十六話 精霊事件 その三
「あの時のお嬢ちゃんか、いや驚いたぞ。見違えるくらい可愛くなったな!」
「えっ、あのぉ、その……」
「うわっはっは。夏に会った時はちいちゃかったが、元気のいい娘っこだと思うとったっじゃ。そうかそうか、ちゃんと巫女をやっとるんだな」
目を細めて髭を撫でる仕草は、とても優しい感じがする。お爺ちゃんが孫の成長を喜ぶ、そんな気持ちなのかな。
「今日はどうしたんじゃ? またカシュー漆が必要になったのか?」
「いえ、今はトゥイリンの職人さんに、製作をお願いしてるので……」
「なんじゃ、妙に東部方面の注文が増えとると思ったが、お嬢ちゃんが犯人か」
トゥイリンを中心として、王都や他の街でも黒板を作っている。権利金は取っていないので、作成方法の伝播と共に実物も普及すると思う。
今まで気にしてなかったけど、物流に関してギルドみたいな組織があるのだろうか。
夏祭りでドッシさんに注文した時や、トゥイリンで職人さんに依頼した時も、そういう話は出てこなかった。
今は気にしなくてもいいかなぁ、その内聞いてみようか。
「ドッシさん、こちらのプリムラさんが、腕の怪我を見て下さるそうです」
ラーナさんの紹介で、プリムラが軽くお辞儀する。あの頃は精霊として会っているはずで、ドッシさんの顔も覚えてると思うけど。
おっさん系嫌いだからなぁ、プリムラ。ちゃんと治してあげるかちょっと不安。
「左の上腕筋と、肩を痛めてるわね。このくらいなら治せると思う」
「ほぉ、見ただけで分かるのかお嬢ちゃん。大したもんだな」
「そのくらいはね……っと、どう? もうちょっと腕を上げても平気?」
「いつっ……これより上げると、引きつったように痛むんじゃ」
「分かった。それじゃ、ゆっくりと後ろに回して……そうそう、これはどう?」
「痛くはないが、これ以上は上がらんな」
そんなやり取りがしばらく続いて、時に触ったり、時には手のひらをかざして、プリムラの診察が終わる。
治療する部分、上腕三頭筋頭、尺骨、肩部の三角筋、それらを繋ぐ神経の解説をして、それを治すと話している。ただし、その意味を理解できた者がボク以外にいるかは分からない。
ま、医者なんてものは、なんとなく難しそうな専門用語で煙に巻いて、最後は信用させて安心させればそれでいいのだと思う。
「それでは治療を開始します」
「ちょ、ちょっと待ってくれやお嬢ちゃん、治してもらえるのは有り難いんじゃが、わしも大金持ちじゃぁない。大した額は払えんのだが……」
「個人的にやることだから、神殿は関係ないわよ」
「そうはいってもなぁ、タダって訳にゃいかんじゃろ? 魔法の触媒も……」
「ごちゃごちゃうるさい! 黙ってみてなさいっ!」
ぴしゃりと言って、指先に灯した魔法の光で肩から肘にかけ、魔法円を描いていく。何度か見たけど、エフィルさんにも負けない速さで、正確に魔法円が浮かび上がる。
「むぉ、なんじゃぁこの技は!?」
「集中が切れるから黙っててっ! 直接書けば羊皮紙も魔力インクも必要無いでしょ」
孫ほどの小娘に窘められて、ドッシさんが大人しくなった。続いて高速に詠唱される治癒魔法に、ラーナさんも目を丸くする。
治療開始から五分と経たず、治癒魔法は薄い桃色の光と共に発動した。魔力光は個人のフェア(精)の性質で、少しずつ色が違っているらしい。
ちなみにボクは薄い緑色の光だったり。
「……どうかしら、もう動かしても痛みは無いと思うけど。初めは違和感があるかもしれないわ。それも動かしているうちに慣れるから」
「ふむふむ……おぉ、いい感じじゃ。痛みどころか引きつる感じも無い」
プリムラの治療は上手くいったようで、腕を動かすドッシさんの表情は晴れ晴れしている。調子に乗って力こぶを作って、ボディービルダー張りのポージングまでしていた。
「うむ。これならようやくまともに修理できそうじゃ。ひとまずの礼に昼飯でもご馳走するか。食べたいものはあるか?」
「さかな! 揚げたのより焼いたのがいい!」
間髪入れずに答えるボクに、苦笑するラーナさんと呆れるプリムラ。いやいや、子供はこういう時遠慮しちゃ駄目ですよ?
ドッシさんお勧めの食堂は、海のすぐ近くにあった。港で働く人にも人気の、ガッツリ系メニューが売りらしい。
食堂の側には大きな風車があって、ゆっくりと回っている。海水を汲み上げて塩を作るのに、風車を利用していると教えてもらった。
「……ふん、やはり音が駄目じゃな。ギアが噛み合っておらん」
「風車の音ですか?」
「不肖の弟子が修理したんじゃが、どうにも形にばかり囚われおる。部品だって生き物と同じ、個性があるんじゃ。それぞれに合った組み合わせがある。あやつが理解するにはまだしばらく掛かるか」
最後は言い含めるように、誰に向けてでも無いように言う。
ガタン、ゴトン、ガタン……規則正しく音が響いて聞こえる。でもドッシさんには、不協和音に聞こえているのかもしれない。
「さぁさぁ、腹も空いたじゃろう。好きなものを頼んでくれ」
◇
カマスの塩焼きをお腹いっぱい堪能した。お店は混んでいたけど、味も良くてボリューム満点。神殿の食堂も海の魚のメニューがあればなぁ。
ただ、妙にお客さんの雰囲気が、ピリピリしていたのが気になった。
「ごちそうさまでした。ドッシさん、ここっていつもこんな感じですか?」
言外に伝わったのだろう、眉をひそめて店内を見渡した後、小さくため息をついた。
「む……何時からじゃろうなぁ、やかましい雰囲気は元々じゃ。しかし、こう苛ついた感じは最近のことじゃな」
「わたしも馴染みというほどは来ていませんが、以前はこんな雰囲気では無かったですよ」
ラーナさんも同意する。
ガタイのいい男性が多く、言葉遣いも乱暴なのは分かる。急いでいるから音を立てる事も、不思議ではないだろう。でも、なんというか。
みんな何かに不満を感じている。そんな空気が漂っていた。
「さぁ、食い終わったなら、わしの工房に戻るか」
「あ、ドッシさん、お時間あるなら、港を案内してもらえませんか?」
「ん? まぁそのくらいはお安いご用じゃが……」
ボクとドッシさん、プリムラとラーナさんの二手に分かれて、港周辺を聞き込みに回る。朝からの荷物の積み卸しが一段落付く頃なので、休んでいる人に話を聞いてみた。
話を聞いているうちに、どうやら風車が壊れた時期と、見えない悪戯者が現れ始めた時期は、ほぼ一致していると分かった。
「うーむ、どういうことじゃろうか」
「風車って、壊れた一台だけなんですか?」
「いやぁ、壊れたのは三連の中央の一基だけでな、他には町の東側に、川から水を引くのに一基、西側に二基ある。この辺りはいつも海風が吹くからな、生活にとけこんどるんじゃよ」
外から来た時は気付かなかったけど、風車の利用は思っていたより進んでいるらしい。
「ほれ、そこの三基が海水を汲み上げている風車じゃ」
ゴトン、ゴトトン。
それほど強い海風は吹いていない。ゆっくり回る風車は、規則的な音を立てている。
三つ並んだ風車か……何か、引っ掛かるんだけどなぁ。
「駄目じゃ駄目じゃ、三基の音がバラバラで、お互いに音を大きくしてしまっておる」
ん? お互いにって、共鳴の事か。
「ドッシさん、バラバラって、壊れる前は音がそろっていたんですか?」
「揃うというかなぁ、隣同士の音を打ち消すように、ギアの数を変えたり、材質を変えておるんじゃ。今はゆっくりだから大した音じゃないが、風が強いと煩いからのぉ」
なんという科学の力、ノイズキャンセリングを考慮しているのか。
科学はあまり理解されていない世界と思っていたけど、少なくともドワーフにとっては身近な技術らしい。
魔法を使える人が少ないせいかな。必要は発明のなんとやらですか。
「ほれ、耳を澄ませて聞いてみぃ。色々な音が混じっておるよ」
言われるままに耳に手を添えて、風車の音を聞いた。
風の音、人の行き交う雑踏、回転する軸の音、そして、ギアのかみ合う音。
気持ちを落ち着けて聞いていれば、色々な音が……
んー、なんか胸がもやもやする。むしろイラッとするな。
なんだこれ?
ふと、手の中から人の声が聞こえた気がした。
不思議に思って当たりを見ても、話している人はいない。ドッシさんが話し掛けているわけでもなかった。
気のせいかと思ったら、また声がする。
あ、これか、指輪から声が聞こえてる?
中指にはめた指輪を耳に当てると、小さな声がはっきりと聞こえる。この感じは……プリムラか? たぶんラーナさんと話しているのだろう、お昼に食べた魚の味が良かった、ボクが最近寝坊で困る、なんて話をしていた。
「ドッシさ……」
言いかけてやめた。その前に『写真』を起動して、指輪を調べてみた。
宝石付きのオリハルコン製の指輪だと思っていたら、タダの宝石ではなくてエコー石だった。
気のせいでもなんでも無くて、声の正体は、プリムラの指輪が周りの音を拾っているせい。
「ん? どうかしたのか?」
「いえ、なんでもありません。えっと、あの、その……」
モジモジと上目遣いの仕草で、お手洗いに行きたそうな素振りをすると、うまく勘違いしてくれた。近くの建物の陰に走って、指輪に向かって呼びかける。
『プリムラ、おーい、プリムラ聞こえる~?』
小声で呼びかけて、しばらく返事を待った。
『……リィなの? ねぇ、どこにいるの?』
『あ、良かった、通じたね。ちゃんと聞こえてる?』
『びっくりした、指輪から聞こえてるのね。今どこにいるの?』
『港の風車のそばだよ。プリムラは?』
『町の北側ね。乗合馬車の待合室のそばにいるわ』
指輪の石がエコー石だった事と、ボクたちが集めた情報を伝えた。やはりプリムラも、発生時期は同じ頃という声を多く聞いたらしい。
そして、気になる話も聞き付けていた。いったん治療師のお婆さんの家に戻って、詳しい話はそこで聞く事にする。
ドッシさんは、風車を見てから自分の工房に戻ると言っていた。さすがは職人、気になる部分を見付けたのかな。
◇
プリムラの話を聞いて、一つの可能性に思い至った。それは種族によって、目撃情報の傾向がある事に気が付いたから。
そこから導き出されたのは、低周波の影響だった。
特に可聴域外の周波数は、時として人や動物に影響を与える。可聴域であっても、動物の嫌う周波数をネズミ避けに利用するのは、現代日本でよく使われる。
低周波の場合はストレスを誘発して、イライラ、不安などマイナスの感覚を起こす効果が知られている。
それは時として幻聴や、幻覚といった現象として人を襲う。いわゆる、幽霊が見えるというやつも、低周波で説明できるという人もいた。
獣人族に目撃情報が多く、中でもクー・シーや狗人族、孤人族など犬系の人の目撃が目立っていた。
犬は人や他の動物に比べて、可聴域の下限が高い。人が低い振動音として聴き取れる音でも、“聞こえない低振動”になってしまう。
それがより多くのストレス症状を引き起こして、結果、居もしないものを見る、見えないものの声を聞く、という現象になる。
その可能性をプリムラやラーナさん、お婆さんに話して、精神を安定させ、幻聴や幻覚を抑える効果のある薬草を教えた。
柴胡やヒペリカム、半夏などが効果が高いけど、残念ながらこの町にはそれらが無い。
半夏は春の神殿に在庫があって、ヒペリカムは神殿の東で採取できるので、プリムラと戻って採ってくる事にした。
「悪いねぇ、世話をかけるよ。この辺じゃ陳皮と茯苓はあるんだけど、他のものはなかなか手に入らなくて」
陳皮はミカンの皮を干したもの、茯苓は海岸に生える針葉樹の根元で見付かる、トリュフに似たキノコの一種。どちらも暖かい地域でしか育たない。
「いえいえ、その二つだけでもいらいらを抑える働きがありますから、症状の出ている人に処方してください」
「お代は物々交換でいきましょう。陳皮と茯苓を集めてくれればいいわ」
今すぐには無理でも、来春までには集めてくれると思う。無料の施しはする側に他意は無くても、受ける方は心苦しいもの。
過剰な貸し借りが発生しないように、欲しいものを伝えるのが手っ取り早い。
二日あれば往復できると思うけど、その間に原因の根本解決、振動の発生源を特定して、修理してもらうようお願いした。これはドッシさん頼りになってしまうし、特定するにも何か方法を……と悩んでいたら、それはあっさり解決した。
「おぉ、そういう話なら、わしらに任せろ。ドワーフの耳は世界一じゃぞ?」
普段から金属加工、特に鎚をふるっての作業をする鍛冶士は、叩いた時の音で状態を判断する。よく考えれば、彼らほど音に敏感な人もいなかった。
「そっかぁ、ドッシさん、音が違うとか揃ってないとか、いってましたもんね」
「その通りじゃ。あれはな、言葉通りにはっきり分かっておるんじゃよ。こう見えてわしらは、音にはうるさいんじゃ」
修理と出来る処置をお願いして、二人で春の神殿へ。エフィルさんに経過報告と、場合によってはエアロストに十日ほど滞在する事を伝えて、薬草の採取に出る。
「あぁもう、最近のリィってば、やたらと出掛けたがるわねぇ……」
構えなくって寂しいわ、とため息混じりのエフィルさんが、ボクを抱きしめたまましばらく離れてくれない。
あまつさえたわわなお胸をグイグイ押しつけるので、なんだかイケナイ感情に目覚めてしまいそう。
ん? 別にいいのか?
解放されてから森に採取に向かう。今日は珍しくタヌーがお供に付いてきた。
悪阻の薬にも使う半夏は、十分な在庫があったので積極的に採らなくても平気。柴胡とヒペリカムはぜひ欲しいんだけど……
花の時期は終わっているし、落葉性なので冬の始めには見付けにくい。
それでも枯葉や枝を頼りに探せるのは、夏の間に見付けて撮っておいた『写真』の位置情報のお陰。
これも、たいがいチート能力だよね。
森の中を動き回る間、プリムラとの会話は指輪が役に立ってくれた。遮蔽物の有る無しに影響されず、結構な距離まで届いてくれる。
ただ、聞こえる声があまり大きくないのと、不鮮明でノイズが混じるので、町中みたいに雑踏の中ではどうだろうと思った。
それぞれ十株ほどの根を採取して、一度神殿に戻って半夏を受け取った。
久しぶりに治療院にいたナウラミアに、最近姿が見えなかった理由を聞いてみる。
「ちょっとね、冬の神殿でお手伝いしてたの」
「王都のそばにある神殿だよね。何かあったの?」
「詳しくは知らないのだけど、わたしが手伝ったのは薬草集めよ」
寒空の中大変だったねーなんて、労いながら最近の出来事を話す。よく考えたら、ナウラミアって十二氏族のご息女さまなんだよなぁ。
冬に外で採取作業って、貴族の娘にやらせるのか? なんて疑問もわくけど、氏族の義務らしい。
高潔な使命をもって政に当たる、父親からは良く言われていると、半分愚痴りながら教えてくれた。
エフィルさんに言伝をお願いして、再びエアロストに向かう。今度は夏の神殿付近を目指してみると、残念ながら『森の小道』は発動しなかった。
春の神殿から真っ直ぐ南下した所にある、クー・シーの村ゴルマダスを経由して、そこから夏の神殿、エアロストの手前と三回も技能を使用した。
さすがに二人とも頭がぼーっとするくらい疲れて、街道沿いの標石に座ってぐったりしてしまった。
「誰か馬車で通りかからないかなぁ」
「そんな都合良くいくわけないで……あったわね」
見覚えのあるゴールデンレトリバー。ゆっくりと馬車を進める、クー・シーのお兄さんが偶然? 通りかかってくれた。
「ははぁ、またお嬢ちゃんたちか。よほど縁があるみたいだなぁ」
疲れた表情を察してくれたのか、当たり前に荷台に乗せてくれて、エアロストに向かった。
今日は魚を仕入れに来た事、風車を修理しているドワーフが、腕利きですごいらしい事など、明るく話してくれる。
申し訳ないけど相づちを打つくらいしか気力が無かった。プリムラはお勧めの料理は何か聞いている。
さすが、食への飽くなき探究心は、潰える事を知らないらしい。
エアロストでは、ラーナさんの家に泊めてもらう事にした。女所帯で気兼ねが無いし、なによりお婆さんの作る料理が絶品だった。
ドッシさんの修理も結構進んでいて、予定よりだいぶ早いペースらしい。
町に戻ってから二日、風車の修理が終わった。
◇
コト、カタン、コトン……静かに回る風車を見ている。
ドッシさんの言葉通りだった。こうして実際に目の前にいると、音の違いに驚く。
「出入りの商人やら旅人ならいいがな、この町に住んどる連中は、四六時中あの雑音を聞かされとったんじゃ。気が安まらんのも仕方ないわい」
腕を組んでうんうんとうなずくドッシさん。
「これで騒動も収まってくれるじゃろ。リィとプリムラのお陰じゃな」
いやいや、それ程でもありますよ? 褒めて褒めて。
「二人にお礼しなきゃならんな、腕の治療の事もあるし、ふむ……」
ボクたちを見詰めて考え込む髭もじゃのオヤジ。あんまり嬉しくない。
「ん? 変わった指輪をもっとるな」
ドッシさんがボクの指輪に目をとめる。プリムラとお揃いのエコー石が付いた指輪。
「ほぉ、オリハルコン製か。エコー石は……なかなかの純度じゃな。しかし、こう小さいと、あまり役にはたたんじゃろ?」
一目で見抜く見識の高さに驚いて、プリムラの指輪と対である事、声を届けられるのも、この町の端から端までの距離くらいなのを伝えた。
「この大きさなら、まぁそんなとこじゃろ。どれ、かしてみろ」
渡した指輪を隅々まで眺めて、一言、ふむ、と言って考え込む。それからおもむろに、視線をボクの頭に向けた。
「その髪留めも、オリハルコン製じゃな? けっこう高かったろ、はり込んだもんだ」
「えへへ。秋祭りの時に、記念にいいかなって」
「そうか、『聖人』になった直後じゃったな。よければ、その髪留めも見せてくれんか」
割とお気に入りなので、何をされるのか少し不安になる。
ためらいがちに差し出すと、考えている事が伝わったのか、面白そうな表情になった。
「わはは、心配いらんぞ、ちょっと思い付いた事があってな。お前たちさえ良ければ、このエコー石の指輪、改良してやるぞ?」
「え? そんなこと出来るんですか?」
「スプリガンどもは、見つけ出すのが仕事、わしらは加工するのが仕事だ。こういう宝物品も改良しとるよ」
さすがは金属加工に長けた妖精と知られるドワーフ族。神の金属と言われるオリハルコンでも、加工する技術があるらしい。
「まぁ、こっちの指輪は鋳潰して、イヤリングにでも造り変えるか。その方が使いやすく、機能も上がると思うがのう。どうする?」
髪留めのデザインは気に入ってたけど、指輪はシンプルで装飾の無い物だった。プリムラもうなずいてるので、加工をお願いする。
「そうじゃなぁ、オリハルコンは溶かすのに時間が掛かる。一刻は待ってもらわにゃならんが、このままここで待つか?」
「んー、どうする?」
ボクはどんな風に作業するか、見ているのも面白そうと思う。でも、プリムラは楽しくないんじゃないかな。
「リィは見てたいんでしょ? 一緒にいるわ」
「うん、なら作業を見てもいいですか?」
「変わった事をするわけじゃ無し、面白いとも思えんがの。好きにしたらいい」
二人で工房に付いていくと、奥に赤々と燃える炉があった。器用にエコー石を取り外して、台座の金属だけをるつぼに入れて炉の中へ。
炉の中の温度を見ているのか、しばらく火掻き棒でかき回したり、石炭を追加して炎の状態が安定するのを待っていた。
それから片膝を突いて、静かに何かの呪文を唱え始めた。それは聞き慣れない言葉で、口述魔法でも、精霊魔法でも使わない言葉だった。
「わしらドワーフだけが使う、神の言葉じゃ。オリハルコンを溶かすには、一工夫必要なんじゃぞ。これから使う炎は『ウォルカノスの火』という、特別なものじゃ」
それまで赤からオレンジだった炎が、急速に色を変えて青白く変化した。ガスバーナーやコンロを見慣れているから、それが高温の炎だと分かる。
あまり驚いていない様子を面白く思うのか、口元がニヤリと上がった。
「長く見続けるんじゃないぞ。目を焼かれてしまうでな」
忠告に感謝して炉から離れて作業を見守る。
しばらくするとドッシさんが白い台座のような石を持ってきた。
「これは鋳型じゃ。オリハルコン用の特殊な素材でな、乳白石というとんでもなく固い石で出来ておる」
イヤリングは鋳型で作ってくれるみたいで、型は巻き貝の形をしていた。海の町エアロストの品として、いい思い出になりそう。
それからは溶けたオリハルコンを鋳型に流して、冷えてから取り出して削り加工、象眼とエコー石の取り付けと作業が進む。
そろそろ終わりかと思っていたら、最後に真っ赤な宝石が取り出された。
「それは、なんです?」
「ふふん、これが改造のキモじゃ。火竜石という、火竜が吐き出したといわれる宝石でな、ちょいと面白い性質がある」
小さな粒をイヤリングに、2cmはありそうな大きな粒を髪留めの中央に、手慣れた様子で器用に取り付けてくれた。
「この石はな、魔力を溜める性質があるんじゃ。しかも溜めた魔力を、フェア(精)に応じて変化させて、何倍かに強める働きがある」
「え? それって、けっこうすごい石なんじゃ……」
「そりゃそうだ、竜が出した石だぞ? そうそうお目にかかれるもんじゃ無いわい」
マジっすか! これ、報酬で貰っていいレベルの代物かなぁ……すごい不安。
そうは言ってもオリハルコンの加工自体、ドワーフの腕利きじゃないと無理らしい。既に取り付けは終わっているわけで。
「あ、あの、ありがとうございます。大切にします……」
「髭は髭でも、ドワーフの髭は良い髭ね!」
どさくさに紛れてプリムラは妙な事を口走る。
でもドワーフにとって、髭を褒められるのは名誉で嬉しいらしく、ドッシさんは心の底から自慢げでニヤニヤしていた。
その後はお婆さんの家で薬を調合したり、町の周囲の小川を見に行ったり、名物らしい白身魚の鍋を食べたり、エアロストを楽しんだ。
町の様子も活気はあるけど穏やかな状態に戻って、港で感じていたピリピリした嫌な雰囲気も既に無い。
改めて風車が原因だったのかと、不思議な事もあるなぁと思う。
様子見という名の観光を堪能した後、とうとう帰りの朝になった。
すっかり馴染んだお婆さんとラーナさんに、リョース・アールヴ式のお別れの挨拶を済ませて、乗合馬車の待合室に向かう。
……うん、そうじゃないかと思ったよ。
「あれぇ? お嬢ちゃんたちまだいたのか。これからゴルマダスに帰るんだが、良かったら乗っていくかい?」
風になびく金色の垂れ耳。チャラい感じは相変わらずの、クー・シーお兄さんだった。
夏の神殿からタリル・リング経由、なんて企んでいたのだけど、久しぶりにトゥイリンへも行きたい。東回りで帰るのも悪くないと、同行させてもらう事にした。
「ドッシさん、ラーナさん、お世話になりました」
「世話になったのはこっちだぞ。また、いつでも遊びに来てくれ」
「祖母も楽しみにしてるから、二人ともまた来てね」
ありがとうの言葉は、何度言ってもいいものだと思う。お土産の塩漬けの魚にもう一度お礼を言って、手を大きく振って別れた。
「んー、お魚美味しかったねぇ。お土産にももらえたし、良かったなぁ」
「まぁね、頑張ったんだし、いいんじゃないの?」
「アクセサリもバージョンアップしたしね~。戻ったらさっそく試してみよう」
レトリバーのお兄さんと、他愛もない世間話をする。最近、ゴルマダスにも『黒板』という、便利な板が広まっているらしい。
それそれ、原因が目の前にいますよん。
プリムラは名残惜しそうに、エアロストの方をじっと見ていた。
「さみしくなった?」
「んー、それもあるけど、あの子、誰だったのかなと思って」
「え? あの子って?」
急に、首筋がぞわりとした気がする。
「ほら、ドッシさんの後ろ、ときどき付いてきてた女の子がいたでしょう?」
「……」
「お孫さんかなと思ったけど、けっきょく紹介されなかったし、近所の子かなぁ?」
えぇとですね、プリムラさん?
「ニコニコして、可愛い子だったよね~」
あの-、ボク、そんな子、一度も見てないんですけど。
なんだかすごく嫌な予感がする。
さっきから、御者席のレトリバーのお兄さんが、引きつった顔でこっちを見てるし。
ボクはプリムラに気付かれないよう、さっと側に寄って耳打ちした。
『あ、あの、つかぬ事を伺いますが……』
『おっ、あぁ、なんとなく聞きたい事は分かるぜ』
『ドッシさん、ご存じですよね? お、お孫さんて、いますか? 女の子の』
『女の子、だよな、いるっていうか、いたんだよ、五年前まで……』
『……』
うん、この事実は封印しよう。それがいいよね、そうしよう。
プリムラに知られる……ダメ、絶対。
お兄さんと二人、少し青い顔でうなずき合って、真っ直ぐに続く道を見た。
ほんの気持ちだけ、馬車の速度が上がったのは、きっと気のせいじゃないと思う。




