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フレイの森のお医者さん  作者: 夢育美
二章 世界樹
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二話 ノッカーの住む街

 トゥイリンの街が望める森の端まで、ボクたちは10分程で到着した。ここから街の入り口まで徒歩で30分かかる。神殿からトゥイリンへは、普通なら馬車で半日掛かる距離なので、ずいぶんと時間の節約になっている。

 プリムラもドライアードに生まれ変わって、ボクとプリムラは本来の意味で双子になった。そのお陰で種族特有の技能の一つ、『森の小道』が使えるようになった。


 初めてドライアードの村を訪れた時、消えそうになったプリムラを連れてドリュアデスさんを訪ねた時、悪戯好きの双子がボクたちを連れて行ってくれたアレだ。

 今ならどういう理屈で移動して、森が続く限り離れた場所にも短時間で移動出来る、その仕組みが分かる。分かるけど論理的に説明出来ないという、何とももどかしい感じがする。


「自分でやって思うけど、無茶な技能よね~。そりゃ狩られるわよ」

 狩られる、は言葉のままの意味だ。二人で生まれ直したその日に、ドライアードの女王ドリュアデスさんから100年前の悲劇を聞いた。この世界、アルヴヘイムがまだ戦火に覆われていた頃の話だった。


「私が知る人の世もそうでしたが、争いとはいつの時代も、どんな場所でも無くならないものですね」

 姿は見えないけど、エフニさまは時々話に参加してくれる。


「戦争となれば情報と、物資の速度が勝敗を左右しますしね。森の中を短時間で、自由に移動出来るドライアードは、道具として欲しいですよね……」

 特に子供が狙われたらしい。『森の小道』は双子が揃って初めて使える技能なので、成人となったドライアードだと捕らえても役に立たない事が多い。

 当時はフレイの森のあちこちに、ドライアードの集落があったらしい。戦争で利用する便利な使い捨ての移動手段として、そのほとんどは狩り尽くされてしまった。他種族を恐れて隠棲するのも当たり前だ。


「リョース・アールヴとリャナンシーでもめたっていうのも、裏に何かありそうな気がするわね。単純に善悪じゃ無い雰囲気がプンプンする」

 相変わらず穏やかじゃ無い発言が多い元精霊。でも、彼女がこういう事を言う時は何かに気付いている時でもある。


 両種族がもめたのは、ドライアードを含む半妖精に対する差別的扱いについてだ。元は同じ種族だったよく似た姿の両種族は、共に魔法が得意で美男美女揃い。見た目が異形だったり動物に近い要素を持つ、半妖精種族をどうしても差別する傾向があった。

 結果としてこの世界の基準での『人』の定義から、半妖精を外そうとする現リャナンシーの部族と、それに反対したリョース・アールヴの部族が袂を分かち、国を別する事になった。


「今から約300年前の事か。長命種からしたら、ちょっと前の話なのかなぁ」

「日本基準で言うなら、江戸時代丸々すっ飛ばすのよ? ちょっと前どころじゃ無いのに、ほんと、こっちの人たちはのんきよね。あら、甘い匂い……」


 森が切れて道の左右に草原が広がる。強すぎない風がどこからか、熟れすぎた果実の匂いを運んでいた。秋もだいぶ深まってきたのを感じる。

 トゥイリンへ向かう街道は、草原地帯を北東に横切って延びている。街の手前までは平坦で、大型の獣など危険な存在も滅多にいない。

 街は小高い丘陵地帯に作られていて周辺の草原を一望出来る。一面に畑が広がる田園風景……と言いたいけど、そこまでじゃない。


 大規模集約型の農業は、この世界では普及していない。大型の機械どころか、機械と呼べる物が存在しないのだから仕方ない。日本に当てはめれば、江戸時代より多少マシな程度じゃないかと思う。

 化成肥料どころか有機肥料の利用も、知ってる人が適当にやってる、位のレベルで病虫害の防除も積極的には行わない。ナチュラル農業と言えば聞こえはいいけど、要するに未成熟だった。


 虫追いの魔法やら活力を与える魔法、なんて農業に役立つ口述魔法もあるし、魔法が得意でない種族でも利用出来る。魔法を使う手軽さから、他の手段を必要としなかったのかもしれない。元日本人としては不満を感じる部分だな。

 狭い耕地を効率よく使う現代農業は、必ずしも良い面ばかりじゃ無いけど、そこで熟成された知識と技術は、ここでも活かせると思う。


「この辺りは、小川が多いのですね。たいぞうと釣りに行ったのを思い出します」

 森林を抜けて開けた場所の為か、水の匂いを強く感じる。この辺りには小川がとても多い。東部山岳地帯から南北を貫いて流れる、ルイナロス河の支流が草原の所々を流れて、大まかに植生を分けていた。

 お祖父ちゃんと釣りに、と言うエフニさまの言葉は、釣った魚の写真を自分レンズで撮ったという意味らしい。守護霊的に側で見ていたとかじゃなくて、なんか安心した。


「お祖父ちゃん、オカルト苦手だったしなぁ、恐がりだし。あれ? でもエフニさまに遺言してるんですよね?」

「たいぞうが死ぬ間際に、一度だけ姿を見せました。私の存在自体は、薄薄感じていたようですよ」

 お祖父ちゃんにしては意外だな。夏休みに遊びに行った時、夕飯時の「○○○の知らない○界」的な番組見ようとすると、すごい勢いで怒られてダメだったのに。


 懐かしい記憶を楽しみながら、街へ向かって歩く。街道沿いは小さな灌木が生えていて、食用になるスグリやスノキ、木苺が多い。いわゆる茨の元になる植生なので、畑を開墾するには手間が掛かるかなと思う。

 そのせいか畑になっていない所には、様々な野草が生えているわけだけど……


「んー、やっぱりこの辺りにはクララが多いなぁ」

 マメ科の大型宿根草で、薬草としては根を苦参くじんという、健胃や下痢止めに利用するクララは、茎や葉に強い毒性分を含むので、地上部は利用されない。殺虫剤には使えるし、皮膚病の薬にもなるんだっけ。

 ボクにとってクララは、別の用途でとても期待している。トゥイリンへ定期的に訪れるのは、その成果を確認する為でもあった。


「ササゲに似た花よね? さやを食べるの?」

「いや、これは食用じゃないよ。何にするかはお楽しみ~」

 冬が近いせいか紅葉している木々も目に付く。日本の秋ならモミジや萩が見られる環境だけど、残念ながら馴染みのある樹は生えていない。樺の仲間やポプラの黄色、プラタナスの淡いオレンジ色が目に付く。


 紅葉と言うには少し深みが足りないなぁ……なんて思っていると、木の上の辺りを飛び回っている獣が見えた。良く見ようと顔を上げて、斜めから差し込むまぶしい日射しに、一瞬視界が暗くなった。

 手を伸ばして太陽をさえぎって、遠くの木のてっぺんに目を細める。


「あれ、なんだろうね?」

「んー? どうしたの急に」

 指さしてあれだよ、と言った時には姿は消えていた。距離を考えると、小型犬くらいの大きさかな。しばらく二人で探していたけど、二度と見る事は無かった。


 ふと手を伸ばした時の違和感が気になった。袖の辺りが引きつれたようで、ちょっと変な感じがしていた。もう一度袖を見ると妙に短く感じる。毎日着ている物だし、何度も洗っているから縮んだのかな。

 隣を歩くプリムラを見ると、やっぱり彼女の着ている服も、裾と袖が短めに感じる。最初はちょっと大きく思ったのに、すっかりくたびれちゃったのか。さすがに女の子はもっとお洒落に気を遣わないといけない。

 トゥイリンの服屋さんに寄って、新しい服を買った方がいいかなと思う。ボクはともかく、プリムラには似合った服を着て欲しいし。


「ねぇプリムラ、帰りに服屋さん行こうか」

「えっ、なになに? 何か買ってくれるの?」

「ほら、いま着てるの、縮んじゃったみたいでしょ。新しいの欲しいなって」

「……リィ、あなた、もしかしてき……」


『おぉ~い、今日はいいナガレナが採れたんだ。買ってってくれよ~』

 街の入り口が見えて、畑で働く人から声が掛かった。もうすっかり馴染みになったのか、ボクたちの姿に手を振る人、刈った大麦を手に持って見せる人、みんな見知った顔だ。

 この街の周囲は葉野菜を中心に作る人が多い。孤児院の畑で作る量だと、新鮮な野菜を皆に振る舞うのは難しい。帰りのお土産に野菜や魚を買って帰る事が多くなった。

 街の人に挨拶していつもの工房を見て回って、出来上がった物を見せてもらったりしながら最近の話題を尋ねた。


「そういやぁ、黒い霧のうわさ、聞いてるかい?」

 ドキリとしてプリムラと顔を見合わせる。思い付くのはモーザ・ドゥーグの村で聞いた、人の精神を喰う魔物の事だ。

「ここから川沿いに南へ下った、中州があるだろう? この辺の名物の長人参の畑があるんだが、そこで出たって話だ」

「そう、ですか……」


 実際にその辺りに行った事は無いので、状況も何も分からない。機会を見て訪れた方がいいだろうと話して別な工房へ。

 そこでは出来たばかりの黒板を見せてもらった。ボクの考案したカシュー漆を使った黒板は、職人の改良を受けて薄く使いやすくなっている。


「あれ? これって裏が白くなってるのね。ホワイトボード?」

 最新作だと見せてくれた黒板は、B4くらいの大きさで裏が白く仕上げられていた。白漆? なんてあったっけ?

「あぁ、そいつぁ、大理石の粉を混ぜて塗ったもんだよ。この頃、インクで書くって奴らが増えてなぁ」


 どういう事かと尋ねると、指示書や目録、一時的な確認書などの用途で、荷物に付けて一緒に送るのに使うらしい。なる程、チョークだと擦れて文字が消えてしまう。

 水性のインクが大理石の粉末に程よく吸われて、書き味も悪くないらしい。再利用する時には魔法の『洗浄』で綺麗に消す。高価な羊皮紙の代わりに使われているらしい。でも、そんなに安く流通しているのかな。


 それに、薄く軽く改良されたとは言っても、やっぱり黒板は本来の意味で使われるべき道具だ。かさばるしそれなりに重さもある。

 早く紙を作らないといけないと思いながら、消石灰の粉末やチョークを神殿で使う分だけ受け取る。それから服屋さんに寄って、ボクは薄い水色の、プリムラは桜色の長めの丈の服を買った。


「ふふっ、どう? 似合う?」

 やっぱり女の子だよなぁ、質素でも新しい服は嬉しいみたいだ。そういうボクも少しテンション上がってる。その勢いで何人かの露店によって、ナガレナとジャガイモをいつもより多めに買って帰った。



 いつものように遊びに来ていたネーミアを、ナウラミアと一緒に見送った初冬のある日、王都からアルフェルとエフィルさんが入れ替わりで戻ってきた。

 見習いから正規の神官となったアルフェルは、ここでのお務めより王都にいる事が多くなった。そのせいかあか抜けた雰囲気もあって、以前より大人びて見える。

 それでも彼女の使う香油の匂い、少し甘く感じる花の匂いは、以前と変わっていない部分を思わせてほっとする。


「お帰りなさい。最近は王都行きが多いよね?」

「えぇとね、渡り鼠の被害が多いらしくて、相談されているの」

「わたりねずみ? どんなやつ?」


 初めて聞いた名前なので、ドブネズミみたいな害獣なのかな、位にしか分からない。プリムラも知らないと言う表情だ。

 彼女の説明によると、渡り鼠は猫くらいある大きな鼠で、普段は草原に群れで生活しているらしい。渡り、と呼ばれるように季節によって移動して、途中で畑に被害を与えたり、小さな町の食料が食べ尽くされたり、と言った事件が起こる。


「うわぁ、それって、“地走り”とかいうやつよね? 生き物も襲われるとか……」

 どこの忍○○芸帳だよ、白土先生とかなんで知ってるかな、プリムラは。ボクだってお祖父ちゃんの家の漫画でしか知らないのに。


「それがどこかの町を襲っているとか?」

「ううん、数は多くないんだけど、王都の西の方で見掛けられるそうなの。マメの畑とか、倉庫がいくつかやられたって」

 いつもなら冬に向かって南へ向かう群れが見られたり、集落規模で倉庫が襲われたりと、そう言う話は出てくるらしい。今年のように人が多く住む、都市部で目撃情報があるのは珍しいそうだ。


「ふーん、それでアルお姉ちゃんの出番なわけだ。ボスを探し出して、事情を聞いてくれとか、そんな感じ?」

「さっすが~。その通りなんだけど、まだ群れのリーダーが見付からないのよ」

「リーダー不在? 群れる習性のある動物には珍しいなぁ」

 明確なハーレムを作る動物程で無いにしろ、群れには統率する個体が発生する。特に長距離を移動する種は、先頭を走る個体がリーダーである事が多い。ただ、王都に現れたケースは渡りの途中では無く、何かに追われて逃げ込んできたらしい。


「何匹か話の出来そうな子に聞いてみたの。黒い恐いものから逃げてきたって言うのよね。何か気にならない?」

 黒くて恐いものと言われて、ボクらが共通に思い浮かべるのは、あの黒い霧しか無い。この間トゥイリンでも噂として聞いていた。


 黒い霧の魔物は、目撃例と実際の被害が限定されている。噂として口の端に上る事は多くても、実態を知る人はほとんどいない。なんとなく、今までと違う魔物が現れている、それは恐い存在だ位にしか思われていない。

 むやみに世情の不安を煽るよりマシ、ととらえられているのか、詳しい情報を持っている神殿も、王宮騎士も詳細を明らかにしていない。ボクたちも箝口令を敷かれていなくとも、無闇に話すつもりは無かった。


「ふ~ん、アルって、会話出来るのはある程度知能の高い動物、っていってなかった? ネズミって案外頭いいのね」

「渡り鼠は猫や犬と同じくらい知能があると思うよ。それにネズミは利口な動物だと思う」

 身体と脳の体積比で言えば、ネズミは高い比率だったはず。哺乳類の中でも頭のいい方だったように思う。そう言えば、モーザ・ドゥーグの村へ行った時、小鳥と話してたと思うけど、アルフェルはどの程度の相手とまで話せるのだろうか。


「お姉ちゃんって、動物ならなんでも話せるんだっけ?」

「え? 前にも説明したと思うけど、どの子でも……んー、最近は前より話せる子が増えた気もする。『意思疎通』も技能だから、成長するのかもね」

 動物の種類でと言うより、個体差があると話してくれた。それもアルフェルの能力次第で、範囲が広がっているかも知れない。


「虫とか、魚も?」

 虫と聞いて、彼女の表情がちょっと引きつる。やっぱり女の子だなぁと思いながら、虫を思い浮かべてボクも内心引きそうになった。

 あれ?


「さすがに虫や魚は……いつか分かるようになるのかしら?」

「えー、ムニエルとか塩焼きとか、食べにくくなるじゃない。わたしだったらかんべん願いたいわ」

 肉体を得る事で食事が楽しめるようになったプリムラは、やたらとグルメでしかも肉食女子になっている。精神的には前から肉食だったけど。それよりムニエルってこっちで見掛けた事無いよ。

 ほら、アルフェルが不思議そうな顔してる。


 ボクたちの話が一段落した所で、王都から一緒に来た神官さんと話を終えたのか、エフィルさんがボクに向かって手招きした。

 なんだろう?


「お話は終わったかしら? リィもプリムラも、渡り鼠の事で何か分かったら教えてちょうだいね」

 黒い霧の事もあるので、動物も含めて動向を気にしておこう。プリムラには精霊からも積極的に情報を……


「あ、それとリィ、あなた『聖人』認定されることになったから、今から王都に行くので出掛ける用意してね」

 ふぇ!? 聖人認定って、ナンデスカ。

 プリムラもシンクロした動きで、顔を上げて固まっている。


「詳しいことは王都に行ってからね。セレヴィアンさまから説明があるわ」

 とてつもなく不吉な予感のする言葉、この世界にも『聖人』と呼ばれる存在がいるのか。それとも過去にいたのか。


「えーと、聖人って何者とか、ボクが認定される理由とか、尋ねても?」

「二度手間になるから却下ね。わたしも一緒に行くからそこで説明を聞いて」

 なんだか最近のエフィルさんは、ボクの扱いがぞんざいな気がする。プリムラにはあんなに甲斐甲斐しく、丁寧に楽しそうに魔法を教えているのに。


「プリムラも一緒に付いてきて。聖人になるのはリィだけでも、あなたの功績も高く評価されてるから」

 えーめんどくさーい、という顔をしているのを、一緒に来ていた神官さんに拉致られていくプリムラ。晴れの場へ出席するので、ちゃんとした衣装に着替える必要があるみたいだった。

 ボクはナウラミアのご両親に招待された時のドレス姿になるのかなぁ。嫌いじゃないけど、やっぱり違和感があるんだよなぁ……


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