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フレイの森のお医者さん  作者: 夢育美
一章 黄金の林檎
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十三話 夏の神殿へ

 スクテラの採取を終えて無事に戻った翌日。

 ボクとアルフェルが落ち着きを取り戻した頃に、エフィルさんから話があると部屋に呼ばれた。職員室に呼び出し食らったみたいで、意味も無く緊張してしまう。

 見慣れているエフィルさんの部屋も、なんだか別な場所に見える。机で待つエフィルさんの表情が、いつになく硬いせいかもしれない。


「リィには、話しておかないと、いけないと思って」

 ボクを呼んだ理由はプリムラの『浄化』の事だ。おとといの晩初めて、魔物と化したケルピーが、神聖魔法の『浄化』を受ける場面に遭遇した。その結果ケルピーは死んでしまったのだ。


 あの場でアルフェルに尋ねた時、魔物は『浄化』されれば死ぬと言われた。神聖魔法の『浄化』は、攻撃魔法と捉える事が出来る。

「最初に神聖魔法の事を、少し話しておくわね」


 リョース・アールヴやリャナンシー、ケラッハ・ヴェールと言った、一部の妖精族だけが、神聖魔法と呼ばれる神の力を再現する魔法を使える。再現と言っても部分的で、本来の神の力を顕現させる、『奇跡』と言うギフトに比べると児戯に等しい。

 それでも紋章魔法でも発揮出来ない、特別な効果を持つ魔法を使用出来る。その一つが『浄化』だった。


「神聖魔法の多くは、アノア(霊体)に直接作用する魔法なの。とても危険で扱いが難しい魔法なのよ」

 生き物には必ずあるアノア。直接作用するなら、これ以上危険な魔法は無いと思う。


「リィは、魔物ってなんだと思う?」

「こわいもの~」

「そうね。魔物は恐ろしい。でもそれはなぜ? それは人を襲うからよね。ならどうして魔物は、人を襲うのかしら」

「人がきらいだから?」

「嫌いなだけで襲うかしら? ううん、そうじゃ無いのよリィ。魔物は、助けて欲しいの。人に助けて欲しくて、人を襲うのよ」


 なん……だ、それ。どんな呪いだ、それは。助けて欲しいから襲う? そんなの、助けてくれるはず、無いじゃないか。

「魔物はね、アノアが痛いのよ。とても苦しいの。だから優しくて、きれいなアノアにすがるのよ。人からすれば、それは襲われているに他ならない。でも、魔物は助けを求めて、すがり付いているだけなのよ」

 心臓が押し潰されそうに感じる。自分はこの痛みを、苦しさを知っているはずじゃないか。自分も魂が消える恐怖で、痛みの恐怖で、助けを求め縋ったではないか。


「“魔”という存在があるの。アノアだけの、神とこの世を呪うだけの、邪悪な存在」

 エフィルさんは続けて、魔物とはアノア(霊体)を“魔”に冒されて生まれるのだと言った。動物やごく稀に妖精に、“魔”が取り憑いてアノアを侵食し、魔物に変える。

 つまり魔物も被害者だった。


「とても深い、地の底よりもっと深い、深奥のさらに奥で、“魔”が生まれると言われているわ。それはわたしたちを、アルヴヘイムに住む全てを目掛けて上がってくるの」

 真っ暗な底から、さらに黒い何かが上がってくるのを想像して、ぞっとした。“魔”という存在にも、そんな場所がある事も、戦慄せずにいられなかった。


「『浄化』は“魔”に冒されたアノアを、“魔”ごと強制的に、地の底に送り返す魔法なの。原理はタリル・リングのような、空間魔法と変わらないのよ」

 肉体とアノアの強制分離、つまり魂が身体から抜き取られるわけか。神聖魔法と聞こえはいいけど、なんて極悪な魔法だろう。高位の神官しか使えない、或いは使わないよう制限する理由はこれか。


「強制送還されるアノアは、“魔”に冒された分だけなの。場合によっては、すぐに死ぬわけではないのよ、侵食には時間が掛かるから。アノアの質やフェア(精)の量など、“魔”に抵抗する要素で決まるの」

 わずかな侵食で済めば、アノアはあまり減らないので、死ぬ事は無い。ただ、虚弱な体質になったり、精神を病んだりの変化は起こるらしい。


「これは、ほとんどの人は知らないことだから、他人に教えては駄目よ。リィ、あなたがとても頭が良くて、見た目よりずっと大人なのは、一緒にいて分かったわ」

 ナチュラルばれしていたのか。自重しない羽妖精とかいたし、仕方ないかも。

「だから話したことの重要さも分かるわね。それに、あなたとプリムラが使う『浄化』の異質さが、どれほどのものかも」

「分かる~」


 おっと、幼女モードが思わず……本気でダメな気がしてきた。

「セレヴィアンさまが各所に『お願い』して、あなたのことは慎重に対応してもらっているのよ。それだけ注目されていることは忘れないでね」

「はい、ありがとうございます」

 モード解除して答えたら、エフィルさんの表情が微妙に残念な、がっかりした感じになった。


「リィ、やっぱり子供っぽいままが可愛いから、わたしとは子供風でしゃべって?」

 ちょ、なんという無茶ぶりですか。バレてるの分かった相手に、あえて幼女のふりで話せと。それなんて羞恥プレイ?


 エフィルさんの誠に無礼なお願いを聞きつつ、明日以降の予定を話したり、アルフェルの召喚師おめでとう、サプライズパーティーについて相談したり、しばらく深刻な話題を避けて話をした。

 お昼になったので一緒に食事をして、エフィルさんは王都へ、ボクは孤児院の畑を手伝いに向かう。


『はぁ、なんか濃い話を聞いたから、頭が疲れて重い感じがする』

 おやプリムラ、てっきり寝ていたとばかり思ったよ。

『失礼ね、ちゃんと聞いてたわよ。地の底ねぇ……何があるのかしらね』

 きっと、碌でもないものだと思うよ。



 それから数日、ユールに空から探してもらって、予定より多くスクテラを集められた。移動範囲が広くて、目の良いフクロウの精霊というのは役に立つ。

『どうせー、わたしじゃたいして役に立ちませんよ-だっ』

 本気か冗談か、プリムラが可愛く拗ねている。前に神官長のセレヴィアンさんに言われた通り、彼女はボクからあまり離れられない。どの位遠くまで行けるか試したら、姿が見えなくなる位の距離で、後ろから引かれる抵抗を感じたらしい。


 その力は離れるほど急速に強くなるので、彼女の飛ぶ力はすぐに限界が来た。身体にゴム紐を付けられて、引っ張れるだけ引いた感じ。そんなコントがあったなぁと、同時に思い出して苦笑いした。


「二人ともー、お迎え来たよ~」

 アルフェルが呼びに来た。出かける準備は終わっていたので、エフィルさんに借りた大きな革鞄と、いつもの袈裟懸け鞄を持って外へ出る。神殿の外門に一台の馬車が止まっていた。

 馬車で出かけるのかな。てっきりタリル・リングでサッと行くと思っていた。馬車に向かおうとすると、アルフェルの声が呼び止める。


「リィ~、そっちじゃないよ、こっちこっち」

 振り返れば治療院と本殿の間にある白樺のそばで、彼女が手招きしていた。足下には光る輪が見える。王都に行った時に見た、フェアリーリングに見えるものだ。タリル・リングだろう。


「アルお姉ちゃん、馬車で行くんじゃないの?」

 本当はそうしないと駄目なんだけどと、笑うアルフェルの後ろから、きれいな女性が現れた。

「今日はいいのよ、夏の神殿からお客さまをお連れしたの。初めまして、あなたがリーグラスね?」


 肩より少し伸びたナチュラルブロンドに栗色の瞳。印象的な垂れ目はアルフェルとよく似ている。背丈はエフィルさんより、頭一つ分低いだろう。

「はじめまして、リーグラスです。アルお姉ちゃんの、お姉さんですか?」


「あら~本当にかしこい子ね。ファニアンよ、妹がいつもお世話になってます」

「お姉ちゃんには、良くしてもらってます」

 同時に答えて、軽く抱き合う。いまだにこの習慣には慣れないけど、前の世界では握手くらいの意味しか無いらしい。お互いの頬にキスするよりはマシか。

『実はそっちを期待してるとか……』

 してませんから。けっして、して無いからねっ?


 ファニアンさんはフレイの森の南にある、通称、夏の神殿で治療師をしている。妹のアルフェルと休暇を過ごす為に、ここまで迎えに来てくれた。

 タリル・リングでの瞬間移動は、公務以外の使用は認められない。緊急の場合で責任者が認めれば、利用出来る場合もある。本来は私用での利用は禁止されている。


 今回たまたまというか、夏の神殿から公務で人が来るのに合わせて、ファニアンさんが相乗りさせてもらった形だ。タリル・リングは一度起動すると、しばらく繋がった状態になるので、相乗り狙いの人は意外と多いらしい。


「星の位置が合わないと動かせないしね。今日になったのは、それが理由よ」

 それじゃ行きましょうかと、ファニアンさんがボクたちを連れてリングに向かう。三度目だけど緊張するなぁ。一瞬周りが光って、すぐに風景が変わった。


 緑が濃い。神殿の敷地なのに、あちこちに木や草が生い茂っている。もちろん放置されてジャングルに成っているのでは無く、きちんと手入れされている。

 ピンクの花はブーゲンビリアかな。真っ赤な花はハイビスカスか。これらが咲いてるって事は、この辺りは冬でも氷点下にならない、もっと言えば5℃前後にしかならないはず。亜熱帯と呼ばれる環境だろう。

 他にもクダモノトケイソウ、タコノキ、トックリヤシも見かける。日本では沖縄を思い出させる雰囲気だった。


「へぇ~、こういう感じなんだ~、初めてだけどおもしろ~い」

 亜高山出身のプリムラには、この雰囲気は面白く感じるだろう。深く濃い緑と陰影の強い日射し、原色で色とりどりの花。どれも新鮮に感じるはず。

 気温も一気に上がった。汗ばむほどでは無いにしても、日射しが強くて熱中症になりそう。湿度はそれ程高くないので、ベタベタした肌感が無いのが嬉しい。


「どれもきれいだよね~。リィ、気に入ったお花はあった?」

「あそこの黄色いお花が、きれい~」

「あれはジンジャーの花ね。お花もきれいだけど、根が薬になるのよ」

「この赤と、黄色の、変な形のお花はなに?」

「それはヘリコニアね。えっと……」

「薬草としては利用しないわね。お花の形が、鳥のくちばしみたいでしょ? オウム花って呼び方もあるのよ」


 こんな風に、アルフェルが次々に花の説明をして、ファニアンさんが時々助け船を出したり。アルフェルが見落とした花を教えたりしながら、仲の良い姉妹ぶりを見せた。

「外は暑いでしょう。そろそろ中に入らない?」


 先にこれを渡しに行かないと苦労した意味が無いので、皆で一緒に治療院へ向かう。夏の神殿の治療院は、春の神殿よりいろいろな種族の人がいた。ここではリョース・アールヴ以外の神官も見掛ける。

 誰も忙しそうにテキパキ働いていた。ファニアンさんに付いて、調剤室に向かう。


 そこの薬剤師さんに、鞄いっぱいの干したスクテラを渡すと、すごい勢いで感謝された。他の神殿の治療院や王都の薬剤師の協力で、少しずつ届いてはいたけど、根本的に足りていない状況だったそうだ。

 黄色の花のスクテラが届いたと聞いて、どこにこれ程? と言いたくなる位に薬剤師や治療師が集まり始めた。本当に大変だったんだと思う。


 緊急事態じゃないのかなぁと思うけど、ここの治療院は森の神殿の中でも、あまり重要視されていないそうだ。患者に自由領の種族が多いからだ、とは後からアルフェルに聞いた話。やっぱり差別意識がはびこってる感じは受ける。

「患者さん、けっこうたくさんいるのにねぇ……」

 プリムラの表情は複雑だ。やるせない気持ちが伝わってくる。いつになるか、こんな状況は変えたいと思うよ。


 大事なお遣いも果たしたので、ファニアンさんに連れられて寄宿舎に向かった。夏の神殿は王都以外で唯一、学校のある所だ。神殿で働く人たちと、学校に通う人たちがともに暮らせる寄宿舎が建っている。

 王都の学校は主にリョース・アールヴの子供が通っている。ここにある学校は、自由領に住むいろいろな種族の子供が通っているらしい。今は夏休み中なので、ほとんどの子が帰省しているらしい。ケモミミ種族とか見たかったのに、残念。


「そうよねっ! ケモミミは絶対に必要よ」

 プリムラのケモミミ好きは、一体どこから来ているのだろう。


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