に、聞いた話ですけど……』
という事は、プリムラは他の精霊と話しが出来るのか。とても気になっている事も、精霊に聞けるのかな。
『森の呪い』と言われる、リョース・アールヴに特有の病気の事を。
ボクはドライアードらしい。けれどドライアードでないかもしれない。
『そういえば、肌の色が違うっていってましたね』
神殿を訪れる、多くの種族の人を見た。肌の色は種族を分ける大きな特徴だと思う。
雪のように白い肌、緑色の肌、青黒い肌も見た。茶色の肌はノッカー、スプリガン、ブラウニーと幾つかの種族を見た。ドライアードもその一つ。
しかしボクの肌はクリーム系。どう見ても茶色じゃない。
自分は本当にドライアードなんだろうか。
そうだとしたら、確実に『森の呪い』には無関係でいられるのだろうか。
だから『森の呪い』に付いて調べてみたい。
既存の事実も、ボクとプリムラで調べられる事も、とにかく情報を集めたかった。
自分から知ろうとしない『無知』は悪だと思う。
知らなかったから死んでしまいました、は自分の中では最悪の終末。
『そういうことなら、わたしも頑張って聞いてみますね~』
頼もしい相棒もいる。今できる事全てで、呪いを解明しようと思った。
と、その前に……プリムラもそろそろ、他人行儀なのやめてくれない?
『え? そうですか? リーグラスさんは恩人ですし……』
ほら、敬語とリーグラスさんって呼び方。よそよそしいとは思わないけど、なんか寂しいよ。
せっかく二人きりの家族みたいなものなんだし。
『家族……ですか。そうですよね、魂も共有してるんだし、家族みたい……か』
ちょっと馴れ馴れしい提案だったかもしれない。
でもプリムラには本当に感謝しているし、何でも話せる関係になりたい。
『オーケー分かった、リィ。これからは、ざっくばらんに行かせてもらうぜぇ?』
……やるんじゃないかと思ったけど、そういうキャラ付けで来るか。
恥ずかしくて顔を隠すくらいなら、最初からやらなきゃいいのに。
『と、とにかく、これからもよろしくっ!』
あぁそうだ、忘れる所だったけど、プリムラは何か調べたい事ある?
『そうですね……っと、そうねぇ、リィの故郷に行ってみたいかな』
少し顔を赤くしたプリムラが言うのは、ドライアードの住む村の事だろう。
村なのか町なのかは行ってみないと分からないけど。
フレイの森の南の方にあるとだけ知っている。
きっとこの辺りでは咲いていない花や、見た事の無い植物が生えているんだろうなぁ。
差別意識の事や、ギフト『写真』の解明、やらなきゃいけない事はたくさんあるけど、機会があれば行ってみるのもいいかなと思う。
まずはプリムラともっと仲良くなる。それも大切な目標の一つだと思った。