十二話 秋祭り ~後夜祭~
気が付くと可愛い顔が目の前に二つ。
泣いていたのか目が赤くて腫れぼったい。いつの間にか膝枕されていた。
アルフェルも、プリムラも泣き顔が可愛いなぁ。ちょっとゾクゾクしちゃうぞ。
意識が途切れたあとに、ボクに代わってしばらくエフニさまが身体を動かしていたらしい。いわゆる憑依状態? 乗っ取られちゃったのね。
気を失う寸前の女魔術師から読み取った意識、用意された振る舞い酒に、毒を混ぜて騒ぎを起こすつもり、それだけ伝えてその場で意識を失った。
すぐさま対処の連絡をして、他にも何か仕込まれたものが無いか探査中らしい。
「大丈夫? どこか痛い所ある?」
切なそうなプリムラの声って、なんかこう、すごいくるモノがあるな。
でも悲しいかな、どこか痛い所ではなく、どこもかしこも全身痛かった。
たぶんリミッターが外れた状態で動いていた。鍛えてもいないし、肉離れじゃ済まないダメージと思う。
「ごめんね二人とも。心配してもらって悪いけど、全身痛くてダメみたい。動けそうにないや」
「え!? どうしてっ!?」
サエルリンドさんとプリムラの二人で、治癒魔法を掛けてくれたらしい。倒れるなり呻き声を上げて、見るからに痛そうだったと言われた。
そこにすっとエフニさまが姿を現す。
二人以外は初めてのはずだけど、あまり驚いていないのはエフニさまの見かけのせい? それとも神々しさかな。
「少しばかり無茶をさせました、申し訳なく思います」
深々とお辞儀をするエフニさまに、慌てて皆に説明する。
守る為に剣を取った事、その為の力をエフニさまに借りた事。
「なんと、リーグラスさまの動きは、こちらの神のご加護でしたか。舞い踊る木の葉のようで、とても人の動きと思えませんでした」
武芸の達人も驚く程だから、全身を襲う筋肉痛のわけも分かる。治るのけっこう時間掛かりそうなんだけど。
なんで治癒魔法が効かなかったのかな?
「あくまで私の見立てですが……」
エフニさまが珍しく難しい顔をしていた。
「リーグラスは、その魔法という力を、受け付けない体質なのでは?」
え? なんですかそれ。魔法使いなのに、魔法の影響を受けないとか。
一方通行なんて、それどこの学園都市レベル5第一位ですか。小さい女の子は可愛いと思うけど、そう言う趣味はないよ?
「そうですね、聞いた話なのですが、魔法耐性が高い妖精族はいるようですね」
サエルリンドさんによると、妖精族の中でもセレグ(生命)とフェア(精)の比率が逆転している、限りなく精霊に近い種族には魔法が効かない、使えない種族がいるらしい。水や風に属する準精霊と呼ばれる種族だとか。
「でもぉ、ぐすっ、リィはドライアードなんでじょ? 半妖精で、精霊に近い性質って聞ぐけど、すんっ、それでもわたしたち寄りよね?」
ようやく落ち着いたアルフェルも、まだ少し鼻声でなんだか可愛い。ドライアードの村でドリュアデスさんからは、そんな話は聞かなかったと思う。
「ボクとプリムラの場合は、いろいろと普通じゃない形で生まれてるから。そういうこともあるのかも」
けっきょく良く分からないけど、ボクの身体に治癒系の魔法は効かなかった。
帰りは、サランディアさんにお姫さまだっこされて、怖い視線に晒された。秋の神殿に着くまで針のむしろだなぁ。
腕を上げるのがやっとの状態だけど、固有技能はちゃんと発動した。体力とか気力とか関係無しに使えるのは、本当にありがたいと思う。
リャナンシーの女魔術師には、自由を奪う『呪い』をサエルリンドさんが掛けて、ウッドワースの一人に運んでもらった。
彼らは自由意思で戦ったわけではなく、『呪い』で強制的に使役されていたみたい。
話してみるとぼくとつで恥ずかしがりで、外見よりかなり可愛い性格をしている。
自由を取り戻した彼らをプリムラが治療しようとしたら、みんな恥ずかしがってサエルリンドさんに群がったほど。
え? もちろんプリムラが怖いとか、内心はまだ怒ってて痛くされるとか、そんな事あるわけ無いじゃないですか、ヤダー。
神殿に着く直前で、女魔術師が目を覚ましてちょっと慌てたけど、帰りは概ね楽ちんだった。精神的な負荷は大きかったけど。
目を覚ました女魔術師に、エフニさまの神通力は一瞬届いただけですぐに遮断された。まったく、リャナンシーって言うのはどんだけ魔法巧者なんだろう。明らかにチートレベルの使い手だよこの人。
何か聞き出そうにも、きつい目で睨むだけで黙秘を続けている。しばらく治療院で療養になるから、その間に何か方法を考えよう。とにかくイアヴァスさまが無事で良かった。色々あったけど、それだけは素直に喜んでいいと思う。
「リィはなんで、新しい機能使わなかったの?」
治療院のベッドでボクを手当てしながら言った。プリムラにだけはギフトの追加機能、「分析」の事を話している。
「正直にいうと、忘れてた。あの場で思い出せなかったんだ。もし使っていたら、有効な魔法もあったかもね」
「どうかしらね、あの無茶苦茶な防御魔法だっけ? あれどうにかなるものかしら」
ごく自然に、すっとエフニさまが登場する。プリムラと二人きりの時は、こうして顕現される事が多い。三人で話す必要があると考えているからかな。
「たぶん、あの場で有効な手段は、直接攻撃だけだったと思いますよ」
「やっぱり魔法は効かなかったと」
「いいえ、いくつかは有効な種類もあったでしょうが、あの場では空間に歪みがありました。狙いがそれて攻撃が身方に向く可能性もありましたよ」
うっ、それはまずいね。特にアルフェルの攻撃魔法食らったら、無事で済む気がしない。ボク程度なら治療魔法で治るだろうけど。
「結果論ですが、勝てたのですから良しとしましょう。さぁ、リーグラスはもう休みなさい。寝る事は最良の治療になります」
おっしゃる通りなので、二人に感謝しながら目をつぶる。薬草の香りと、手に触れる温かさを感じながら、そのまま眠りに落ちた。
◇
けっきょく秋祭で挨拶したのは、初日の最初の一度だけ。それもプリムラに身体を支えて貰って、なんとか平静を装うという情けなさ。
全身の筋肉痛や、あちこちの内出血はしばらく治りそうにない。
ボクの怪我を知ったエフィルさんが、血相を変えて神聖魔法を使おうとしたけど、さすがにそれは全員に止められた。
たぶん効かないだろうし、まだ何かあるかもしれないし。
まさか自分の身体が魔法を受け付けにくい、特殊な性質を備えているとは思わなかった。その代わりなのか自然治癒力は高くて、大人しくしていれば人よりずっと早く治る。
プリムラは普通体で、治癒魔法もちゃんと効くし、魔法を弾くなんて事もない。双子のはずでしょ? どういう事だってばよ。
「最初に言っておきますが、私のせいではないですよ?」
ベッドに座るエフニさまは、穏やかな微笑みを浮かべてそう言った。
「それは……そうなんでしょうけど。分かっていたなら、教えて下さいよ~」
「私も説明されて驚いた口です。たいぞうも傷が治りやすい体質だと言っていました。あなたの家系ですかね?」
「肉体は向こうに置いて来ちゃってますよ」
「魂の性質、と考えられるのでは? そうでなくては、双子のプリムラさんと違う理由が分からないでしょう。貴方やたいぞう、法雨の家の者は面白いですね」
法雨だって? それって、ボクの前の名前なのか!?
「あぁ、いつか言わなければと思っていましたが、すっかり忘れていました。貴方があまりにもここに馴染んでいたので、私にとってもリーグラスでしたから」
「あ、あの、それでエフニさま、ボクのフルネームは……」
「法雨千也、恵みの雨で千の実りをもたらすように。たいぞうが付けた名前です」
お祖父ちゃんが、ボクの名前を。なんだか嬉しいな。
それに、ちょっと恥ずかしい感じがする。なにその願いを込めました的名前は。
「ふ~ん、案外いい名前じゃない。元の名前でも、今のリィなら似合ってるんじゃ?」
いつの間にかやって来たプリムラが、戸口に寄りかかりながら話を聞いていた。
「あれ? もう終わったの? えっと、お務めご苦労さまです……」
「まぁったくね! 双子だから代役頼むとか、金輪際かんべんしてよねっ! 自分の事でもないのに、妙にちやほやされたり、熱い視線で見られたり……は、恥ずかしかったんだからっ!」
赤い顔でむくれるプリムラは、なんだか久しぶりに見た気がして可笑しかった。
予定されていた秋祭での挨拶とスピーチを、二回目からボクに代わって務めてくれたのだ。前髪の一房をフードで隠せば、ボクたちはほとんど見分けが付かない。
普段から一緒にいる人ならともかく、初めて会う人たちには分からないのも当然だった。
「なに笑ってるの!」
「え? 笑ってないよ、ごめんごめん。なんだかさぁ、二人でこんな感じに話すの、久しぶりだなぁって思って」
それにちょっと怒ったプリムラの顔って、どこか懐かしい感じがして、心が暖かくなるんだよね。
「ふん、だ。それより身体はどうなの? 少しは良くなった?」
「あと一日寝ていれば、普通に歩けるくらいには回復するって。エフィルさん曰く、脅威の回復力らしいよ?」
「エフィルにもきちんと謝りなさいよ? リィが寝てる間、動物園の熊みたいだったのよ。寝かし付けるの大変だったわ」
動物園の熊って……それはちょっと見たかった、なんて言ったら怒るだろうなぁ。
「そ、それでね、その、動けるようになったら、せっかくだし、お祭り一緒に見ない?」
あと六日あるんだっけ。全部とは言えないけど、催し物も見て回れるかなぁ。あ、アルフェルの舞踏大会って何日目だっけ?
「そうだね、せっかくだし一緒に見て回ろうか。ただし、二人ともフードで目立たないようにしないとね。あと、アルお姉ちゃんの踊りって、いつやるか分かる?」
「明後日よ」「明後日です」
プリムラは少しトゲのある、エフニさまは妙に楽しそうな声で、二人がハモった。エフニさまって、踊りとか歌とか好きなんだっけ?
「舞踊は良いものですよ、リーグラス。人の文化の到達点でしょう」
意外な所に意外なマニアが。踊りの事はよく分からないけど、これからは見る機会があったら、積極的に見に行こう。エフニさまには色々感謝しているし。
「それじゃぁね、リィ。ちゃんと寝てるのよ? わたしは狩猟大会で大物狙ってくるから。夕飯期待しなさい」
ひらひら手を振りながら去って行った。なんと言いますか、すごくたくましくなった。守護者と言うより、どっちが聖人なのか分からない気がする。
大物を狙うって言うけど、出来たら魚が食べたいんだよなぁ。海の魚はこっちに来てから一度も食べてないし。
脂の乗ったお肉も悪くはないんだけどね。
◇
翌日には、まだ残る筋肉痛に我慢しながら、プリムラと二人で食べ物の屋台を回ったり、フリーマーケットみたいな露店も回る。
夏のお祭りの時と違って、王国からのお給料はしっかり受け取っているので、懐にはかなりの余裕がある。
スプリガンのおじさんが、アクセサリの露店をやっていた。青白く輝く、銀細工のような髪留めや、ブローチ、ペンダント、指輪などが並んでいる。
銀にしては光の反射が違う。青く輝く金属なんて、今まで見た事がない。
「おやぁ、可愛い双子さんだな。どうかね、ここにある物はなかなか珍しいぞ。どれもこれも地下の掘り出し物だよ」
「地下、ですか?」
「そうさ、俺たちスプリガンでもなきゃ、そうそう見付けられないけどな。時々だが地下に向かう洞窟が見付かるんだ。その奥にお宝があるってわけさ」
むむ、なんだかRPG的な楽しそうな雰囲気が。この世界に来たばかりの頃は、神殿と森と近くの村しか知らなかった。それ以外にも色々あって当たり前だよね。
世界樹なんてあるし、枯れ木の森やら大渓谷もある。ダンジョンみたいな場所もあるのかもしれない。
「おじさん、その洞窟って、『モンスター』が出て戦ったりするの?」
「怪物? なんだいそれは。洞窟っても、人一人やっと通れるくらいの、細くて入り組んだ迷路だよ。お嬢ちゃんじゃ、うっかり迷い込むと出られなくなるぞ」
モンスターは怪物と変換されるのね。どうもゲーム的な物とは違うらしい。
「それよりどうするね、この揃いの髪飾りなんか、双子のお嬢ちゃんたちにぴったりだろう。オリハルコンって金属で出来た珍しい物だよ」
オ・リ・ハ・ル・コ・ン、ですとっ!
思わずプリムラと顔を見合わせる。彼女も目を丸くして、RPGでは有名な神の金属の別名を持つ名前に色めき立った。
デザインもト音記号を三重にしたような、細い線を束ねた装飾で可愛らしい。
「お、おじさんっ! これいくらですかっ!」
「おっ、おぅ? いきなりだな。そうさなぁ、お嬢ちゃんたち可愛いし、気に入ってくれたみたいだから、二つとも買ってくれるって事で、金貨三枚でどうだい?」
うぉっ、それは確かにいい値段。銀貨一枚が約千円、百枚で金貨一枚になる。
という事は、金貨三枚は30万相当だよね。
うーん、買えなくはないんだけど、手持ちがほぼゼロになっちゃうなぁ。
ツンツンと脇腹を突ついて、プリムラが耳元でささやく。
『ねぇ、本物かどうか、確かめてみたら?』
あ、そうか。『写真』使えばいいんだね。どうもうっかり忘れるなぁ。
さっそく情報表示すると、確かにオリハルコンと出ている。偽物を売り付けようとする、悪い人じゃないのは確かめられた。
「プリムラは、お金に余裕ある?」
「金貨一枚くらいなら出せるけど、他に何も買えなくなっちゃうわよ」
「だよねぇ~。ボクも二枚ならなんとかだけど。他に欲しいものがあっても……」
二人して、チラ、チラとおじさんを見る。それを見て、はぁ、仕方ないといった感じで、ボクたちのアピールに応えてくれた。
「うーん、ほんとにいい物なんだが。それじゃ、二つで金貨二枚と銀70でどうだ!」
「おじさんイケメン! もう一声ッ!」
「『イケメン』? ってなんだそれ。それじゃ金貨二枚に銀60までが限度だ。それでダメなら、悪いけどあきらめてくれ」
「ありがとうおじさ~ん!」「わ~い、愛してる~」
とんでもなくいい笑顔だったのか、愛してるの言葉のせいか、おじさんが照れる。
「お嬢ちゃんたち、買い物慣れしてるなぁ。身形がいいからよ、てっきり氏族のお嬢さま方かと思ったんだが。そいつは王都で買えば、一つ金貨二枚はする代物だよ」
ニコニコ顔で受け取って、ボクがプリムラの、プリムラがボクの髪に、それぞれの前髪を書き上げて留める。
明るい緑の髪に青白色の髪留めは、なかなか似合って見えた。
「その髪の色は……」
あ、おじさんにバレちゃった? 急いで二人揃ってシーッのポーズ。
この仕草で黙って、という意味が理解してもらえるのは確認済み。
「あ、あぁ。そういう事か。それならそうと……よし、大サービスだ。こいつも持って行きなよ」
おじさんが揃いの指輪を見せてくれた。オリハルコンの台座に、薄い黄色の半透明な宝石が付いている。トパーズか何かかな? 高そうな指輪なんだけど。
「もらっちゃっていいの?」
「いいって、いいって。お前さんたちみたいな人に、持ってて欲しいからな。俺のダチがよ、二十年来怪我で自由に動けなくてなぁ。それがつい十日前だよ、治ったってんだから驚くよな。なんでも、『珍しい林檎』を一口齧ったそうだよ」
少し厳つい、でも人懐っこい顔で話すおじさんが、その時だけ何かを思い出すような、優しい表情を見せた。
「だからな、お礼だよ、おれい。直接会って礼の一言でも、と思って来ちゃあみたが、何しろこの人集りだろ。偶然ってのはあるもんだなぁ」
そっか、ボクたちが見付けた林檎は、ちゃんといろんな人の役に立ってるんだ。
嬉しくなって、ボクからもありがとうを言ったら、おじさんはちょっと驚きながら頭を撫でてくれた。
「これからもよろしく頼むぜ。何しろお前さんたちは、アールヴの希望なんだからな。それに、だ。もう何年かすりゃぁ、それはそれは、いい女に……」
唇の端をニヤリと上げて、ちょっとエッチな目で見られた。
「もう! せっかくいい人だと思ったのに!」
「わっはっは! まぁそんなに邪険にするなよ。いずれそういう時が来れば分かるこった。おれぁ、どっちかってーと、小さなおっぱいが好みだな」
とても紳士な発言をするおじさんから指輪を受け取って、二人揃ってあっかんべーして離れた。
背中から聞こえる笑い声は、実に楽しそうだった。
◇
それから、少しずつ退いていく痛みを実感しながら、残りのお祭りを楽しんだ。
アルフェルの踊りも可愛かったし、何より誤解が解けて、仲むつまじい兄妹が見られたのが嬉しい。
プリムラはボクを引き回すけど、常に身体を気遣ってくれる。デートでエスコートされてるみたいで、ちょっとドキドキする。
ん? 二人きりでお祭りを回るって、立派にデートなのかな?
次第に赤らむ頬に立ち止まっていると、ボクたちを探しに来たイアヴァスさまに会った。
「あぁ、こちらでしたか! お楽しみの所申し訳ありません。実はお二人にお願いしたいことが……」
歩きながら話を聞く。捕虜になったリャナンシーが、頑として口を割らないので困っているという話だった。
何か刑事物っぽい雰囲気で、オラわくわくすっぞ!
事が事だけに神殿騎士だけでなく、王都からも騎士の一団が取り調べに来る。
タリル・リングの接続が悪くて、彼らは今夜までここへ来られない。神殿騎士としては、それまでに少しでも情報を得たかった。
「ボクたちが行って、役に立つかなぁ?」
「リィの『写真』でなにか出来るんじゃない?」
情報表示じゃ名前くらいしか分からないけど……プリムラがこういう時は、何か狙いがある。まさか、「分析」を使えっていうこと?
例の女魔術師は騎士の詰め所に勾留されていた。後ろ手に縛られたまま椅子に座っている。
両足は自由に見えるけど、部屋から出られないように『呪い』で制限を掛けている。両手が使えないようにしたのは、解呪に使う紋章を描かせない為らしい。
一通りの説明をされて、部屋の外から中を覗く。
気配を察したのか、ボクに向かって真っ直ぐ視線が向けられていた。
その目はまさに、人が害虫を見るかのような。憎しみよりも蔑み、不快感がこもった目に思える。
「……」
ただ無言で見詰めるだけのその人は、不気味で不安を感じる相手だった。
出来れば関わりたくないけど、種族差別だけであの目で睨まれるのも、ちょっと腹が立つ。
部屋に入るかためらいはわずか、当たり前の様に近付くプリムラの後を追った。
「ずいぶんなこと、してくれたわよね。そんなにリャナンシーって偉いの?」
目を合わせようとすらしない。視線は隣のボクに向いたまま。
「あくまで無視ってわけね。いいわよ、そっちがその気なら、わたしたちもそのつもりだから」
ピクリと一瞬だけ反応したように見えた。それでもプリムラに目を向けない。
彼女も特に怒った感じもなく、大げさな態度でボクの耳にささやいた。
視線はニヤリと女魔術師を見据えている。内容は予想通り、「分析」を使用する事。
少し気の毒な気もする。でも、襲われて怪我もしたし、何より今でも続く全身の痛みで、ためらう気は起きなかった。
『写真』を発動して、「分析」アイコンをクリック。
……えっと、この文章をそのまま読み上げるのは、セクハラものなんだけど。なんですかこれ、いわゆる羞恥プレイ?
「名前は、エゼル・ルース。年齢は102歳。既婚歴二回で、子供は二人、孫が八人」
時間が止まったように見えた。
居心地悪そうに身動きしていたのが、彫像のように固まった。ボクに向けられた胡乱な眼差しが、一瞬で驚愕に染められる。
その時を楽しみにしていたのか、意地悪そうな笑みがプリムラの唇を吊り上げた。
「えーと、好みの異性のタイプは、日焼けした筋肉質のタイプ。いわゆるガチムチ系? 割れ顎に割れた腹筋、って筋肉フェチだね」
見開かれた目に、情けないような動揺した色が宿る。肌の色もいくぶん色を失ったように、より白く見えた。
「こ、これも? えっと、言っちゃっていいのかな、好みの同姓のタイプは……」
そこまで読み上げた途端、ビクッと身体が撥ねた。たぶん予想していたのだと思う。
「タイプは、マロンブロンドで、垂れ耳、やや丸顔の胸の大きな年上。母性を感じさせる人だって」
ガタッと音が響いて、耳を赤くした女魔術師が立ち上がる。にらみ殺されそうな視線がボクを見据える。
うわぁ、なんかこの人、マジで怖いんですけど。
内心ドン引きしてるので、読み上げを止めようと思った。そこに追加オーダーが。
「リィ、続けて」
うー、なんか嫌だよぉ。この先は本気で羞恥プレイなんだけど……
ボクの身にもなってよ。
「えー、おほんっ、感情込めずに、しゃきしゃきいくよー、す、好きな体位は後背位、挿入と同時に乳首を責められるのが……」
『今すぐ黙れぇ! このっ、汚らわしい糞虫がぁ!!』
全身から闘気じゃなく、羞恥? があふれた姿で仁王立ちする女魔術師。
般若の面って、リアルであるのね。
「あんたの負けよ。分かったでしょ? 隠し事なんて無意味だって。ほら、洗いざらい全部しゃべりなさい」
どさり、と全てを諦めた者の音がする。うなだれて顔を上げる気力も無くしたみたい。
これで自分の役割は終わったと、ボクの手を取って部屋を出ようとしたプリムラに、声がかかった。
「……いい気になるなよ、劣等種族が」
言葉を返す必要も無い。
外の騎士さまに後をお願いして、まだ熱気の残る秋祭の賑わいに戻った。
こうして秋のお祭りは終わりを迎えた。幸いに大きな騒ぎも起きず、心配していた襲撃も無かった。
サエルリンドさんから聞いた話では、王国から正式な抗議を、クルロンドに対して行う準備を進めている。
神殿の巫女とはいっても、王女が直接の被害者なので、外交上しっかりと攻める機会と考えている。
リャナンシーは他国と積極的に関わらないので、外交もあまり進んでいない。くさびとして利用する、そんな所かな。
一つ気になっているのは、サランディアさんがお墓の前で言った事。たぶん恋人だった人と、アルフェルのお母さんに関して、クルロンドとの間で重要な秘密がある。
それを聞く機会はもう無いかもしれないし、無くて済むならそれでいい。
二人がわだかまり無くいられて、出来たら彼女の思いが届いて、幸せになってくれれば最高の結果だと思う。
帰り支度を済ませたボクたちは、神官の皆さんや騎士の人たちに挨拶して、最後に孤児院に来ていた。
「忘れものは無い? ロロア」
「これで全部」
彼女の荷物は、ひと抱えの革袋一つだった。服と食器など身の回り品が数点に、一冊の本だけ。それが彼女の全ての持ちもの。
「いままで通り、ここに残ってもいいんだよ?」
「イアヴァスせんせい、もう大丈夫。お姉ちゃんといっしょにいく」
「そっか……」
はっきりは言わないけど、バンシーの固有技能で危機は去ったと、彼女には分かっている。だからボクたちと一緒に、エフィルさんの元へ行くと決意したのだろう。
新しい妹が出来て、ボクもプリムラも、何よりタヌーが喜んでいた。妙に二人は通じ合うみたいで、気が付くと一緒にいる。
「それじゃいこうか」
表情の変化が少ないと思ったロロアが、この時ばかりは満面の笑顔で手を振った。
別れる時は笑顔がいい、最後に見た顔が悲しい顔なんて、さみしい想い出でしょう?
誰かに聞いた言葉を思い出していた。




