十一話 秋祭り ~裏祭~
日が暮れかけてあちこちに光が灯っている。普段の神殿では聖堂へ続く参道に沿った灯りしか無い。今夜は秋祭前夜の為に準備の人が絶える事が無い。灯りと言っても慣れないと暗くて、足下もおぼつかない程度の明るさ。
「光属性の魔法じゃないよね? 光の精霊なんて呼べる人いないよね?」
「フェアリー族にお願いして、ヒカリタケを光らせてもらっているの。ぼんやりした灯りなのはそのせいよ」
「賑やかだし、事件なんて起きてる雰囲気ないよね」
サランディアさんの言った通り、王女さまの行方不明は一部の人しか知らないみたい。ボクたちが戻ったのに気付いたのか、サエルリンドさんが走ってきた。
「お待ちしておりました、皆さま。こちらへ……」
人目のある所では事件の事は話せない。治療院のベッドへ案内されたボクたちは、そこで怪我をした二人の子供に会った。
「ひどい……」
一人は右腕が紫色に腫れて、変に捻れていた。強い力で握り潰されて、放り投げられたらしい。もう一人は蹴り飛ばされた時の打ち身と、手足の擦過傷があった。
「プリムラはこっちの子に治癒魔法を、ボクは傷の軽いこの子を治すね」
「了解」
傷の手当ては既に終わっているので、内臓のダメージが無いか調べながら、治療魔法で痣にならないように治療する。
プリムラが光魔法で、骨折しているらしい右腕に紋章を描く。精霊の時と同じ蛍光ピンクの淡い光が指先に灯っていた。エフィルさんは出来ると言っていたこの技法は、誰にでも出来る程簡単なものでは無いはず。
いつの間にこんな高度な事が……と驚いていると、聞き取りにくい早口で呪文を紡ぐ。普通なら20秒は必要な詠唱を、数秒で完成させてしまった。
「鍛練の成果よ」
目に見える速度で腫れと変色が治っていく。早送り映像を見ているみたいだった。
「すごい……」
治療系の魔法が苦手で使えない、アルフェルにとっては神業に見えるかもしれない。
「どう? もう痛くないでしょ」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「何があったか、お話ししてくれる?」
「えーとね、金髪の女の人がね……」
赤い髪の女の子は孤児院の子で、明日のお祭りに着る揃いの服を取り込んでいる時だった。二人の大男を連れた、金髪で青い目の女性が通りかかった。女性はリョース・アールヴに見えたけど、男は頭からすっぽり被ったマント姿で良く分からない。
たまたま風が吹いて、取込中の服がひらりと女性に纏わり付いた。慌てて謝りながら近付く彼女を、汚いものでも見るように一瞥した女性は、いきなり蹴り飛ばして吐き捨てるように言った。
『近付くな、汚らわしい淫売どもめ、妖精族の面汚しが!』
さらに踏み付けようとしたのを、もう一人の子が止めに入った。やめてと止めるのも聞かず、その子の腕は後ろの男に掴みあげられた。怪力で腕を締められる悲鳴と、騒ぎに気付いたイアヴァスさまが孤児院から出てくるのは自然だった。
「先生は助けてくれようと、魔法を使ったの。そしたらもう一人の男の人が、あっというまに先生を気絶させて……」
女性が二言、三言指示を出して、男がイアヴァスさまを担ぐと、森に向かって走り去っていった。女性が何を言ったか聞こえなかったけど、去り際に、これこそバルドルさまのご加護、と聞こえた。
女性一人と男二人の三人組。頭の中で一瞬だけ○ロ○ジョーさま、三悪の姿が浮かんだけど、あり得ないと頭を振る。やっておしまい、なんて台詞もナイナイ。
「バルドルさま、ですか……」
何かに気付いたのか、サランディアさんがつぶやく。
「この子らに対する暴力的な態度もそうですが、“妖精族の面汚し”という言葉が気になります。私たちに向かってそんなことを言うのは、恐らくですがリャナンシーではないかと」
リャナンシー? 確か秋の神殿より西側の森に住む妖精族だっけ。サエルリンドさんはリャナンシーだって言ってたけど。そう思って彼女を見ると、驚いたような悲しい表情と目が合った。
「バルドル派でしょうね。リャナンシーの中でもかなり過激に、法と秩序を重んじる宗派です。ある意味で最もらしい存在でもあります。聖人さまの世界では、“エルフ”という存在を聞いたことがおありでしょうか?」
おぉ? エルフさんってこっそり呼んでるのがばれちゃった?
「わたしたちの認識だとリョース・アールヴ=エルフってところね」
ボクが馬鹿なボケをしてる内にプリムラが答えていた。何故こういう時だけ真面目ですか。
「エルフとは、古代アルヴ時代の我々の総称でした。我々といっても、リョース・アールヴやリャナンシー、グルアガッハにグラゲーズ・アンヌーン、ケラッハ・ヴェール、デック・アールヴといった、外見上似た種族の総称です」
なんか一度にいっぱい出てきたよ。聞いた事の無い種族もいるし、よく分からないけどそう言うものと認識しよう。
「元々は一つの種族が、住む場所や思想、信心する神などによって分かれていったのが、今の私たちです。中でもリャナンシーは古い時代の慣習、思想を長く保っている種族なのです」
「あなたが言いたいのは、つまりどういうことよ?」
考えるの放棄したな。さすがプリムラ、面倒事は丸投げ体質。
「曰わく、森の中に棲み、他者を寄せ付けず、他の種族を蔑む。高慢で鼻持ちならない美男美女の森の住人。それがエルフのイメージではないですか?」
あーそれは最初の頃あったなぁ。エフィルさんに拉致られて、神殿で過ごすうちにすぐにイメージ変わっちゃったけど。
「リャナンシーはまさにそういう種族なのです。何よりも血統を重んじて、純血を尊びます。彼らにとって肌を重ねる相手は、生涯にただ一人が当たり前です。それもリャナンシー同士以外はあり得ません」
ブルーブラッド、貴族的排他主義ってやつかな。倫理的にはキリスト教の広まった、前の世界の住人だったボクには理解しやすい。でも神殿の巫女の話や性に対する男女とも大らかな態度を見ていると、この世界は許せないのかも。
「どういうつもりか分かりませんが、イアヴァスさまが連れ去られたのは心配ですね。すぐに手分けして探しましょう」
それまでサエルリンドさんに抱き付いて、眠そうにしていたロロアが突然声を上げて泣き始めた。それに呼応するように、孤児院の中からも数名の泣き声が聞こえる。
「うぇぇん、せん、先生が……」
ロロアは泣きながら不吉な予言を告げる。ボクの知識にあるバンシーが間違いでないなら、バンシーが泣くのは死を予知するから。死に往く人を悲しみ、残される人を憂いて泣く。
「リィ、これって……」
知識を共有しているプリムラが、焦った顔でボクを見る。なのにボクたち以外はロロアをあやそうとしたり、心配そうに様子を見つめたり。この世界ではバンシーが泣いても、不吉の予知とは考えないのかな。
『ホーッホッホゥ、待たせたのぉ』
そこへユールさまが戻ってきた。アルフェルがどことなく気もそぞろだったのは、ユールさまと会話していたからか。
「南の『枯れ木の森』方面へ向かう数名の男女がいるようです。残念ながら森に紛れて、空からは姿をとらえきれません」
「あんな所にどうして……」
「『枯れ木の森』とは、厄介だな……」
初めて聞く名称なので、どんな所なのかアルフェルに尋ねる。
「リャナンシーの領地に接する森で、フレイの森の中心部に近いところよ~」
「あぁ。そしてその辺りは、ウッドワースの生息域でもある」
サランディアさんが後を継いで言った、ウッドワースと言うのは毛むくじゃらの大男で、樹皮の様なゴツゴツした肌を持つ半妖精らしい。ドライアードのように樹木と関係の深い種族と言われる。
「一緒にいた大男というのが、ウッドワースかもしれませんね」
『ホーゥ? リャナンシーなら奴らに言う事を聞かせられるからのぉ』
「どういう事です? ユールさま」
『ホッホッホ。リャナンシーは他種族を奴隷にしているからのぉ。何らかの呪術で無理矢理言う事を聞かせるなど、お手の物じゃろう』
奴隷を使う? リャナンシーって奴隷制度のある種族なのか。なんかお腹のあたりに嫌な感じ、もやっとした物が湧き上がる。
「今は時間が惜しい、どうするかは移動しながら話しましょう。リーグラスさま、お願い出来ますか?」
モチのロンですよっ! ウッドワースだか、サスカッチだか、ビックフットだか知らないけど、エフィルさんの妹相手に狼藉働いたら許しませんことよ!
◇
「森よ、我が前に道を開け!」
プリムラがジトっとした目で睨んでいる。いいじゃん、たまにはこういう台詞言ってみたいじゃない! クスクス笑いながらアルフェルと、可愛いお婆ちゃんことサエルリンドさんが続く。
15分ほどで枯れ木の森との境に着いて、骨のように白く立ち枯れた奇妙な森に出た。枯れ木の森は文字通りに、枯れた木が広がる一帯で、数カ所ある沼地から火山性ガスが吹き出ている。
硫化水素や亜硫酸ガスのせいで周辺の樹が枯れ、動物も住めなくなっている。こんな環境を好んでいるとは思えないけど、何かしらここに留まる理由があるのかな。
「ウッドワースはここでしか採れない、あるものが必要なのです。その為に周辺から離れられません」
「それはなんでしょう?」
「詳しくは知りませんが、熱水泉に浮かぶ茶色の苔のようなものだそうです」
うーん、なんだろう? 思い付かないけどそれを求めてリャナンシーの言いなりにに? それとも『呪い』系統の魔法で使役されるとか。それにしてもガス臭いって言うか、硫黄臭がして長居したくない場所だなぁ。
タヌーも付いてきたのはいいけど、どことなく落ち着かずに忙しない。動物の直感でこの土地には居てはいけないと分かるみたい。鼻が馬鹿になっていないのを期待して、借りてきたイアヴァスさまの服のにおいを嗅いでもらう。
「どう? このにおいの人を探して欲しいけど、分かる?」
「くぅ? うぅぅ……おん!」
始めは頻りとクンクンしていたけど、何かに気付いたのか一目散に走り出した。時々立ち止まって、ボクたちが付いていくのを待って先へ行く。前にもこんな場面があった気がするなぁ。
「ノームと出会った時も、子狼の案内だったわね」
あ、そうか。スクテラの花を探した時がそうだったな。ずいぶん前に思えるけど、ボクたちって意外とワンコに縁がある?
枯れ木の森を迂回して、リャナンシーの国、クルロンドに近い森の辺りまで来た。タヌーが立ち止まって、木の上をじっと見ている。側に寄って見上げると、太い枝を土台にした小さなログハウスが組み上げられていた。
良く見ると周囲に同じような小屋がいくつもある。
「子供の頃、ああいう秘密基地欲しかったんだよなぁ」
「わたしは鬼○郎○ウスの方が好みだわ」
なんでそっち行きますかっ! 妖怪ポ○ト置かなきゃダメじゃん! 依頼来ても退治出来ないよ!?
『……楽しそうですね、リーグラス』
あ、えーと、エフニさまごめんなさい。別におちゃらけてるわけじゃないんです。なんかすごく嫌な展開がありそうで。
『それ程心配せずとも大丈夫ですよ』
え? それはどういう……
その時だった。
目の前の枯れ木が一瞬光って、爆発音と共に吹き飛ばされた。その場所は、タヌーがいた場所のはずで。
「タヌーッ!?」
走り出そうとしたボクの肩を、力強い手が止めた。
なぜっ? と振り返る間もなく、目の前でドサリと言う音がする。
半開きの口から舌を垂らした、上半身だけのタヌーがそこにあった。黒くつぶらな瞳がグリッと動いて、声にならない声を挙げる。
「キャァァァ!」
アルフェルの叫び声、パラパラと降りかかる小石の粒、サランディアさんの怒号。
どれも嘘みたいだった。モニター越しに見ている動画のようで、現実味が無かった。
「ちょっと! どうしたのよリィ、なに呆けてんのっ!」
プリムラの声も遠くから聞こえるみたいで、歪んでいて聞き取りにくい。
肩を揺すられているのに、掴まれている感触がない。
視界が夢の中のシーンのようにスローでぼやけて見えた。
<パシンッ!>
鋭い痛みと破裂音で目が覚める。
いつの間にか夢うつつになって、その状況に全く気付けていなかった。
左の頬がひりひりと痛くて、ちょっぴり涙目。
もうちょっと手加減してよっ! と文句を言おうとして、プリムラの背中ごしに見えた巨大な火の玉に、無意識のうちに反応した。
彼女を抱いて左に飛び退いた所へ、ドゴン! と固いものがぶつかるような音が響く。
高熱の爆風に襲われるのを予想して、プリムラの身体を抱え込むように抱きしめる。
うん? この頃鍛えてると思ったら、意外と筋肉付いてきてるね……
いつまでも来ない爆風に顔を上げると、ボクたちを囲む半透明の銀色の盾があった。
初めて見る、防御魔法的な何か、かな?
予想外の事態に驚いた女性が、隠れていた樹の後ろから姿を見せた。
あれが孤児院で子供たちに怪我させたリャナンシーか!
「なんと、『守護の盾』が使える者がいるとは……ならばっ!」
森の左右からウッドワースが飛び出してくる。
手にしているのは節くれ立った棍棒のような武器。
大型の類人猿を思わせる体躯の彼らが、どう見ても当たると痛いじゃ済まない棍棒を手に走ってくる。
鬼に金棒? っていうか、マジで怖いんですけどっ!
「猛き炎よ、烈火!<Intensive Flamme>」
こちらも負けじと火属性の魔法を放つ。
樹木の半妖精なら、火に弱いはず……って、それはボクも同じか!?
でも、そのことごとくはウッドワースの手前でかき消すように消えた。
起き上がったプリムラが放つ矢も、なぜか敵の手前で失速したように落ちる。
ようやく我に返ったのか、サランディアさんが左からの敵に、サエルリンドさんが右から来る敵に魔法で攻撃する。
アルフェルは、飛ばされた時に頭を打ったのか、まだ気が付いていない。怪我はしていないみたいだけど心配。
ボクの後ろからダッシュで近付く影が、タヌーだと気付くのに少し時間が掛かった。
彼女の襟をくわえてこちらに引きずってくる。
見た目は小型犬くらいなのに、かなり力が強いのに驚いた。
「た、タヌー? だ、大丈夫なの!?」
ついさっき見た半開きの口と、だらりと垂れた舌を思い出して身震いする。
「幻術ですよ。まやかしを見せられていたのです」
サエルリンドさんとボクで、アルフェルを抱き寄せて窪地に寝かせる。
「幻術って、あそこにいる女の人が?」
「彼女はリャナンシーでしょう。わたしの使った『守護の盾』を知っていますし、先程から魔法は全て防がれています。周囲のフェア(精)に『呪い』をかけて、魔法の理を打ち消す術です」
そんな事が出来るのか、リャナンシー恐るべし。
魔法攻撃ダメ、遠距離物理ダメ、そうなると残るは……
頼みのサランディアさんは、三体のウッドワースに取り付かれていた。
見た目より俊敏な動きで、間断なく振るわれる棍棒に防戦を強いられている。
まさか魔法がほぼ効かない相手なんて。
『リーグラス、少しですが力を貸しましょう』
エフニさまから呼びかけられた。
プリムラと一緒の時はダメだったけど、今のエフニさまは直接ボクの身体に働きかける事が可能らしい。
『私の姿を思い描いて、そこにあなたが重なるように意識して下さい。それ程難しいことはありません、あなたが私に成るように思うのです』
切り揃えたおかっぱ頭の、少し冷たい感じのする美人。
式典の前に見た市松模様の着物も素敵だったけど、やっぱり狩衣姿かな。
そんな風に思いながら、二つの身体が重なるようにイメージする。
目の前に光を纏うエフニさまの姿が浮かんで、それとボクが重なる。
「そこの貴様! よけいなまねをするなぁ、これが見えぬかっ!」
リャナンシーの女魔術師が叫んでいる。
脇にイアヴァスさまを抱えたウッドワースがいた。人質とはなんという卑怯者。
「そうだ、それでいい! 今度は外さぬわっ!!」
ほとんど無詠唱という程の高速な詠唱で、ボクに向かって魔法を放つ。
空気を収束して風の刃を飛ばす魔法、風刃は殺傷力の高さは折り紙付き。
これは人生詰んだかなぁ……
目の前に迫った緑の三日月に諦めかけた時、ボクの右手は自然と動いた。
鞘走りの速度に乗せて、片手剣を逆袈裟に切り上げる。
薄くフェアを纏った刃は、簡単に『風刃』の刃を叩き切った。
◇
ゆらり、そんな表現になるだろう。
片手剣を構えるボクは、自分でも驚くくらいゆったりしていた。
自然体と言うのか、どこにも力が入らず緊張もしていない。
意識はクリアで頬に、手先に空気の流れを感じる。
見る物、聞く物、嗅ぐ物。
それら全てで空間を把握しているように感じる。
背後に立つサランディアさんやサエルリンドさん、アルフェルとプリムラの息づかいが分かる。
『リーグラス、気持ちを楽に、筋肉の動きを意識して下さい』
エフニさまが言い終わる直後に、ぬるりと身体が滑るような感覚。
それが踏み出した一歩で、イアヴァスさまを人質にする、ウッドワースに向かって駆け出していた。
風を切る音が一拍遅れて付いてくる。
視界から色が消えたように見えた。
「う、動くなといった……」
女魔術師がしゃべるより早く、ウッドワースが反応するより早く、二人の間に滑り込む。
剣先をウッドワースの脇に突き込んで、反動で女魔術師の腰を蹴り飛ばした。
なんて無茶な動きだろうと思う冷静な自分と、無双キターと思う自分がいる。
ぐったりしているイアヴァスさまを抱きかかえて、足を止めずに一気に駆け抜ける。
女性とは言え自分より、一回り大きい人を抱えているのに驚く程身体が軽い。
脚も地面を蹴る衝撃をほとんど感じない。
マットか何かの柔らかく弾力のある踏み心地。
「ウーワゥッ!」
そこへ良いタイミングで、タヌーが飛び込んでウッドワースに噛み付く。
痛みに暴れて手足を振り回すので、いい感じに追っ手の邪魔をしてくれる。
「こ、このぉ! 下衆の分際で私を足蹴にするとは、ゆるさんぞぉ!」
また高速詠唱で攻撃されると身構えるけど、そこにはプリムラの速射で邪魔が入る。
一対一じゃないんだ、不意打ちでさえなければ戦力はこちらが有利。
サランディアさんもすでに参戦して、ウッドワースを一体、また一体と切り伏せている。
マジで鬼強いなこの人。
「……うっ、あ……」
激しく動いたせいか、イアヴァスさまが気が付いたみたいだった。
「イアヴァスさま! 大丈夫ですか? 助けに来ましっ……」
うっすらと目を開けるイアヴァスさまに、ホッとした時だった。
いきなり両手で首を絞められて身動きが取れなくなった。
無表情な彼女の目は、そこだけ意思が宿るように赤く染まっている。
しまった、『呪い』にかかっていたのか!
「良くやったぞぉ! これで終わりだ、淫売どもがぁぁひゃぁ!!」
背中に熱を感じるのと、狂気じみた叫び声を聞いたのが同時だった。
ゴォッと言う風の音と圧迫感、それに続く熱さと一緒に弾き飛ばされる。
遭った事は無いけど、車にはねられるとこんな感じかな、ふとそんな気がした。
「リィー!? このぉ、よくもっ!」
大熱量の火球を浴びて、お姫さまもろとも燃え死ぬのか……
そんな風に思った時が、ついさっきのボクにはありました。
アレ? なんか熱くないし、平気だよ?
吹っ飛ばされて全身が痛いんだけど、燃えてる感じは無いなぁ。あれれぇ?
あわせて吹き飛ばされた事で、首の拘束が外れている。
何が起こったか分からず、驚愕を貼り付けた表情で、こちらを凝視するリャナンシーの女魔術師。
このチャンスは無駄にしない。
なんか脚が震える気がするけど気にしない。
剣を持つ手から血が流れてる気がするけど気にしない。
いま、ここで、この女魔術師を討つ!
剣先を下げた脇構えで、右に、左に流れるように駆け抜ける。
さっきまでと違って、一足蹴るたびにズキンと痛みが走る。
そんなの気にするのは後だ! あと二歩、あと一歩!
『殺してしまうのは、ダメですよ』
すれ違いざまに振り抜こうとした剣は、思い通りに動かずに、柄頭で女魔術師の鳩尾に突っ込む形になった。
吐き出される呼気と共に崩れる体躯。
それを受け止めて、現実にならなかった殺意にホッとして、同時に手足を襲った強烈な痛みに意識が途切れた。
更新が不定期になって済みません。なるべく週に二回は更新出来るよう
こまめに執筆してます。




