十四話 祭りの華は?
「せまい所だけど、どうぞ、ゆっくりしてね」
ファニアンさんに案内された彼女の自室は、ボクたちが寝泊まりしている部屋の、優に三倍の広さがあった。ベッドが二つあるのは、二人部屋だからだ。ドワーフの女の子と同室で、彼女も目下帰省中である。
「ファニアンさま、ここの学校には、ドライアードの子もいますか?」
もしいるならお知り合いになりたいと思ったのだけど。
「そうねぇ……わたしは知らないわ。少なくとも、この寄宿舎には住んでいないわね。ごめんなさい」
尋ねた意図を汲んで、いない事を謝られてしまった。いやいや、それは貴方のせいじゃないですし。
そんな話をしていたら、突然目の前のテーブルに冷えたグラスが三つ現れた。
「ふぇ!?」
なんて素で間抜けな声が出てしまう。
「あぁ、ごめんなさいね。この寄宿舎にはブラウニーが住んでいるの。ブラウニーって分かる?」
ブラウニーと言えば、シルキーと並ぶ家付き妖精のはずだ。ここの家付き妖精が、飲み物を用意してくれたのか。分かるという意味を込めてうなずいた。
「良かったわね。あなたたちは歓迎されているみたいよ。アルもここのブラウニーは、初めてよね?」
「はい、お姉さま。昨年来た時には、姿を見せてくれませんでした」
ふーん、もしかして、アルフェルが精霊召喚に目覚めた事と、関係あるのかな。
『リィ、ここならいいかしら?』
アルフェルがひそひそ声でボクに確認する。たぶん、お姉さんに早く自慢したいんだろうと思って、おっけーと軽い感じで答えた。
「森の賢者よ、我が呼びかけに答え給え<Weise des Waldes, beim Ansprechen auf meinen Aufruf>」
アルフェルが召喚呪文を唱えると、ファサリと羽音をさせて、頭の上に大きなフクロウが現れた。アルフェルの召喚精霊となった、ユールだ。
「もう、また頭に乗って……」
ユールはアルフェルの頭の上がお気に入りで、何度頼んでも肩に止まろうとしない。むくれる彼女をよそに、ファニアンさんが目を見開いたまま固まっていた。
大丈夫かな? 顔の前で手をひらひらさせてみる。
『おーい、生きてますか-』
物騒な物言いはやめなさいプリムラ。驚いて意識飛んでるだけと思うから。ボクもブラウニーに驚かされたし、おあいこというものかな。
『ホーホゥ、こちらの淑女にご挨拶は必要かの?』
視える人みたいだけど、その前に戻ってきてもらわないとね。
「あっ……あぁ、驚いたわ。アルってば、召喚師になったのね」
ファニアンさんが現実に戻って、そっと手を伸ばした。アルフェルの前髪を優しく撫でる。頭を撫でる仕草なのに、天辺にユールがいるせいでちょっと変な感じ。
続いておそるおそる、ユールの身体にも手を伸ばす。こちらは軽く、確かめるようにそっと触れた。
「わぁ……ふわっふわの毛並みなのね~」
撫でられたのが分かるのか、ユールが目を細めて首を少し動かした。喜んでいるのを表現しているらしい。
紹介が終わったのを察したのか、ユールは自分から姿を消した。
召喚精霊は、普段は召喚師のフェア(精)に溶け込むように、姿を消している。プリムラみたいに、いつも姿を見せているのは例外だそうだ。
「驚かせてごめんなさい、お姉さま。手紙に書くより、直接見て頂きたくて……それに、ユールと契約したのも、ほんの四日前ですの」
「びっくりしたけど、嬉しいからいいわ。それより、せっかくブラウニーが用意してくれたのよ、冷たいうちに飲んでね」
表面に汗をかき始めたグラスは、持った瞬間に嬉しい程冷たさを感じる。濃い青色なので、中身が何色の液体か分からない。あまり強くないフルーツの香りがする。
「いただきまーす」「いただきます」
この頃ボクと一緒に食事を取る事が多いアルフェルは、頂きますやご馳走さまを一緒に言うようになった。言葉の意味を説明したら、それはとてもいい習慣だから、他の人にも広めようなんて事に。彼女は意外と積極的で行動派だ。
これは手紙に書いていないらしくて、ファニアンさんが首を傾げていた。説明はアルフェルにお任せして、ボクはせっかくの冷たい味を楽しむ。
む、スッキリとして、ほのかに感じる甘みと酸味。それでいてしつこくない後味を残す独特の香りは……ライチかっ!
『だけじゃないわねー。この酸味は別物だわ』
さすがプリムラ、ボク経由でも味には敏感だな。柑橘系の酸味では、これ程後味が軽くなくて、香りも強く残るはず。するとこれはスターフルーツか? カリウムを多く含むし、夏の飲み物には最適だ。
「どうかしら、甘くてスッキリして飲みやすいでしょう? このジュースはこれから作るのよ」
いつの間に用意したのか、木皿に載った果実が数個目の前に置かれる。これもブラウニーが持ってきてくれたのだろうか。
「この丸い果実がリーチ、こちらの黄色い星形はアベロアよ。どちらもこの辺りでしか採れないものなの」
予想通り、ライチとスターフルーツだった。よっし、味覚は衰えてないな。大した事じゃないけど当たって嬉しい。日本にいる頃は、たまに口にするくらいの果物だけど、自分には久しぶりだ。手に持って感触と香りを楽しんだ。
「それじゃ、二人とも寮長さまにご挨拶に行きましょう。しばらくここでご厄介になるしね」
あらかじめ夏祭りの準備を手伝う事を伝えていた。お祭りは三日後からで、近隣の集落や他の神殿からも多くの人が訪れるそうだ。
寮長は女性のエルフさんで、マルリエンさんをさらに丸くした、肝っ玉母さんな人だった。まさに寮母さんって人で、声が大きい豪快な人だった。
彼女は精霊が見えないようで、プリムラの事も何も言われなかった。性格的に見えていても気にしない可能性もあるけど。
今日は来たばかりだから、ゆっくりしていなさいと言ってくれた。ボクたちもお言葉に甘えて、ゆっくり観光気分を楽しんだ。
◇
お祭りの日までは毎日忙しかった。庭の掃除を手伝ったり、孤児院の子供たちとバザーで売る小物を作ったり、森へ採取に出かけたり。森の中は原色の目立つ花が多くて、『写真』で撮影するのに忙しかった。
小鳥や小動物がたくさんいて、アルフェルもすごく楽しそうだ。本当は危険な大型の獣もいるらしいけど、ユールが追っ払ってくれたので、出くわす事はなかった。フクロウさんマジ有能。
『ホーッホッホゥ、もっと褒めても良いんじゃよ?』
もちろんプリムラも、見かけた精霊に話を聞いたり、情報集めに活躍してくれた。残念ながら『森の呪い』に関する話は無かったけど。
「あっちの森にくらべたら、精霊もいっぱいいるけどね。なんかさー、こう、適当っていうか、いい加減なのか……」
上手い表現が無いのか、プリムラがいつになく言い倦ねている。
「ざっくばらん?」
「んーそれだと、開放的! って意味じゃない? そうじゃなくて……」
「直情径行?」
「あーそれそれ。単純っていうか、あんまり考えてないのよ」
『ホーゥ、わしとは真逆じゃな』
プリムラが言うには、森の呪い自体は知ってるみたいなのに、だからなに? なのだそうだ。妖精族の子供しか罹らない、じゃぁ関係ないよね、別に知らなくても良くね?、それより向こうに蜜の美味しい花があるよ!
どの精霊もこんな感じらしい。
「さすがは南国気質、手強いわ……」
それ偏見だからね? 必要な事はちゃんと考えてるよ、たぶん。
お祭りの当日がやってきた。季節毎に行われるお祭りは、七日の間フレイ神、フレイヤ神に貢ぎ物が捧げられる。本来は大神官が一堂に会するお祭りだけど、都合が付かずに名代が参加する事も多い。
今回は春の神殿からはエフィルさんに替わって、名代のマルリエンさんが来ていた。食堂のおばちゃん言ってごめんなさい、偉い人だったんですね……
夏のお祭りは無病息災を祈願するお祭り。春祭は春の訪れを、秋祭は秋の実りをお祝いする、規模の大きなお祭りだ。春秋に比べると夏祭は控えめなお祭りらしい。
夏の神殿の大神官は、ラエルさんと言う男のエルフさん。
エルフさんには珍しい筋肉質で、少しごつい感じの人で、狩りが得意なイケメン。有り体に言えば暑苦しいタイプですかね、アニキって感じで嫌いじゃないけど。
毎朝の四大神官による祈祷と、その後の信者への説法が七日の間続けられる。公式の行事はこの二つだけで、その他には出店や、狩猟競技、魔法合戦、武術大会なども行われる。
エルフさんは武闘派じゃ無いと思ってたけど、武術大会もあるのか。魔法合戦はいかにもな競技に思える。
「アルお姉ちゃんは、魔法の大会に出るの?」
攻撃魔法が得意と聞いているので、ぜひ活躍を見たいと思った。今や彼女には召喚精霊のユールがいる。つかみ所の無い老獪なフクロウの精霊は、良い軍師として期待できるだろう。
「え!? まさかぁ、わたしなんかまだまだ出られないよ」
少なくとも正式に神官にならないとね、とアルフェルが続けた。てっきり攻撃魔法の撃ち合いと思ったら、術比べに近い大会らしい。魔法のコントロールが重要で、出力だけ大きくてもダメなのだ。
「ざんねーん、お姉ちゃんのかっこいいところ、また見たかったな~」
「あ、あはは……ら、来年は、頑張るよぉー」
10歳になれば見習いを卒業して、正規の神官になれる。もっとも試験があるので、合格しないとなれないけど。魔法以外に教養や品格も問われる、子供には高い壁だ。
大神官の難しい説法は最初だけ参加して、途中から二人で抜け出していた。敷地内の出店をいろいろ見て回る。美味しそうな果物や、大きなエビなど見た事の無い食べ物が並んでいる。
ここに来る前に、初めてお小遣いをもらった。
実は今までもお小遣いというか、給金が支給されていた。エフィルさんがまとめて管理していたらしい。
神殿で暮らす限り必要無いし、ボクはまだ四歳児だしね。
初めて見た硬貨は、日本の百円玉によく似ていた。材質から銀貨だと思う。他には金貨と銅貨が使われている。まさしく正当ファンタジー世界の安心感。
『何を油断してやがりますか。価値が逆だったり、意外な落とし穴あるかもよ?』
無いってば。いや無いよね? 金貨が最高価値だよねぇ!? ここって、金がそこらの石ころみたいに転がってないよ?
『妙に食い気味だけど、何か嫌な想い出でもあるの?』
そんな物は無い!……はずだけど、ちょっと自信ないかも。とにかく、貨幣価値が崩壊したら経済不安を招いて、社会情勢が大変な事になるよ!
『そこまで経済成熟してないし、問題ないと思うけどー』
なぜか妙に熱くなった心を静めつつ、あらためて屋台の商品を見る。クッキーのようなお菓子、蒸したお餅っぽいもの、それから……ん? これはお饅頭かな? 薄茶色の皮で何かを包んで、蒸した物のようだ。黒砂糖に似た香りがする。
「おじちゃん、これはなあに?」
試しに一つ買ってみようと、茶色のお饅頭の中身を尋ねる。
「おや? ここいらの子じゃないのかい。これはなぁ、ルクーミってお菓子で、甘酸っぱくて美味いぞ~」
ほれ、一つ喰ってみろとばかりに、人の良いおじさんはボクと、アルフェルに一つずつルクーミをくれた。
カリカの実とタロ芋をキビ蜜で練った物を、ナンバの粉で出来た皮で包んで蒸したもの、だそうだ。
うん、聞いた事の無い名前ばかりだね。タロ芋は、たぶんタロ芋だろうけど。
「ありがとう~」「ありがとうございます」
人から物をもらったら、お礼を忘れてはいけない。
少し焦げたような黒蜜の香りが食欲をそそる。うらやましそうなプリムラには悪いけど、さっそくパクリ。
艶のあるルクーミの表面はほんのり冷たくて、噛んだ瞬間甘酸っぱい、ねっとりした中身が舌の上を踊る。くせのある甘みが程よい酸味と合わさって、予想よりもはるかに美味しい。
「ん~、甘くて美味し~」
なぜかそこに現れたファニアンさんが、ボクたちと同じ表情でルクーミを頬張っていた。三人分の代金を払おうとして、おじさんに要らないよと手で断わられる。
なかなか気っぷのいい、男前なおじさんである。
「気に入ってもらえたようだな。良かったらこっちも食べてみるかい? これはシーチャっていってな。ちょっと面白い食べ物だぞ」
さすがにこれもタダは悪いとお金を出そうとすると、ファニアンさんが三人分払ってくれた。おじさんもファニアンさんも、二人ともニヤニヤとボクを見ている。ジンジャーの葉に包まれた、ちまきのような食べ物だ。
「アルお姉ちゃん、これはどんなあじ?」
「え? えーと、わ、わたしも、初めてかなぁ……」
明らかに怪しいけど、ここは騙されて素直にかぶり付くのが、芸人としてあるべき姿。芸の道は険しいのさ。
『ゲイにならないと、いいけどね』
言うに事欠いて、なんて事言いやがりますか、こんちくしょーっ! と勢いよくかぶり付くと……
「……!? にゃー!!」
なぜか猫みたいな叫び声が出た。
中身が魚だったせいだな、たぶん。予想外の酸っぱさと、ショウガの香りと辛みが一気に襲ってきた。
「うぅぅ……口が、すーすーするー」
リアクション芸人としては合格点だろうか。おじさんが豪快に笑っているから、不本意ながら合格なのだろう。
「わははは! いやぁ、悪い、悪い。お嬢ちゃんには、まだ早かったか~」
これはお詫びだよと、もう一つルクーミをくれた。すぐに甘酸っぱさで口直し。中身はやっぱり、白身魚を蒸し米で包んだ物だった。
魚を調理する際に、酸味の強いサンレというアベロアの一種と、ジンジャーで煮込むので、独特の酸味と辛みと清涼感が生まれるそうだ。
うん、幼女にこれは立派なテロ行為だよね。
味は意外とコクがあって、しっかりした塩味が美味しかったんだけど。子供の口には受け入れ難い衝撃だった。
そんな楽しいお祭りも、二日でほとんどを見て回って、お休みの残りは三日となった。近くにあると聞いた、ドライアードの村にも行ってみたい。ファニアンさんに尋ねると、ここから半日程の森の中にあるらしい。
「あるらしい? 姉さま、場所がはっきりしていないのですか?」
「そういうわけじゃないんだけど……行ける人と、行けない人がいるのよ。リィが一緒なら、たぶん大丈夫だから行ってらっしゃいな」
ボクが一緒なら? 何やらまた波乱の予感がする。
でも、ますます興味がわいてきた。明日の朝一番で、アルフェルと一緒に向かう事にした。ドライアード、人見知りの臆病な種族らしい。どんな人たちだろう?
『ビバ! 幼女パラダイス!』
この世界にはア○ネスとかバックベアードさまとかいないのかな。
魔法の呪文は、それっぽいドイツ語です。かなり適当ですので
分かる方は「ばっかでー」と笑って下さい。
ドイツ語って、なんかかっこよくていいですね。




