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フレイの森のお医者さん  作者: 夢育美
一章 黄金の林檎
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十五話 森の乙女の里

「え? 馬車で行くの?」

 ドライアードの村までは、歩いて半日と思っていたら馬車で半日だった。

 予想より遠くで身構えたけど、フレイの森の南端を抜けた先の、エアロストという街まで乗合馬車が出ていた。

 神官は無料で乗せてくれるらしい。こう言う時は素直に神さまに感謝である。道中も街道を行くので、これといった問題も無く入り口までは行けるそうだ。


 そんなわけで二人して、長いこと馬車に揺られている。同乗者は三人で、夏祭りの最中に街へ戻る人は少ないと言われた。御者には乗る前に、ドライアードの村の入り口で降ろして欲しいと伝えている。


「まだー、だいぶあるねー」

「お尻は痛くなってない? 大丈夫?」

 平気だよ~と笑ってみせる。実はときおり跳ねる振動が、思ったよりきつかったりする。ゴムタイヤとサスペンションの発明って、すごい技術革新だったんだなぁ。これでもだいぶマシな方だとか。産業革命、早く起こらないかな……


『過去に来てるんじゃないし、別世界なのよ? この世界じゃ無理ね』

 プリムラは時々まともな事を言うから困る。そのほとんどが、大して意味の無いボクへの突っ込みというのが、何ともらしいというか。

「そうそう、一度聞いてみたかったんだけど、リィとプリムラてどこで出会ったの?」


 成ったばかりの召喚師に興味津々なアルフェルは、精霊についていろいろ質問してくる。その度にプリムラに尋ねたり、分かる範囲で答えるけど、ぶっちゃけボクの方が知りたい事が多い。

 そんなアルフェルの質問でも、ここまで核心に迫った物は今まで無かった。さて、どう答えたものだろう。


『正直に教えて上げてもいいんじゃないの? この子、しっかり者だし、心根もいいしね。わたしは嫌いじゃないわよ』

 うぉっと、プリムラさんにしては珍しい物言い。黙っていれば分かりゃしない、くらい言い出すかと思ったのに。

『……わたしだって、人を見る目くらいあるわよ』


 話せる範囲で話せばいいか。問題は馬車の中には、三人の他人がいるという事。聞かれていい話でも無いし。

『大丈夫、あの三人にはわたしの声は聞こえちゃいないわ。二人とも声に出さないでしゃべれば平気よ。わたしが中継して上げる』

 そんな事まで出来るのかいな。確かに最初の頃は、エフィルさんとの会話を通訳してもらっていたなぁ。


 おっけー了解。それでは、告白タイムといきますか。ボクが適当にアレンジするから、プリムラも合わせてね。

『了承』

 深呼吸を一度してから、今までの出来事をかいつまんで説明した。ただし、転生者である事はふせて話した。神官長のセレヴィアンさんから、転生者の事はエフィルさんですら詳しく知らない、と言われているからだ。


 最初の森でエフィルさんに拾われる前に、プリムラに出会った事にした。アルフェルとは拾われた翌々日には知り合って、それから同じ部屋で暮らしている。彼女が知らない事は余り無いと思う。

 全ては明かせないにしても、ボクのギフトについては話してもいいと思った。カメラの概念は説明が難しいので、絵を描き写す事に擬えてさらっと、「Info」による情報表示も、こんな風に見えるとだけ説明した。


 興味深げに話を聞いていたアルフェルは、目を輝かせて見せて欲しい! と言った。

『ふぇ? お姉ちゃん、これはほかの人には見えないよ』

『えーなんでー、そんなのつまらない~』

 いやいや、そう仰いましても出来ないものは、出来ないわけでして。

 それとも人に見せる為の設定が、メニューの中にあるのかな? まだ全部は試してないし、今度しっかり調べてみよう。


 見せて、見せてと、なかなか引かないアルフェルを、なんとかなだめている間に馬車が目的地に着いた。終点のエアロストまではかなり先で、馬車で丸一日と言うから休憩も含めると八時間行程だろう。

 時刻はお昼の手前と言ったところ。ドライアードの村へは、街道の分岐を西へ向かって歩いて行く。


 乗合馬車はここで30分程の長めの休憩を取る。行程の折り返し地点なので、馬の水飲み場や、簡易な休憩所が設けられていた。御者から、すぐ入り口が見付からないなら戻っておいでと言われた。子供だけの二人連れ、万が一を心配してくれたようだ。

「ありがとうございます。道中お気を付けて~」「さようなら~」


 分岐からすぐドライアードの村と聞いたのだけど、それらしい入り口は見えない。

 細い道の両側にはガジュマルだろうか、厚くて丸い葉で、幹がねじくれて伸びる樹が生えている。

 アルフェルが念のため、とユールを召喚して、少し高い位置から森の様子を見てもらっている。


『ホーホゥ、どこもかしこもガジュマルだらけの、深い森じゃのぉ。村らしき場所は見えんぞい』

 フクロウの目を持ってしても、見付からないのか。話に聞くより遠くまで行かないと駄目かもしれない。


 ドライアードって、樫の木とかトネリコのイメージだったんだけどなぁ。南の亜熱帯な環境じゃ、樫もトネリコも育ちにくいかな。

 そんな事を考えながら一本の木を見ていたら、幹の後ろから恥ずかしそうにモジモジしながら、可愛らしい双子が出てきた。


「みつかっちゃったね」「見られてたね」、「なにしに来たの?」「なんのご用?」

 双子が同時に別々の事をしゃべるので、声が二重に聞こえる。年齢は10歳かもう少し上だろう。アルフェルより年上な感じを受ける。主にお胸のサイズ的な意味で。

 あ、うん、プリムラも拳構えるのやめようね。アルフェルに告げ口とか、それ死亡フラグだから真剣にやめて。


「緑の髪に、茶色の肌……あなた達、ドライアード?」

 姉妹にしか見えない可愛い双子は、アルフェルの言葉通り緑の髪と緑の瞳、それに茶色の肌をしていた。二人の肌の色はどちらも同じで、たぶんこの二人が常に双子で生まれるという、ペアの二人なんだろう。

 二人は顔を見合わせると、クスクスと笑い出した。ときおりボクを指さしてまた笑う。可愛い双子が笑い合う様は、見ていて和む要素なんだけど……


「なんか失礼ね、あんたたち!」

 やっぱりプリムラがキレた。おこなの?

「人のこと指さして、笑ってるだけで答えもしないって、どんな了見よ!」

 いや、ちょっと落ち着こうねプリムラ。初対面の相手に即けんか腰は、良い態度とは言えないよ。悪気があるかも分からないんだし、ここは穏便に……


「だって変だよ」「変だね」、「変わってるよ」「変わりものだね」

 彼女たちが何を笑っていたか、何を変だと言っているのか、ボクにもはっきり分かった。てっきりボクを指さして、ボクの肌の色を笑っているのだと思った。

 双子が指さしていたのは、ボクの隣にいたプリムラ。笑われていたのはプリムラだ。ボクが笑われるのはいい、でも、プリムラを笑うとは……命知らずめ。


 一応抗議をしておこうと、二人に向かって歩み出した所で、双子の隣の樹の幹から、一人の美女が現れた。

 波打つ深い緑色の髪に、エメラルド色の瞳。健康的な小麦色の肌は、男の目を惹き付けずにおかないだろう。乙女と言うにはいささか成熟した体付きも、異性の目には魅力的に映る。

 あれ? 異性の目って……なんか、決定的に自分の中の何かが終わった気がする。


「お前たち、お客人に失礼をしてはいけません。この子らは良く叱っておきますので、ご容赦を」

「いやぁ~」「いやーん」、「お母さまのいけずー」「お母さまのばかー」

 笑顔を引きつらせた双子が、ガジュマルの幹に吸い込まれるように姿を消した。他人事かもしれないけど、最後のはお叱りのネタを増やしただけだと思うぞ。

「遠方よりおいでの同朋よ、我れの館にお招きします」



 道に沿って生える樹の一部が、意志を持つように動いて入り口を形作る。前の世界でこんなシーンをアニメで見た気がするけど、実際目の前でやられると恐いと言うより感動を覚えるよね、モーゼ的な意味で。

 先を進むドライアードさんの後を、ボクとプリムラが先に、アルフェルとユールが続いて歩く。誰も無駄口を利かないのは、進むに合わせて森が割れるという、相変わらずのすごい場面を連続して見ているからだ。


 やがて開けた場所に出た。開けたと言っても、そこに空は無い。中央にあるやや太くて立派な、一本のガジュマルの幹を柄に、絡みながら伸びたガジュマルの枝を骨に例えれば、大きな傘の内側と表現出来る空間だった。


「あらためて、遠いところをようこそ、我が同朋よ。我れはドライアードの母、ドリュアデス。先程の双子の非礼、ご容赦願います」

「いえ、丁寧にありがとうございます。わたしはアルフェル」

 続いて挨拶するべきか少し迷って、ユールに顔を向けた。

『ホゥ? わしで良いのかの。ユールじゃよ、ただ長く生きておるだけの爺じゃ』

「お初にお目もじします、お噂はかねがね」


 今度こそボクの番と、ドリュアデスさんに向き直る。

「リーグラスです」「プリムラよ」

 被せてきますか。

「お待ちしていましたよ、二人とも。娘たちより、あなた方二人のことは聞いておりました」


 いろいろと気になる単語があるけど、一番気になるのは『待っていた』という事。ボクたちの事を知っていて、何かの理由が無いとそうは言わない。

「待っていたのはなぜです?」

 ストレートに聞いた。この世界で生活して、精霊と話す機会があって、彼らに余計な気遣いや見栄は必要無いと悟ったから。ドライアードは半妖精と言うけど、ボクの印象では精霊に近い存在に思う。


「お二人に会って頂きたい、見て欲しい娘がいるからです」

「二人って、わたしもあんたたちの同朋、ってやつなの?」

 プリムラも何か思う事があるのか、ドリュアデスさんの言った、同朋という表現に何か引っ掛かっているようだ。


「それもお会い頂ければ、お分かりになります。どうぞ、こちらへ」

 付いていった方が早そうだ。アルフェルはどうしたらいいか、判断出来ずにボクを見る。付いて行きたいかどうか、大事なのはそこだと思うな。

「お姉ちゃんも一緒にきて」

 不都合があるなら、ドリュアデスさんが何か言うだろう。


 案内されたのは、中央にある太い樹の根元だった。ドリュアデスさんが呪文を口にすると、幹の一部が縦に割れて左右に広がる。母胎という言葉が頭に浮かんだ。

 中からはまぶしい程の光がもれて、最初は何があるのか分からなかった。やがて、目が慣れて、中にいるものが見えてくる。

 裸の幼女が、膝を抱えて眠っている。

 緑の髪に薄い色の肌。この子は……ドライアードだろうか。目を閉じた横顔が、どこか見覚えがある。


「……この子、リィにそっくり……」

 なるほど! それか。

「なるほど、じゃないわよ、もっと驚きなさいよ!」

 驚いてはいる。むしろ、驚き過ぎて頭が働いてない。目の前の眠り姫は、何度か見ている自分の姿とうり二つだった。


「その娘は、四年以上眠り続けています。わたしたちが、樹木より生まれる妖精であることは、ご存じのようですね。ですが、その子は生まれる日を忘れてしまった、哀れな子なのです」

 生まれる日を忘れたとは、本来誕生するはずが生まれなかったと言う事か。


 エフィルさんに聞いた話では、ドライアードは双子の赤子で生まれる、だったと思う。ボクはドライアードらしい。同朋とは、そう言う意味のはずだ。

 ならボクの双子のもう一人は?

 考えるまでも無い、目の前の女の子がそれだろう。だからドリュアデスさんは、ボクたちに会わせたかったのだ。


『ホーゥ、不思議なこともあるもんじゃのぉ。わしもこんなことは初めてじゃわい』

「森の賢者であるあなた様でも、この娘の身に起こっていることが分かりませんか」

 ドリュアデスさんの声は、少し残念そうな、沈んだ声だった。ユールであれば何か分かるかもと期待したのだろう。或いは、ボクと会わせる事で、何かの変化を期待していたのかも。


 残念ながらどちらも期待通りで無かった。彼女ががっかりするのも仕方ない。ボクは半ば無意識に『写真』を発動していた。すっかり見慣れたウィンドウに、光の中でまどろむ女の子が表示される。

 これ撮影したら、児ポ法で捕まっちゃいそうだなぁ。

『なに錯乱してるのよ……いいから、表示を切り替えなさい』


 プリムラの言う通りだ。「Info」で表示を切り替える。

 最初の画面は種族と名前の表示がある以外、特に変化無し。名前の部分は空白だったのが、少し悲しかった。次の画面は、これも変化が無かった。

 更に押すと、ようやく女の子の身体に重なるように、黄色のラインが表示される。ラインは身体の中心から手足の先まで、枝分かれしながら伸びていた。


 正直言って、表示の意味が分からない。操作画面のアイコンにも、Help表示は無かったし、オプションで表示する設定も探したけど見付からなかった。そういえば、オプションて、細かく見てないんだよなぁ。

 何か分からないかと、「Menu」を押して各種の設定があるオプション画面を開く。カテゴリー別のタイトルをスクロールしていくと、「表示」→「アイコン」の中に、「Help」というOn/Offを切り替える設定があった。これをOnにしてみる。


 予想通りに右端のアイコンの、撮影ボタンの下に「Help」が出現した。ちょ、マジかよ設計者、普通は「Help」はデフォで有効だろう? 誰だこれ仕様決めたやつ!

『リィなんじゃないの? 他にいないだろうし』

 えー、それは無いと思うけど……でも、自分なら、デフォルトで無効にしそうな気もするかな。自分のカメラはプロ仕様だったし。


 最初の画面に戻して、「Help」を押してみる。Help表示は吹き出し型の表示だった。


「情報表示1

 分類、特徴など基本情報を表示します。撮影対象によっては

 各種の警告を色に応じたハイライト表示します。

 例.赤色:異常高 黄色:異常低 青色:衰退 緑色:活性」


 これ、予想以上に使える情報じゃないか。青と緑の意味が難しいけど、異常表示は役立つ事間違いなし。次の画面はと。


「情報表示2

 撮影情報、現在時刻、方位、位置情報を表示します。

 撮影対象によっては、精神体フェアの状態を白色で表示します。

 フェアの量に応じて明度が変化します」


 二番目はフェアを表示する機能だったのか。さっきは、何も表示されて無かった。不安な気持ちがわき起こるけど、今は次の画面を調べないと。


「情報表示3

 付則情報を表示します。通常は表示される情報はありません。

 撮影対象によっては、生命体セレグの状態を黄色で表示します。

 生命体の移動経路は、黄色でライン表示されます」


 何という医者向きの機能。付則情報って言うのが少し気になるけど、これも便利だ。

『相変わらずのチート機能よね。もうちょっと詳しい説明が欲しいけど』

 それもそうだけど、さっきの不安を解消しないと。

 すぐに二画面目を開いて、女の子の姿をフレームに入れる。やっぱり、肉眼で見えるそのままの映像に変化は無い。「Info」を押すと、黄色のラインが表示される。これはセレグの状態だったのか。


 フレームをプリムラに向けて、二画面目を出すと、肉眼の映像を覆い隠すほど、真っ白に光る姿が表示された。そのままアルフェルに向けると、身体の輪郭をなぞるように白く、光って見えた。ユールはプリムラ以上に光っていた。

 この場に居る最も適切な比較対象、ドリュアデスさんは眼が痛くなる程、強い光で表示された。自動調光の機能を有効にすれば、眩しすぎる場合の表示が抑えられると後で知った。


 最後にもう一度、光の中で眠るボクによく似た、女の子の姿をフレームで捕らえる。『写真』が機械なら、故障と言う事もあるかもしれない。でもギフトで発動する技能には、ボク自身が壊れていない限り、故障は無いと思う。

 彼女の身体からは、まったく何の光も出ていなかった。白く表示されるはずのフェアが無い状態だった。



「そう……ですか。この娘には、フェア(精)が無いのですね。目覚めないのは、それが理由でしょう」

 ギフトによる技能の詳細は省いて、フェアとセレグ(生命)の状態が分かる事を教えた。彼女の身体に異常は無く、セレグの状態も問題なく安定している事も付け加えた。

 念のためと思い、人から聞いたり調べた知識を、ドリュアデスさんに幾つか尋ねた。その中の一つ、旅人を惑わせて命を奪うと言う話は、他種族による作り話であるようだ。七歳前後で性別が決まるというのは、本当の事だった。


「あの、ドリュアデスさま、この子が生まれないのは、ボクが悪いのでしょうか」

 この子がボクの半身、双子の一方だとすれば、ボクと同時に目覚めてもいいはずだ。そうならなかったのは、転生したボクが“乗っ取った”から?

 その考えがさっきから消えない。違うと、ひとこと否定して欲しかった。


「リーグラスさん、それは違います。その娘とあなたが、対のアノア(霊体)を持つのは真実。ですが、四年以上眠り続けること、あなただけが目覚めたことは、別の事由があるのでしょう」

「そう、ですか……」

「我れも一つお尋ねします。あなたが目覚めたのはいつですか」


 それはボクも知りたい疑問だった。今のボクにある記憶は、不完全ながら前の世界での記憶と、一月程前にこの世界に転生してからの記憶。ここで目覚めた時には、既に四歳児の身体だった。赤ちゃんだった記憶は無い。プリムラは、何か知ってる?

『……』

 そうだよね、プリムラだって、ボクと一緒にこの世界に来たんだし、分かるわけが無いか……

 ドリュアデスさんには正直に、自分が『森の養い子』と呼ばれている事、記憶があるのが一ヶ月前からと言う事を伝えた。あらためて考えても、ボクに原因がある気がしてならない。


 これ以上の話は無いのでドリュアデスさんにお礼を言って、ボクの半身の女の子が再び幹の中に消えるのを見送った。

 それからお土産にと持ってきた、キビ蜜と蜂蜜を渡して喜ばれた。いきなりここに連れて来られたので、危うく忘れるところだった。最初の双子もいつの間にか側にいて、もらった蜂蜜をこっそり舐めて、また叱られていた。懲りない悪戯っ娘コンビだ。


「さぁ、そろそろ帰りましょうか……あれ?」

 帰りも乗合馬車かと思ったら、馬車は一日一便らしい。エアロストからも一便出るので、夏の神殿に向かうには、明日の昼頃まで待たないといけない。

 その事実に気付いたアルフェルが焦っていた。


「どうしよう、わたし、お泊まりの準備してない……」

「一日くらい平気だよ、お姉ちゃん」

「ダメよリィ、女の子は毎日きれいにしていないと」

 デスヨネー、身だしなみは基本ですよね~、あれ? 何か違和感が……


「皆さまお帰りなら、お送りしますよ?」

 突然の嬉しい申し出が、ドリュアデスさんからあった。と言うより、頼めば送ってくれると、ファニアンさんは知っていたな。帰りをどうするって、一言も無かったし。

「それは有り難いお話ですけど、送って頂くとは……」


「我れらドライアードは、森が繋がっている限り、どこへでも自由に移動出来るのです。外の方はご存じないかもしれません」

 樹木の中へ自由に出入りする能力と、森の木々を動かす能力。この二つはよく知られていたけど、それ以外にも取って置きがあったらしい。詳しくは教えられないそうで、森と森を直接繋げる空間魔法みたいなものらしい。


「お詫びもかねて、この二人に皆さんを送らせます。南の神殿の近くでよろしいですか?」

「えー、めんどくさーい」「蜂蜜なめたーい」、「まだ眠いよねー」「キビ蜜もー」

 二人の言う事が微妙に違う。よく見ると個性があるんだと、面白く思った。

「ただの食いしん坊と、めんどくさがりでしょ。あんたたち、さっきの無礼は許して上げるから、きりきり案内なさい」


「やーん、こわいー」「おこりんぼー」、「ちっちゃいくせにー」「おちびなのにー」

 さすがに今度はプリムラが切れそうになって、そこにドリュアデスさんの物理的制裁がヒットした。いわゆる拳骨というやつだ。

「きゃんっ!?」「やぁんっ!?」

「お前たち、失礼はだめだと何度言えば……本当に申し訳ありません」


 大人しくなった二人は、しぶしぶだけどボクたちを送ってくれた。村の入り口から移動する時みたいに、目の前の森が左右に割れて道が続いていくのが圧巻だった。夏の神殿の手前の街道まで、あっという間に着いてしまう。


「すごい能力ね~。タリル・リングより便利かも」

「森が続いてないと、ダメって縛りがあるけどね」

『ホーホゥ、わしらが飛ぶより早いのぉ。長生きはするもんじゃ』


 送ってくれたお礼を言うと、双子の一人が恥ずかしそうに、手に持っていた小石をボクにくれた。

「それ上げる。またね」「からかってゴメンね。またきて」

 それだけ言うと、二人の姿は森に吸い込まれるように消えてしまった。さすがドライアード、森の中は自由自在だな。


 ボクの手の中に、小さな宝石が一つ。茶色で透明なこれは、琥珀かな?

「まぁきれい、いいなぁリィ、それ琥珀よね」

『ホーゥ、話には聞いていたが、見るのは初めてじゃな。それは特別な石じゃよ。ドライアードが親愛の証に渡すものじゃ』

「へぇ~」


 ここから神殿までは30分程の距離だろう。行きは時間が掛かったけど、帰りは本当にすぐだった。急いで戻れば、今日行われる狩猟競技を見られるかも。

 急ぎ足で帰る道すがら、アルフェルがボクの耳に口を寄せて、静かに言った。

『リィのせいじゃないからね?』

 そう、だね。そうだといいね。今はそう思う事にしよう。


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