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フレイの森のお医者さん  作者: 夢育美
二章 世界樹
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九話 秋祭り ~前夜祭~

 秋風を涼しく感じるより、寒く思えた朝。食堂脇の水道で顔を洗っていると、眠そうな様子のプリムラが顔を洗いに来た。オルトロスという魔物の討伐から、一週間経っていた。


「ふぁぅ、おはよう~。最近早いのね」

「なんか眠そうだねぇ。遅くまで何してるの?」

「エフィルと魔法の鍛練よ」


 まったりした朝は久しぶりな感じがする。トゥイリンのそばに現れた魔物は、サランディアさんを始めとする神殿騎士さまの活躍で無事に討伐された。その際に渡りネズミたちのサポートが合ったのは、アルフェルのお手柄だったと思う。

 王都に現れた彼らを調べる過程で、ずいぶん仲良くなった個体がいたそうだ。その子が応援に仲間を連れてきたらしい。

 彼らにとっては魔物『オルトロス』は、大事な仲間を食い散らかし魔物に変える怨敵で、敵討ちの機会を窺っていたという。


 犠牲らしき犠牲も無く討ち取れたのは、ネズミたちの援護があったからとも言える。いつの間にか去った彼らの中には、少なからず被害を受けた子もいたと思うし、死んでしまった子もいたかもしれない。

 倒した魔物の処置は、王宮騎士が引き継いだと教えてもらった。普通なら魔物の対応は王国より神殿が優先される。魔物の発生はイル・ド・リヴリンだけでなく、アルヴヘイム全体の問題だ。


 手柄を渡すような形にしたのは、神官長のセレヴィアンさんが指示したらしい。理由は王都の神官の方が魔物に詳しい事と、他種族が多く出入りする国外の神殿で扱うには、ショッキングすぎる魔物の情報と判断したせいだった。

 さすがに神官長ともなると、いろいろと気苦労が絶えないのだと思う。


「プリムラさ、蛇とか苦手なの?」

「……」

 トゥイリンでのオルトロス討伐で、プリムラはその姿を見た途端に怯えて、恐慌状態に陥ってしまった。ふだんの彼女からは想像出来ない取り乱した姿に驚いたけど、夜には落ち着きを取り戻した。

 踏み込んでいい部分か分からない。何があったのか知りたい気もするし、知ったら後悔しそうにも思う。それとなく聞いているけど、まだ教えて貰えなかった。重苦しい雰囲気になりそうなので話題を変える。


「時間が出来たら、ドワーフの国には行ってみたいよね」

「ドワーフの国? 小人の国なのかしらね。ニダヴェリールだっけ?」

「北欧神話のドヴェルグ、ドワーフの住む国だよね。それだとアルヴヘイムより下層の世界になっちゃうんだよなぁ」

「下層? この世界以外にもどこかあるというの?」


「イドゥンさまの話で思い出したんだ。アースガルズから来たっていってたでしょ。ユグドラシルの九つの世界、第一層に存在するのが、アースガルズ、ヴァナヘイム、アルヴヘイムだよ」

 へーと感心した顔でボクを見る。かなり興味を持ったみたいなので、もう少し話しておこうかな。


「ボクたちのいる神殿、フレイ神殿のフレイさま、フレイヤさまも、ヴァナヘイムに住む神さまの名前なんだけど、その様子だと気付いてないよね?」

「そんなの分かるわけないじゃない。でも、面白いわね、そうなんだ……」

 北欧神話でのフレイヤさまの姿、ギリシア神話のアテネとの関係など、面白そうなネタで予想を話した。


「この世界でドワーフの国というのは、フレイの森の南端からずっと先にある、ウロストという国らしいよ。ドライアードの村に向かう時に乗った辻馬車があったでしょ。馬車の行き先がエアロストという街で、そこから船が出ているんだって」

 夏の神殿に遊びに行った時、屋台でドワーフの職人と知り合った。その人から聞いた話で、ウロストへ行く事自体は難しくないらしい。春になる前に行きたいね、など話していると、エフィルさんが呼んでいると迎えが来た。



 エフィルさんの用事は聖人としての初仕事。秋の神殿で行われる秋祭りへ、プリムラと共に参加する依頼だった。形の上では依頼といっても、事実上の義務みたいなもので断れないらしい。

 秋の神殿へは地図作りの件でも行ってみたかったし、訪れる機会の少ない場所だからぜひ行ってみたい。


「リィにはまだいってなかったかしら? 秋の神殿には妹がいるのよ」

「いもうと?」

 妹というとあれかな、お屋敷に連れて来られていつの間にやら十二人に増えてたり、さすがですって持ち上げてくれるのに、気が付くと氷結させられたり、家にいても学校でも街を歩いても、視界のどこかに潜んでいたりするあれか。

 ……んなわきゃーない。セレヴィアンさんに聞いた、八番目の王女さまの事だよね。


「前に第八王女がいらっしゃると聞きました。その人ですよね?」

「え? 違うわよ、イアヴァスは秋の神殿の正神官で、あなたの叔母にあたる人よ。わたしじゃなくて、あなたの妹」

 ふぇ? ボクの妹って……プリムラはここに居るし、なにより妹じゃなくてお姉さんって感じだし。ネーミアにはお姉ちゃんと呼ばれているけど、彼女も普段は王都住まい。誰の事だろう?

 そこら中に「?」が浮かぶ雰囲気の中、大人しく話を聞いていたプリムラから、爆弾発言が。


「エフィルも水くさいわね、いつの間に子供産んだのよ。ぜんぜん気付かなかったわ」

「ぶっ!」「ちょwおまwww」『んなわけあるかーい!』

 エフニさまにまで突っ込みを入れられた。いくらなんでもそれは無い……よね?


「もう、プリムラも変なことはいわないでちょうだい、びっくりしたじゃない」

 思う所はあったのか、エフィルさんの頬がほんのり染まっている。おやおや、密かな想い人がいたりして。

「そうじゃなくて、身寄りの無い子を引き取ったの。バンシーの女の子で、ちょっと引っ込み思案で人見知りだけど、すごく可愛い子よ」

 エフィルさん、変な方向に振り切っちゃってないか。王族が養子を取るって、そんな簡単にいくものかなぁ。しかも他種族って、ボクの時も散々もめたって聞いたけど。

 王さまの見事なおぐしが心配です。


「あなたたちが行くことは伝えてあるから、向こうで仲よくしてあげて欲しいの。その、相談もせずに悪いと思うのだけど……」

「それこそ何を、ですよ。エフィル、がいいと思ってしたことなんでしょ? ボクたちと同じ立場の女の子なら、いろいろ大変かもしれないし」

 任せてなんて偉そうに言えないけど、守ってあげなくちゃと思う。

「そうね、西に行くほど種族差別が強いって聞くし、わたしたちなら守ってあげられると思うわ。これでも聖人の守護者だし」

 おぉ、いつになくプリムラさんがやる気出してる。しかもイケメン方向のオーラも。


「ありがとうプリムラ。あなたがそういってくれるなら安心だわ。妹のこと、しっかり守ってあげてね」

 それから向こうに運ぶものを集めたり、秋祭りの手順を聞いたり、挨拶を求められるだろうから、その原稿を一緒に考えたり。この頃はエフィルさんとはプリムラが一緒で、ボクは以前程一緒にいられなかった。


 あらためてこうして過ごすと、エフィルさんはお母さんなんだなと感じる。最初の頃は、女性として意識してしまう時もあった。いまでは、美人のおかんでらっきー! って感じだ。家族になれたんだなと、気持ちの変化を嬉しく思う。

 秋祭りは三日後なので、それまでは普段通りに過ごす。エフィルさんからはしばらく向こうでお手伝いしてきてね、と言われてしまったので、やるべき事は大いにある。


 新しく加わった『写真』の分析機能。これでいろいろ調べて回ったり、以前は調査しても分からなかった事を積極的に調べた。その中で人に向けて分析しない、特に女性に対してはしない方がいいと、自分ルールを決めた。

 ……うん、あれは、ちょっとダメだよね。プライベートな事まで、っていうか、あの機能が基本的に“弱点”を探し出すものだと理解してなかったよ。なんだか桃色の情報に頭と心が支配されそうになったよ! 性的嗜好は、人それぞれだよね……



 タリル・リングで転移したのは久しぶりだ。この頃はプリムラと二人で、技能を使っての移動ばかりだった。森から離れた王都へ行く時はリングのお世話になったけど。

 前に来たのはネーミアを助けた時だっけ。夜だったから周りの風景は良く見えなかった。今日は天気も良くて周囲が見渡せる。

 春の神殿からは東の山脈が遠くに、北の大渓谷と王都、南に広がる森林とその先の海が見える。もちろん肉眼では全部は見えないけど、ボクには『写真』があるし。

 ここからは東に広がる大森林と、北のはるか遠くに天に向かって伸びる、巨大な樹がうっすらと見える。あれが『世界樹』なのだろうと思う。


「なんど見てもここから見る、フレイの森はきれいよね~」

 秋祭りに参加する為に一緒に来たアルフェルが、ため息交じりにうっとりと眺めていた。ボクもプリムラも初めて見る雄大な景色に、大森林という呼び名はだてじゃないと思った。


「春の神殿から西を見ても、こんなにきれいには感じないわよね?」

「あーそれは、ここの土地が東側より低いからだと思うよ。神殿のある周囲だけ小高い丘になってるでしょ? でも全体は東からだいぶ下った位置にあるから、ここから東へは斜面に森が広がって見える。地面の上からそれを眺めてもあまり広がりは感じないけど、展望台みたいに視点を高くすると、すごく広がりのある風景になるんだ」

 ここに神殿を造った人は、実にその辺りを巧妙に計算していると思う。なかなかやりおるわ……


「へ~いわれてみると、確かにそうね~。リィはやっぱり頭がいいのね~」

 いやいやいや……もっと褒めてもいいのよ?

「くぉん?」

 タヌーが何してるの? という顔で見上げている。早く行こうと急かしているようだ。いつまでも風景を楽しんでいては、ただの観光になってしまう。ここに来た目的を忘れる所だった。

 なんどか来た事のあるアルフェルに、孤児院に案内してもらった。イアヴァスさまはここに務める正神官で、バンシーの女の子も孤児院にいる。春の神殿より小ぶりの建物の周りには、数人の子供たちが遊ぶ姿があった。


「こんにちは。イアヴァス先生はいるかな?」

「あーわんちゃんだぁ~、かわいー」

「か、かまない?」


 数人の子供にさっそく歓迎されている。タヌーは元から人を恐がらないのか、子供たちのちょっと乱暴な歓迎ぶりにも、牙をむいて応えたりしない。本当に利口な獣なのだと思う。

 男の子が一人先生を呼びに行ってくれた。さほど待たずにハニーブロンドのきれいな女性が男の子と一緒にやって来た。顔立ちはエフィルさんとそっくりで、少し背が低いけど髪の色以外はほとんど変わらない。


「ようこそお越し下さいました。平素より姉がお世話になっています。妹のイアヴァスと申します」

 非常に丁寧な挨拶にしばし戸惑うボクたち。

「あ、あのー、イアヴァスさまは王女さまなのでしょう? それにボクには叔母さまでもあるのだし、そんなかしこまったあいさつは……」

「何を仰いますかリーグラスさま。聖人とは時に王の代行権すら発揮出来るお方です。王族といっても末席のわたくしなど、臣下の一人として振る舞うのは当然です」


 えぇぇぇ! そんな話は聞いてないよ王さまっ! あの人どんだけサプライズ好きなの!? むしろエフィルさんも共犯!?

 驚いてる間に二つの人影が近付いてくるのを、アルフェルとプリムラはしっかり気付いて会釈していた。


「お待たせしましたね。わたしがこの秋の神殿を預かる、大神官のサエルリンドと申します。本日は秋祭へのご参加ありがとうございます」

 現れたのは物腰の柔らかい、可愛い系お婆ちゃんだった。この世界で明らかに歳取った外見の人は、精霊以外では初めて会ったかもしれない。小柄で肉付きも良く、いかにも縁側でお茶とお煎餅をすすめてきそうな、話し好きなお婆ちゃんの感じだ。


「わたしの外見に驚かれていますね? わたしはリョース・アールヴではなくて、リャナンシーなのですよ。リャナンシーは他の妖精族とくらべても短命種で、この通り見た目も老いやすいのです」

 じろじろ見ていたのを気付かれてしまった。初対面の人にこの態度は、さすがに失礼に当たるので、ちゃんとお詫びする。


「失礼しました。お招き頂いてありがとうございます。わたしはリーグラス・クーラ・ヒルメネルと申します」

「初めまして。守護者のプリムラです。お招きありがとうございます」

「お久しぶりです、サエルリンドさま。本日はお招きありがとうございます」

 それぞれの挨拶が終わった所で、子ども包囲網を抜けたタヌーが自分もとばかりにボクの足下へ、トトトッと走ってきてちょこんと座った。


「あらかわいいお客さまね。子供たちと遊んでくれてありがとう」

「タヌーといいます。犬じゃなくて、風狸ふうりという獣らしいのですが、ご存じでしょうか」

 サエルリンドさんは少し考えた後に、何か思い出したようにポンと手を叩いた。

「わたしは存じませんが、もしかしたらこの子なら知っているかもしれませんね」

 そう言って彼女の後ろに隠れていた、小さな女の子を紹介してくれた。

「この子がバンシーのロロアです。ロロア、前に出てご挨拶なさい」


 アッシュグレイの波打つ髪に、黒曜石のような丸い瞳。物静かな雰囲気の女の子は、アンティークドールの雰囲気を持った、可愛い子だった。おずおずと前に出て、ボクの足下のタヌーの目の前にしゃがむ。

「おて?」

 なんだか反応まで独特な子だった。


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