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フレイの森のお医者さん  作者: 夢育美
二章 世界樹
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六話 アルカリを使おう

 先日グローラナ大渓谷で採取したセリのうち、いくつかを神殿のそばの小川や、トゥイリン周辺の小川に移植してみた。

 久しぶりに味わった懐かしい日本の香味と、セリの持つ栄養価、冬でも収穫出来る青菜としての特徴を活かしたい。アルフェルとナウラミアの受けもよかったし、せっかくなのでこの世界でメジャーな野菜になったらいいなと思う。


 しばらく中断していた地図の作成も、残すところ数カ所になっていた。フレイの森の西側と、南端の一部以外は所々が穴あきくらいでだいたい埋まっている。エフィルさんに見せた時、かなり驚いて食い入るように見ていたのが印象的だった。

 この世界では測量技術はまだ未熟で、正確な縮尺で描かれた地図はかなり貴重なものらしい。ドラゴンなんて存在が本当にいるなら、彼らなら空から見た世界を地図に起こせるし、もしかしたら宝箱に地図が入っているかも。


 そういう意味からも正確な地図を作成して、普及する意義はあると思う。100年前まで大きな戦争が続いていたなら、ある程度正確で広範囲を図示した地図は、既にあると考えている。

 ただしそれは為政者の一部、あるいは特定の種族だけが持っているのだろう。つまり戦争に勝利した側という事。地図の公開は新たな戦火を生む可能性もあるし、公開するかどうかは権力者の判断に委ねたい。


 それよりも植生図、地質図といった、資源利用に役立つものを作りたいと思っている。こちらの方が単純な地形図よりはるかに危険なデータかもしれない。

 そんなわけで地図の未踏マップを埋めるのと、セリの生育状況を確認する為にトゥイリンの草原地帯を訪れていた。


「んー、あまり良くないみたいだね。水が合わないのかな?」

「香りも渓谷にあった時より落ちてる感じね。茎の色が妙に赤い気がするけど、大丈夫なの?」

「これは低温によるアントシアン発現だから、それ程心配ないよ。この辺りの小川は水温が低いから」

 とは言ったものの、セリの生育にはある程度温度が欲しい。高温環境は好まないけど、この辺りの夏の暑さは日本に及ばない。むしろ冬の厳しさで地上部が枯れてしまうかもしれない。


「冬野菜として利用出来ればと思ったんだけど、難しいのかなぁ」

「これからじゃない。未経験の冬の心配したって始まらないわよ。必要ならまた渓谷へ採りに行けばいいでしょ」

 プリムラの前向きさは正直救われる。ボクはどうも後ろ向きに考えるくせがあって、彼女は暴走気味なので二人でいると不思議にバランスが取れる。これが双子というものかもしれないけど妙な縁だなぁ。

 小川に手を入れて冷たさを喜ぶ姿を見ていたら、不意にこちらを向いて不審そうな表情を見せた。


「……なによ、子供っぽいっていいたいんでしょ」

「いや、なんか楽しそうだなぁって」

 っぽいも何も、子供そのものだよねと思いながら、素直な感想を言う。ボクと同じ肉体を得て、触れて、見て、感じて。初めての刺激に戸惑うというより、懐かしさを感じているように見えた。


「ねぇプリムラ、もしかしてき……」

「しっ! 黙ってっ!」

 鋭く声を発して、プリムラが立ち上がる。辺りを見回して川下の一点、背の高い芦のような草の茂みへ目を留めた。


「何か近付いてくるわ。しかもけっこう速い!」

 音なのか感覚なのか、ボクに分からない方法で知覚しているみたいだった。背中の弓を構えて、いつでも矢を放てるようにボクの前に立つ。それが守護者の務めだろうけど、当たり前に庇われるのは嬉しくない。

 腰に挿した片手剣を抜いて、プリムラの横に移動した。


「数は分かる?」

「たぶんだけど、五、ううん、六体かな。先頭の一体と、少し離れた五体」

「人じゃないんだよね?」

 よほど背の低い人でなければ、頭の先は見え隠れしていたはず。人では無いと思うけど、念のために確認したかった。

「人じゃないわ。フェア(精)の干渉をほとんど感じないもの。獣で間違いない!」

 干渉? フェアが何に干渉して、それをどう感じるというのか。疑問には思うけど、それを考えている余裕は無さそうだ。


「来るわよっ!」

 ザザッと茂みが揺れて、弾かれたように一頭の犬? が飛び出してきた。茂みを抜けた事に戸惑ったのか、数瞬止まって、ボクたちに気付いたようだ。向かってくるかと思ったら、大きく迂回するように走り出した。

 背中に斑の模様があって、丸い耳とふさふさした尻尾。全体は茶色系で一見すると狸にそっくりな獣だった。

 良く見ると後ろ脚とお腹の辺りに血が滲んでいる。何かに追われているのか?

 そう思った次の瞬間、残りの五体が一気に姿を見せた。


「なにあの大きなネズミ!」

 茂みを揺らす事もなくすり抜けるように現れたそれは、猫に匹敵する大きさの黒いネズミだった。いや、あれは色が黒いんじゃない。

「魔物かっ!」

 どの個体も目が赤く光っている。身体から立ち上る黒い煙のようなものが、全身にまとわりついて覆っている。あれが『魔』というものなのか。

 プリムラが番えていた矢を五匹の目の前に放つ。二本、三本と続けざまに矢を放って、魔物となったネズミの足を止めた。おいおい、連続して矢を撃つって、いつの間にそんな技能を……


「こっちに来るわよ! リィは魔法で!」

 さらに追加の矢を牽制で放ちながら、ボクを下がらせるプリムラ。すばしっこい魔ネズミ五匹が相手なんて、正直な話ピンチじゃないか。ただしそれは、ボクが剣で戦った場合だ。

 素早く背中の杖と持ち替えて剣をしまい魔法を唱える。この場で役に立ちそうなのは……


「砂塵!<Sandstaub>」

 砂埃を舞わせて目潰しを行う攻撃。視界を奪うだけなら、聴覚に優れるネズミには効果は薄いけど、『砂塵』の神髄はそこじゃない。砂粒が擦れ合う時に発生する、いわゆるホワイトノイズというやつが本命。

 シャーという高い周波数のノイズは、ネズミのような小動物を一時的に、パニック状態にする効果がある。

 足が止まってしまえばプリムラにとってはいい的だ。続けざまの風切り音の後、二匹が矢を受けて飛ばされる。彼女の使う短弓は見た目と違って、かなり威力もあるみたいだ。


 残りは三匹。

 水鉄砲<Bewassre Pistole>を撃とうと杖を構え直したところで、三匹はくるりと向きを変えて逃げていった。魔物が逃げるというのが少し不思議に感じたけど、魔が付くと元の生き物より、知能も上がると聞くから不利と判断したのかも。


「ふぅ、何とかなったわね」

 緊張を解いたプリムラが大きく息をする。練習を重ねていたと言っても、初めての実戦の上に相手は魔物だった。

「それにしても、プリムラはいつの間に……」「まったく、リィってばいつの間に……」

 同時に言って、互いに顔を見合わせる。一瞬後に二人とも吹き出していた。

「ふふっ、やるじゃないリィ。あんな魔法があるなんて知らなかったわ」

「あははは。プリムラだって、速射なんていつの間に出来るようになったのさ」


 相手の知らない間に二人とも成長していた。以前のようにいつも一緒にはいられなくなったけど、それでも並んで先へ歩いていると感じられる。それはすごく嬉しい事だと思う。

 少し気持ちが落ち着いて、周囲のにおいに気付いた。血のにおいは何度かかいだ事があるけどやはり慣れない。治療院でもけが人を手当てする時は、どうしても血のにおいが気になる。薬品のにおいに紛れるから、多少はましなのだけど。


 少し離れた所にあるネズミの遺体から、血のにおいがしているのは分かっている。近付くかどうかためらっていたら、プリムラがなんでも無いように遺体に向かった。ボクが血のにおいが苦手なのは、精霊だった頃のプリムラに知られている。

 だから自分で確認に行ってくれたのか。これじゃまるっきり、ボクの方がヒロインだなぁ。従者に守られるお姫さまって?


「リィ、ちょっと来てくれる?」

 それでも彼女が呼ぶのだから、ただ事では無いと思った。少しの不安を感じつつ急いで彼女の元へ行く。そこには血を滴らせたまま、まだ動いているネズミがいた。矢に貫かれ地面に縫い止められて、まだ手足は動いている。

 ビクリ、ビクリとうごめく手足に、じっとこちらを睨む赤い目。血のにおいもあって思わず胃の中の物がこみ上げる。とっさに横を向いて地面に吐いてしまった。


「だいじょうぶ、リィ? はっ、もしかしてあなた、お腹に赤ちゃんがっ!?」

「ないよっ! 赤ちゃん出来るようなことしてないし! それに相手はだれさ!?」

「冗談よ、ほんとにだいじょうぶ? ほら、川で顔でも洗って落ち着きなさい」

 しっしと追いやるように手を振って、ボクに川へ向かうように言う。だったらなんで呼んだんだよ……もしかして、なにか地雷踏んだ? プリムラに嫌われる事した?

 冷たい水に手を入れて、口元を洗った時だった。


<キィーッ><ギィーッ!>

 断末魔というのだろう、ネズミの悲鳴が二度響いた。ハッとなって振り返る時に、腰の辺りが軽くなっているのに気付く。鞘に戻したはずの片手剣が無くなっていた。おそらくプリムラがとどめを刺す為に、ボクが気付かないうちに抜き取ったんだ。

 口をすすいで急いで走って戻る。そこには事切れて動かなくなったネズミの姿があった。徐々に身体を覆う黒いものが消えて、目も黒く戻っていく。ネズミに取り憑いていた『魔』は、どこに消えたのだろう。


 地面に剣を突き立てた姿でプリムラも固まっていた。唇をきつく結んで泣きそうな表情で、じっとネズミを見ていた。魔物とは言え命を奪ったのだ。彼女にやらせるべきでは無かった。ボクはサランディアさんに約束したのでは無かったか。

 プリムラ一人に責を負わせない、負わせたくないから守る術を習ったのでは無かったか。結果としてボクは彼女一人に殺させてしまった。彼女の意図に気付かずに、ボクだけ免れてしまった。


「ごめん、プリムラ」

「……なんで謝るのよ。これはわたしとあなた、二人でやったのよ」

「うん、そうだね。剣を貸して、洗ってくるから」

 こわばった指をそっと開いて、地面に刺さった剣を抜いた。濃厚な血のにおいがしているけど、もうそれ程感じない。心がにおいを感じていないようで後悔が、自責の念が埋め尽くして、他に何も感じられなかった。


 冷たい清流に浸して、剣に付いた血と泥を洗い流す。もしボクが『浄化』を使えていれば、もしプリムラが『浄化』を使えたら。

 結果として死なせずに済んだかもしれない。矢傷が致命傷なら無理だけど、今のボクにはそれ以外なら治せるくらいの治療魔法が使える。

 二人でドライアードになれた事は嬉しかった。プリムラが消えてしまわなくて嬉しかった。その為なら『浄化』は使えなくてもいいって、あの時はそう思ったはずだ。それなのに後悔してるなんて、身勝手すぎるじゃないか。


 生まれ直した日以来、プリムラは一度も『浄化』を発動出来ていない。呪文は正確に覚えているし、魔法円を描くところまでは出来ている。でも最後のもう一息が届かなかった。

 ボクの方はもっとどうしようもない。そもそも『浄化』の呪文を上手く発音出来ない。エフィルさんに言わせると、精霊魔法なのだから当たり前で、プリムラが発音出来る事がすごいのだと。

 それでもボクにも使えないかと、何度か練習はしていた。プリムラと一緒に唱える練習もした。結局は何も変わらずダメだったけど。


「埋めてきたよ」

 気付くと隣でプリムラが小刀を洗っていた。すっかり忘れていた、ネズミの遺体を埋めなければいけないんだった。アンデッドモンスターになるとか、魔物として復活するとか、そういうファンタジーな事は起こらない。

 死んだものを等しく地に返す為に、地面に穴を掘って埋める。妖精でも獣でも魔物でもそれは同じ。火葬にしないのかと尋ねた時、フェア(精)を地に戻してあげないと、アノア(霊体)が消滅してしまうと言われた。

 風習として火葬が無いのか、アールヴにとって土葬が当たり前なのか、どちらかは分からない。でも昔からそうなのだからそれでいいのかもしれない。


「ごめんねプリムラ、いやな事ばかりやらせて」

「なに言ってるの、お互いさまでしょ」

「うん、ありがとう。あのわんこ、無事に逃げ切ったかなぁ」

「だいじょうぶでしょ、街のある方へ逃げていったし」

 それから重くなった足取りで二人、トゥイリンへ向かった。今日の本来の目的を果たす為に。神殿を出る時は楽しみだったのにな。



 沈んだ気分のままトゥイリンの工房を訪ねた。予定通りなら、試作をお願いしたものが完成しているはずだ。ワクワクした様子で、気分よく見に来ていたはずなのに。


「あ、二人とも久しぶりー」

 暗い気持ちを吹き飛ばすように、元気良く声を掛けてくれたのは、工房の娘さんでラダナさんという、焦げ茶の髪の活発なお姉さん。しばらく山向こうの町に行っていると聞いたけど。


「お久しぶりです、お仕事、終わったんですか?」

「んー、ちょっと親父と相談したいことがあってね。途中で戻ってきた」

 話し声に気付いたのか工房の裏から、ボクたちと同じくらいの歳の子がやって来た。黒髪に黒目の姉に負けない元気な子で、カミルという名前の男の子だ。


「よ、よぉ。親父に用事だろ、すぐに呼んでくる」

「あ、今日はバーラさんの用事!」

「わ、わかった」

 どこかぎこちない様子で奥へ戻っていくカミルを見て、ラダナさんがにひひと笑った。


「へぇ~、カミルのやつも、いっちょ前になりやがって」

「えー? なにがです?」

「うーん、あんたたち、どっちかねぇ。それとも二人ともとか?」

 ん? なんの事だろう? ラダナさんの言葉を図りかねていると、プリムラがなぜか赤い顔をしていた。んん?


「おやおや、二人揃って、いつも仲がいいねぇ」

 前掛けで手を拭きながら現れたのは、工房の奥さんで二人の母親でもあるバーラさん。彼女には以前からあるお願いをしていて、それが出来たというので見に来たのが今日の目的だった。

「さっそく見るかい?」

「はい、ぜひお願いします」

 煤けた柱をくぐって奥へ進むと、開いた窓の手前に目的の物が重ねてあった。まだ乾かしている途中の物もあるみたいだ。


 ボクがお願いしていたのは紙だ。この世界はまだ羊皮紙に代表される、革を材料にした物しか無い。植物を材料にした、いわゆる紙がまだ作られていなかった。本が高価である理由の一つで、この世界における不満の一つだった。

 よろしい、ならば戦争だ。このボクの持てる力全てを注ぎ込んで、世界に革命を起こそうじゃないか。立てよ文民、ジー○○オン!


 そう思ったかどうか、今となっては自分の事なのに定かじゃない。紙が無い事を知って、紙の材料を探し始めたボクはすぐに途方に暮れた。思い出せる記憶の中にある和紙や、古代紙の材料がどれも見付からなかったから。

 古代エジプトでパピルスに使われた、カミガヤツリの仲間。和紙の材料で有名なミツマタ、コウゾ、ガンピなど。どれも自分が探した範囲では見付からなかった。


 どうしようかと諦めかけていた時に、プリムラがボクの記憶の中から一つの可能性を見付けた。潜在意識の中にかろうじて残っていた情報は、幻と言われる和紙の事だった。

 それは『苦参紙くじんし』という物で、正倉院に伝わる「延喜式」に名前だけ出てくる紙と思われる存在だった。それがマメ科のクララを使った紙らしいという、ニュース記事を読んだ記憶があった。

 クララはトゥイリンの周辺、この辺りの草原では無数に生えている。むしろ邪魔者扱いされているので、これを使って紙が出来るなら喜ばしい事だ。


 そしてそれは上手くいった。ボクが試しに作った限りでは、わら半紙のようなごわごわとして破れやすいものだったけど、確かに紙が作れた。その後この街で石灰岩を採掘してもらう事になって、苦参紙の改良を思い付いた。

 その結果が机に乗っている。改良前の苦参紙は細粒を多く含んで、ざらざらした手触りの赤褐色の紙だった。


「どうだね、ずいぶん白くなっただろう? これならリィのいう通りに、いろいろ便利に使えそうだねぇ。それに破れにくくて、しっかりしたものになったよ」

 ボクが行った改良とは、クララの茎を叩いて細かくしたものを、消石灰液(水酸化カルシウム溶液)で処理する事だった。紙を白くする為に、紙材の精製にアルカリを用いてみた。サポニンなど配糖体を凝集させて、さらに繊維をバラバラにする。


 結果として細かな粒が紙に混じる代わりに、全体の着色が薄く白っぽくなった。さらに日ざらしにする事でより白さを増す。有機酸をアルカリで中和してしまえば、ほとんどの色素は紫外線で破壊されてしまう。

 こうしてボクは予想以上に、よい状態の紙を入手する事に成功した。あとは量産体制を作って貰うのが肝心だけど。


「どうですか? 作業は難しくありませんか?」

「そうだねぇ、木綿を育てて糸を紡ぐのにくらべると、慣れないせいかちょっと大変かもしれないね。ただね、これは秋から冬にかけて出来る作業だろう? 他にやる事も少ないし、新しい仕事だと思えばありがたいよ」


 思ったよりも好意的で、上手くいきそうだった。ただ処理にアルカリを使う事、クララの全草には毒性分があるので、扱いに気を付けるよう再度伝えて、早速出来たばかりの苦参紙に、作業工程と気を付ける点をペンで書き付けていく。

 書き味も悪くなくて、日本で子供の頃にわら半紙に書いていたような感触だった。色も淡いクリーム色だし、立派な紙と言っていい。クララは上手く使えば殺虫剤や、山羊の皮膚病にも使えるので、それも一緒に書いておく。

 一通り書き上げた頃に、工房の主人ヤンさんが戻ってきた。


「おぅ、リー嬢ちゃんも、プリムラ嬢ちゃんも久しぶりだな。どうだ、かみさんの作ったそいつ、いい出来だろう? かみさんだけに、紙さんてなぁ!」

 ガハハと豪快に笑って、そばの椅子に腰を下ろした彼は、全身はち切れそうなたくましい筋肉をしたノッカーだ。奥さんのバーラさんはレプラホーンなので、異種族婚の夫婦。この組み合わせは珍しくないそうで、トゥイリンでは何組か見かける。


「あー頼まれてた石の事だがよ、わりぃなぁ、そっちはまだ見付からねぇよ」

「あ、いえ、無理にお願いしているんです、気にしないで下さい」

「何度か耳にしたこたぁあるんだが、詳しい場所を知ってるやつが見付からなくてな」

 お願いしているのはトロナ鉱石(重炭酸ソーダ石)という、灰白色の鉱石で塩湖の周辺に稀に産出すると言われる。この粉末を水に溶かして消石灰液と混ぜて加熱する事で、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)を作る事が出来る。


 これはアルカリ石けんの材料で、この製法であれば比較的手軽に、固形石けんを作る事が可能のはず。アルカリ石けんがあれば、殺菌と洗浄の効果を手軽に使えるし、口述魔法が使えなくても物を綺麗に洗える。

 日常生活を豊かにする為に、これもぜひ実現させたかった。お風呂であわあわしたいのは、やっぱり自然な事だよね? すべすべのお肌も乙女の特権です。

 ようやく実現出来そうだけど、見付かってくれるといいな。


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