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フレイの森のお医者さん  作者: 夢育美
二章 世界樹
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十六話 精霊事件 その三

「あの時のお嬢ちゃんか、いや驚いたぞ。見違えるくらい可愛くなったな!」

「えっ、あのぉ、その……」

「うわっはっは。夏に会った時はちいちゃかったが、元気のいい娘っこだと思うとったっじゃ。そうかそうか、ちゃんと巫女をやっとるんだな」


 目を細めて髭を撫でる仕草は、とても優しい感じがする。お爺ちゃんが孫の成長を喜ぶ、そんな気持ちなのかな。


「今日はどうしたんじゃ? またカシュー漆が必要になったのか?」

「いえ、今はトゥイリンの職人さんに、製作をお願いしてるので……」

「なんじゃ、妙に東部方面の注文が増えとると思ったが、お嬢ちゃんが犯人か」

 トゥイリンを中心として、王都や他の街でも黒板を作っている。権利金は取っていないので、作成方法の伝播と共に実物も普及すると思う。


 今まで気にしてなかったけど、物流に関してギルドみたいな組織があるのだろうか。

 夏祭りでドッシさんに注文した時や、トゥイリンで職人さんに依頼した時も、そういう話は出てこなかった。

 今は気にしなくてもいいかなぁ、その内聞いてみようか。


「ドッシさん、こちらのプリムラさんが、腕の怪我を見て下さるそうです」

 ラーナさんの紹介で、プリムラが軽くお辞儀する。あの頃は精霊として会っているはずで、ドッシさんの顔も覚えてると思うけど。

 おっさん系嫌いだからなぁ、プリムラ。ちゃんと治してあげるかちょっと不安。


「左の上腕筋と、肩を痛めてるわね。このくらいなら治せると思う」

「ほぉ、見ただけで分かるのかお嬢ちゃん。大したもんだな」

「そのくらいはね……っと、どう? もうちょっと腕を上げても平気?」

「いつっ……これより上げると、引きつったように痛むんじゃ」

「分かった。それじゃ、ゆっくりと後ろに回して……そうそう、これはどう?」

「痛くはないが、これ以上は上がらんな」


 そんなやり取りがしばらく続いて、時に触ったり、時には手のひらをかざして、プリムラの診察が終わる。

 治療する部分、上腕三頭筋頭、尺骨、肩部の三角筋、それらを繋ぐ神経の解説をして、それを治すと話している。ただし、その意味を理解できた者がボク以外にいるかは分からない。

 ま、医者なんてものは、なんとなく難しそうな専門用語で煙に巻いて、最後は信用させて安心させればそれでいいのだと思う。


「それでは治療を開始します」

「ちょ、ちょっと待ってくれやお嬢ちゃん、治してもらえるのは有り難いんじゃが、わしも大金持ちじゃぁない。大した額は払えんのだが……」

「個人的にやることだから、神殿は関係ないわよ」

「そうはいってもなぁ、タダって訳にゃいかんじゃろ? 魔法の触媒も……」

「ごちゃごちゃうるさい! 黙ってみてなさいっ!」


 ぴしゃりと言って、指先に灯した魔法の光で肩から肘にかけ、魔法円を描いていく。何度か見たけど、エフィルさんにも負けない速さで、正確に魔法円が浮かび上がる。


「むぉ、なんじゃぁこの技は!?」

「集中が切れるから黙っててっ! 直接書けば羊皮紙も魔力インクも必要無いでしょ」

 孫ほどの小娘に窘められて、ドッシさんが大人しくなった。続いて高速に詠唱される治癒魔法に、ラーナさんも目を丸くする。


 治療開始から五分と経たず、治癒魔法は薄い桃色の光と共に発動した。魔力光は個人のフェア(精)の性質で、少しずつ色が違っているらしい。

 ちなみにボクは薄い緑色の光だったり。


「……どうかしら、もう動かしても痛みは無いと思うけど。初めは違和感があるかもしれないわ。それも動かしているうちに慣れるから」

「ふむふむ……おぉ、いい感じじゃ。痛みどころか引きつる感じも無い」


 プリムラの治療は上手くいったようで、腕を動かすドッシさんの表情は晴れ晴れしている。調子に乗って力こぶを作って、ボディービルダー張りのポージングまでしていた。


「うむ。これならようやくまともに修理できそうじゃ。ひとまずの礼に昼飯でもご馳走するか。食べたいものはあるか?」

「さかな! 揚げたのより焼いたのがいい!」

 間髪入れずに答えるボクに、苦笑するラーナさんと呆れるプリムラ。いやいや、子供はこういう時遠慮しちゃ駄目ですよ?


 ドッシさんお勧めの食堂は、海のすぐ近くにあった。港で働く人にも人気の、ガッツリ系メニューが売りらしい。

 食堂の側には大きな風車があって、ゆっくりと回っている。海水を汲み上げて塩を作るのに、風車を利用していると教えてもらった。


「……ふん、やはり音が駄目じゃな。ギアが噛み合っておらん」

「風車の音ですか?」

「不肖の弟子が修理したんじゃが、どうにも形にばかり囚われおる。部品だって生き物と同じ、個性があるんじゃ。それぞれに合った組み合わせがある。あやつが理解するにはまだしばらく掛かるか」


 最後は言い含めるように、誰に向けてでも無いように言う。

 ガタン、ゴトン、ガタン……規則正しく音が響いて聞こえる。でもドッシさんには、不協和音に聞こえているのかもしれない。


「さぁさぁ、腹も空いたじゃろう。好きなものを頼んでくれ」



 カマスの塩焼きをお腹いっぱい堪能した。お店は混んでいたけど、味も良くてボリューム満点。神殿の食堂も海の魚のメニューがあればなぁ。

 ただ、妙にお客さんの雰囲気が、ピリピリしていたのが気になった。


「ごちそうさまでした。ドッシさん、ここっていつもこんな感じですか?」

 言外に伝わったのだろう、眉をひそめて店内を見渡した後、小さくため息をついた。


「む……何時からじゃろうなぁ、やかましい雰囲気は元々じゃ。しかし、こう苛ついた感じは最近のことじゃな」

「わたしも馴染みというほどは来ていませんが、以前はこんな雰囲気では無かったですよ」

 ラーナさんも同意する。


 ガタイのいい男性が多く、言葉遣いも乱暴なのは分かる。急いでいるから音を立てる事も、不思議ではないだろう。でも、なんというか。

 みんな何かに不満を感じている。そんな空気が漂っていた。


「さぁ、食い終わったなら、わしの工房に戻るか」

「あ、ドッシさん、お時間あるなら、港を案内してもらえませんか?」

「ん? まぁそのくらいはお安いご用じゃが……」


 ボクとドッシさん、プリムラとラーナさんの二手に分かれて、港周辺を聞き込みに回る。朝からの荷物の積み卸しが一段落付く頃なので、休んでいる人に話を聞いてみた。

 話を聞いているうちに、どうやら風車が壊れた時期と、見えない悪戯者が現れ始めた時期は、ほぼ一致していると分かった。


「うーむ、どういうことじゃろうか」

「風車って、壊れた一台だけなんですか?」

「いやぁ、壊れたのは三連の中央の一基だけでな、他には町の東側に、川から水を引くのに一基、西側に二基ある。この辺りはいつも海風が吹くからな、生活にとけこんどるんじゃよ」

 外から来た時は気付かなかったけど、風車の利用は思っていたより進んでいるらしい。


「ほれ、そこの三基が海水を汲み上げている風車じゃ」

 ゴトン、ゴトトン。

 それほど強い海風は吹いていない。ゆっくり回る風車は、規則的な音を立てている。

 三つ並んだ風車か……何か、引っ掛かるんだけどなぁ。


「駄目じゃ駄目じゃ、三基の音がバラバラで、お互いに音を大きくしてしまっておる」

 ん? お互いにって、共鳴の事か。

「ドッシさん、バラバラって、壊れる前は音がそろっていたんですか?」

「揃うというかなぁ、隣同士の音を打ち消すように、ギアの数を変えたり、材質を変えておるんじゃ。今はゆっくりだから大した音じゃないが、風が強いと煩いからのぉ」


 なんという科学の力、ノイズキャンセリングを考慮しているのか。

 科学はあまり理解されていない世界と思っていたけど、少なくともドワーフにとっては身近な技術らしい。

 魔法を使える人が少ないせいかな。必要は発明のなんとやらですか。


「ほれ、耳を澄ませて聞いてみぃ。色々な音が混じっておるよ」

 言われるままに耳に手を添えて、風車の音を聞いた。

 風の音、人の行き交う雑踏、回転する軸の音、そして、ギアのかみ合う音。

 気持ちを落ち着けて聞いていれば、色々な音が……

 んー、なんか胸がもやもやする。むしろイラッとするな。


 なんだこれ?


 ふと、手の中から人の声が聞こえた気がした。

 不思議に思って当たりを見ても、話している人はいない。ドッシさんが話し掛けているわけでもなかった。

 気のせいかと思ったら、また声がする。


 あ、これか、指輪から声が聞こえてる?


 中指にはめた指輪を耳に当てると、小さな声がはっきりと聞こえる。この感じは……プリムラか? たぶんラーナさんと話しているのだろう、お昼に食べた魚の味が良かった、ボクが最近寝坊で困る、なんて話をしていた。


「ドッシさ……」

 言いかけてやめた。その前に『写真』を起動して、指輪を調べてみた。

 宝石付きのオリハルコン製の指輪だと思っていたら、タダの宝石ではなくてエコー石だった。

 気のせいでもなんでも無くて、声の正体は、プリムラの指輪が周りの音を拾っているせい。


「ん? どうかしたのか?」

「いえ、なんでもありません。えっと、あの、その……」

 モジモジと上目遣いの仕草で、お手洗いに行きたそうな素振りをすると、うまく勘違いしてくれた。近くの建物の陰に走って、指輪に向かって呼びかける。


『プリムラ、おーい、プリムラ聞こえる~?』

 小声で呼びかけて、しばらく返事を待った。


『……リィなの? ねぇ、どこにいるの?』

『あ、良かった、通じたね。ちゃんと聞こえてる?』

『びっくりした、指輪から聞こえてるのね。今どこにいるの?』

『港の風車のそばだよ。プリムラは?』

『町の北側ね。乗合馬車の待合室のそばにいるわ』


 指輪の石がエコー石だった事と、ボクたちが集めた情報を伝えた。やはりプリムラも、発生時期は同じ頃という声を多く聞いたらしい。

 そして、気になる話も聞き付けていた。いったん治療師のお婆さんの家に戻って、詳しい話はそこで聞く事にする。

 ドッシさんは、風車を見てから自分の工房に戻ると言っていた。さすがは職人、気になる部分を見付けたのかな。



 プリムラの話を聞いて、一つの可能性に思い至った。それは種族によって、目撃情報の傾向がある事に気が付いたから。


 そこから導き出されたのは、低周波の影響だった。


 特に可聴域外の周波数は、時として人や動物に影響を与える。可聴域であっても、動物の嫌う周波数をネズミ避けに利用するのは、現代日本でよく使われる。

 低周波の場合はストレスを誘発して、イライラ、不安などマイナスの感覚を起こす効果が知られている。


 それは時として幻聴や、幻覚といった現象として人を襲う。いわゆる、幽霊が見えるというやつも、低周波で説明できるという人もいた。

 獣人族に目撃情報が多く、中でもクー・シーや狗人族、孤人族など犬系の人の目撃が目立っていた。


 犬は人や他の動物に比べて、可聴域の下限が高い。人が低い振動音として聴き取れる音でも、“聞こえない低振動”になってしまう。

 それがより多くのストレス症状を引き起こして、結果、居もしないものを見る、見えないものの声を聞く、という現象になる。


 その可能性をプリムラやラーナさん、お婆さんに話して、精神を安定させ、幻聴や幻覚を抑える効果のある薬草を教えた。

 柴胡さいこやヒペリカム、半夏はんげなどが効果が高いけど、残念ながらこの町にはそれらが無い。

 半夏は春の神殿に在庫があって、ヒペリカムは神殿の東で採取できるので、プリムラと戻って採ってくる事にした。


「悪いねぇ、世話をかけるよ。この辺じゃ陳皮ちんぴ茯苓ぶくりょうはあるんだけど、他のものはなかなか手に入らなくて」

 陳皮はミカンの皮を干したもの、茯苓は海岸に生える針葉樹の根元で見付かる、トリュフに似たキノコの一種。どちらも暖かい地域でしか育たない。


「いえいえ、その二つだけでもいらいらを抑える働きがありますから、症状の出ている人に処方してください」

「お代は物々交換でいきましょう。陳皮と茯苓を集めてくれればいいわ」

 今すぐには無理でも、来春までには集めてくれると思う。無料の施しはする側に他意は無くても、受ける方は心苦しいもの。

 過剰な貸し借りが発生しないように、欲しいものを伝えるのが手っ取り早い。


 二日あれば往復できると思うけど、その間に原因の根本解決、振動の発生源を特定して、修理してもらうようお願いした。これはドッシさん頼りになってしまうし、特定するにも何か方法を……と悩んでいたら、それはあっさり解決した。


「おぉ、そういう話なら、わしらに任せろ。ドワーフの耳は世界一じゃぞ?」

 普段から金属加工、特に鎚をふるっての作業をする鍛冶士は、叩いた時の音で状態を判断する。よく考えれば、彼らほど音に敏感な人もいなかった。


「そっかぁ、ドッシさん、音が違うとか揃ってないとか、いってましたもんね」

「その通りじゃ。あれはな、言葉通りにはっきり分かっておるんじゃよ。こう見えてわしらは、音にはうるさいんじゃ」


 修理と出来る処置をお願いして、二人で春の神殿へ。エフィルさんに経過報告と、場合によってはエアロストに十日ほど滞在する事を伝えて、薬草の採取に出る。


「あぁもう、最近のリィってば、やたらと出掛けたがるわねぇ……」

 構えなくって寂しいわ、とため息混じりのエフィルさんが、ボクを抱きしめたまましばらく離れてくれない。

 あまつさえたわわなお胸をグイグイ押しつけるので、なんだかイケナイ感情に目覚めてしまいそう。


 ん? 別にいいのか?


 解放されてから森に採取に向かう。今日は珍しくタヌーがお供に付いてきた。

 悪阻の薬にも使う半夏は、十分な在庫があったので積極的に採らなくても平気。柴胡とヒペリカムはぜひ欲しいんだけど……


 花の時期は終わっているし、落葉性なので冬の始めには見付けにくい。

 それでも枯葉や枝を頼りに探せるのは、夏の間に見付けて撮っておいた『写真』の位置情報のお陰。

 これも、たいがいチート能力だよね。


 森の中を動き回る間、プリムラとの会話は指輪が役に立ってくれた。遮蔽物の有る無しに影響されず、結構な距離まで届いてくれる。

 ただ、聞こえる声があまり大きくないのと、不鮮明でノイズが混じるので、町中みたいに雑踏の中ではどうだろうと思った。


 それぞれ十株ほどの根を採取して、一度神殿に戻って半夏を受け取った。

 久しぶりに治療院にいたナウラミアに、最近姿が見えなかった理由を聞いてみる。


「ちょっとね、冬の神殿でお手伝いしてたの」

「王都のそばにある神殿だよね。何かあったの?」

「詳しくは知らないのだけど、わたしが手伝ったのは薬草集めよ」


 寒空の中大変だったねーなんて、労いながら最近の出来事を話す。よく考えたら、ナウラミアって十二氏族のご息女さまなんだよなぁ。

 冬に外で採取作業って、貴族の娘にやらせるのか? なんて疑問もわくけど、氏族の義務らしい。

 高潔な使命をもって政に当たる、父親からは良く言われていると、半分愚痴りながら教えてくれた。


 エフィルさんに言伝をお願いして、再びエアロストに向かう。今度は夏の神殿付近を目指してみると、残念ながら『森の小道』は発動しなかった。

 春の神殿から真っ直ぐ南下した所にある、クー・シーの村ゴルマダスを経由して、そこから夏の神殿、エアロストの手前と三回も技能を使用した。

 さすがに二人とも頭がぼーっとするくらい疲れて、街道沿いの標石に座ってぐったりしてしまった。


「誰か馬車で通りかからないかなぁ」

「そんな都合良くいくわけないで……あったわね」

 見覚えのあるゴールデンレトリバー。ゆっくりと馬車を進める、クー・シーのお兄さんが偶然? 通りかかってくれた。


「ははぁ、またお嬢ちゃんたちか。よほど縁があるみたいだなぁ」

 疲れた表情を察してくれたのか、当たり前に荷台に乗せてくれて、エアロストに向かった。

 今日は魚を仕入れに来た事、風車を修理しているドワーフが、腕利きですごいらしい事など、明るく話してくれる。


 申し訳ないけど相づちを打つくらいしか気力が無かった。プリムラはお勧めの料理は何か聞いている。

 さすが、食への飽くなき探究心は、潰える事を知らないらしい。


 エアロストでは、ラーナさんの家に泊めてもらう事にした。女所帯で気兼ねが無いし、なによりお婆さんの作る料理が絶品だった。

 ドッシさんの修理も結構進んでいて、予定よりだいぶ早いペースらしい。

 

 町に戻ってから二日、風車の修理が終わった。



 コト、カタン、コトン……静かに回る風車を見ている。

 ドッシさんの言葉通りだった。こうして実際に目の前にいると、音の違いに驚く。


「出入りの商人やら旅人ならいいがな、この町に住んどる連中は、四六時中あの雑音を聞かされとったんじゃ。気が安まらんのも仕方ないわい」

 腕を組んでうんうんとうなずくドッシさん。


「これで騒動も収まってくれるじゃろ。リィとプリムラのお陰じゃな」

 いやいや、それ程でもありますよ? 褒めて褒めて。

「二人にお礼しなきゃならんな、腕の治療の事もあるし、ふむ……」

 ボクたちを見詰めて考え込む髭もじゃのオヤジ。あんまり嬉しくない。


「ん? 変わった指輪をもっとるな」

 ドッシさんがボクの指輪に目をとめる。プリムラとお揃いのエコー石が付いた指輪。

「ほぉ、オリハルコン製か。エコー石は……なかなかの純度じゃな。しかし、こう小さいと、あまり役にはたたんじゃろ?」


 一目で見抜く見識の高さに驚いて、プリムラの指輪と対である事、声を届けられるのも、この町の端から端までの距離くらいなのを伝えた。


「この大きさなら、まぁそんなとこじゃろ。どれ、かしてみろ」

 渡した指輪を隅々まで眺めて、一言、ふむ、と言って考え込む。それからおもむろに、視線をボクの頭に向けた。


「その髪留めも、オリハルコン製じゃな? けっこう高かったろ、はり込んだもんだ」

「えへへ。秋祭りの時に、記念にいいかなって」

「そうか、『聖人』になった直後じゃったな。よければ、その髪留めも見せてくれんか」


 割とお気に入りなので、何をされるのか少し不安になる。

 ためらいがちに差し出すと、考えている事が伝わったのか、面白そうな表情になった。


「わはは、心配いらんぞ、ちょっと思い付いた事があってな。お前たちさえ良ければ、このエコー石の指輪、改良してやるぞ?」

「え? そんなこと出来るんですか?」

「スプリガンどもは、見つけ出すのが仕事、わしらは加工するのが仕事だ。こういう宝物品も改良しとるよ」


 さすがは金属加工に長けた妖精と知られるドワーフ族。神の金属と言われるオリハルコンでも、加工する技術があるらしい。


「まぁ、こっちの指輪は鋳潰して、イヤリングにでも造り変えるか。その方が使いやすく、機能も上がると思うがのう。どうする?」

 髪留めのデザインは気に入ってたけど、指輪はシンプルで装飾の無い物だった。プリムラもうなずいてるので、加工をお願いする。


「そうじゃなぁ、オリハルコンは溶かすのに時間が掛かる。一刻は待ってもらわにゃならんが、このままここで待つか?」

「んー、どうする?」

 ボクはどんな風に作業するか、見ているのも面白そうと思う。でも、プリムラは楽しくないんじゃないかな。


「リィは見てたいんでしょ? 一緒にいるわ」

「うん、なら作業を見てもいいですか?」

「変わった事をするわけじゃ無し、面白いとも思えんがの。好きにしたらいい」


 二人で工房に付いていくと、奥に赤々と燃える炉があった。器用にエコー石を取り外して、台座の金属だけをるつぼに入れて炉の中へ。

 炉の中の温度を見ているのか、しばらく火掻き棒でかき回したり、石炭を追加して炎の状態が安定するのを待っていた。

 それから片膝を突いて、静かに何かの呪文を唱え始めた。それは聞き慣れない言葉で、口述魔法でも、精霊魔法でも使わない言葉だった。


「わしらドワーフだけが使う、神の言葉じゃ。オリハルコンを溶かすには、一工夫必要なんじゃぞ。これから使う炎は『ウォルカノスの火』という、特別なものじゃ」


 それまで赤からオレンジだった炎が、急速に色を変えて青白く変化した。ガスバーナーやコンロを見慣れているから、それが高温の炎だと分かる。

 あまり驚いていない様子を面白く思うのか、口元がニヤリと上がった。


「長く見続けるんじゃないぞ。目を焼かれてしまうでな」

 忠告に感謝して炉から離れて作業を見守る。

 しばらくするとドッシさんが白い台座のような石を持ってきた。


「これは鋳型じゃ。オリハルコン用の特殊な素材でな、乳白石というとんでもなく固い石で出来ておる」

 イヤリングは鋳型で作ってくれるみたいで、型は巻き貝の形をしていた。海の町エアロストの品として、いい思い出になりそう。


 それからは溶けたオリハルコンを鋳型に流して、冷えてから取り出して削り加工、象眼とエコー石の取り付けと作業が進む。

 そろそろ終わりかと思っていたら、最後に真っ赤な宝石が取り出された。


「それは、なんです?」

「ふふん、これが改造のキモじゃ。火竜石かりゅうせきという、火竜が吐き出したといわれる宝石でな、ちょいと面白い性質がある」

 小さな粒をイヤリングに、2cmはありそうな大きな粒を髪留めの中央に、手慣れた様子で器用に取り付けてくれた。


「この石はな、魔力を溜める性質があるんじゃ。しかも溜めた魔力を、フェア(精)に応じて変化させて、何倍かに強める働きがある」

「え? それって、けっこうすごい石なんじゃ……」

「そりゃそうだ、竜が出した石だぞ? そうそうお目にかかれるもんじゃ無いわい」


 マジっすか! これ、報酬で貰っていいレベルの代物かなぁ……すごい不安。


 そうは言ってもオリハルコンの加工自体、ドワーフの腕利きじゃないと無理らしい。既に取り付けは終わっているわけで。


「あ、あの、ありがとうございます。大切にします……」

「髭は髭でも、ドワーフの髭は良い髭ね!」


 どさくさに紛れてプリムラは妙な事を口走る。

 でもドワーフにとって、髭を褒められるのは名誉で嬉しいらしく、ドッシさんは心の底から自慢げでニヤニヤしていた。


 その後はお婆さんの家で薬を調合したり、町の周囲の小川を見に行ったり、名物らしい白身魚の鍋を食べたり、エアロストを楽しんだ。

 町の様子も活気はあるけど穏やかな状態に戻って、港で感じていたピリピリした嫌な雰囲気も既に無い。

 改めて風車が原因だったのかと、不思議な事もあるなぁと思う。


 様子見という名の観光を堪能した後、とうとう帰りの朝になった。

 すっかり馴染んだお婆さんとラーナさんに、リョース・アールヴ式のお別れの挨拶を済ませて、乗合馬車の待合室に向かう。


 ……うん、そうじゃないかと思ったよ。


「あれぇ? お嬢ちゃんたちまだいたのか。これからゴルマダスに帰るんだが、良かったら乗っていくかい?」

 風になびく金色の垂れ耳。チャラい感じは相変わらずの、クー・シーお兄さんだった。


 夏の神殿からタリル・リング経由、なんて企んでいたのだけど、久しぶりにトゥイリンへも行きたい。東回りで帰るのも悪くないと、同行させてもらう事にした。


「ドッシさん、ラーナさん、お世話になりました」

「世話になったのはこっちだぞ。また、いつでも遊びに来てくれ」

「祖母も楽しみにしてるから、二人ともまた来てね」


 ありがとうの言葉は、何度言ってもいいものだと思う。お土産の塩漬けの魚にもう一度お礼を言って、手を大きく振って別れた。


「んー、お魚美味しかったねぇ。お土産にももらえたし、良かったなぁ」

「まぁね、頑張ったんだし、いいんじゃないの?」

「アクセサリもバージョンアップしたしね~。戻ったらさっそく試してみよう」


 レトリバーのお兄さんと、他愛もない世間話をする。最近、ゴルマダスにも『黒板』という、便利な板が広まっているらしい。


 それそれ、原因が目の前にいますよん。

 プリムラは名残惜しそうに、エアロストの方をじっと見ていた。


「さみしくなった?」

「んー、それもあるけど、あの子、誰だったのかなと思って」

「え? あの子って?」


 急に、首筋がぞわりとした気がする。


「ほら、ドッシさんの後ろ、ときどき付いてきてた女の子がいたでしょう?」

「……」

「お孫さんかなと思ったけど、けっきょく紹介されなかったし、近所の子かなぁ?」


 えぇとですね、プリムラさん?


「ニコニコして、可愛い子だったよね~」


 あの-、ボク、そんな子、一度も見てないんですけど。


 なんだかすごく嫌な予感がする。

 さっきから、御者席のレトリバーのお兄さんが、引きつった顔でこっちを見てるし。

 ボクはプリムラに気付かれないよう、さっと側に寄って耳打ちした。


『あ、あの、つかぬ事を伺いますが……』

『おっ、あぁ、なんとなく聞きたい事は分かるぜ』

『ドッシさん、ご存じですよね? お、お孫さんて、いますか? 女の子の』

『女の子、だよな、いるっていうか、いたんだよ、五年前まで……』

『……』


 うん、この事実は封印しよう。それがいいよね、そうしよう。

 プリムラに知られる……ダメ、絶対。


 お兄さんと二人、少し青い顔でうなずき合って、真っ直ぐに続く道を見た。

 ほんの気持ちだけ、馬車の速度が上がったのは、きっと気のせいじゃないと思う。


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