大気圏内宇宙戦争
もうかれこれ十年近く、地球は狙われている。具体的には同じ太陽系の惑星に住む七種の地球外生命体から。
科学水準は向こうが上。初めての侵略行為から地球には全く勝ち目が無く、それは今でも変わらない。七種の地球外生命体の、いずれかが本気を出して地球を滅ぼそうとすれば一日で死の星に早変わりだ。
だがそれが起きない。この十年、七種の地球外生命体が一斉に地球へ侵攻してきたその日から、状況は変わらず、時折日本で小規模で派手な争いが起きる以外、地球は平和なまま……。
理由は単純で。その七種の地球外生命体がお互いにいがみ合っているのだ。その原因に、とある一般人が関わっていることは、そのいがみ合っている本人達以外、知る由もない。
***
「だーっ! てめぇ、俺のポテト、勝手に食うんじゃねぇよ!」
「うっさいわねぇ、これくらいでけちけちしないでよ」
「にゃろっ! じゃあ、こうだ!」
「あーっ!? 私のチキンナゲット!?」
とあるファーストフード店の一角。窓際にある、一般道を一望できるテーブル席でされている上記の会話は、今まさに僕の眼前で行われている。少々目つきが鋭い、初対面の相手には大抵不良と間違われる僕の親友。彼は加賀美・晃。同じく少々勝気な顔の十人が十人振り返りそうな晃と同じ僕の親友。彼女の名前は粋子・香織。すいこ・かおりと読む。
それぞれ、つい十分ほど前に買った自分の食料を奪われてご立腹中だ。これが何も知らない人が見れば恋人同士がいちゃついてるように見えないでもないのだが、生憎とこの二人は恋人同士という事は無い……筈だ。もしそうなら、僕に教えてくれるはずだし。二人の関係を一言で表せば、多分親友の親友。もっと言うならライバルだ。
「まあまあ、二人とも。落ち着いて、ね?」
「いーや、チロ! 俺はポテトの恨みは許さない!」
「そうよ! 私のチキンナゲット返しなさい!」
「あはは……」
今、少しだけ出てきたから軽く自己紹介。僕はチロ。勿論本名ではなく、あだ名な訳だが。
「まあ、二人とも勝手に相手の物食べたんだし、ね? ナゲットとポテトなら、僕の食べていいから」
「「ほうふうふぉんふぁいふぁふぁい!!」」
「食べてから言わないでよ」
手っ取り早く物で解決しようと僕が自分のトレーの上にあったナゲットとポテトを差し出した途端、ものすごい勢いで食べ切った挙句、「そういう問題じゃない」などとのたまう親友×2。まったくもって理不尽なのだが、ポテトとナゲットはまだあるので気にしない。
ガルルといがみ合う親友二人に溜息をついて、僕は四パック目になるナゲットの蓋を開け、同じく四パック目になるポテトに手を伸ばした。三本ほど掴み、本来ならナゲットにつけるべきケチャップにくぐらせ、一口。トマトの酸味やポテトの塩味が口に広がる。何度食べても飽きない。一口で止まらず、二口、三口と続けて食べていくと、ふと視線を感じた。
顔を上げれば、啀み合っていたのが嘘のように、にこにこと此方を見る粋加コンビ。
「ふぁふぃ?」
「いや、リスみたいだなぁと」
「そんな頬一杯に突っ込まなくてもとらないわよ」
「……」
さっき取ったじゃんと内心でツッコミつつ、こくんと飲み込み、リスじゃなくなる。
「喧嘩はもういいの?」
「あ~、何かあほらしくなった」
「そうね、私も……」
良く分からないが、喧嘩が終わったのなら何より。仲直りの証にと二人にポテトを差し出すと二人が此方に手を伸ばし――ドーンと派手な爆音が僕の鼓膜と共にファーストフード店の窓ガラスを揺らした。ついで、よほどの衝撃だったのだろう。外側から派手にガラスが弾け、丁度窓ガラスの前に座っていた僕達に振りかかって来る。
……ふむ。慣れっこだけど、ちょっといきなりだなー。
「チロッ!」
その直後、二つ並べられていた内、僕が座っていた方の机を晃が派手に打ち上げられ、そのまま僕の体を抱える様に押し倒してきた。その最中、片手で一つずつ、ポテトのパックとナゲットのパックを確保しながらちらりと視線を動かせば、香織ちゃんの居た方の机を香織ちゃんが持ち上げ、鬼の形相で窓の外に向かって投げつけ、そのまま割れた窓から飛び出して行く。
行ってらっしゃいと思う中、背中か床に当たり、少し息を吐いた。
「チロッ、大丈夫か!?」
「うん、ありがとう、晃」
「気にすんな。それよりも――」
晃が立ち上がる。背中からガラス片がざらざらと落ちるのを見ながら、僕も体を起した。
「あ、あの糞アマ! いいか、チロ、直ぐ逃げろよ!?」
そう言って、店の奥へと走って行く晃。その背を見送って僕は窓の外へ視線を移す。
車が何台か潰れ、煙と炎をあげている。窓ガラスが割られ、ドアで無い場所が口を開けている。阿鼻叫喚の渦の中、道を歩いていた人々が大慌てで走り逃げて行く。
そして、それらの中心で派手な肉弾戦を口広げている二人(?)が居た。
片方は……犬だった。巨大な顎が特徴的な茶色の毛を持つ犬。だが、人間の様な骨格構造をしているのか、二本足で立って、開いた両手で鎖付きの鉄球を持っていて、肩や肘、手首と言った場所からは棘を生やしている。なんか世紀末っぽい。ヒャッハーとか言い出しそうな印象。
冷静に観察して動物素体だと分かるから、恐らくあの不思議生物は木星を住処にしている『獣心帝国ジュピターン』の新造生物。犬素体で戦っている事は造犬戦士という名前だろう。造犬戦士は手に持った鉄球を振りまわし、戦っているもう一人に投げつけた。だが、それを見事に受け止められた揚句に投げ返され、造犬戦士の巨大な顎へと当たった。痛そうである。
そして見事鉄球を投げ返したもう片方は人間っぽいフォルムだ。水色素体としたボディスーツに、各関節部分にアーマーをつけている。ボディラインが顕著で何度見ても色っぽいがそれは置いておいて。顔の前面をプラスチックの様な謎物質で覆うヘルメットを被り、ヘルメットに穴が開いているのか、後頭部からは、青の髪がポニーテールのように伸びている。
「だよねぇ」
よっぽど大物だった。十年前の初侵略時、先頭に立って地球も他の侵略者の兵士も全てを蹴散らしていた水星出身の麗人大帝の異名を持つ生粋の戦士。メリアースである。
「TPOを弁えなさい、でかさしか取り柄が無い、脳筋が!」
『うるさい!』
鉄球を喰らい、尚も立ち上がる造犬戦士。鉄球は邪魔だと判断したのか、投げ捨てる。そのまま両手を地面につけると、四肢を使って一気に地面を蹴った。流石に犬素体だけあって、四足歩行はお手の物らしい。そのままの勢いで、巨大な顎でメリアースに噛みつこうとしたらしいが、残念ながらそれは叶わず――
『ごぐるばぁぁああああああ!!??』
襲撃者の炎を伴った飛び蹴りに、妙な悲鳴を上げて此方に造犬戦士は吹き飛ばされる。造犬戦士は真っ直ぐ此方へ飛来し、割れた窓から中へと侵入し、僕の耳元を掠りながらファーストフード店内を横切って行った。
……ちょっと怖かった。
「空気読めや、この馬鹿犬がぁあああああ!!!」
「こっちのせりふだぁあああああ!!!」
叫ぶ襲撃者に麗人大帝。それと同時に放たれたハイキックが見事に襲撃者の顔に当たり、蹴り飛ばされた。近くで燃えていた車にぶつかり、弾き飛ばして。その勢いのままビルへと激突する。ビルの中には幸い誰もいなかったようで、一安心しながら、しかしその派手さに僕が無意識にドン引きの声を漏らす中、激突の衝撃で舞った砂塵すら燃やし散らすような巨大な炎が吹き上がり、崩壊直前のビルに止めを刺しながら襲撃者は砂塵の奥より姿を現した。
「テメェ! 何しやがる、水女! 蒸発させるぞ!」
口の悪い赤い襲撃者。麗人大帝と違って何処か機械染みた赤いパワードスーツに身を包み、フルフェイスのマスクの奥に素顔を隠した炎の化身と名高い火星出身の『殲王マシリア』が全身から炎を吹き出しつつ、旧敵へと近づいて行く。
だが、此処まで届く熱量にも拘らず、一番近くにいて、最も熱いであろう彼女は素知らぬ顔。元々水星は太陽系内で最も太陽に近い惑星だ。そこ出身の為、水星出身メンバーは意外と暑さに強いらしく、彼女に関しては初戦闘の際、全力の殲王の炎を正面から受け止めた実績もあったりする。
「はっ、アンタ如きの火力で私を蒸発なんてさせられる訳無いでしょうが。それより邪魔しないで。あの犬っころは私の獲物よ」
「ふざけてんじゃねぇぞ! あの犬っころには俺も用があんだ! とっとと、消えろ!」
「……本当にムカつくわね。これだから火星は嫌い。頭冷やしてあげるから平伏しなさい」
「ちょっと黙れ」
まさに一触即発。どうやら火星と水星は元々仲が悪く、しょっちゅう戦争していたらしい。地球の傍で宇宙戦争とかマジで勘弁してほしいのだけど。とはいえ、言うだけ無駄なので、僕は早々に小規模の大戦争が起きそうな場所を離れて店の奥。膝を抱えてめそめそしてる造犬戦士に近づいて行た。
「大丈夫?」
『もうやだ。何あの二人』
「メリアースとマシリア」
『麗人大帝と殲王!?』
どうやら情報としては知っているらしい。造犬戦士は「無理だろ~」と更に膝を抱えてめそめそ。正直肩や手首から棘を生やした犬顔がそんな事をしてもあれだと思うのだが。だけど造られたばかりであろうこの子にあの二人の相手は確かに酷だ。よしよしとその頭を撫でて、今の内に逃げろと彼に告げた。
『いいのか?』
「流石に厳しいと思うからね。あの二人が殴り合ってる間に逃げた方がいいよ。裏口からなら逃げられる筈だから」
『……すまねぇ、恩に着る』
「いいって。あ、そうだ」
ポケットを漁り手帳を取り出して、其処に僕は自宅の住所を書き込むと、さっき加賀美に押し倒された時にキャッチできた残りポテトとナゲットの内、ナゲットの方を渡した。
「お腹すいてるでしょ? それでも食べてね。あと、何かあったらその住所に来れば、何とかしようとしてみるよ」
『……かたじけねぇ。こちとら、侵略に来たってのによ』
「困った時はお互い様。ほら、早く行って」
『ああ』
四足歩行で物凄い勢いで走って行く造犬戦士。ばいばーい、とその背に手を振って。振りかえった先では小規模な宇宙戦争。ハリウッドも真っ青なアクションっぷりに加え、CGも裸足で逃げ出す噴き出す炎に流れる水や降り注ぐ氷。全く、あそこに行こうとしている地球人の気がしれない。僕は何を考えているんだろうね。
「……行くかぁ」
人生諦めが肝心。今度こそ死ぬかもしれないけど、それはまあ、戦う彼らにまだ理性があると信じて。
窓枠を跳び越えて路上へ。熱気と冷気と殺意のトリプルパンチに意識が飛びそうになりながらも、何とか歩を進めて、二人がぶつかり合う一般道まで歩いて行った。
戦いはいよいよクライマックス。お互いが全力の攻撃を放とうと力を溜め、吐きだした瞬間。
全てを焼き尽くす煉獄と全てを打ち消す激流が交差するであろう地点に、一歩足を踏み入れて止まった。
「はいそこまで」
「いっ!?」
「ちょっ!?」
マシリアとメリアースが声を上げる。もう何度も聞いた、聞き知ったその声。クスリと笑いながら、残ったポテトの一つを食べて――。
直後に閃光が世界を包んだ。
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「ば、馬鹿かテメェ!」
「そうよ! なにやってるの!」
包んだのは閃光だけで爆発はしなかったのか、僕は殆どノーダメージだった。視力と聴力が一時的に酷く低下している程度。
そのせいで良くは見えないしあまり聞こえていないのだが、それでも届く聞き知ったその声で、相手が誰かは分かった。
「まあ、落ち着いて。マシリア、メリアースさん」
「落ち着けるか!」
「貴方が死んだらどうなるか、分かってんでしょうね!? その瞬間には地球で宇宙大戦争よ!?」
「大げさな。皆が牽制しあってるだけなのに」
僕がそう言うと、何故か聞こえて来た溜息二つ。この二人に溜息をつかれるのは正直余りいい気分ではないけど、今は喧嘩が終わった事を喜ぶとして。
「はい、どーぞ。仲直りのしるしに」
「……ったく」
「たまにはちゃんと怒られなさいっての」
漸く戻って来た視界の向こう。二人の大物が、パックの中から一本ずつポテトを引き抜いた。
後日。場所は再びこの前と同じファーストフード店。窓が割れてるけど商魂逞しいらしく、平常運転だ。
僕はあの日と同じようにポテトのLとナゲットのパックをそれぞれ五つずつ購入して、晃と香織ちゃんと待ち合わせている席に向かうと、既に二人はいがみ合っていた。何でちょっと目を離した隙にこうも二人は喧嘩するのだろう。
溜息を漏らして、二人に近づく。
「ほら、二人とも。喧嘩しないの」
「チロ! こいつが勝手に!」
「その前にそっちが!」
「はいはい。お互いに勝手に相手の物を食べたんでしょ。僕の食べていいから」
まったくもう。この二人はどんな姿だろうと絶えず睨み合っているんだから。
(ま、喧嘩するほど仲がいいとも言うのかもしれないけど)
即座に無くなったポテトLとナゲットと一パックずつに涙しながら、僕はとりあえずテーブル席へ腰を下ろすのだった。
こんな青春が送りたかったです。
一応短編ですが、次話もぼちぼち書いていたりします。
まあ、この作品の反響によって続くかどうかってことです。