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フレイの森のお医者さん  作者: 夢育美
二章 世界樹
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十二話 秋祭り ~後夜祭~

 気が付くと可愛い顔が目の前に二つ。

 泣いていたのか目が赤くて腫れぼったい。いつの間にか膝枕されていた。

 アルフェルも、プリムラも泣き顔が可愛いなぁ。ちょっとゾクゾクしちゃうぞ。


 意識が途切れたあとに、ボクに代わってしばらくエフニさまが身体を動かしていたらしい。いわゆる憑依状態? 乗っ取られちゃったのね。


 気を失う寸前の女魔術師から読み取った意識、用意された振る舞い酒に、毒を混ぜて騒ぎを起こすつもり、それだけ伝えてその場で意識を失った。

 すぐさま対処の連絡をして、他にも何か仕込まれたものが無いか探査中らしい。


「大丈夫? どこか痛い所ある?」

 切なそうなプリムラの声って、なんかこう、すごいくるモノがあるな。

 でも悲しいかな、どこか痛い所ではなく、どこもかしこも全身痛かった。

 たぶんリミッターが外れた状態で動いていた。鍛えてもいないし、肉離れじゃ済まないダメージと思う。


「ごめんね二人とも。心配してもらって悪いけど、全身痛くてダメみたい。動けそうにないや」

「え!? どうしてっ!?」

 サエルリンドさんとプリムラの二人で、治癒魔法を掛けてくれたらしい。倒れるなり呻き声を上げて、見るからに痛そうだったと言われた。


 そこにすっとエフニさまが姿を現す。

 二人以外は初めてのはずだけど、あまり驚いていないのはエフニさまの見かけのせい? それとも神々しさかな。


「少しばかり無茶をさせました、申し訳なく思います」

 深々とお辞儀をするエフニさまに、慌てて皆に説明する。

 守る為に剣を取った事、その為の力をエフニさまに借りた事。


「なんと、リーグラスさまの動きは、こちらの神のご加護でしたか。舞い踊る木の葉のようで、とても人の動きと思えませんでした」

 武芸の達人も驚く程だから、全身を襲う筋肉痛のわけも分かる。治るのけっこう時間掛かりそうなんだけど。

 なんで治癒魔法が効かなかったのかな?


「あくまで私の見立てですが……」

 エフニさまが珍しく難しい顔をしていた。

「リーグラスは、その魔法という力を、受け付けない体質なのでは?」


 え? なんですかそれ。魔法使いなのに、魔法の影響を受けないとか。

 一方通行なんて、それどこの学園都市レベル5第一位ですか。小さい女の子は可愛いと思うけど、そう言う趣味はないよ?


「そうですね、聞いた話なのですが、魔法耐性が高い妖精族はいるようですね」

 サエルリンドさんによると、妖精族の中でもセレグ(生命)とフェア(精)の比率が逆転している、限りなく精霊に近い種族には魔法が効かない、使えない種族がいるらしい。水や風に属する準精霊と呼ばれる種族だとか。


「でもぉ、ぐすっ、リィはドライアードなんでじょ? 半妖精で、精霊に近い性質って聞ぐけど、すんっ、それでもわたしたち寄りよね?」

 ようやく落ち着いたアルフェルも、まだ少し鼻声でなんだか可愛い。ドライアードの村でドリュアデスさんからは、そんな話は聞かなかったと思う。


「ボクとプリムラの場合は、いろいろと普通じゃない形で生まれてるから。そういうこともあるのかも」

 けっきょく良く分からないけど、ボクの身体に治癒系の魔法は効かなかった。

 帰りは、サランディアさんにお姫さまだっこされて、怖い視線に晒された。秋の神殿に着くまで針のむしろだなぁ。


 腕を上げるのがやっとの状態だけど、固有技能はちゃんと発動した。体力とか気力とか関係無しに使えるのは、本当にありがたいと思う。

 リャナンシーの女魔術師には、自由を奪う『呪い』をサエルリンドさんが掛けて、ウッドワースの一人に運んでもらった。

 彼らは自由意思で戦ったわけではなく、『呪い』で強制的に使役されていたみたい。


 話してみるとぼくとつで恥ずかしがりで、外見よりかなり可愛い性格をしている。

 自由を取り戻した彼らをプリムラが治療しようとしたら、みんな恥ずかしがってサエルリンドさんに群がったほど。


 え? もちろんプリムラが怖いとか、内心はまだ怒ってて痛くされるとか、そんな事あるわけ無いじゃないですか、ヤダー。


 神殿に着く直前で、女魔術師が目を覚ましてちょっと慌てたけど、帰りは概ね楽ちんだった。精神的な負荷は大きかったけど。

 目を覚ました女魔術師に、エフニさまの神通力は一瞬届いただけですぐに遮断された。まったく、リャナンシーって言うのはどんだけ魔法巧者なんだろう。明らかにチートレベルの使い手だよこの人。


 何か聞き出そうにも、きつい目で睨むだけで黙秘を続けている。しばらく治療院で療養になるから、その間に何か方法を考えよう。とにかくイアヴァスさまが無事で良かった。色々あったけど、それだけは素直に喜んでいいと思う。


「リィはなんで、新しい機能使わなかったの?」

 治療院のベッドでボクを手当てしながら言った。プリムラにだけはギフトの追加機能、「分析」の事を話している。


「正直にいうと、忘れてた。あの場で思い出せなかったんだ。もし使っていたら、有効な魔法もあったかもね」

「どうかしらね、あの無茶苦茶な防御魔法だっけ? あれどうにかなるものかしら」

 ごく自然に、すっとエフニさまが登場する。プリムラと二人きりの時は、こうして顕現される事が多い。三人で話す必要があると考えているからかな。


「たぶん、あの場で有効な手段は、直接攻撃だけだったと思いますよ」

「やっぱり魔法は効かなかったと」

「いいえ、いくつかは有効な種類もあったでしょうが、あの場では空間に歪みがありました。狙いがそれて攻撃が身方に向く可能性もありましたよ」


 うっ、それはまずいね。特にアルフェルの攻撃魔法食らったら、無事で済む気がしない。ボク程度なら治療魔法で治るだろうけど。


「結果論ですが、勝てたのですから良しとしましょう。さぁ、リーグラスはもう休みなさい。寝る事は最良の治療になります」

 おっしゃる通りなので、二人に感謝しながら目をつぶる。薬草の香りと、手に触れる温かさを感じながら、そのまま眠りに落ちた。



 けっきょく秋祭で挨拶したのは、初日の最初の一度だけ。それもプリムラに身体を支えて貰って、なんとか平静を装うという情けなさ。

 全身の筋肉痛や、あちこちの内出血はしばらく治りそうにない。


 ボクの怪我を知ったエフィルさんが、血相を変えて神聖魔法を使おうとしたけど、さすがにそれは全員に止められた。

 たぶん効かないだろうし、まだ何かあるかもしれないし。


 まさか自分の身体が魔法を受け付けにくい、特殊な性質を備えているとは思わなかった。その代わりなのか自然治癒力は高くて、大人しくしていれば人よりずっと早く治る。

 プリムラは普通体で、治癒魔法もちゃんと効くし、魔法を弾くなんて事もない。双子のはずでしょ? どういう事だってばよ。


「最初に言っておきますが、私のせいではないですよ?」

 ベッドに座るエフニさまは、穏やかな微笑みを浮かべてそう言った。

「それは……そうなんでしょうけど。分かっていたなら、教えて下さいよ~」


「私も説明されて驚いた口です。たいぞうも傷が治りやすい体質だと言っていました。あなたの家系ですかね?」

「肉体は向こうに置いて来ちゃってますよ」

「魂の性質、と考えられるのでは? そうでなくては、双子のプリムラさんと違う理由が分からないでしょう。貴方やたいぞう、法雨みのりの家の者は面白いですね」

 法雨だって? それって、ボクの前の名前なのか!?


「あぁ、いつか言わなければと思っていましたが、すっかり忘れていました。貴方があまりにもここに馴染んでいたので、私にとってもリーグラスでしたから」

「あ、あの、それでエフニさま、ボクのフルネームは……」


法雨千也みのりせんや、恵みの雨で千の実りをもたらすように。たいぞうが付けた名前です」

 お祖父ちゃんが、ボクの名前を。なんだか嬉しいな。

 それに、ちょっと恥ずかしい感じがする。なにその願いを込めました的名前は。


「ふ~ん、案外いい名前じゃない。元の名前でも、今のリィなら似合ってるんじゃ?」

 いつの間にかやって来たプリムラが、戸口に寄りかかりながら話を聞いていた。


「あれ? もう終わったの? えっと、お務めご苦労さまです……」

「まぁったくね! 双子だから代役頼むとか、金輪際かんべんしてよねっ! 自分の事でもないのに、妙にちやほやされたり、熱い視線で見られたり……は、恥ずかしかったんだからっ!」


 赤い顔でむくれるプリムラは、なんだか久しぶりに見た気がして可笑しかった。

 予定されていた秋祭での挨拶とスピーチを、二回目からボクに代わって務めてくれたのだ。前髪の一房をフードで隠せば、ボクたちはほとんど見分けが付かない。

 普段から一緒にいる人ならともかく、初めて会う人たちには分からないのも当然だった。


「なに笑ってるの!」

「え? 笑ってないよ、ごめんごめん。なんだかさぁ、二人でこんな感じに話すの、久しぶりだなぁって思って」

 それにちょっと怒ったプリムラの顔って、どこか懐かしい感じがして、心が暖かくなるんだよね。


「ふん、だ。それより身体はどうなの? 少しは良くなった?」

「あと一日寝ていれば、普通に歩けるくらいには回復するって。エフィルさん曰く、脅威の回復力らしいよ?」

「エフィルにもきちんと謝りなさいよ? リィが寝てる間、動物園の熊みたいだったのよ。寝かし付けるの大変だったわ」

 動物園の熊って……それはちょっと見たかった、なんて言ったら怒るだろうなぁ。


「そ、それでね、その、動けるようになったら、せっかくだし、お祭り一緒に見ない?」

 あと六日あるんだっけ。全部とは言えないけど、催し物も見て回れるかなぁ。あ、アルフェルの舞踏大会って何日目だっけ?


「そうだね、せっかくだし一緒に見て回ろうか。ただし、二人ともフードで目立たないようにしないとね。あと、アルお姉ちゃんの踊りって、いつやるか分かる?」


「明後日よ」「明後日です」

 プリムラは少しトゲのある、エフニさまは妙に楽しそうな声で、二人がハモった。エフニさまって、踊りとか歌とか好きなんだっけ?


「舞踊は良いものですよ、リーグラス。人の文化の到達点でしょう」

 意外な所に意外なマニアが。踊りの事はよく分からないけど、これからは見る機会があったら、積極的に見に行こう。エフニさまには色々感謝しているし。


「それじゃぁね、リィ。ちゃんと寝てるのよ? わたしは狩猟大会で大物狙ってくるから。夕飯期待しなさい」

 ひらひら手を振りながら去って行った。なんと言いますか、すごくたくましくなった。守護者と言うより、どっちが聖人なのか分からない気がする。


 大物を狙うって言うけど、出来たら魚が食べたいんだよなぁ。海の魚はこっちに来てから一度も食べてないし。

 脂の乗ったお肉も悪くはないんだけどね。



 翌日には、まだ残る筋肉痛に我慢しながら、プリムラと二人で食べ物の屋台を回ったり、フリーマーケットみたいな露店も回る。

 夏のお祭りの時と違って、王国からのお給料はしっかり受け取っているので、懐にはかなりの余裕がある。


 スプリガンのおじさんが、アクセサリの露店をやっていた。青白く輝く、銀細工のような髪留めや、ブローチ、ペンダント、指輪などが並んでいる。

 銀にしては光の反射が違う。青く輝く金属なんて、今まで見た事がない。


「おやぁ、可愛い双子さんだな。どうかね、ここにある物はなかなか珍しいぞ。どれもこれも地下の掘り出し物だよ」

「地下、ですか?」

「そうさ、俺たちスプリガンでもなきゃ、そうそう見付けられないけどな。時々だが地下に向かう洞窟が見付かるんだ。その奥にお宝があるってわけさ」


 むむ、なんだかRPG的な楽しそうな雰囲気が。この世界に来たばかりの頃は、神殿と森と近くの村しか知らなかった。それ以外にも色々あって当たり前だよね。

 世界樹なんてあるし、枯れ木の森やら大渓谷もある。ダンジョンみたいな場所もあるのかもしれない。


「おじさん、その洞窟って、『モンスター』が出て戦ったりするの?」

「怪物? なんだいそれは。洞窟っても、人一人やっと通れるくらいの、細くて入り組んだ迷路だよ。お嬢ちゃんじゃ、うっかり迷い込むと出られなくなるぞ」

 モンスターは怪物と変換されるのね。どうもゲーム的な物とは違うらしい。


「それよりどうするね、この揃いの髪飾りなんか、双子のお嬢ちゃんたちにぴったりだろう。オリハルコンって金属で出来た珍しい物だよ」


 オ・リ・ハ・ル・コ・ン、ですとっ!

 思わずプリムラと顔を見合わせる。彼女も目を丸くして、RPGでは有名な神の金属の別名を持つ名前に色めき立った。

 デザインもト音記号を三重にしたような、細い線を束ねた装飾で可愛らしい。


「お、おじさんっ! これいくらですかっ!」

「おっ、おぅ? いきなりだな。そうさなぁ、お嬢ちゃんたち可愛いし、気に入ってくれたみたいだから、二つとも買ってくれるって事で、金貨三枚でどうだい?」


 うぉっ、それは確かにいい値段。銀貨一枚が約千円、百枚で金貨一枚になる。

 という事は、金貨三枚は30万相当だよね。

 うーん、買えなくはないんだけど、手持ちがほぼゼロになっちゃうなぁ。

 ツンツンと脇腹を突ついて、プリムラが耳元でささやく。


『ねぇ、本物かどうか、確かめてみたら?』

 あ、そうか。『写真』使えばいいんだね。どうもうっかり忘れるなぁ。

 さっそく情報表示すると、確かにオリハルコンと出ている。偽物を売り付けようとする、悪い人じゃないのは確かめられた。


「プリムラは、お金に余裕ある?」

「金貨一枚くらいなら出せるけど、他に何も買えなくなっちゃうわよ」

「だよねぇ~。ボクも二枚ならなんとかだけど。他に欲しいものがあっても……」

 二人して、チラ、チラとおじさんを見る。それを見て、はぁ、仕方ないといった感じで、ボクたちのアピールに応えてくれた。


「うーん、ほんとにいい物なんだが。それじゃ、二つで金貨二枚と銀70でどうだ!」

「おじさんイケメン! もう一声ッ!」

「『イケメン』? ってなんだそれ。それじゃ金貨二枚に銀60までが限度だ。それでダメなら、悪いけどあきらめてくれ」


「ありがとうおじさ~ん!」「わ~い、愛してる~」

 とんでもなくいい笑顔だったのか、愛してるの言葉のせいか、おじさんが照れる。


「お嬢ちゃんたち、買い物慣れしてるなぁ。身形がいいからよ、てっきり氏族のお嬢さま方かと思ったんだが。そいつは王都で買えば、一つ金貨二枚はする代物だよ」

 ニコニコ顔で受け取って、ボクがプリムラの、プリムラがボクの髪に、それぞれの前髪を書き上げて留める。

 明るい緑の髪に青白色の髪留めは、なかなか似合って見えた。


「その髪の色は……」

 あ、おじさんにバレちゃった? 急いで二人揃ってシーッのポーズ。

 この仕草で黙って、という意味が理解してもらえるのは確認済み。


「あ、あぁ。そういう事か。それならそうと……よし、大サービスだ。こいつも持って行きなよ」

 おじさんが揃いの指輪を見せてくれた。オリハルコンの台座に、薄い黄色の半透明な宝石が付いている。トパーズか何かかな? 高そうな指輪なんだけど。


「もらっちゃっていいの?」

「いいって、いいって。お前さんたちみたいな人に、持ってて欲しいからな。俺のダチがよ、二十年来怪我で自由に動けなくてなぁ。それがつい十日前だよ、治ったってんだから驚くよな。なんでも、『珍しい林檎』を一口齧ったそうだよ」

 少し厳つい、でも人懐っこい顔で話すおじさんが、その時だけ何かを思い出すような、優しい表情を見せた。


「だからな、お礼だよ、おれい。直接会って礼の一言でも、と思って来ちゃあみたが、何しろこの人集りだろ。偶然ってのはあるもんだなぁ」

 そっか、ボクたちが見付けた林檎は、ちゃんといろんな人の役に立ってるんだ。

 嬉しくなって、ボクからもありがとうを言ったら、おじさんはちょっと驚きながら頭を撫でてくれた。


「これからもよろしく頼むぜ。何しろお前さんたちは、アールヴの希望なんだからな。それに、だ。もう何年かすりゃぁ、それはそれは、いい女に……」

 唇の端をニヤリと上げて、ちょっとエッチな目で見られた。


「もう! せっかくいい人だと思ったのに!」

「わっはっは! まぁそんなに邪険にするなよ。いずれそういう時が来れば分かるこった。おれぁ、どっちかってーと、小さなおっぱいが好みだな」

 とても紳士な発言をするおじさんから指輪を受け取って、二人揃ってあっかんべーして離れた。

 背中から聞こえる笑い声は、実に楽しそうだった。



 それから、少しずつ退いていく痛みを実感しながら、残りのお祭りを楽しんだ。

 アルフェルの踊りも可愛かったし、何より誤解が解けて、仲むつまじい兄妹が見られたのが嬉しい。


 プリムラはボクを引き回すけど、常に身体を気遣ってくれる。デートでエスコートされてるみたいで、ちょっとドキドキする。

 ん? 二人きりでお祭りを回るって、立派にデートなのかな?

 次第に赤らむ頬に立ち止まっていると、ボクたちを探しに来たイアヴァスさまに会った。


「あぁ、こちらでしたか! お楽しみの所申し訳ありません。実はお二人にお願いしたいことが……」

 歩きながら話を聞く。捕虜になったリャナンシーが、頑として口を割らないので困っているという話だった。


 何か刑事物っぽい雰囲気で、オラわくわくすっぞ!

 事が事だけに神殿騎士だけでなく、王都からも騎士の一団が取り調べに来る。

 タリル・リングの接続が悪くて、彼らは今夜までここへ来られない。神殿騎士としては、それまでに少しでも情報を得たかった。


「ボクたちが行って、役に立つかなぁ?」

「リィの『写真』でなにか出来るんじゃない?」

 情報表示じゃ名前くらいしか分からないけど……プリムラがこういう時は、何か狙いがある。まさか、「分析」を使えっていうこと?


 例の女魔術師は騎士の詰め所に勾留されていた。後ろ手に縛られたまま椅子に座っている。

 両足は自由に見えるけど、部屋から出られないように『呪い』で制限を掛けている。両手が使えないようにしたのは、解呪に使う紋章を描かせない為らしい。


 一通りの説明をされて、部屋の外から中を覗く。

 気配を察したのか、ボクに向かって真っ直ぐ視線が向けられていた。

 その目はまさに、人が害虫を見るかのような。憎しみよりも蔑み、不快感がこもった目に思える。


「……」

 ただ無言で見詰めるだけのその人は、不気味で不安を感じる相手だった。

 出来れば関わりたくないけど、種族差別だけであの目で睨まれるのも、ちょっと腹が立つ。

 部屋に入るかためらいはわずか、当たり前の様に近付くプリムラの後を追った。


「ずいぶんなこと、してくれたわよね。そんなにリャナンシーって偉いの?」

 目を合わせようとすらしない。視線は隣のボクに向いたまま。


「あくまで無視ってわけね。いいわよ、そっちがその気なら、わたしたちもそのつもりだから」

 ピクリと一瞬だけ反応したように見えた。それでもプリムラに目を向けない。

 彼女も特に怒った感じもなく、大げさな態度でボクの耳にささやいた。


 視線はニヤリと女魔術師を見据えている。内容は予想通り、「分析」を使用する事。

 少し気の毒な気もする。でも、襲われて怪我もしたし、何より今でも続く全身の痛みで、ためらう気は起きなかった。


 『写真』を発動して、「分析」アイコンをクリック。


 ……えっと、この文章をそのまま読み上げるのは、セクハラものなんだけど。なんですかこれ、いわゆる羞恥プレイ?


「名前は、エゼル・ルース。年齢は102歳。既婚歴二回で、子供は二人、孫が八人」


 時間が止まったように見えた。

 居心地悪そうに身動きしていたのが、彫像のように固まった。ボクに向けられた胡乱な眼差しが、一瞬で驚愕に染められる。


 その時を楽しみにしていたのか、意地悪そうな笑みがプリムラの唇を吊り上げた。


「えーと、好みの異性のタイプは、日焼けした筋肉質のタイプ。いわゆるガチムチ系? 割れ顎に割れた腹筋、って筋肉フェチだね」

 見開かれた目に、情けないような動揺した色が宿る。肌の色もいくぶん色を失ったように、より白く見えた。


「こ、これも? えっと、言っちゃっていいのかな、好みの同姓のタイプは……」

 そこまで読み上げた途端、ビクッと身体が撥ねた。たぶん予想していたのだと思う。


「タイプは、マロンブロンドで、垂れ耳、やや丸顔の胸の大きな年上。母性を感じさせる人だって」

 ガタッと音が響いて、耳を赤くした女魔術師が立ち上がる。にらみ殺されそうな視線がボクを見据える。

 うわぁ、なんかこの人、マジで怖いんですけど。

 内心ドン引きしてるので、読み上げを止めようと思った。そこに追加オーダーが。


「リィ、続けて」

 うー、なんか嫌だよぉ。この先は本気で羞恥プレイなんだけど……

 ボクの身にもなってよ。


「えー、おほんっ、感情込めずに、しゃきしゃきいくよー、す、好きな体位は後背位、挿入と同時に乳首を責められるのが……」


『今すぐ黙れぇ! このっ、汚らわしい糞虫がぁ!!』


 全身から闘気じゃなく、羞恥? があふれた姿で仁王立ちする女魔術師。

 般若の面って、リアルであるのね。


「あんたの負けよ。分かったでしょ? 隠し事なんて無意味だって。ほら、洗いざらい全部しゃべりなさい」


 どさり、と全てを諦めた者の音がする。うなだれて顔を上げる気力も無くしたみたい。

 これで自分の役割は終わったと、ボクの手を取って部屋を出ようとしたプリムラに、声がかかった。

「……いい気になるなよ、劣等種族が」

 言葉を返す必要も無い。

 外の騎士さまに後をお願いして、まだ熱気の残る秋祭の賑わいに戻った。


 こうして秋のお祭りは終わりを迎えた。幸いに大きな騒ぎも起きず、心配していた襲撃も無かった。

 サエルリンドさんから聞いた話では、王国から正式な抗議を、クルロンドに対して行う準備を進めている。


 神殿の巫女とはいっても、王女が直接の被害者なので、外交上しっかりと攻める機会と考えている。

 リャナンシーは他国と積極的に関わらないので、外交もあまり進んでいない。くさびとして利用する、そんな所かな。


 一つ気になっているのは、サランディアさんがお墓の前で言った事。たぶん恋人だった人と、アルフェルのお母さんに関して、クルロンドとの間で重要な秘密がある。

 それを聞く機会はもう無いかもしれないし、無くて済むならそれでいい。

 二人がわだかまり無くいられて、出来たら彼女の思いが届いて、幸せになってくれれば最高の結果だと思う。


 帰り支度を済ませたボクたちは、神官の皆さんや騎士の人たちに挨拶して、最後に孤児院に来ていた。


「忘れものは無い? ロロア」

「これで全部」

 彼女の荷物は、ひと抱えの革袋一つだった。服と食器など身の回り品が数点に、一冊の本だけ。それが彼女の全ての持ちもの。


「いままで通り、ここに残ってもいいんだよ?」

「イアヴァスせんせい、もう大丈夫。お姉ちゃんといっしょにいく」

「そっか……」

 はっきりは言わないけど、バンシーの固有技能で危機は去ったと、彼女には分かっている。だからボクたちと一緒に、エフィルさんの元へ行くと決意したのだろう。


 新しい妹が出来て、ボクもプリムラも、何よりタヌーが喜んでいた。妙に二人は通じ合うみたいで、気が付くと一緒にいる。


「それじゃいこうか」

 表情の変化が少ないと思ったロロアが、この時ばかりは満面の笑顔で手を振った。


 別れる時は笑顔がいい、最後に見た顔が悲しい顔なんて、さみしい想い出でしょう?


 誰かに聞いた言葉を思い出していた。


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