二話 ドライアードの少年
「「あら? あらあら、まぁまぁ……」」
美人のエルフさんが、優しい笑顔でこちらを見ていた。驚いた表情で近付いてくる。
「「目が覚めたのね、わたしはエフィルよ。言ってみて? エ、フィ、ル」」
「「え、ふぃ、る」」
「「そうそう、上手いわ。あなたのお名前は?」」
そう聞かれて初めて気付いた。プリムラは自分を人間さん、と呼んだ。自分の名前、そうだ、自分は……誰だ?
『んー、ふつうなら自分の名前は、絶対に忘れないんですけど……』
プリムラも戸惑っている。自分を象る一番のアイデンティティ、名前を忘れるはずがない。言外にプリムラは、あり得ない状況だと告げていた。
……だめだ、まったく思い出せない。
『あの、もしかして自分を嫌ってませんでしたか?』
ずいぶんな言われようだなと、住んでいた場所、好きだった事や物、好きだった人など、自分に関わる記憶をたぐる。
仕事は、思い出せる。花を育てる仕事をしていた。趣味は、登山やトレッキングで、野草を見に行ったり、釣りもしたな。写真も好きで良く撮った。
好きな人、で女性の顔が浮かんだ。でも、名前すら思い出せないから、ただの知り合いかもしれない。けれど少し温かくて、なぜか悲しい気持ちになった。
どうだろう、人生を悲観するほど、自分を嫌っていたとは思えなかった。
ずいぶん長く黙っていたせいか、エフィルさんが何かに気付いたように、パンと手を鳴らした。
「「もしかしたらと思ったけど、やっぱりそうなのね。あなたは『森の養い子』なのね。なら名前が分からないのも仕方ないわ」」
『森の養い子』ってなんだ? 勝手に納得してくれたけど、特別な存在なのか?
「「えぇと、そうねぇ、何がいいかしら……うーん、初めてだし……」」
楽しそうな様子で、ぶつぶつ言いながら考え込む。上を向いたり、横を向いたり、表情がくるくる変わって実に面白い人だ。
女性に面白いは不適切ですよー、とプリムラに突っ込まれた。
「「うん! リーグラスがいいわ。とても綺麗な緑の髪に、緑の目ですもの。あなたの名前は『リーグラス』よ。ちょっと呼びにくいから、普段はリィでいいかなぁ」」
リーグラスとは“緑の葉”の意味よ、と嬉しそうに言いながら、エフィルさんが右手を左右に小さく振った。
突然現れる手鏡にビックリする。これはアレか、魔法というやつか。
『ですねー。光魔法かな?』
補足説明ありがとう。属性魔法というやつかな。
「「どう? 本当に綺麗な緑色でしょう?」」
透明感のある不思議な素材の手鏡が、目の前に差し出された。
肩までの柔らかなそうな髪は、先の方だけカールしている。髪の色より少し薄い、大きな緑色の瞳。子供らしい丸顔に、やや上向きな鼻。
うん、これは間違いないな、いわゆる美幼女だ……って、なんで!?
『説明そのいちー、転生する時にわたしの魂と融合したから。説明そのにー、人間さん、じゃなかった、リーグラスさんが女の子になりたかったから。どっちがいいです?』
どっちがいいとか、そういう問題じゃねぇ。それに聞き捨てならない事をさらっと言われた気がする。
「「おんなのこ?」」
プリムラの言葉も気になるけど、鏡に映る姿の方が衝撃的だった。
「「リィの事は少しずつ教えて上げるわ。わたしたちの事も。それよりも……」」
口の中で何かを唱えて、人差し指で額にそっと触れた。その途端、ピリッと静電気が走るような感覚があった。
「どうかしら? ちゃんと通じる?」
言葉が二重に聞こえていたのが、普通に聞こえるようになった。
なにこれ、すごい。
「そこの精霊の力で、言葉を理解していたのよね。大変そうだから、魔法で『言葉』を習得してもらったわ。問題ないみたいね」
ものすごい事をさらっと言ってる気がしますが。気にしたら負けなので気にしない。
それよりも、そこの精霊? プリムラの事が見えている?
「みえるの?」
喋る時はまだたどたどしい。プリムラの通訳よりは、自然な感じで話せるけど。
「花の精霊さんかしら? 可愛らしいおちびちゃんね。生まれてすぐに精霊召喚が使えるなんて、やっぱり養い子はすごいのねぇ」
可愛いと言われて喜び、おちびちゃんで少しムッとしている。精霊召喚が分からないけど、尋ねれば教えてくれるだろう。
「ひとまずお話しはここまでよ、リィ、お腹空いてない?」
意識していなかったのに、言われた途端にお腹が空いてきた。森で拾われてから今まで、何も口にしていないのを思い出す。
「その顔だとやっぱり空いてるみたいね。では一緒に行きましょう。それと、わたしの事はエフィル、って呼んでね」
◇
手を繋いで大理石の廊下を一緒に歩く。革のサンダルを履かせてもらったので冷たくない。すれ違うエルフさんが皆、エフィルさんにお辞儀した。
『エルフですねぇ……細いし、金髪だし、綺麗だし、背が高いし……いいなぁ』
プリムラだって可愛いと思うけど……おちびちゃんと呼ばれた事、まだ引きずっているみたいだ。
『エフィルさんって、偉い人みたいですね?』
三つ目の角を曲がると、テーブルと長椅子の並んだ広い部屋に着いた。壁をはさんで見える厨房では、二人のエルフさんが働いている。ここは炊事場と食堂らしい。
エフィルさんの姿に気付いて、奥のエルフさんが走ってきた。
「まぁエフィルさま、こんな所にどうされました?」
「マルリエン、この子に食事を用意して。わたしにも何か軽いものを」
マルリエンさんはちょっとぽっちゃりで、耳の先が垂れている。全体に柔らかい感じの女性だ。すぐに厨房へ食事の用意に行ってくれた。給仕係の人だろうか。
「座って待っていてね。この時間だと残り物になるけど、そこは我慢してね」
どんな食べ物か興味があったのでうなずいた。プリムラも期待してる感じ。プリムラの感情が、それとなく伝わって来るような?
『……結びつきが強くなってるんですよ』
表情が一瞬、寂しそうに見えたけど、すぐ横を向いてしまった。マルリエンさんが食事を持って来てくれたので、小さな疑問はどこかに追いやられてしまった。
「さぁどうぞ、召し上がれ」
目の前には、甘い匂いのロールパンと、野菜がたっぷり入ったスープ。チーズの香りが食欲を誘う。どれも見た事のある食材で、とても美味しそうだ。
手を合わせて頂きますをしてから、スープに口を付ける。二人が妙なものを見る表情をしたけど、すぐに笑顔に戻った。
プリムラも味覚を共有しているのか、美味しい~甘い~と喜んでいる。特にロールパンは蜂蜜味で美味しい。
「えぇと、何からお話しましょうか。リィは自分のことが分かる?」
「リィのこと……」
転生の事は黙っている方がいいだろうか。『森の養い子』がどういう存在か、聞いてからがいいかもしれない。プリムラも養い子の事は知らないようだし。
「もりの、やしないご?」
疑問形で返す事で説明に期待する。
「あぁ、そうだったわね。『森の養い子』は、森で時々見付かる迷子のことね。フレイの森でも何度かあったのよ。迷子は分かる?」
同じ意味だろうとうなずいて、スープの具の芋を口に入れた。ホクホクと甘みがあって、ジャガイモより美味しい。
「リィがいたのは、大きな樹の根元だったでしょう? 養い子は神霊樹と呼ばれる、大きな樹のそばで見付かるのよ」
ふむふむ。
「わたしたちは養い子を、森から授けられた祝福と思っているわ。皆で大切に育てる、種族の子供なのよ」
そんな心配はしていなかったけど、待遇も期待していいらしい。
「それからリィ、あなたはドライアードという種族ね。わたしたちリョース・アールヴとは違うと思うわ」
「どらいあーど?」
「緑の髪と緑の目をした、フレイの森の南に住んでいる妖精族よ。でも……リィとはちょっと違うのよね。ドライアードは肌が茶色だし」
自分を見ると、エフィルさんほど白く無いものの、明るい肌色をしている。プリムラは薄いピンク掛かった肌色だ。
「ドライアードは、樹木から生まれる半妖精なの。だから肌の色や髪の色は、生まれた樹に由来しているのよ」
なるほど、樹から生まれる……って、はぁぁ!?
『わたしたちと一緒ですね~』
プリムラの反応は素っ気なかった。転生するか聞かれた時に、別の世界の『人』として転生するとは言われた気がする。
うん、確かに言われたけど、人って樹から生まれたりしないよ?
『あははは……想定外でした!』
便利な言葉ですね、プリムラさん? 自分が精霊だと言う事、忘れてたわけ無いよねぇ? ジロリと視線で責めても、明後日の方向を向いていた。
エフィルさんの説明は続く。
リョース・アールヴは、男女とも美しい容姿で長身痩身、耳が長くて金髪。詩歌に長け博識で長命。弓の扱いが上手く狩りも得意だという。
記憶にある通りのエルフで間違いない。リョース・アールヴは長いから、今まで通りエルフさんと呼ぼう。
アールヴとはこの世界、アルヴヘイムの人型の存在を指す言葉。ドライアードもその一つで、精霊と妖精の中間の存在、半妖精と呼ばれているらしい。
ドライアードは大樹を拠り所にする、少女のような外見の妖精だ。おとなしい性格で、やや排他的な傾向があるらしい。
一番の特徴は樹木から生まれる事と、必ず双子で生まれる事。双子で生まれる赤子は、ある程度の年齢まで性差が生じない。
男でも女でも無い、あえて言えば“子供”という性別のまま育つ。可愛らしい外見から『森の乙女』の二つ名で呼ばれるそうだ。女性の数が圧倒的に多くて、男性は十人に一人いるかどうか。
6~7歳くらいで、男女どちらかに変化するらしい。栄養状態や環境で性転換する植物は少なくない。樹から生まれて精霊に近いなら、それもありかと思った。
こんな風に、植物の事に関してはだいたい覚えていた。自身の名前は忘れてしまったのに。継承したはずの記憶がいびつな感じがする。
「だからね、リィはまだ女の子でも、男の子でも無いのよ。見た目は可愛いけどね」
目を細めながら可愛いを強調した。
『それなら、なんで男性がすごく少ないんでしょうね?』
自分は意識の上では男だと思う。転生した身体がドライアードで、いずれ男女のどちらかになるなら、男を選ぶと思うけど……そう出来ない理由があるのだろうか。
男は少ないという点に、何か良く無いものを感じた。気持ちが顔に出てしまったのか、エフィルさんにどうしたのか聞かれた。
「おとこのこは、すくないの?」
マルリエンさんも、エフィルさんもハッとした表情で、互いに顔を見合わせる。
「んー、ちょっと説明しにくいかなぁ。でも、心配することは無いのよ。その時になれば、リィにも分かると思う」
上手くかわされたというか、曖昧に誤魔化されてしまった。
「りょーす・あーるう゛も、女の人いっぱい?」
最初に部屋を出てから食堂まで、すれ違う人は全て女性だった。もしかしたら、エルフさんも男性の少ない種族なのだろうか。違うと思うからこそ、質問したのだけど。
たどたどしくも、リョース・アールヴを発音できた事に、マルリエンさんが驚いた。
「え? あぁ、それは違うのよ。ここは神殿だから、女の人しかいないの」
予想通りの答えに多少の驚きと満足を感じる。エフィルさんが神殿の意味は分かる? と聞いてきたので、どう答えるか迷いつつも、結局小首を傾げる仕草にとどめた。
こう言う時に四歳児だったら、どう答えるんだろう。
「神さまにお願いしたり、お話しを聞いたりする所よ。神さまって分かる?」
「……なんとなく」
前の世界で生きていた時の、素直な気持ちで答える。元日本人としては、神さまは身近な存在だ。日常のそこ、ここに神さまを感じるのが日本人。
「わたしは神官という、神さまのお話をみんなに伝える役目をしているの。隣のマルリエンも同じよ。そうそう、マルリエン、神官長にリーグラスを見てもらうから、謁見の手続を」
「エフィルさま、神官長は世界樹からまだお戻りになっていませんので、二、三日はお待ち頂くことになるかと」
「それでいいわ。リーグラスはわたしが預かるから、わたしの部屋にベッドと着替えを用意してちょうだい」
エフィルさんの言葉を聞いたマルリエンさんが血相を変えた。
「なっ、何を仰います! 四大神官のあなたさまがそのような……」
「お黙りなさい。この子の名付け親はわたしよ。とうぜん引き取るのが自然です。森で見付けたのもわたし。何か問題が?」
「そ、そうは仰いましても……」
「森の養い子は種族全員の子供。でも、だからこそ養親は必要よ。わたしは未婚だけど、前例が無いは理由にならないわ」
マルリエンさんはそれでも反論を続けたけど、最後は押し切られて諦めた。エフィルさんって、見た目と違ってかなりの頑固者らしい。
「騒がしくてごめんなさいね。それじゃあ、リィ、ちょっと一緒にお散歩しましょう」
手を差し出すエフィルさんの笑顔は、すごく優しかった。
行きたい所はある? と聞かれたので、神殿から連想して、噴水を思い浮かべた。子供っぽく水の出る所とリクエストする。
「そうねぇ……沐浴場は神官か巫女しか入れないし、中庭の噴水にしましょう」
やっぱりあるのかと、手を繋いでゆっくり歩く。今は幼女の身体でも、心は転生前の27歳の男の自覚がある。
美人で笑顔の素敵な女性と、手を繋いで歩くシチュエーションはドキドキする。それが見上げるほどの、身長差があったとしても。
◇
噴水に向かう間にも、多くのエルフさんとすれ違う。エフィルさんが会う度に挨拶を交わして、ボクを紹介してくれた。
ボク……わたし、俺、某、身共。やっぱりボクだよなぁと思う。
自分には男という意識がある。でも見た目は可愛らしい幼女。ボクと自称しようと決めたのは、ついさっき寄った場所で、大いにショックを受けたせいだ。
生理的な現象に伴うある場所を訪れてから、男の矜持が崩れそうになった。あるはずのものが無い悲しみを、身をもって知ってしまった。
以降は積極的にボク、と思う事にしている。ご都合主義な妥協案だけど、お陰でボクという自称も違和感が少なくなった。
外見と声のせいで、嫌でも幼女なのを自覚するし、それにあの感触が……
『いいんじゃないですか? ボクっ娘萌えですよ~』
というプリムラの妙にオタクな感想は、脇に避けて放置しよう。そのうち干涸らびて自然浄化される筈だ。少しはボクの気持ちも分かるといい。
抗議の声を上げるプリムラをスルーして、すれ違うエルフさんに会釈する。この世界にも会釈の文化がある事に感心した。
全員がエフィルさんを知っているのもすごいな。そう言えば、四大神官とか……
『えぇと、四大神官はエルフさんの中でも、特別に高い地位の人みたいですよ。春夏秋冬、四つの季節に合わせて、四人の神官代表者が決められるようです。ちなみにエフィルさんは、春の大神官ですね』
……プリムラさん? その知識は何処で習いやがりましたか?
『あれ? あれれ?? さっきからすれ違う人の考えが、分かっちゃうんですよねー。表面的なことだけですけど』
それなんてチート能力? なに、元々精霊ってそういう事出来るの?
『いえいえ! 出来ないですよそんなこと。だから驚いてるわけで』
精霊について考えて、ふと疑問が浮かぶ。プリムラは何故ここに一緒にいる? 転生したのはボクだけじゃないのか?
『……』
頬に風を感じて顔を上げると、中庭に出る石段にいた。石畳の広場の四隅に、大きな花壇がある。中央には女性の姿を象った大きな噴水があった。
「さぁ着いたわよ。今日は風が気持ちいいわね」
噴水のそばのベンチに座ると、ボクを両手で抱き上げて膝の上に座らせた。ちょうど頭の後ろが、フワンとした柔らかいものに当たって、かなり照れるというか焦る。
それに花のようないい香りもする。これはエフィルさんの匂いかな。
「んー、サラサラの髪ねぇ……ほんとに綺麗な緑色」
優しく髪と頭を撫でられていると、だんだん気持ちが落ち着いてきた。
「えふぃるさま、きいてもいい?」
前にエフィルさんが言った、精霊召喚という言葉が気になっていた。ちょうどいい機会と思って尋ねてみる。
「ん? だめよリィ、エフィルさま、じゃなくてエフィル。お母さんでもいいわよ?」
お母さんは恥ずかし過ぎるし、いきなりハードル上げないでと思いながら、エフィルと言い直した。
「この子ね、プリムラっていうの。せいれいしょうかん、なんですか?」
きっとすごく驚いたのだろう。ボクのお腹に回した手と、髪を撫でる手がビクッと震えた。さっきより強めの風が吹いて、背中に感じる温度がより高くなる。
少し経って、緊張も和らいだ気がした。噴水の方から真新しい水の匂いが届く。
「すごいわね、そのおちびちゃん、名前持ちなのね」
「なまえもち?」
「精霊は……そうね、花や樹、川や大地、大きな岩とか、色々な所にいるのよ。わたしたちアールヴは、自然の中にある核となる存在を感じる力があるの」
幼女にするには難しい話だけど、そこはスルーして黙って耳を傾ける。
「でもね、精霊は意思を持っているけど、自己を意識することは無いの。自分と仲間の違いを認識していないみたいなの。名前を持つ精霊は多くないのよ」
プリムラは特別なのだと思う。彼女は最初から名乗っていた。
「精霊と言葉を交わすことも出来るのよ。でも、して欲しいことをお願いしたり、あれはダメ、これはいい、みたいな簡単な意思疎通しか出来ないわ」
更にプリムラの特殊性が……これ以上は聞かない方がいい気がしてきた。
「プリムラはね、前からなかよしなの。だから名前もおしえてくれたの」
さっきからプリムラは一言も話さない。話すと言っても、心の中での会話だけど。
「前から仲良し、か。養い子はいろいろ分からないことが多いわね」
ボクに向けての言葉では無い、小さなつぶやきだった。
「あぁ、ごめんなさいね。リィが大人びた感じがして、難しい話をしちゃったわ」
精霊召喚については、簡単な言葉で分かりやすく説明してくれた。自然に宿る精霊に話し掛けて、使役する技能らしい。
エルフさんの魔法と違って、出来る人が限られるそうだ。種族としてはドライアードやノッカーと言った、精霊に近いと考えられる種族ほど、使える者が多いらしい。
「リィはドライアードみたいだから、精霊召喚できると思ったの。でも、リィほど小さい頃から出来る人は少ないわね」
意識していたわけではないので、プリムラを精霊召喚で呼び出した自覚は無い。気が付いたら一緒にいた。
目の前の噴水にも精霊がいるだろうか? 意識を集中すると、水色の透明な存在が三つ見えた。水の精霊ウンディーネだろうか。髪の長い女性の姿が見える。
「うんでぃーね?」
じっと噴水を見詰めるボクに、エフィルさんは驚いた様子で答える。
「やっぱり精霊が見えているのね。あれは水の精霊よ。それより、ウンディーネってなにかしら?」
「えっと、せいれいさんの、おなまえ?」
「なるほど、水の精霊の名前……」
神官や巫女になる者や、魔法の力の強い者は普通に精霊を見る。けれど、それらと会話したり、使役する事は召喚の技能になるそうだ。
それからしばらく、エフィルさんに色々な事を聞いた。
神殿には神事を行う本殿以外にも、病気や怪我を治す治療院や、親を失った子供を引き取る孤児院といった施設がある。すれ違うエルフさんが、幼女のボクを見て変に思わなかったはずだ。
神事には四季それぞれに行われるお祭や、月の満ち欠けに合わせて行う禊、呪いや魔を取り除く祓いがある。呪い? 魔? マジですか、なんて考えて頭が疲れてきた。身体はまだ幼女なのだし、無理は出来ないと感じる。
いつしかエフィルさんは、黙ったままボクの髪を撫でていた。傾き始めた日射しが木洩れ日ごしに、頬に、膝に優しい日だまりを落とす。
二人でベンチに座っていると、目の前を通る人がときおり笑顔をくれる。今みたいな時間を『上質』って言うのかもしれないと思った。
プリムラは飛び回るのに飽きたのか、ボクの膝の上でくつろいでいる。エフィルさんに身体を預けて、しばらく何も考えずにゆったりした。