十五話 精霊事件 その二
森の中を南北に縦断する街道、エアロストはその終点にある。森が切れてからしばらく街道沿いに歩いて、半刻ほどの距離があった。
久しぶりに二人きりだと、ふとした時に話題が途切れる。
無理に続ける必要も無いし、日が昇ってぽかぽか陽気、ゆっくり歩いてもいい。夏の神殿より更に南に来ているはずなのに、周囲の木々や草は熱帯の感じがしない。
アダンかタコノキの仲間、パパイヤの木を見掛けるけど、意外と照葉樹が多い暖地系の林に見えた。
「あれ? 椿の花だ」
懐かしい花を見掛けて立ち止まる。見上げる程高い位置で咲く花は、白や薄いピンク、赤に近い花など色々ある。どれも花びらが十枚近くあるから、トウツバキやユチャに近い種類かな。
蜜の甘い匂いもするし、香りツバキの系統かもしれない。せっかくなので『写真』でいくつか撮影する。
「ん~、いい香りね。バラに似てるかしら? ちょっと違うかなぁ……」
背伸びしてあごを突き出し、目を細めて香りに酔うプリムラの横顔はきれいだった。
双子なんだから、同じ顔で匂いをかいでるのかと思うと、ちょっと恥ずかしい。
こそばゆい感じがするけど、彼女の顔から目が離せなかった。
「……どうしたの? ぼーっとして」
「え、ううん、懐かしい花だなぁって思って」
「そうね……」
南からの風に、ほんのりと潮の香りが混じっていた。そろそろ海が近いのかもしれない。
「姿の無いいたずら者かぁ。座敷童って、そういうのだっけ?」
「ざしきわらしって。妖精のいる世界なんだから、ピクシーとかじゃないの?」
「いやー、ストイコビッチはいないと思うよ? って、あいたっ!」
なんか最近容赦ないなー。二人の時くらい、前世ネタ振っても怒らないで欲しいよ。
街道が下りになると、左右から合流する分岐が見えてくる。合流地点には道案内の標識が立っていた。
森の中を通ったり馬車で移動したり、タリル・リングの移動ばかりしていたので、街道沿いの標識がとても新鮮に見える。
「んー? エアロスト、って文字は読めるけど、その下に書いてあるのは、なんて読むのかな? プリムラ分かる?」
「アルヴ語と違うよね。これ、知らない文字だと思う」
二人で悩んでいても仕方ないので、『写真』で「Info」を表示すると、標識に書いてある文字の意味しか分からなかった。
それで十分役に立つのだけど、文字の種類が知りたいなぁ。ズームアップして文字だけフレーミングすればいいとか?
試してみようかと思い始めた所に、くいくいっと裾を引かれる。そこには西の街道からやってくる、荷馬車を指差したエフニさまが。
『リ、リーグラス! あ、あれはっ!』
はいはい、落ち着こうね神さまなんだから。モーザ・ドゥーグの村では平気だったのに、なぜ今になって盛り上がりますか。
エフニさまは半実体モードなので、精霊を見る事の出来る者、いわゆる『精霊の目』の持ち主じゃないと見えない。
なので、多少はめを外して盛りあがっても平気なんだけど。せっかくのおしとやか美人が、残念美人になるから止めて頂きたい。
『おーい、そんな所でどうしたんだぁ~?』
やって来たのは二足歩行のゴールデンレトリバー。そう表現する以外ない、どこからどう見ても服を着たワンコが、御者台に座って馬を御していた。
「おやぁ、可愛い双子ちゃんだな。エアロストまでなら、乗ってくかい?」
「良いのですか?」「ありがとうございます~」
と、あっさり乗せてもらう。エフニさまが警戒してないし、見るからに軽い感じのレトリバーさんだけど、悪い人には見えなかった。
「あのー、お兄さんは、クー・シーの人ですか?」
「おぅ、その通りだぜぃ。お嬢ちゃんたちは、ドライアードだな。この頃はめったに見ないから、遠目で見掛けた時は驚いたぜ」
見ず知らずを気前よく乗せてくれる事に感謝して、二人で荷台に上がった。そこには掘り出したばかりの、ダリアに似た根っこが積まれていた。端の方に二人並んで座る。
「わりぃなぁ、適当に隅に寄せて座ってくれ。それ、なんだか知ってるかい?」
見た目はヤーコンが一番近いけど……違うな。ズルしちゃおうか? 『写真』発動、情報表示……なるほど、キャッサバだったのか。
「キャッサバ、ですか?」
「『キャッサバ』? そんな呼び名もあるのかい。この辺じゃ、マニオクって呼んでるな。そいつを粉にして食べるんだぜ。おっと、生のまま喰おうとするなよ? 腹壊すくらいじゃ済まないからな」
キャッサバは青酸配糖体を多く含む有毒種がある。水にさらせば問題なく食用に出来るけど、生食すれば子供なら死亡する可能性がある。
種類によってはそのまま食べられる程毒が少ないので、間違えなければ平気だけど素人は注意が必要。
キャッサバの話題から始まって、ボクたちの事やこの辺りの食べ物の話など、町に着くまで話題は尽きなかった。
残念ながら、エアロストで起こっている事件については聞けなかった。
◇
町の入り口で降ろしてもらって、お礼を言って別れた。レトリバーのお兄さんは、またなーと手を振って、港の方向に去って行く。
エアロストは海沿いの港町の一つで、色々な種族が住んでいる。ここがドワーフ族の国、ウロストへの玄関口というのが理由だろう。
「おぉぉ、なんという事でしょう! ここは理想郷でしょうか……」
エフニさまが感動のあまり目をうるうるさせていた。目の前の光景を見れば、それも仕方ない気がするけど。お願いですから完全実体化しないで下さいね。
「この町はまたずいぶんと、獣人族が多いのね」
ドワーフの国へ向かうには、ここの港から船に乗る。町中にドワーフの姿を多く見掛けるのは当たり前だけど、それ以外の人の姿にやけに獣人が多い。
クー・シーはもちろん、ケット・シー、孤人族、虎人族、兎人族などなど。ふさふさした尻尾とケモ耳には事欠かない。
うっとりした表情のエフニさまに、じゃっかん引きつつ町の中心を目指す。今のエフニさまは、精霊が見える者にしか見えない状態だからいいけど。
町の中央に行く程、人が集まる場所やお店がある。ボクたちの見目では、酒場に入るわけにもいかないし、人で賑わう食堂やお店が情報収集先として向いていた。
「なんていうか、勢いのある人が多いねー」
「荒っぽいって、はっきりいえばいいじゃない」
「いやいや、これでも一応は王族ですから、言葉は慎まないと」
「うわー、心にも無いこといってる」
そんな事はありませんよ? と、とぼけたところでプリムラには丸分かりか。一軒の屋台が椅子とテーブルを広げているから、そこで話を聞いてみよう。
薄く焼いたパンのような物に、具材をはさんで売っている。見た目はタコスという感じの美味しそうな食べ物だった。
「こんにちは。ここ、もう開いてますか?」
「お、たった今焼き始めたばっかりだけど、好きなところに座ってくれ。お嬢ちゃん、珍しい髪だなぁ。緑の髪……ドライアードか?」
つやつやした灰色の毛並みで、筋骨たくましい狗人族の店主は、勢いよく具材を炒めている。時々、ちらっとボクたちに目をやって、何か言いたそうな雰囲気。
「はい、そうですよ。えっと、おすすめはなんの具ですか?」
「どれも美味いぜっ! って言いたいとこだが、お嬢ちゃんたちじゃぁ、あまり辛いのは駄目だよなぁ」
「あ、ボク、辛いの平気です。プリムラも大丈夫?」
「むしろバッチコイよ」
「そうかい? それじゃぁ、せっかく港町に来たんだ、お勧めはツナ・チャパタだぜ!」
お勧めされたのでツナの“チャパタ”を二人分頼む。タコスみたいなこれは、チャパタという名前だった。トウモロコシの粉じゃ無くて、マニオクの粉で作る薄いパンに、きざんだ具材を油で炒めてはさむ。
まんまタコスだなーと思いながら、ただよう香ばしく甘辛に匂いによだれが出た。野菜と一緒に炒めるから、バランスが取れていて朝食にはいいと思う。
「ツナって、やっぱりツナだよね?」
「ちらっと見えた感じは、マグロっぽいわね。南の海だしいてもいいんじゃない」
久しぶりの海鮮に期待が持てる。やっぱり日本人には魚が必要。
「これでお米があれば……」
「意外と同じ植物が多いんだし、あるんじゃないの? 白米かどうか知らないけどね」
それ程待たされる事無く、木皿に乗せられたチャパタが来た。
「ほいよ、お待ちどう。熱いから火傷しないようにな。こっちの黒い瓶が甘めのソース、この赤いのが辛いソースだ。好きなのをかけてくれ」
湯気の立つ熱々のチャパタに、最初はソース無しでかぶり付く。胡椒系のピリッとした辛みと、薄めの塩味が具材の旨みを引き立てていた。
「ん~まさしくツナだね。美味し~」
「おや? ドライアードといやぁ、森の種族だろ? ツナを食べた事があるのかい?」
「えへへ、ボクたち、神殿で暮らしてまして」
胸のペンダントをちらっと見せる。
「なんだ、フレイ神殿の巫女さんだったのか。南の神殿から来たのかい?」
「いえ、東の、春の神殿務めです。二人で里帰りにこちらへ来たので」
うんうんとうなずきながら、豪快にかぶり付くプリムラは、チャパタに赤いソースをかけていた。見るからに辛そうだけど、スパイシーな香りが美味しそう。
「なんともいえない、酸っぱさと辛さが絶妙でいいわね。ここまで来て良かったわ」
「おほっ、その味が分かるのかい。いやぁ、食べっぷりもいいねぇ」
うむうむ。確かに見事だけど、女の子が褒められる時のカテゴリーじゃないよなぁ。
「そうそう、おじさん、ボクたちここに来るのが初めてなんです。何か面白い話はありますか?」
強引な感じもするけど、聞きたかった事を尋ねる。モーザ・ドゥーグの村で聞いた、姿の見えない悪戯者。その話はどのくらい広まっているのか。
「おぉ? 面白い話なぁ……巫女さんの話のタネになるか分からんが、最近ちょっと変わったことが起きてるな」
「変わったこと、ですか?」
「妙なこと? かなぁ、人によって話がバラバラでなぁ。そうだ、詳しい話を出来るやつがこの先にいるから、その婆さんに聞いてくれ」
お婆さんとはこの町の治療師で、町の西側の港に近い所にいるらしい。
巫女は各地に赴いた時、その町の治療師と積極的に会う事はしない。神官だった人が結婚して住み着いたり、最初から地元に帰るつもりで神殿で修行する人もいる。
お互いに仲が悪い事はないけど、互いの領分を侵さない、仕事を取らない為の暗黙の了解だった。
ただそれも互いに要請があれば協力するし、各地へ出掛ける事の多い巫女と、情報交換を望む治療師も少なくない。
本人次第というわけで、どんな人かは会ってみないと分からなかった。
チャパタが美味しかったお礼を言って、銅貨四枚を払った。一つ銅貨二枚とは、かなりお得感の高い食べ物と思う。
「良かったらまた買ってくれよ。それじゃ、気を付けてな!」
教えてもらった治療師の家に向かう途中にも、似たような屋台が何軒かあった。それぞれ具材が違っているらしく、ひいきのお客さんがいるみたいだった。
大柄の男の人が出入りしているのは、港湾事務所みたいな場所だろうか。仕事の斡旋をやっている所に見える。
そこから少し奥まった所に、治療師の家があった。
◇
外からでも分かる程薬草の匂いがする。中から話し声がするので、誰か治療に来ている者がいるらしい。
扉を叩いて少し待つと、中から赤毛の可愛らしい女の子が顔を出した。
あれ?
「お待たせしました、どんなご用件ですか?」
「あの、こちらに治療師のお婆さんがいると、聞いてきたのですけど」
「はい、それでしたら入ってお待ち下さい」
中に入るとそれ程強い匂いはしない。かまどに鍋が掛けてあって、煙突が伸びていた。においが充満しないように外に出していたのか。
隣の部屋で治療を行っているようで、時々話し声が聞こえてくる。声の感じは穏やかで、落ち着いたものだったのでちょっと安心した。
『腰は永くかかるからねぇ、根気強く治すしかないよ』
『完全に治すにゃ、魔法しかねぇかなぁ』
『そんな金、誰が出すってんだい。地道にがんばりな』
頭をボリボリ掻きながら、大きな男が出てきた。見た感じはオーガで、緑がかった灰色の肌をしている。
ボクたちを見ると、ぺこりと頭を下げてそのまま出ていった。
「おばあちゃん、お客さまよ」
赤毛の女の子に連れられて奥へ進む。ベッドの隣に座っていたのは、女の子によく似た赤毛のお婆さんだった。
「おやおや、可愛らしいお客さんだこと。フレイ神殿の巫女さんだね、はて、薬の配達でも頼んでいたかな……」
ニヤリと笑うその顔は、つり上がった口がやけに大きく見える。悪意は無いと思うけどちょっと怖い。
思わず一歩、後ろに下がってしまった。
「もう、おばあちゃんたら、その笑い方やめてっていってるでしょ!」
「あぁもう、ラーナは昔からうるさいねぇ。どうしたね、双子さんたち。あたしの顔がそんなに怖いかねぇ? イッヒッヒ……」
「ごめんなさい、わたしたちレッドキャップは、とても口が大きいの。初めての人は驚きますよね」
すまなそうな顔の女の子も、良く見ると顔の割に大きな口をしていた。そうか、レッドキャップね、レッドキャップ……赤帽子!?
反射的にプリムラの背中に隠れる。いや、その、物理は物理に任せた方がいいとか、メイン盾は彼女だとか、そういう事では……
「……なにしてんのよ、その態度は失礼じゃない?」
「だ、だって赤帽子だよ? た、食べられちゃわない?」
「あのねぇ、お医者さまやってるのよ、このお婆さん。そんな馬鹿なことするはず無いでしょ」
「あっはっはっ! 面白い子だねぇ、いやぁ、悪かったよ」
「ごめんなさい、この子、なにか勘違いしてるみたいで」
「いやいや、ドライアードなんて久しぶりだったから、からかったあたしも悪いのさ」
話を聞いてみたら、レッドキャップと呼ばれる種族は二種類いたらしい。ボクが勘違いした『赤帽子』の方は、言ってみれば都市伝説のような存在で、盗賊や山賊を見た者の話から広まった、噂が生んだ怪物だった。
今では実在したかどうかも疑わしい、まさにお伽噺の中の種族でしかなかった。
「もともとわたしたちは、シルキーやブラウニーと同じように、他の種族のお屋敷で働く家付きの者が多いのです」
ラーナさんとお婆さんは、ここで治療師をする前はドワーフの国で、家政婦として働いていたという。
「レッドキャップは、この赤毛から来てるんだよ。さて、ところでお前さんたち、あたしに聞きたいことがあったんじゃないかね?」
勘違いをお詫びしてから、ちゃんと名乗って、ブロルフさんに聞いた話を尋ねた。
「あ、それならわたしも聞いてますよ、港で荷運びしてる人が、時々見るそうです」
「そうさなぁ、あたしの聞いた話だと、東の森を抜けてくる荷馬車に乗ってたとか、屋台を片付けていたら、鍋をひっくり返されたとか……」
話を総合すると、いつの間にか側にいて、ちらっと姿が見える事もあるらしい。たいていは驚いて転んで怪我をする、自分で鍋をひっくり返して火傷する、などなど。
明確な悪意じゃなくて、自分で驚いて怪我をするパターンばかりだった。
「うーん、なんでしょうね、いたずら者というより、寂しがりや?」
「今の話だと、ちょっかいかけるつもりも無さそうね」
「ただねぇ、実際のところ、怪我人は増えてるんだよ。治すにも薬だってタダじゃぁない。このままだと困る人らも多いさね」
放って置くわけにはいかないよなぁ。せめて原因だけでも探らないと。事件の起こる切っ掛けが、何か無いかな。
「あのー、昔からこういうことがあった、わけじゃ無いですよね?」
「ん? あぁ、切っ掛けが何かってことかね。それが分かれば……いや、もしかしたら」
「何かありましたか?」
「二月程前のことさ、港で大きな荷崩れがあってね。その時に巻き込まれたのが、腕のいいドワーフの鍛冶屋だったんだよ。骨折は無かったけどね、筋をやられちゃって。思うように腕がふるえなくなっちまったのさ」
それはなんとも残念な事故で。そのドワーフはこの町きっての腕利きで、町の施設の修理を請け負っていた。風車や水車、港で使う動滑車など、重要な施設が多かった。
「へー、風車なんて見たこと無かったけど、この町にはあるんですね」
「おやそうかい? 神殿務めの巫女さんだと気付きにくいかね。ドワーフもそうだけど、あたしらみたいに魔法がほとんど使えないとね、そういう道具に頼らなきゃ、生きていくのも大変なのさ」
「お二人はドライアードなのに、魔法が使えるのですか?」
あれ? 魔法って、使えないんだっけか。えーと、そう言えばエフィルさんにそんな話を聞いたような……
「わたしもリーグラスも、得意な魔法は違うけど、リョース・アールヴ並には使えるわ」
「ほほぉ、そりゃ驚いた! ドライアードは精霊術は使えるって聞いてたけど、魔法が使えるものもいるんだねぇ」
お婆さんはうんうんと頻りにうなずいている。もしかして、ボクたちが魔法を使えるって、例外的な事なのかな?
「おぉ、それならお前さんたち、治癒魔法は使えるかね? 例の鍛冶屋を見てやって欲しいんだが……」
「わたしが使えます。治せるか分かりませんけど、見るだけでも良いなら」
「そりゃあ助かるよ。ラーナ、ドッシの所へ案内しておやり」
ドッシさんというドワーフの工房へ案内してもらう事になり、ラーナさんに案内されて裏道を歩く。狭い路地は洗濯物や鉢植えがあったり、お爺さんが日向ぼっこしたり、生活感にあふれていた。
「ラーナさん、魔法って、使える人が少ないんですか?」
「種族によりますねー。わたしたちでも、簡単なものなら使える人もいますよ。さすがに治癒魔術は、リョース・アールヴくらいしか使えませんね」
「リャナンシーも使えたと思いますけど」
「……あの人たちは、使えたとしても、わたしたちには使ってくれませんから」
あ、そっか。忘れてたけど、差別意識すごいんだった。
「神殿は一番近くて南の神殿よね。距離があるから移動だけでも丸一日、治癒魔法で治してもらえても、寄付という名目でお金は取られる、か」
「えぇ。紋章魔法ですし、魔法円を書く羊皮紙代、施術代、移動に掛かるお金、安くはありません。お金のある者しか、魔法で治療は出来ませんよ」
なんか深刻な話になっちゃったな。神殿もボランティア団体じゃないし、王国から助成金が出てるといっても、孤児院や祭祀の費用も掛かる。
お金が無いからといって治療を断る事はしないけど、必ず後からでも治療費は頂くのが、神殿が独立を保てていた理由でもあるし。
ちなみに春と冬の神殿はリョース・アールヴの国イル・ド・リヴリン、秋の神殿はリャナンシーの国クルロンド、と助成金の母体が違う。南の神殿はちょっと特殊で、寄付金のみで運営されている。
そのせいか他の神殿より、治療費がちょっと割高だったりする。この町の人にとっては、それもまた痛い話かもしれない。
珍しく重い話だなと思いながら、ラーナさんの後を付いて歩く。やがて一軒のごちゃっとした印象の建物に着いた。なんていうか、田舎の雑貨屋さんの雰囲気。
「あ、ここですよ。ちょっと待ってて下さいね」
ラーナさんが中へ呼びに行く間、家の外観を観察する。見たところ木造の家屋に、金属板で補強してゴツくしてる感じ。
手足が出てきて、動き出しそうな気がしたけど、たぶん気のせいだね。
「なんじゃぁ、いい気分で寝取ったのに」
大あくびをしながら出てきたのは、もじゃもじゃの髭面にがっしりした体つき。身長は低いのに、妙に威圧感があった。まさしくドワーフ。
でも、この顔、どこかで見たことが……
「あ……夏の神殿の人!」
「ん~? おぉ? 珍しいな、ドライアードか。おやぁ? 何処かで……」
「あの! カシュー漆や貝殻を、ありがとうございました!」
勢い込んでお辞儀する。この人は、夏祭りの時にカシュー漆の事を教えてくれた、ドワーフさんだった。その時に春の神殿へ届けてくれるよう、注文していた相手。
そういえば、名前聞いてなかったな……




