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竜に生まれまして  作者: 雷帝
幼竜編
12/211

第十一話:一つの終わり

何とか上がった

ちょっと最初の方は説明部分というか……申し訳ないです

 ……夢を見ていた。

 自身が最も輝いていたと思える、そんな時間の事を。

 何故、あの時の事を今思い出したのだろう?

 ふと、そんな事を考えて。

 ああ、そうか、とふと気がついた。あれが自分にとって大変ではあったけれど一番輝いていた頃だったのだ、と気付いてキアラはすっかり皺だらけになった自分の手をかざした。さすがにあれだけの大騒動は滅多に起こるものではなく、あれだけの数が関わったあれだけの大騒動は結局一回きりだった。

 

 (あれが自分の立ち位置が変わる事になった原因とも言えるのよねえ)


 過去に想いを馳せながら、連合王国名誉貴族キアラ・テンペスタ伯爵は笑みを浮かべた。


 思えば、あの後は大変だった。

 まず、冒険者達からは感謝、される事はなかった。

 いや、感謝の言葉を述べた者がいなかった訳ではない。だが、騎士も冒険者も仲間を少なからず失っており、冒険者を引退せざるをえない程の怪我を負った者も多かった。

 生き残ったけれど引退を余儀なくされた者、仲間を失った者が出れば、それまで艱難辛苦を共にした仲間達とのパーティも当然解散となる。それを覚悟の上で参加したのは確かだが、ああもあっさりとテンペスタがガルジャドの群を片付けてしまえば、こう思う者が出るのはむしろ当然だ、すなわち……。


 『何故、最初からやってくれなかった?』


 最初からテンペスタが動いていれば、自分達は冒険者を引退するような怪我を負う事はなかった。

 最初からテンペスタが動いていれば、自分達は仲間を失うような事にはならなかった。

 言葉に出さずとも、キアラに対して好意的な態度を示す者がごく一部であったのは仕方のない事だと言えよう。むしろ、キアラに対して面と向かって罵るような真似をする者が騎士からも冒険者からも一人として出なかっただけ彼らは優れた自制心を持っていると評価されるべきだったろう。

 そして、問題はその後も山積みだった。

 キアラ自身はあの時、報酬の大半を辞退する事でテンペスタが突出した功績を立てた、という事実を隠蔽する事に成功した。

 これに関しては揉めるかと思ったが、案外すんなりと決まった。

 別に、冒険者が強欲だったとか、騎士が功績を横取りしようと図ったといった事が理由ではない。いや、全くいない訳ではなかろうが、それぞれが恥を忍んでそれを受け入れた大きな理由があった。

 例えば騎士であれば「犬死に」を避けるという事。遺族に対して殆ど活躍出来ず、防衛線を突破されそうな所をたった一体の冒険者の駆る竜が撃破しました、では遺族が納得いかない。というより、遺された家族が蔑まれる危険すらあった。何も出来ずに死にました、という評価となる事を或いは怖れ、或いは命がけで戦った部下がそのような評価を周囲から下される事を怖れた。

 冒険者の場合はそうした名誉、という事は関係なかった、こちらは純粋に金の問題が大きい。

 冒険者という職業は危険が大きい分稼げるのは確かだが、現役の頃から大金持ちという人物は案外少ない。

 前衛なら武器や防具の手入れ、必要なら買い替えが必要となる。これが相当な出費となる。何せ、自分の命を預ける道具だ。金を惜しんで、肝心な時にダメになっては泣くに泣けない。故に手入れをきちんと行い、時に買い換えるが、下っ端の頃は単純に金がない。上に上がれば稼ぐ金は増えるが、その分良い武器や防具に身を包むようになる為やっぱりお金が消える。

 後衛なら後衛で各種の魔法の触媒、魔法書や研究の為の薬草などでこちらはこちらで金が飛ぶ。

 結果として、一部の冒険者以外は案外、現役の頃は金が溜まっていなかったりする。もちろん、命がけの仕事も多い為にぱっと使っているというケースもあるし、早くから結婚を意識しているような者は堅実に貯蓄していたりする訳だが……。

 そうなると、問題となるのは後に残された者達だ。

 今回は国と冒険者協会からの正式要請である為に、この一件で死んだ場合はそれぞれの組織からの後援が受けられる。そうだからこそ、これだけの人数が動員出来た訳だ。

 だが……もし、一体の竜が殆どを片付けてしまったとなったら……命がけでやった事でも評価はどうしても下がる。


 「一体であんだけ出来たのに、お前らは何やってんだ」


 現場を知らないが、権限は握っているような者はどこにだっているからだ。

 もちろん、実際にここで戦った者達はどれだけガルジャドの群との戦いが大変だったのか、その一体の竜がどれだけ常識外れの行為をしてのけたのか良く理解出来ている。

 しかし、現場を知らない者からすれば、「竜数十体を、たった一体の竜があっさり片付けた」という部分にしか目がいかない可能性は高かった。

 だからこそ、生き残った者達は内心で思う事は色々あっただろうが、キアラの提案をあっさりと飲んだ訳だ。

 ガルジャドの群の遺体はろくに残っていなかったが、元々ガルジャドという竜は死んだら早々に腐り落ちる。不自然な成長を次から次へと取り込む属性から転じた魔力で誤魔化しているのだから、肝心の支える属性が取り込めなくなったらそうなってしまうのは当然な上、素材としても元々の下位竜の素材が変質したものでしかも、どの下位竜がガルジャドへと変わったのかが分からないから加工も極めて困難……。この為、ガルジャドに関しては素材の採取なども行わず、さっさと焼却してしまうのが幸いした。

 

 結果から言えば、そのお陰で王国も冒険者協会も遺族や引退を余儀なくされた者達へと丁寧な対応を行った。下手に命がけで戦った者達につまらない対応を行えば、次から命がけで戦う者がいなくなってしまうのだからそれ自体は当然なのだが、もし、テンペスタ一体が片付けた事実を知っていればそれを理由に対応が異なっていた可能性は高い。

 それは誰もが理解しているから、共犯意識とあいまって皆口が堅くなる。

 黙って受け取っていれば、後になる程話せなくなる。

 結果として、テンペスタの大活躍を隠す事に成功し、キアラ自身もそれまでの組織の仕事を続ける事に成功した。


 (その組織も……)


 今では奴隷商という言葉自体が存在しない。

 より正確には奴隷商という言葉自体は残っているが、それは完全に犯罪者としての呼び名であり、現在、嘗ての組織の元締めをしていた彼らは仲介商と呼称され、ギルドを結成している。

 かつては奴隷の首輪を流用していたのも、今では完全に独自技術を用いた腕輪となっている。

 ここに至るまでに彼らは大変な苦労をし、その結果裏で生み出された始末を行うギルドは現在も存続し、世界の裏で活動している、らしい。

 伝聞なのは、さすがに今ではキアラも現役を引退して久しいからだ。それでも突然役人が急死して、その役人が裏で行っていた犯罪が明らかになるなど活動しているらしい、と思われる話は時折耳にする。


 実を言えば、キアラがその裏ギルドを離れる事になったのは予定よりは随分と早かったのは事実だ。

 原因は当時は上手く誤魔化せたものの、生き残り達が昇進した事が原因だった。

 無論、優遇されても途中で止まってしまった者もいたが、元より実力を見込まれて参加した者達だ。中には結構なえらいさんになった者がいる。例えば騎士団長、例えば冒険者ギルドの相談役、などがそうだが、彼らは当然キアラとテンペスタの力を知っているから、面倒な仕事や厄介な仕事に対しての切り札として活用するようになった。

 利用する、という訳ではない。純粋に実力を知っているからこそ、大勢を動かせない厄介な仕事、純粋に相手が強そうで下手に人を向かわせられない仕事、ただひたすらに相手が強い仕事といった案件に対してお願いをしてくるようになっただけだ。

 キアラとしても、事情を聞けば納得せざるをえないような案件が多く、引き受けざるをえなかった。

 表向きにならない、とはいえ、逆に言えばそんな仕事だからこそ金はたくさん出る。

 表向きにならない、とはいえ、上層部にはそんな仕事を片付けていけばどうしても知られる事になる。

 金を持ち、上層部が目をかけるような人材となれば当然目立つ。 

 結果として、裏の仕事を引き受けられるような状況ではなくなった、というか元締めらが頼むのは危険と考えた、というのが正しい。

 ある厄介な国家間の仕事を片付けたお陰で、貴族位を若い頃に授けられた事でその状況は決定的となった。

 特にこの仕事、片付けるまでは表沙汰に出来なかったが、片付いた後は両国間の都合で大々的に公表された事も大きかった。さすがにそんな両国の国民が拍手喝采するような状況で、国民達の前で貴族位を与える旨を宣言され、その上で「あ、私貴族位なんていりません」とやれる程、キアラの神経は図太くなかった、というべきか。

 ここで言う名誉貴族とは一代限りの貴族であり、領地を持たない貴族でもある。

 通常の貴族位が家に、ひいては一族に与えられるものであり、土地を領有し、そこを統治する地方行政官でもあるのに対し、名誉貴族はあくまで功績に対して個人に与えられるものであり、土地の代わりに国から金銭を年金という形で支給される立場を得る、というものだ。

 それでもその気になれば、名誉貴族は結構政治に関与する事も出来るのだが、キアラはそれに興味がなかった。

 なかったからこそ、その後も仕事を引き受けて動き……名誉騎士号だった爵位は今では伯爵位となっていた。

 まあ、あの仕事の結果が、現在の三大国の一つと呼ばれる連合王国の成立に繋がったのだから当然と言えば当然か。仕事の大きさを考えれば、ガルジャド事件を上回る程の大きな仕事だと言っても過言ではないが、それでもキアラにとってガルジャドの一件程の印象が残っていないのは結局の所、敵対者がテンペスタにとっていともあっさりと片付けられすぎた、という事に尽きるだろう。

 空を移動するテンペスタとキアラを殺す事など不可能。

 大軍を用意しようが、空を飛ぶ竜を敵に回すのはどんな馬鹿でもやらない。

 となれば、逃げ場のない地上で、特に乗り手であるキアラに仕掛けるしかない訳だが完璧にテンペスタが守ってくれたお陰で全く脅威を感じなかった。

 どうもその時、朝起きた時の周囲の状況からして夜間には暗殺者がひっきりなしに訪れていたらしいが、そのいずれもが装備だの服だのだけ残して綺麗さっぱり足取りを断つ事になったらしい。そんな事が相次げば、どこの暗殺者やギルドだって引き受ける奴はいなくなる。彼らはあくまで仕事でやってるのであって、成功する確率のない、或いは限りなくゼロに近い不可能事への挑戦に燃えている訳ではないのだから。

 結局、キアラ自身の感覚からすれば、あっちへ行ってこっちへ行ってをやってる内に仕事が終わっていた、という印象だった為にむしろその後の貴族位への任命の方が印象に残っているぐらいだ。


 (結局テンペスタがいてこその話なのよね……)


 おそらく、いや間違いなくテンペスタがいなければ自分はあの時に死んでいただろうし、そもそもあの仕事自体に関わる事はなかっただろう。

 視線を中庭という名のテンペスタの住処へと向ける。

 初めてこの屋敷に来た時、そこは低い草に覆われただけのただの野原だった。

 それが今では、立派な自然の森だ。

 テンペスタの力を身近で何十年も土地が受けている為か、王都のど真ん中でありながら人跡未踏の奥地に生える霊草まで生えている、らしい。そんな森と化しながら、テンペスタは自由に移動する。いや……テンペスタが移動すればそれに合わせて木々が動く、というべきか。

 今も、体を動かすのも億劫になりつつある故に目だけを動かしてみれば、そこにテンペスタの巨体が、あの事件の時と変わらぬままにそこにある。

 ……今なら分かる。何故、テンペスタがずっと自分の傍にいてくれたのか……きっと彼は寂しかったのだ。

 幼い頃から、いや……生まれたその瞬間から、テンペスタは精神こそ幼くとも、高い知性を有していた。

 そこに異界の知識が加わった事で、幼竜でありながら竜王であり、また極めて高度な魔法をも駆使する事を可能にしたのだとキアラは判断している。

 彼女も一度だけ他の竜王と出会い、少し話をした事があったが、新たな魔法、魔法を改造する、という概念自体は早々に辿り着けたとしても、「ではどうするか」「どのような魔法とするのか」という点で大抵の竜王は壁にぶち当たるのだという。

 これは単純なイメージの問題だ。

 年経た知性ある竜王ならば様々な試行錯誤と、世界を見てきた事による知識によってイメージを組み立て、魔法を完成させる事が出来る。

 だが、本来、いかに知性を最初期から有していようとも、溶岩を知らぬ竜に溶岩というものを連想し、それを用いた魔法を駆使する事は出来ない。雷というものを見た事はあっても、その理屈を知っている訳ではなければ電気というものを利用した魔法を組み立てる事も出来ない。

 キアラが思い出した、あの事件の実質的な終わりの時。

 ガルジャドの群を止めたあの魔法とて同じ事だ。

 理屈は分かる、だが、どうやったら大地の束縛を解き放つという事を連想出来るのか……とうとうキアラには理解する事は出来なかった。重力、という概念自体が存在しない為だ。

 これをテンペスタは異界の知識で補ってしまった。

 結果、彼女はあれ以後も訳が分からないテンペスタの魔法を幾つも見る事になった。しかし……。


 (それでもあの子は……テンペスタは)


 子供だった、のだと。

 キアラはそう思うのだ。

 高い知性を有していたからこそ、寂しさというものをきちんと理解し、と同時に母竜との別れも、すがった所で母竜が残ってくれる訳ではないのだと理解していた。だからこそ、テンペスタはキアラを、唯一傍にいてくれる相手と共にある事を望んだのだとキアラは考えている。

 きっとテンペスタにとって自分は姉の代わりであり、母の代わりであったのだと思う。

 果たして、自分はその役割を務める事は出来たのだろうか……?

 そんな事を考えるキアラの視線の端でテンペスタが首を持ち上げるのが見えた。何やら不快げな気配も伝わってきた事でキアラにも事情を察する事が出来た。


 「ああ、また来たのね」


 もっとも、不快感を漂わせるテンペスタに対して、キアラにしてみれば最早苦笑の種にしかなりえない。

 それに彼らの気持ちも分からないでもない。待つ程もなく、執事の老人が来客を告げた。

 昔は何事も全て自分でやっていたが、貴族位を与えられた頃から屋敷にも人が増えていった。『人を雇って、仕事を与えるのも貴族含めた金のある者の役割の内』、そう言われたのは何時の誰にだったか。面倒な、と思いつつも仲介ギルドを通じて人を雇った覚えがある。ギルドのトップと繋がりがある上、向こうもキアラに感謝していた。お陰で、良い人材が速攻で回されてきた事を覚えている。

 執事の老人はそうした雇われた中でも一番の古株だ。

 ある没落してしまった名門貴族に長く仕えていた執事の家系、という話で若いながらもみっちりと仕込まれていた彼のお陰でキアラとしても随分と助けられたものだ。何せ、キアラには貴族の嗜みなど何もなかった訳だし、何も知らなかった。彼がいなければ、きっと半ば強制的に参加となったパーティなどの貴族の集まりで恥をかいていた事だろう。

 まあ、キアラ自身がそれを気にするような神経を持っていたかはさておき……。

 話を戻すが、そんな彼はどこか困ったような憤るような雰囲気を漂わせていた。長い付き合いだからこそ分かる僅かなそれで予想が当った事を確信して苦笑を浮かべてしまう。


 「何時もの方々ですか?」

 「は……如何致しましょうか」

 「断る訳にもいかないでしょう?通してあげてくださいな」


 その指示を受け、「かしこまりました」と完璧な礼と共に去ろうとする彼にキアラは声を掛ける。


 「ああ、それと……例の事ですが、頼みましたよ。……もう間もなくのようですから」

 「……はっ……」

  

 心苦しい案件だが、彼に頼むしかない。

 そう、こればかりは……自分ではどうにもならぬ事だから……。

 深く椅子に体を預けながら、首だけをテンペスタに向ける。テンペスタもまたキアラに視線を向けていた。そこに宿るのは……。


 「そんな目をしないで」

 

 苦笑しつつそう呟く。

 長らく付き合ってくれたテンペスタには悪いが、こればかりはどうしようもない話なのだ。そう、後少しだけ……。

 それが終われば……。

 想いを馳せるキアラの弱った耳に賑やかな声が聞こえる。

 今の自分の耳にも聞こえるとは相も変わらずというべきか、それともそれだけ焦っていると判断すべきなのか……。

 おそらく後者であろうという予測は立つ。立つのだが……こればかりはどうしようもない。ヒントは与えているのだが、気付く気配がまるでない。根本的な所で勘違いしている限り、彼らの願いが果たされる事などありえないというのに……。おそらく、最後の最後まで彼らが気づく事はないだろう、そんな確信をどこかで抱きながらキアラは静かに彼らがやって来るのを待つ……程なくして、五人程の男達が執事に案内されて姿を見せた。

 

 「いらっしゃい、こんな格好で失礼しますよ」


 にこやかな笑顔でそう伝えると、彼らは口々に「いえ、お構いなく」や「こちらこそ失礼致します」などと丁寧な礼をしてくる。そこには侮りや、蔑みの色など存在せず、彼ら自身もまた育ちの良い貴族の若者達である事も彼らがただの貴族のボンボンではない腕の持ち主である事も分かる。きっと、恵まれた環境で持って生まれた才に驕る事なく鍛錬に励んだのだろう。騎士や魔法使いといった差こそあれ、そう感じさせるだけの身ごなしを彼らのいずれもが備えていた。 

 最初の頃は酷い者もいた。

 それこそ一番最初に来た者など……。


 「お前が、英雄とやらか!喜べ、我が貴様のペットを引き取って飼ってやろう!!」


 などといきなり入り込んで来たものだった。

 次の瞬間にはテンペスタに屋敷の外へと吹き飛ばされたのだけれど。

 手加減はしてもらえたらしく怪我などはしていなかったが、どんなに外で喚いても中に声が響くような事も、敷地内へと入る事も出来なかった。

 後ですっ飛んできた連合王国の役人によると、名門公爵家の馬鹿息子だったらしい。嫡子ではなく、末子であり、末っ子だからこそ可愛がられていたらしいが……元々各種の動物を飼う事に熱心だったのが甘やかされまくったお陰で、我侭に育った所へキアラの竜の事を知り、押しかけた、という事らしい。

 もっとも、これはさすがに例外だったが、以後病身となったキアラの下へは次々と訪問客が訪れる事になった。

 原因は分かっている、長らく王国の王都を守護し続けた(という事になっている)テンペスタの乗り手が老いて、亡くなろうとする事に国の上層部が警戒心を抱いた為だ。

 竜の住む地には他の竜は入り込まない。

 ならば、ドラゴンライダーが亡くなった後、今この王都を住処としているテンペスタはどうするのか?飛び去ってしまうのではないか?そうなった時、果たして何時まで王都は他の竜から避けられたままでいられるのだろうか?

 なまじ、国が発展して王都が相当に拡大した為に、過去に竜の被害を受けた土地にまで広がってしまったのも災いした。

 そうなると連合王国が考える事は……キアラの後継者の誕生だ。

 それも、何時かふらっと王国から出て行ってしまう可能性のあるそこらの冒険者などではなく、代々竜を引き継ぎうる国に忠誠を尽くしている者が望ましい。 

 実に勝手な話ではあるが、国の上層部にしてみれば大真面目な話だ。幸いなのは、嫌でもそうした世界に詳しくなったキアラが、そうした事情を理解していた事、テンペスタが気に食わない奴はさっさと家の外に叩きだしてはいたものの、基本的には我関せずで放置していた事か。

 彼らはそうやってどんどんテンペスタの「二度と来るな」で削られていった最後の五人なのだ。要はきちんと礼節を守れて、人を見下さないような奴じゃないともうこの屋敷に入る事すら不可能になったとも言う。


 「キアラ様、どうでしょうか」


 一人がいきなり脈絡のない事を言い出すが、実の所もう何度目かの話故に、何が言いたいのかは分かっている。


 「何度も言ったはずですが?」


 だから、キアラからも返されるのはこれだけだ。

 それだけで、五人は誰もが顔を見合わせて、困ったような表情を浮かべた。

 キアラはこれまでに幾度も説明を繰り返した。

 その中で「私が命じてどうこうなる相手ではない」「テンペスタは自分を気に入って一緒にいてくれるだけだ」と何度も説明したのだが、そこら辺がどうしても彼らには理解出来ないらしい。まあ、人を乗せる竜などという存在自体が極めて限られている上、それらはいずれも下位竜。明らかにテンペスタが通常の下位竜とは違う相手とは言っても、実感が湧かないのだろう。

 それにテンペスタに気に入ってもらうように行動しようにも、何時来ても彼らにテンペスタは全く反応しない。延々と寝た振りをしてまともに身動きすらしようとしないし、かといって近づいても空気の壁に阻まれまともに近づく事すら出来ない。

 中には通常の下位の竜種が好むような肉を持ってきた者もいるが、これも失敗に終わっている。

 属性を持った竜は通常の食物連鎖から外れた明らかに生態系という観点からは異質な存在なのだが、それでも好みの味というのはあるし、純粋に楽しむ為に何かを食べる、という事はある。或いはそれが頭にあったのだろうが……残念、テンペスタが好むのは果物の類だ。とはいえ、見た目が見た目でゴツイのも確かだから、果物という考えに至らなかったのは仕方ないのかもしれない。

 つまり、彼らは未だテンペスタと仲良くなる手掛かりすら掴めずにいるのだ。

 ……それ故に、彼らはキアラに仲良くなるきっかけとしてのテンペスタとの仲介をお願いしている訳だが……今の所全敗、という訳だ。

 もっとも……キアラ自身は……。


 「……まことに失礼ですが、キアラ様自身のお命自体がもうないはずです」

 「その通りですよ」


 事実見た目からしてその通りなのだからキアラもあっさり肯定する。

 今のキアラは老いて痩せ細り、最早まともに立って歩く事すら困難。当然、もうテンペスタに乗って空を飛ぶなど不可能だ。……というより、今、テンペスタと共に空を翔るという真似をすればその時こそ彼女の命の火が消えるだろう。ただ飛ぶ、それにすら彼女の体は耐えられない所にまで来ている。

 だからこそ、彼らも焦る。

 

 「……この国にとってテンペスタ殿は欠かす事が出来ないのです」

 「そうです、だからこそキアラ様がお亡くなりになる前にせめてテンペスタ殿に残って頂けるようお願いしたいのです」

 「我らが選ばれずとも良いのです、何とか王都へとこのまま残って頂けるだけでも……」

 「そうです!テンペスタ殿に是非、守護竜となって頂きたいのです」

 

 口々に熱心に語る。

 彼らは悪意などない。それでも、彼らの言葉は……キアラにもテンペスタにも届かない。

 理由は単純、彼らとでは立ち位置が違うのだ。彼らはあくまで国の観点から物事を見ている。だが……キアラは……守護竜などという言葉を聞いても、ただテンペスタを縛り付けるだけにしか聞こえない。だからこそ胸の内を吐き出すような溜息をついた。

 ただ、当人にとってはそうでも傍では違っていたようだ。一つには今のキアラの溜息というものが彼女自身にとっては深いものでも、周囲からは軽く息をついた、ぐらいにしか見えないからだろう。


 「キアラ様、了承して頂けるのでしょうか?」

 「……テンペスタ」


 一人の熱の篭った声に応じる事なく、キアラはテンペスタへと視線を向け、かすれた声を出す。

 念話の方が楽なのだが、呼びかける時ぐらいはそうするのが彼への礼儀だと思ったからだ。

 テンペスタは、といえばキアラの声は囁くような小さな声であったが、寝たふりからすんなりと体を起こす。そんな様子もまた、キアラにテンペスタが従っているという印象を助長しているのかもしれないが、彼女はそんな事をもう気にしてはいない。

 さすがにこれ以上は辛いので念話に切り替える。周囲の者達は彼女が遂にテンペスタを説得してくれるのかと熱い視線を向けているが……キアラにそんなつもりは毛頭ない。


 (長い事ありがとう、テンペスタ)

 『別に気にしてはいないさ』


 昔は子供のような口調であったテンペスタも大人の口調となった。まあ、人がまだ若い頃から老いて死ぬぐらいの時が過ぎたのだから、当然だろう。竜にとっても数十年という年月は子供から抜け出すには十分な年月だったという事だ。

  

 (もう、いいのよ)

 『……いや、自分は』

 (……気付いてないと思われてたなら心外ね。……抑えていたのでしょう?本当の意味で大人となる事を)

 『……………』


 成竜となった竜は人の傍らにあってはいけない。

 あるとすればそれはすなわち守護竜となった時のみ。しかし、それはもうキアラと共にある竜としてではない。あくまで国と共にある竜となる事であり、キアラよりも国を重視しなくてはならない。……人一人に構うのは幼竜である時まで、それが知恵ある竜、竜王達が自分達の与える影響を考え、定めた事だからだ。

 ……成竜となれば、振るう力の影響は幼竜のそれより更に強大なものとなる。

 守りたい個人の為に力をふるったつもりが、却って守りたい相手を迫害へと導きかねないのが成竜の力なのだ。

  

 (そう、前に会った竜王さんに言われたものね)

 『……知っていたのか』

 

 テンペスタは自分にだけこっそり話されたと思っていたようだが、そんな訳がない。

 キアラが知らない事をいい事に、テンペスタが成竜となってからも傍にいようとする可能性を考慮していたのだろう。キアラ自身にもきちんと伝えていたのだ。『もし、あ奴が駄々をこねるようなら、きっちりと説得してやってくれ』と……。


 (だからお願い。最期に貴方の大人となった姿を見せて)

 『最期などと……』

 (自分の体の事ぐらい把握しています。それに……貴方も理解しているのでしょう?)

 『……………』


 沈黙がすなわち答えだった。

 

 (だからお願い、そして――)


 キアラの人生最後の願い、それを聞いたテンペスタは首のみを伸ばしていた姿勢を起こした。

 何事かと驚きの目を見張る五人に構う事なく、キアラは忠実な執事の方へと視線を向ける。長い付き合いの彼はそれで理解したらしく、少し寂しそうな目を笑みを浮かべると深々と彼女に向けて礼をした。

 それを確認して、再びキアラはテンペスタに視線を戻す。それを合図にしたかのように――。

 パキリ、パキリ、と……テンペスタの体に皹が入ってゆく。

 さすがに驚き騒ぎ出す若者達を余所に、キアラはその姿を魂に焼き付けんとばかりに視線を逸らさず見詰め続けている。

 何かの鉱物結晶を思わせるテンペスタの鱗と体、その全てにゆっくりと皹が入り、結果として紅がかった体が白っぽく染まった、その次の瞬間。

 

 カシャン、と。


 澄んだ高い音と共に内側から更に紅味の増した結晶が突き破って、一気に成長してゆく。

 引き絞られた弓が一気に跳ね返るように、結晶もまた巨大に成長してゆく。

 その崩壊は瞬く間に全身へと広がり――全てが終わった時、細かな、体に残る結晶を振り解きながら立ち上がったテンペスタの体は更なる巨体、成竜となっていた。

 余裕のあったはずの中庭ギリギリのサイズにまで成長したテンペスタが視線を向けると、キアラが横になった寝椅子と共に宙に浮かぶ。

 驚愕で固まる五人には目もくれず、キアラへと視線を合わせ、キアラもまたテンペスタへ視線を合わせ……。


 「ありがと、う」


 その言葉を最期に力を使い果たしたように目を閉じた。

 それが英雄と謳われたキアラの最期だった。

 そうして、テンペスタはそのまま空へと飛び立つ。

 音も無く、風も無く、翼を動かしもせず垂直に一気に駆け上る。いや、それはもう飛び立つというものではない。幼竜の頃はまだ目で追えたその姿は、飛び立った次の瞬間には遥かな上空にあった。

 そのまま王国や王都には目もくれず、一気に進む。

 やがて、成竜となってもそれなりの時の後、到着したのは一つの島。……テンペスタが生まれ、キアラと出会った……あの島。

 

 【初めて出会った島に葬って欲しい】


 それが彼女の最期の願いだった。

 彼女にとっても全てが再び動き出した島。

 父も母も失い、やっと運良く得たと思った友達も全て失い、絶望していた彼女の時が再び動き出した、あの島。

 父はいずこで死んだかも分からず、母も亡くなった後はいずこかの無縁仏を集めた墓に他のとまとめて葬られた。友達となった貴族の少女がどこに葬られたかも知らない、おそらくは貴族の持つ一族が入る墓であろうとは思うが、彼女には縁の無い場所だ。

 だからこそ、彼女は眠る地にここを選んだ。

 到着したテンペスタはぐるりと島全体に意識を飛ばすが、小さな生命は、生きた人はいない。

 それを確認すると滑るように生まれたあの洞窟のあった場所へと移動した。

 活発な活火山だ、かつて洞窟のあったそこはもう崩れ落ち、埋まっていたが……テンペスタが軽く魔法を行使すればそこには道が開ける。

 自らの砕けた幼竜の鱗の欠片を用いて作り上げた棺にキアラを納め、そっと地面に置き……最後にじっと見詰めた後、滑るように前を向いたまま後退してゆく。それに合わせ、一度開いた道もまた閉じていった。

 

 そうして、テンペスタは空へと舞う。 

これにて幼竜編はあと幕間部分を書いて終了です

この結末自体は書き始めた時点で予定していたのでやっと書けた、という感じですね……

幼竜編幕間の後、成竜編へと移ります

早く竜人戦争とかそっちも書きたいけど……何時になるやら

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