十話 賢者との出会い
常備薬で思い付いた事があって治療院に向かった。神殿は幾つかの通信手段を用意している。最もポピュラーなのが手紙で、召喚師が精霊で配達するので、思っているよりずっと速い。ここから王都までなら一日で届くようだ。
タリル・リングでの転送は、膨大な魔力が必要な上に、使える日時が行き先で決まってしまう為、通信手段としてはあまり使われない。神殿同士や王都など、急ぎの連絡が必要な時に使う程度だ。
もう一つがやまびこ石という鉱石を使った、魔法具による音声通信だ。エコー(やまびこ)を発生させる不思議な石で、二つに割った対になるもの同士が、音を互いに響かせあう性質を持っている。ようは携帯みたいなもので便利道具である。
鉱石の純度と大きさで届く距離が決まり、魔法具として加工する時に、どれだけ精確に二分割できるかで、音声のクリアさが決まってしまう。ここと王都を直接繋げられる程のエコー瓶は治療院に一つあるだけだ。
『エコー瓶ねぇ。もう少しマシな呼び方はなかったのかしら?』
見た目は斜めに据えた瓶そのもので、呼び名としては間違ってないと思う。プリムラが言いたい事も分かるけど。これが高価な魔法具ですよ-、と紹介されてもふーん、で終わりそうだ。
治療院には他にも、他の神殿と連絡が取れるエコー瓶がある。夏の神殿とも急ぎの連絡を取れるだろう。
「こんにちはー、ネネルさまいる~?」
治療院で最も親しい人は、何度も一緒に採取に出かけているネネルさんだ。症状に対する薬草の選び方や治療法など、基本的な事を教えてもらった恩人でもある。
「あらリィ、どうしたの? 今日はお手伝いの日だっけ?」
「いえー、ネネルさまにお願いごとー」
「ん? 珍しいわね、なになに?」
人なつっこい彼女は、面倒がらずに話を聞いてくれる。根っから面倒見の良い人なのだろう。兄弟が多い家庭で育ったそうで、弟や妹がいると言っていた。
「こんどね、アルお姉ちゃんと夏の神殿に行くの」
「あら、良かったじゃない。ちょうど夏祭が始まる頃ねぇ。楽しんでいらっしゃいな」
「それでね、あっちの治療院で、欲しい薬草があるかなーって」
ネネルさんが目を丸くする。見た目は幼女が旅行先の仲間の事情を斟酌しようというのだ。普通では考えられない。
「あ、あぁそうね、確かに何か足りない物があるかもしれないわ。季節がら向こうでは少ない薬草もあるし……」
「出かけるのは五日後なの」
「わかった、連絡取ってみるから、ちょっと待っててくれる?」
期日を伝えた事で意図をくみ取ったのだろう、ネネルさんがエコー瓶のある建物の奥へ向かった。さて逆に、向こうで採れそうな薬草は何かないかな。棚の薬剤辞典を手にして眺めていると、ネネルさんが戻ってきた。意外に早かったなぁ。
「リィ、ちょうど良かったわ。スクテラがだいぶ不足してるみたいなの。特に黄色の花の咲いたものが底を突いてるみたいで」
「黄色のお花は、どんな魔法?」
「地属性の魔法ね。解毒の力も一番高いから、重要度は高いわ。それにしても、この時期でもう無くなるなんて変ね?」
スクテラは、魔力を溜め込む性質のある不思議植物だ。咲いた花の色で、溜めた魔力の種類が分かる。地属性は安定化の性質を発揮するので、複数種類の薬草を混ぜて薬を作る際に安定剤として働く。それ以外にも解毒薬として一番効果が高い。
「困ったわねぇ、こちらの在庫もそれほど余裕が無いのよ。他にも声を掛けようか相談していたところらしくて、助けて上げたいんだけど……」
「アルお姉ちゃんと一緒に、集めてくるよ」
森へ入る事はまだ禁止されていたけど、そういう事情ならセレヴィアンさんに掛け合えば、許可が下りるだろう。アルフェルのギフトで森の動物に尋ねれば、スクテラの花も探せるかもしれない。
ギフトの事は話せないので、まずセレヴィアンさんへの連絡を頼んだ。薬草が不足している事は既に報告されていて、北部森林で何人も採取に出ていると返事が来た。森への許可については、神殿の東側の森限定で入る事が許された。
ただし数時間で戻れる距離で、具体的には森が切れて、山岳地帯への街道となる辺りまで限定だ。面積としてはあまり広くないので、どれだけ集められるか。
勝手に巻き込んだアルフェルも、事情を説明したら快く引き受けてくれた。さすがアルフェル、頼れるお姉さんだ。
「そうねぇ、スクテラの花か……あれ、月夜に移動しちゃうでしょ。困ったお花よね」
全くもってその通り。この世界の神さまがいたら、目の前で正座させて説教だ。
「森の賢者なら知ってるかもしれないわね。さっそく行ってみましょう」
採取用の道具とおやつを袈裟懸け鞄に入れて、アルフェルと一緒に森へ出かける。森の賢者というと、あれか、フクロウか? 明るい時間でも会えるのかな。
「明るいうちならねぐらにいるからね。ネズミか小鳥に尋ねれば、ねぐらの場所はすぐ分かると思う」
なるほど、フクロウは夜行性だから、昼のうちなら決まった所にいるのか。アルフェルは実に賢いなぁ。
『……なんか、ロコツにアル推しじゃない?』
き、気のせいですよプリムラさん。プリムラさんだって猛プッシュしてるじゃないですか。いかんいかん、何事もバランスが大事。
などとプリムラのご機嫌取りしている間に、早くもねぐらの場所が分かったらしい。森の入り口にいたカヤネズミに尋ねたら、恐がりながら答えてくれたそうだ。強く生きろよ、フクロウの主食たち……
ねぐらは大きな樫の木だった。賢者にふさわしいチョイスだと思う。この世界にも、ホグなんちゃら魔法魔術学校があったりするのだろうか。
さすがに昼日中のフクロウは眠たいらしい。アルフェルが呼びかけても、答えてくれる声は無かった。夕方になれば目覚めるフクロウもいるので、しばらくここで待つか、周囲を探してみるか決めあぐねていると、ボクにも聞こえる声で返答があった。
『何やら騒がしいな、人の子よ。みな眠っているのだ、無体はよしてくれんか』
ボクにも声が聞こえるって、それに、この感じは……
『精霊ね、ほら、あそこの樫のうろに、大きなフクロウが見えるでしょ』
こげ茶の羽に白と黒のまだら模様が入る羽、大きく立派な羽角、黒く鋭いクチバシ。大きくて美しい姿はシマフクロウか。
「えっ、あれ、この声の主は……あっ!」
アルフェルも声の主に気付いて、その姿を捉えたようだった。
「なんて大きくて、立派なフクロウ……」
『ホーホーホホッ、大きくて立派とは誉めすぎじゃわい。ただのよぼよぼ爺じゃ』
暗いうろの中で淡く発光する姿は、実体を持たない存在だからか。丸く柔和な目をじっとこちらに向けていた。
『ホーホウ、そちらの小さなお嬢ちゃんは、花の精霊か? 見かけない姿じゃな。良ければ名を教えてくれ』
『人に名前を聞く時は、自分から名乗りなさいよ』
王道テンプレキター。
『ホーホッホッホ、元気なお嬢ちゃんじゃ。わしはユール、見ての通りフクロウの精霊じゃよ』
その言葉に驚いた者が一人。自身のギフトで会話していると思ったアルフェルは、ユールの精霊である発言で驚愕した。おそるおそるこちらを振り向いて、二度驚く。
「あっ、そ、そのちっちゃな羽妖精って……プリムラなの?」
おめでとう、アルフェルにも見えるようになったね。でも、ちっちゃいは禁句だよ。それともう一つ、気付いて無いみたいだけど、プリムラはただの精霊じゃないからね?
『誰が色気無しのちんちくりんですって? 失礼しちゃうっ!』
被害妄想大きすぎるぞー、そこまで言ってないぞー。
「わたし……精霊が見えてるんだ……」
感動のあまり、しばらく戻ってきそうにない人は置いておくとして、ユールにスクテラの花、それも黄色い花を探していると伝えた。
『ホーゥ? 人の子は変わったものを欲しがるのじゃな。それならここより、北へ進んだ所に生えておったぞ』
「ユールさま、わたしでも行ける?」
ユールは頭を二、三度くるりと回転させて、思案しているようだった。
『人の子の足ではちとばかし遠いかのぉ、今から行けば日が暮れるぞい』
距離は徒歩で三、四時間と言った所だろうか。行ったはいいけど、夜の森を歩いて帰るのはまずい気がする。せっかく森行きを許可してもらったのに、二度と外出させてくれないだろう。幸い満月までは間がある、明日の早朝から出直す方が良いと思った。
ようやく我に返ったアルフェルが、名乗ってからユールに礼を伝えて、明日の朝もう一度来ると言った。
『ホーッホウ、それなら明日は案内を呼んでやろう。そちらの、アルフェルじゃったか、おぬしは狼とも話せるじゃろう?』
「そんなことまで、お分かりになるのですか」
年寄りじゃからのう、と相変わらずホーホー笑いのユールは、狼の知り合いに案内を頼んでくれると言った。今度は妖精でなく普通の狼らしい。いやね、狼に普通とかあるのか分からないけどね。
食べられたりしないといいなぁ。女の子二人、かなり美味しい食材だよ?
『無意識で認めるようになったか……』
……もうやめてプリムラ、とっくにリーグラスのライフはゼロよっ!
この所ますます違和感が無くなって、その事実に気付くと精神的なダメージが。それすらも減ってる気がするし。ボクはもうダメかもしれないな。
◇
ひとまず仕切り直しで、神殿に戻る事にした。ユールにお別れを告げると、よほどプリムラが気になったのだろう、時間が出来たら遊びに来るよう言われた。
森の賢者と言われるくらいだし、知識も豊富そうだ。用事が終わったら、プリムラを連れて遊びに行くのもいいだろう。
精霊が見えるようになったと、はしゃぐアルフェルと一緒に帰ると、神殿では小さな騒ぎが起こっていた。本人気付いて無いし、しばらく教えなくてもいいかな。
「何があったのかしら、リィはここにいて」
すぐにアルフェルが事情を尋ねに走る。こういう時の判断の早さは見習いたい。
『何か変な感じがするわ。わたしたちもいこう』
プリムラの勘は侮れない。騒ぎに向かって走ると、十四、五人はいるだろうか、人だかりが何かを取り囲んでいた。中心にいるのはなんだろう、見た事の無いものだった。
大人たちの後ろから、不安げに様子を窺うアルフェルの隣に行く。
「お姉ちゃん、あれは……なに?」
「魔物よ。あれが、魔物と呼ばれるものよ」
一見するとそれは、大型の獣に見えた。全身が黒くて、目だけが異様に赤い。なんだろう、生えている毛が黒いんじゃないのか? 全身を覆っている、揺らめき立って見える黒いものはなんだ?
あれはまるで、某国際的日本アニメに出てきた、猪の祟り神じゃないか。そこまで大型じゃないのと、揺らめく黒いものが陽炎のように不確かなのが違うだけだ。
『なにあれ、キモイ』
確かにキモイとしか言いようが無いかも。目だけ赤く目立つ以外、色らしいものが見えない。光そのものを吸収している感じだ。あんなものは知らないし見た事が無い。
「見ていて、リィ。騎士さまが魔物を『浄化』してくれるから」
取り囲んでいる中に三人、白銀の鎧をまとう者がいた。彼らが同時に詠唱を開始すると、魔物の周囲に白い魔法円が浮かび上がる。あれが神聖魔法の『浄化』なのか。プリムラの使う精霊魔法と、魔法円の色も中の文字も、印章もまったく違う。
魔物を囲んだ三つの魔法円が、魔物を中心に収束してやがて完全に一つに重なった。その瞬間、空に向けてまばゆい程の白い光の柱が立ち上る。うん、こんな光景は何度かアニメで見た気がするな。見た事の無い現実に、追い付く想像力って案外すごい。
光が消えた後には、すっかり小さくなった元魔物、青みがかった灰色の肌の馬の死体が横たわっていた。よく見ると後ろ脚の代わりに尾びれが付いている。あれこそ紛れもない水棲馬代表のケルピーだろう。
念のため『写真』を発動して、死んだ状態の姿を撮影する。しまった、『浄化』のプロセスを撮っておくんだった。プリムラの『浄化』が何か分かったかもしれないのに。「Info」で確認すると、確かにケルピーのようだ。
安堵した雰囲気の人に尋ねると、ケルピーは突然現れたらしい。中庭にある噴水から、魔物と化した状態で飛び出てきたそうだ。そんな事があるんだろうかと思うけど、噴水に繋がる小川は神殿の外から地下水脈を引き込んでいるので、無いとは言い切れない。
「良かったわ。最悪の時はプリムラとリィで『浄化』してもらわなきゃと思ったけど、いろいろ面倒なことになるしね」
そうだった。もしそうしていれば、夏の神殿へお出かけなんてあっさりキャンセルされるだろう。下手をすれば王都に拉致監禁もあり得る。
「お姉ちゃん、けものじゃなくても魔物になるの?」
ニグルの時を含めれば、これで二度目だ。水棲馬は精霊に近い妖精の一種。動物とは明らかに違う存在だ。
「いいえ、わたしは聞いたことがないわ。この間、モーザ・ドゥーグの村に行った時が初めてよ。やっぱり、おかしなことが起こっているのね」
予想通りの答えにやや落胆したけど、それを顔には出さない。理由は分からない、しかし普通でない状況が起きている。そうはっきりしただけでも、今後の行動指標になる。
そしてもう一つ聞いておかなければならない。
「いつも、『浄化』された魔物は、死んじゃうの?」
神殿騎士が使った神聖魔法の『浄化』は、ケルピーを殺してしまった。魔物が獣から変化するなら、『浄化』の結果その獣も死んでしまうのか。もしそうなら、プリムラが使う『浄化』は異質すぎる。
問いに含まれた意味の重大さに、賢明にもアルフェルは気が付いたようだ。一瞬だけ倒れたケルピーに視線を向けて、ボクとアルフェルに向き直る。
「そう、ね……魔物は『浄化』されれば、死んでしまうのよ。プリムラがやった時は、大丈夫だったのにね……」
ボクたちは治療院でネネルさんに事の次第を伝えて、明日の朝早くに出かける事を了承してもらった。エフィルさんにも伝える必要があるだろう。エフィルさんには他にも、アルフェルが精霊視の技能に目覚めた事も伝える必要がある。
正確には精霊視では無いと思うけどね。
「あ、ナリーは大丈夫かなぁ……」
立て続けという程でないにしても、短期間で起こった二つの異常な出来事。ナウラミアが向かった西の神殿辺りは、フレイの森の中心部だ。それだけ精霊や半妖精が多い。
「考えても仕方のないことよ。お付きの人も一杯いたみたいじゃない。平気でしょ」
今はプリムラの声も、アルフェルに聞こえるはずだ。プリムラが意識すれば、ボクとだけ会話する事も出来るみたいだけど。今は二人に聞かせるようにしゃべっている。
夜はアルフェルとボクの二人きりだった。エフィルさんは神殿の中で起こった騒動と言う事もあって、事後処理に奔走している。明日の出発は早いから、今夜はしっかりと寝ておきたい。
とは言えフクロウの精霊ユールとの出会い、ケルピーの『浄化』の目撃と続けて起こった事件で興奮状態だ。目が冴えてなかなか寝付けない。こんな時、日本では羊を数えるのが定番だったけど……
「……リィも眠れないの?」
何度も寝返りを打つ気配が、アルフェルに伝わってしまった。彼女も寝付けないでいたのだろう。
「あしたのおおかみさんは、恐くないかな?」
別に幼女を気取るわけでなく、本当に心配だった。食物連鎖の頂点に君臨する野獣。ライオンだのトラだのは接点が無いので、絵空事みたいな存在だ。でも熊や狼は身近にいるリアルな猛獣だ。一つの間違いで死ぬ事になる。
いつもなら軽口を叩くプリムラも、今夜はやけに静かだった。ボクと運命共同体なのを察知しているのだろうか。
「ユールを信じましょう。さぁ、明日も早いわ、無理にでも寝ないと」
眠れない子供に寝物語を、なんて習慣は無いのかもしれない。それにアルフェルだって、まだ寝物語をせがむ側なのだ。
明日のスクテラ採取が上手くいく事を祈って、ボクはゆっくり目をつぶった。




