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竜に生まれまして  作者: 雷帝
幼竜編
11/211

第十話:竜の力

今回はちょっと長めです

 暴食竜ガルジャドの群はテンペスタと火竜が激突している間に既に冒険者と接敵していた。

 

 「……でかいな」


 誰かがそう呟いた。

 セーメの街を襲った時に十分な魔力を得たのか、更なる巨体を得ている竜も複数いた。その分、数は若干減っているのだがガルジャドという竜が図体がでかい程危険度が増すという事を考慮すれば、まったくもってありがたくない話だ。

 と、同時に冒険者達は知らぬ話だが、ガルジャド達の暴走の終わりも着実に近づきつつあった。

 もっとも、ガルジャド達の命が尽きる前に、間違いなく冒険者や騎士達の背後にある街は大打撃を受ける事になるだろうが……。


 「火竜は足止めされてる……今の内に何とかこいつらを片付けるか、せめて進路を逸らすんだ!」

 「「「「「おう!」」」」」 


 騎士隊長が怒鳴るように叫んだ声に一斉に応じる声が返る。

 別に倒す必要はない、進路を逸らせればそれで時間が稼げる……ただ問題は逸らすつもりでやってどうにかなるような相手ではない、という事だ。それこそ倒すつもりで全力で戦って、結果として進路を逸らす事が出来ました、となる可能性ならそれなりに存在している。

 その最大の原因は……。


 「くそ、ここまで進んで来たのに何であんだけの数がいんだよ」


 誰かが洩らしたその言葉が全てを語っている。

 そう、未だガルジャドの群は八十に迫る数を維持し続けていた。

 通常、長い距離を走破してきた暴食竜というのは大抵の場合、もっと数が少ない。人はガルジャド同士が共食いしているのだと考えているが、実際には巨大化した体が必要とするだけの属性を取り込み損ねた個体が次々と崩壊していっただけの話だ。

 例え、属性が進路上に少なくても、個体の数が減れば群が必要とする属性も自然と減少し、結果としてより巨大且つ少数のガルジャドが行進を続ける、最後の瞬間まで……。

 それが通常のガルジャドの暴走だ。

 ところが、今回は人の側にとっては運悪く、ガルジャドにとっては運良くセーメの街を襲う事が出来た。これによって十分な量の属性を得る事の出来たガルジャドの群は確かにセーメの街で損害を出しはしたものの、途中で崩壊する個体の数は最小限に抑えられた結果、未だ十分すぎる数が残る原因となった。もし、これでこの後方の街が崩壊するような事態に陥れば、ガルジャドはその暴走をより長い期間続ける事になるだろう。


 「ぼやくな、今更言っても始まらん」

 「……そうだな、やるしかない」


 各人がそう自分に言い聞かせるように或いは呟き、或いは答え、動き出す。

 今回の防衛線は最初から滅茶苦茶だ。

 場所こそ選んだものの、防壁は頑丈ではあっても急造品、巨大な都市にはつきものの長距離攻撃可能な弩弓なども存在しない。

 用意された兵器は質こそ一級品だが、いずれも冒険者達の持ち物。

 騎士達もまたある程度は装備を持ち込んではいるが、大型の兵器はごく僅か……。

 で、あるのに誰一人悲壮な顔をしている者はいない。


 「ようし、魔法使い連中、先制攻撃頼むぜ!」

 「了解だ」


 どのみち大変なら悲壮な、辛い顔をしていればますます勝利は遠ざかる、勝利の女神を微笑ませるのは勝利を確信する気持ちだと言わんばかりに誰もが不敵な表情を浮かべ、武器を構える。そもそも覚悟が完了していないような奴はここにいない。

 魔法の詠唱が始まる。

 

 『猛々しき炎よ、燃え上がれ。我が力となりて~』

 火の属性に干渉し、差し出すように前に出された右の掌に赤々とした炎を巻き起こす初老の男がいる。


 『天空に漂いし雷よ、一時我が手に集いて~』

 風の属性に干渉し、拍手を打つように合わされた両手に紫電を纏わりつかせる若い女性がいる。


 『水に宿りし大いなる精霊よ、我に槍を与え給え、凍てつきし其は雨となりて~』

 水の属性に干渉し、湖に向かって滔々と招くように語り掛ける中年のがっしりした男性がいる。


 『我らを支えし偉大なる大地よ、立たれよ。立ち上がりて大いなる牙となり~』

 ふっくらとした肝っ玉母さんといった見た目の女性がいる。


 魔法使いは前衛の戦士と異なり、単純な体力による事なく使う事が出来、熟練によって魔法の威力や練度が向上する為それなりの高齢の者でもこうして活躍している者がいる。

 さて、彼らが魔法を使う際に、そして竜が体に宿す属性とは何か。

 ある者は魔力であると言う。

 ある者は属性とは意志持つ精霊だと主張する。

 またある者は万物を構成する最も根源の存在であると述べる。

 いずれの理屈でも魔法は働き、それ故にやり方は幾種類も存在している。……などと言った所で、結局、冒険者にとっては使えるかどうかが大事なのであって、理論を捏ね繰りまわすのは暇を持て余してるけど、下手に冒険者になる訳にもいかない学問好きの貴族の道楽だったり、或いは王家や貴族お抱えの学者に要求されるものだったり、引退した魔法使い達の老後の楽しみだったりする。

 そして、この場にいる者達は今、この瞬間に最も求められているものを持っていた。すなわち。


 力こそパワー。


 要は大きく育ったガルジャドに痛打を与えられるだけの威力を持った魔法を使える事だ。

 無論、闇雲に放てばお互いの威力を打ち消しあってしまう。

 事前にそれぞれの得意とする魔法を語り、相談していた彼らは互いに視線を交わし、各自の準備が整った事を示す為に頷くと事前の打ち合わせに沿って、魔法を放った。

 

 「大地の牙!!」


 まず放たれたのは地属性魔法。

 地面から幾本もの円錐が飛び出す。この円錐一つ一つが岩で出来ている為に通常の相手ならば真下からの貫通攻撃として十分な威力を持つのだが……今回は相手が竜という事やガルジャドは腹も硬くはないが柔軟で、岩ぐらいでは貫通出来ない。

 それでも、一本一本が五メートル近い巨大な円錐が何本も立てば、自然とガルジャドの動きは一時的に停止する。 

 そこを狙って、次の一撃が放たれた。


 「氷雨の陣!!」


 水面が盛り上がり、一瞬、美しい少女の姿を象ったかと思うと、次の瞬間には弾けて、何本もの槍となって降り注ぐ。

 幾本もの氷の槍がその前の魔法で動きの止まったガルジャドに正確に突き刺さった!が……。

 今回相手の数が多かった為に一体辺りに降り注いだ数、サイズ共に十分ではなかった。当たり所が良くて絶命したものもいたが、その数は片手で数えられる程……だが、それで問題はない。何故なら……。


 「紫電の天網!」

 

 雷が放たれる。

 十分な威力の雷だが、これでもこの魔法だけならばガルジャドを倒すには不十分。

 竜の外皮はそれだけ頑丈だからだ。

 だが、今は突き刺さった氷の槍が存在する。水自体は純水であれば電気を通さないが、湖の水を用いた故に不純物を含んだ氷は伝導物質となりガルジャドの内側へと直接雷を誘導する。魔法の性質自体にそうした性質を有する事もあり、増幅して体内へと直接叩き込まれた雷はガルジャドを絶命させてゆく。


 「爆炎の剣!」


 最後に炎の魔法が放たれる。

 数は絞られたそれらは大剣のような形状となってガルジャドの中でも弱った個体に的確に着弾、トドメを刺す。

 この最後に狙い済ました一撃で更にガルジャドの数は減少する、しかし……。


 「……まだ足りないねえ」


 誰よりも魔法使い達がそれを理解していた。

 いずれも人の用いる魔法としては高位魔法と呼べるだけの一撃だった。これだけの一撃を放てる魔法使いは王都クラスでも限られている。

 けれども、それでも足りない。

 足止めを行い、次の魔法への道筋を構築し、その次で仕留め、それから逃れた個体へ追い討ちを行う。

 これで通常ならば下位竜の群程度ならば悪くて半壊、上手くいけば全滅寸前の状況へと追い込める。高位魔法の類は人の魔法使いには連発など出来るものではなく、現に今回の魔法を用いた面々もかなりの消耗状態に陥り、次弾が放てるのは今回の魔法使いの内最も高位とされる地属性魔法の使い手である女性のみ。その女性とて次を放つにはしばしの回復時間が必要だ。 

 それでも簡単な魔法ならとばかりに他の三名は支援系統の魔法を仲間に放つ。

 女性のみは用いない、もしかすれば彼女だけは回復に専念すれば途中で大規模魔法をもう一度放てる可能性があるからだ。

 それでも……。


 「減ったように見えねえ」


 誰かがぼそりと呟いた言葉が全てを表していた。

 八十の大型の下位竜より成る群で十数体をしとめたとて、未だ六十以上の個体が残っている。

 正直、冒険者の誰もが想定外だった。

 群の規模も、魔法でここまで削りきれない事も、何もかも。それでも……やるしかない。

 そこへ、大地の牙を抜け出した先鋒が早くも突っ込んできた。

 救いは群の全体に放たれた地属性魔法がちょうど良い障害物となり、群後方程抜け出すのに未だ四苦八苦しており、群が全体で突っ込まずバラバラに動いている、という事か。だが、それも今の内だけ、バラバラに突っ込んでくる個体を手早く始末していかねば……やがて後方から次々と拘束を抜け出した個体が押し寄せて……。

 その後の結末は容易に想像出来る。

 だが、それでも彼らは立ち向かう。


 「前衛、前へ!!」

 「「「「おう!!」」」」


 今回の指揮を執る騎士隊長の声に応じて、騎士と冒険者の中でも体力自慢の面々が前へと出る。

 彼らが持つのは特大の盾。

 その反面、身にまとう鎧は軽装のものとなっている。

 ガルジャドは通常のこのサイズの竜種としては珍しく、ブレスのような飛び道具を用いない。ガルジャドの恐ろしさはその巨体を生かした体力と呑み込みの二点。

 馬鹿ゆえに何も考えず呑み込みを仕掛けてくるガルジャドの攻撃を防ぐ為に、この盾は用意されたものだ。人サイズならば呑み込みが可能でも、人の身の丈を更に上回る巨大な盾はガルジャドが呑み込むのをより困難にする。

 そして、下手に動きを阻害する重い鎧を身につけた所でガルジャド相手ではデメリットの方が大きい。

 ブレスを放たないから盾を貫通して、とか、盾の横から防ぎきれなかった炎や毒が、といった事もない。それならば素早く移動して盾を必要な場所に展開する、といった方法を取った方が良いと判断し、要所を抑えた今回の軽鎧装備となったのだった。

 

 「来るぞ!」


 第一波が突っ込んでくる、数は三体。

 いずれも比較的小柄なガルジャドだ。それでも既に全長は七メートルに達している。全長七メートルの巨体が速度を上げて突っ込んでくる姿は大迫力であり、まともに受ければ人では押し潰されるという事を実感させてくれるだろう……。

 そう、まともに受ければ。

 逆に言えば、まともに受けなければいい。

 もっとも、通常ならそんな事を言う場合、盾で受け流すとか回避するといった手段が一番に上がるのだが、今回はそれはなしだ。何せ、盾を持たない面々が後方にいて、魔法使いは一部例外を除き近接戦闘に関しては素人同然だ。魔法と剣、どっちも学んで一流に!なんて夢を抱く奴はどこにでもいるが、そんな事が出来るのはごく僅かな超天才だけ、大抵の場合どっちも中途半端な三流、良くて二流といった結果しか生まない。そりゃあ同時に、全く異なる二つの分野で一流と呼ばれるだけの技量を身につけようなんて難しいに決まっている。

 泳ぎで世界で指折りでも、槍投げで同じ事が出来るかどうかはまた別問題、そういう事だ。

 とりあえず言える事はこの場にそんな奴はおらず、魔法使いとしては優秀でも、近接職としては二流以下。そんな所にガルジャドが行ったりしたら、速攻で食われてお終いだ。したがって、今回前衛の盾持ち達に求められているのは彼らを受け止める事……。

 よって、逃げるという手段はありえない。それを可能とするのが……。

 

 「筋力強化!!」 


 という魔法だ。

 自身へと干渉する魔法は比較的難易度が低い。火、土、風、水といった漠然としたものではなく、肉体という確固たる存在があり、重いものを持ち上げたりするというのもイメージしやすいからだろう。これが火の場合、火事の炎をイメージしても大規模すぎれば魔力が足りずに発動せず、発動しても燃える物がないせいであっという間に消えてしまったりする。

 自分自身の肉体は最もイメージしやすく、強化もしやすいのだ。

 まあ、だからといって「それなら魔法使いが自分の肉体強化したら強いんじゃ?」と思うかもしれないが、彼らの場合は強い、って漠然としたイメージは持てても、剣とか振って戦う自分がイメージ出来ない為にこれまた魔力が無駄に散ってしまう訳だ……。

 一つだけはっきりしているのは……。


 ガアン!!


 そんな轟音と共に盾持ち達はガルジャドの突撃を受け止めた、という事だった。

 

 「今だ、やれ!!」


 その瞬間、命令が飛ぶより早く武器を持った者達も動いている。

 盾にぶつかり暴れるガルジャド達は危険だ。だが、その危険の先にこそ、活路はある。

 ズン!と踏み降ろされる脚、けれどもそこに人影はない。

 更にその先へと剣の切れ味を増す魔法をかけながら、一歩前へ!

 瞬間、更に筋力も強化し、二重発動させた事によって魔法が僅かな時間の後切れてしまうが、その一瞬の時間を生かして刃を突き立て、即座に離れる。

 そして、また次の者が……。

 相手が巨体故に一撃一撃は相手の息の根を止めるには足りない、だが彼らの狙いは直接トドメを刺す事ではなく……。


 「!離れろ!!」


 一人の声と共に傷口から鼻を突く匂いの液体が噴出す。

 幾度となく攻撃した一撃が遂に胃を破壊したのだ。

 噴出した強烈な溶解液が周囲に撒き散らされ……それはガルジャドをも溶かす。

 急速に内側から一体のガルジャドが崩壊していった。

 だが、全てがそう上手くいく訳でもない。


 「うあああああああああ!?」

 

 別の一体でまた胃を突き破った。 

 だが、僅かに離脱が遅れたのだろう、或いは噴出しが予想以上に強かったか、溶解液を浴びた冒険者の一人が地面を転げ回る。

 白煙を上げながら転げ回る彼に仲間が駆け寄る。


 「今、助けてやるからな!おい、誰か水ぶっかけろ!!」

 「分かった、ま」


 待て、と言いかけて、言葉が止まった。

 溶解液を手っ取り早く軽減するには水で洗い流すぐらいしかないのだが、その為に動こうとした直後……ぐしゃり、と。

 同じく溶解液を浴びたお仲間、とも言えるガルジャドの足の下にその姿は消えた。

 いや、消えたというには語弊がある、そこまでガルジャドの足は巨大ではない、が……それでもその重量を載せるように叩きつけられたのだ。……そんな結果など決まっている。腹に叩きつけられた為だろう、男は足の範囲外にあった口から血と内臓を吐き出して絶命した。

 一瞬、手が止まった者もいた。

 だが、それでも、遺体となった仲間或いは知り合いを回収するような真似はせず、次を倒しに向かう。

 無論、せめて遺体の回収ぐらいは行いたい。次々とガルジャドが襲い来て、暴れるこの場所に残しておけば戦いが終わった頃には遺体は激しく損壊し、最悪大地と入り混じったぐちゃぐちゃのミンチとなって最早見分ける事など不可能な状態に陥っている可能性すらある。

 けれども、ここで遺体の回収に動けばどうなるか。

 一口に遺体の回収といっても、ただこの場から引きずればいい、というものではない。自力で歩けるなら、水をかけるだけで済むならともかく、遺体となっては最早動ける訳もなく、そしてここにいる戦力に余剰はないのだから当然回収した当人が巻き込まれない安全地帯まで引きずっていくか背負っていくかしなければならない。つまり、既に一欠けた戦力が、更にまとまった時間、もう一戦力が消えるという事。それは当然、他の者に負担をかけ、そこから連鎖的に被害が広がりかねない。

 だからこそ、今回の乱戦において遺体の回収は許されない。

 感情を理性と知性で抑え付け、再び戦場に足を向ける。嘆くのも、喚くのも全てが終わった後でいい。今はただ、一撃を突き立てるのみ……。

 

 けれども、そうして犠牲を払いながら維持していた戦場が崩壊を始めるまでそう長くはかからなかった。


 きっかけは僅かな遅れ。

 遅れとも気付かぬ極微量の疲れが招く僅かな遅延がほんの少しだけ一体のガルジャドを仕留めるのに余計な時間をかからせた。

 その遅れは次を倒す際に引き継がれ、と同時にまた微量の遅れが発生する。

 それらはやがて、防衛側に一度に襲い掛かるガルジャドの数を増やす。二十を仕留める頃には最早劣勢は隠しきれないものとなっていた。既に大型の盾によって防ぎ、そこを攻撃役が突く、といった協力体制は崩壊寸前、盾はべこべこにへこみ、けれども新たな盾を取りに向かう余裕もない。

 剣役もまた密集するガルジャド相手では下手に飛び込めない。一体の攻撃を回避しても、隣の一体に蹴り飛ばされ、食いつかれ、尻尾で吹き飛ばされる。

 魔法使いと合わせて四十程度、通常の群ならば既に終わっているはずの数を倒したのは彼らの腕が優れていた証だっただろう。けれど戦いは勝たねば、意味はない。


 「畜生……ッ!」


 誰が叫んだのか、そんな声が今、正に崩壊せんとした防衛線に響いた瞬間――ガルジャドの動きが止まった。


 「えっ?」


 そんな声が一人の騎士の声から洩れた。

 盾役を務めていた彼は遂にその盾を破壊され、吹き飛ばされ、そこへ彼を追うようにして迫ったガルジャドの一体に今正に食われる瞬間だった。

 手を伸ばせば鼻先に触れる事が出来る程の至近距離に、ガルジャドの大口が開いている。

 次の瞬間には彼を丸呑みする事が出来る、そしてその後に彼に待っているのは確実な死、だったはず。その死が眼前にて停止していた。

 そして、それは彼だけではなく、戦場のいたる所で発生していた。

 押し潰されそうになっていた冒険者の上でガルジャドが不自然な姿勢のままバタバタと暴れ、けれども冒険者に届かない位置で足が体が動いていた。

 時間が停止した訳ではない。その証拠に……溶解液が噴出して、避け損ねた別の者が地面で暴れている。

 その抑えきれない悲鳴に慌てて周囲の者が不審を感じつつも救出する。

 

 「なに、が?」


 そう呟いた者達とは別に、何が起きたかをはっきりと理解していた者達もいる。前衛達とは別、後方にいた魔法使い達だ。

 彼らにははっきりとその瞬間を目にする事が出来た。

 空から伸びてきた何本もの漆黒の鎖、それがガルジャド達に命中した瞬間も、その途端にガルジャド達の動きに異常が生じた事も。彼らには今尚空に浮かぶ雲から伸びるその鎖が、まるで暴れる犬から伸びる首輪と鎖のように見えた。

 そして、待つ程の時をかけるでもなく、その鎖の持ち手が姿を現す。

 雲の中から悠然と姿を現すのは紅水晶にも似た硬質な結晶体を身にまとう一体の竜。

 雲に空いた穴から降り注ぐ陽の光を受けて、結晶がキラキラと輝く光景は幻想的な光景であり、ガルジャドとは全く異なる存在である事を誰もが一目で理解させるものだった。

 ガルジャドの動きが停止したからこそ生まれた戦場の空白。

 結果、誰もが新たに登場した竜へとその視線を吸い寄せられていた。いや、頭ではドラゴンライダーたるキアラの乗る竜である事は理解しているが、そこには確かにそうした理屈を超えたなにか、敢えて呼ぶならば威厳とでも言うべきものを、まだ生まれて数年でしかないはずのテンペスタが持っていたのだ。

 そして、視線を吸い寄せられた直後に事態は急変する。


 「え?」


 その声を上げたのは誰だったか。

 或いは自分自身が上げた声だったのかもしれない、と後である冒険者は考えたそうだが、間の抜けたそんな声が洩れたのは突如ガルジャドがまとめて空を舞ったからだ。

 もちろん、ガルジャドには空を飛ぶ力などありはしない。飛ばされた事は明白なのだが……その動きは余りにも軽かった。そう、まるで巨体のガルジャド達が重さがないように宙を舞ったからだ。

 さすがに、その光景には唖然とした一同だったが、更に驚愕は続いた。


 「……なんだよ、あれ」


 テンペスタの周囲に光球が浮かぶ。

 それらは次第に光が強くなって――放たれた瞬間は誰も見る事が出来なかった。輝いた瞬間の強い光に、思わず誰もが目を瞑り、手で目を隠し、顔を逸らした。いきなりの閃光は人々にその瞬間から目を逸らさせるには十分すぎた。そして、彼らが再び目を開けた時、ガルジャドの群は壊滅していた……。

 そう、ここでようやくテンペスタが両手から漆黒の鎖を放ち、右に握っていた鎖に比べて、左に握られていた鎖は本数が極端に少なかった事、右には今も尚暴れるガルジャド二体が鎖に繋がれている事に冒険者や騎士は気づく事が出来たのだ……。


 (何をするつもりなのか?)


 そう思った者は多い。

 だから彼らはその姿を追い続け、そしてその後に起きた事も見続ける事になった。

 いや、自分達が必死に戦い、それでも敵わず敗れ去ろうとしていた寸前の状況が一瞬で大逆転勝利に終わった事に頭が未だついていっていなかった、というのが正しいかもしれない。

 そうして、そんな光景を見続けていた者達の一人は間もなく、ズン、と傍らの石の上に腰を下ろした。

 強張った指で握り締め、ガルジャドの体液に塗れた愛用の武具の手入れを始めだす。

 そんな態度を取る者達は一人ではなく、騎士も冒険者も……共通しているのはいずれも歴戦の猛者だという事だった。

 

 「先輩?」

  

 そんな姿を見て、新進気鋭、そう呼ばれる裏を返せばベテランと呼ぶにはまだ経験の足りない者達が呆然と声をかける。  

 だが、そんな声を気にする様子もなく、何人ものベテラン達が或いは武具の手入れを、或いは防具を外し、くつろいだ様子を見せていた。 

 そんな内の一人に、「黄金の鎖」と呼ばれる「竜狩り」の栄誉を持つ熟練の冒険者パーティの一人、バンジャマンがいた。

 兜を脱ぎ酷く穏やかな表情で眼前の光景を眺める彼の下へ仲間の一人がやって来る。


 「アルベールか」

 「おう、どうだ、一つ」


 同じ「黄金の鎖」属する一人アルベールがカップを両手にやって来た。

 アルベールよりカップを受け取る。

 暖かな香茶の良い香りが鼻をくすぐり、バンジャマンは顔を綻ばせる。僅かに酒を混ぜたと思われるそれはささくれだった気持ちを確かに緩ませる効果があった。

 軽く口に含み、味わう。ほのかな甘みと暖かさが舌をくすぐり、心を落ち着かせる。


 「ふむ、いいな」

 「だろう?最近のお気に入りなんだよ」


 バンジャマンの思わず洩れたといった様子の呟きにアルベールも笑って答える。

 穏やかな空気が彼らの周囲に流れていた。


 「全く……人の力なんてちっぽけなものだな」

 「ああ、まったくだ」


 そう言って、どちらともなく二人は笑った。


 「……あ、あのー先輩がた?」


 そんな二人におずおずと声をかける者がいた。

 熟練の「黄金の鎖」の二人には及ばないにせよ同じく歴戦の冒険者といった雰囲気を普段は漂わせている彼は残念ながら、現在はどこか恐る恐る、といった困っているような空気を全身から漂わせていた。

 そして、その声にも「黄金の鎖」の二人は全く反応しなかった。それを見て声をかけた人物は今一度声を掛けようとするが……おそらく声を掛けた男の仲間なのだろう、何時の間にかそこにいた別の魔法使いと思われる杖を持った軽装の人物が彼の肩を軽く叩いて、首を横に振った。

 その表情は沈痛なものであり、まるで「そっとしておいてやれ」、そう言いたげな雰囲気が漂っていた。

 男もまた理解していたのだろう、深い溜息をついて視線を前に向けた。

 

 「……ここって戦場だよな」

 「少し違うな……戦場だった場所、だ」


 男のどこか溜息混じりの呟きに仲間の魔法使いはそう答えた。

 もう、終わった事だ。

 そう言いたげな、その言葉に一瞬詰まった後、「そうだな」と認めた後、彼は再び視線を前へと向けて言った。


 「どうしてこうなった」


 その声にはどこか哀愁を込めた響きがあった。

 最早人が絡む要因を失った眼前の光景にどこか悲しげな視線を向けつつ、そこに佇んでいた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 キアラが見た時、戦線は崩壊寸前だった。

 急ぎテンペスタに声を掛けた眼前で、事態は急転する。

 

 「……えーっと、何?あれ」


 テンペスタの両前肢から伸びた多数の黒い鎖、それがガルジャド達に繋がれていた。

 これでまだ懸命にテンペスタが踏ん張っている!というのならば分かるのだが、明らかにテンペスタは力を篭めている様子はない。

 

 『んー?これ?』


 それどころか軽く上げて見せ、それだけでガルジャドの群は引きずられるように後退する。

 そんなキアラでも信じられない光景を眼下に見下ろしながらテンペスタが説明するには、これは元々は支援の為に作った魔法なのだという。

 地属性の魔法であり、大地の束縛を軽減し、重量を殆どゼロとする魔法。 

 これによって河を渡る際に水面を歩いたり、崖を登る際の危険を軽減する事が出来る。一旦かけたら終わり、何時魔法の持続時間が切れるか、という不安をなくす為に作られたのがあの鎖のような繋がりであり、繋がりがある限り魔法を対象に安定して発動し続ける事が出来るのだとか。成る程、重さが殆どゼロ、となれば眼前の光景も頷ける。ガルジャド達の破壊力もその巨体とそれに伴う重量あっての話だ。手に持てる程度でも鉄球をぶつけられれば痛いし、逆に同じサイズの球体でも殆ど重さのない中身が空気の風船ならそこまでの痛みを感じたりはしないだろう。

 そもそも、いきなり重量がゼロになれば慣れるまではまともに体を動かす事も出来まい。

 そして、重量と慣性、その双方がゼロならば軽く引っ張っただけでも抵抗すら出来ず引っ張られてしまう、という訳だ。ガルジャド達はなまじ暴れている為に殆ど地に足がついておらず、空中に漂っているような状況では踏ん張って抵抗出来る訳がない。


 「……それでこれからどうするの?」


 しかし、見ていても仕方ない、とキアラが尋ねたのだが……。


 『え?とりあえず火竜にあげるの以外は片付けちゃうよー?』


 そんな酷く軽い、まるでそこらに転がっている紙屑を片付けるといった口調だった。

 キアラが「え?」と呆気に取られたような声を上げる中、テンペスタは鎖を引っ張ると同時に風属性を用いた魔法にて上空へと吹き上げる風を巻き起こし、ガルジャド達を空へと巻き上げる。

 更に――テンペスタの周囲に光が凝る。

 火属性の魔法、雲に風穴を開け、そこから降り注ぐ陽の光を存分に活用した一撃。一つ、二つ、三つ、四つ……十分な光と熱を溜め込んだ球体が次々と構築されてゆく。

 

 『発射ー』


 キアラの脳裏に響くテンペスタの声は気の抜けた声だ。

 だが、傍目にはどうだろうか……。

 地上では実際には眩しすぎて見えなかった訳だが、自動的に光量補正でもかけていたのかキアラの目にはその瞬間がはっきりと見えた……次々と弾けるようにして放たれる光球から放たれる矢が一撃でガルジャドの体に風穴を開けてゆく。一撃、二撃と喰らう内に頭が、胴体が、尻尾が抉られ、しかも命中したからとて光の矢は消える事なくそのまま直進し、その背後にいる別のガルジャドに命中し、そのまま更に直進……一発の光の矢が複数のガルジャドを貫き、削り、消滅させてゆく。

 これこそが竜と人の魔法の差だと言わんばかりの攻撃が終わった時、ガルジャドの群は僅かな例外、右手に分けて握られた鎖に繋がる二体を除き綺麗さっぱり消滅していた。


 「………え、ええっと、そっちの二体はどうするの?」


 さすがに呆気に取られる中、それでもキアラがそう尋ねる事が出来たのは慣れ故か。


 『これ?こうするのー』


 だが、その後テンペスタが取った行動に関してはさすがに予想外だった。

 くるりと体の向きを変えたテンペスタはその全身を発光させてゆく。

 キアラからは周囲が光のドームに包まれてゆくように感じたが、地上からは光の球体と化していくように見えていただろう。陽の光を集める中で上空に漂う雲は切れ切れとなり、晴天が露わとなり、光の集束は更に早まってゆく。やがて――光が放たれた。

 地上にてうずくまる火竜ウルフラムへと。

 

 「え……っ?」


 キアラの驚きの声と共に、テンペスタの右前肢が振るわれ、その手に握られた鎖へと繋がっていた残る二体のガルジャドが放り出される。

 一瞬、火竜への攻撃かと思ったが、それにしては地上に焼け焦げた様子もなく、ウルフラムはじっと光に晒されていたが苦しむ様子もない。それどころか、間もなく……。


 「飛んだ……」

 『火属性を返したからねーもう大丈夫!!』

 「っていいの!?それ!!」


 まさかの返答に仰天した声をキアラは上げた。

 もう、この短時間だけで何度驚いたか分からない。

 だが、ウルフラムとテンペスタとガルジャドを交互に見やるキアラを余所に、飛び立った火竜ウルフラムはしばしテンペスタをじっと見ていたが、すぐに興味を失い、地上へと向かう。


 「あれ……?」

 『大丈夫だって言ったでしょ?あれが火竜さんが狙ってたヤツだもの』


 あの多数のガルジャドの中、どうやらテンペスタは正確に火竜ウルフラムが狙っていた個体を見分けていたようだった。

 当竜によれば、あの二体の中には未だ火属性の力が燻っているから見分けが簡単についた、という。自然の属性ならば片端から消化、同化してしまう暴食竜ガルジャドの中で消化しきれず今尚属性が残っているのは竜の持っていた属性であるのだと……。

 そんな話を聞きながら見る火竜ウルフラムと暴食竜ガルジャドの戦いはもう戦いとは呼べない、一方的な蹂躙だった。

 二体のガルジャドは群の中でも特に大型の個体だった。


 『ウルフラムの卵と番?を食べたんだから当然ー』


 とは、テンペスタの言葉だが、所詮ガルジャドは身動きの制限された洞穴だからこそ襲撃出来、卵を番が守ろうと地上を離れなかったからこそ襲えたのだろう。それが良く分かる光景が眼前では繰り広げられていた。

 空から襲う火竜ウルフラムに対して、暴食竜ガルジャドは吼え、口をガチガチと鳴らすものの何も出来ていない。

 火球の攻撃によって次第に体力を削られ、弱っていくだけ……ウルフラムも通常ならば火属性の限られるこの地であれだけ連発すれば陽の光で回復する以上に消耗が激しくなりそうなものだが、そこはテンペスタが時折集束させた火属性の力を放出し、与える事で補われている。

 その光景と「いけーそこだーやっちゃえー!」と煽る脳裏に響く声にキアラは「本当に怒ってたんだなあ……」とどこか遠い光景のように達観した気持ちで眺めていたのだった。

 そうして、間もなく息絶えた二体のガルジャドに向けて高らかに咆哮した火竜ウルフラムは翼を翻し、飛び去っていったのだった。


 「これで……終わったのかな?」

 『うん、終わったと思うよー?』


 そして事実、これが暴食竜ガルジャドの群の暴走による一連の事件の終結となったのだった。

  

やっと仕上がりました

次回は幼竜編の〆のお話となります

もしかしたら、エピローグ含めた二話を上げて、成竜編へと突入予定です

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― 新着の感想 ―
[一言] 竜と人の価値観の違い、また伝わってくる無念とそれに対する諦観が印象に強く残ります。 このようなエピソードだけでも物語が生まれそうなぐらい情景が浮かんで好きです。
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