冒険の旅に出た僕。困ってる人を助けてお礼を受けに貴族の屋敷に来ましたが、どうやら全然歓迎されてないようです
剣と魔法を駆使して魔王を撃ち倒す勇者。魔王の脅威はなくなったがまだ魔物はいる。世界にたくさんいる困った人を助けて僕も旅をしたい!小さな村に住む平凡な少年は勇者の旅に憧れていた。
吟遊詩人の歌う勇者の冒険譚に人々は憧れていた。仲間と共に世界を旅し、人々を窮地から救う。巨大なドラゴンに臆することなく立ち向かい、果てには魔王を打ち破り世界に平和をもたらす。無事魔王を倒し、国王様の娘と結婚をした勇者。そんな歌を吟遊詩人は歌っている。勇者の冒険譚に多くの人々は憧れていた。
僕は父に連れられた食事処で、美味しいご飯をよそに歌に夢中になっていた。僕も勇者の冒険譚に憧れる大勢の内の一人になったのだ。
僕には夢ができた。僕も世界を旅し、困っている人を助けるのだと。勇者ではなくともできることはあるはずだ。魔王と戦わずとも、魔物なら倒せる。国王様の娘と結婚はできなくとも、村長の娘や貴族令嬢とならできるはずだ。
夢ができてから三年が経ち僕は村を出た。十六になった僕は冒険者になったのだ。仲間と共に人々を助け、美しい女性と結婚をする旅に。
取り敢えずは仲間集め、そして美しい女性と知り合うところを目標にしよう。村から街へと伸びる街道を歩きながら、今後の目標や何をするか考えていた。
村を出て半日程歩いた。今は森と草原の境目にある街道を歩いている。そうすると遠くには街道の端に寄り、立ち往生をしている荷馬車が見えた。これは困っている人を助けるチャンスなのでは!?窮地に陥っている人を見つけて喜んではいけないと分かりつつも、高鳴る心は抑えられなかった。憧れていた旅に出て、憧れていた勇者と同じように人助けすることができるのだ!僕は腰に下げた剣が揺れないよう手で抑え、ぬかるんだ道を走って荷馬車の元へ向かった。
「どうかしましたか?」
「ああ、それが道を逸れて脱輪してしまったんだ。前にも後ろにも出れなくてね」
「僕にお任せ下さい!」
なーんだ。ただの脱輪か。旅に出る前ならそう思って気にも止めなかっただろう。ゴブリンや野党に襲われたわけでもない。前日の雨でぬかるんだ道に車輪がはまっただけ。日常のちょっとした出来事だ。
だが今日の僕は違う。夢の冒険に旅立った初日だ。心待ちにしていた人助け、見捨てるはずがない。
剣で木の枝をいくつか切り落とし、荷馬車の車輪に噛ませる。それから荷馬車の後ろに回り込み荷台へと手を押しつけた。
「僕が押しますので荷馬車を出してください」
「助かるよ。小さな勇者さん」
呆気ないほど簡単に荷馬車は動き出した。大したことではなかったが僕は彼の言葉に口元が緩んでいた。憧れに近付いてる気がしたのだ。
荷馬車は街へ向かうと言うので僕は同乗させて貰うことにした。彼とは街へ行くまで沢山の話をした。憧れていた旅に今日出発したとこ。旅の目標。沢山のことを話した。
「なら泊まるところもまだ決まってないんだよな?私は貴族様に仕えていてな。今日もその仕事の帰り道だったんだ。よかったらご主人様に今日助けてくれたことを伝えるから屋敷に来いよ」
「屋敷の主人でもないのに御者がそんなことして良いのか?それに僕は平民だぞ?」
「気にすることはないさ。私のご主人様は寛大なお方だ。助けたお礼を下さるかもしれない。それに君はこれからの旅で本当の勇者になるかもしれないからな。」
嬉しさのあまりニヤけた顔で僕は頷いていた。
荷馬車が屋敷へ到着すると御者は門番へ客人を連れて来たと伝えてから敷地内へ入った。荷馬車を納屋へ仕舞い込み、馬を厩舎へ戻してから僕は御者と屋敷の玄関へ向かった。
屋敷の外、玄関口では屋敷の主人と奥様が待っていた。御者と僕は片膝をついて首を垂れると主人が口を開いた。
「御者よ帰りが遅かったが何があった?客人を連れて来たそうだが紹介してくれないか」
「はっ!前日の雨でぬかるんだ道で脱輪をして困っていたところ、この若者に助けられましたのでお連れしました」
改めて聞くと迎えられて良かったのだろうかと一抹の不安がよぎる。
「えっ…脱輪?ゴブリンに襲われたとか、野盗が張っていたではなく?」
「はっ!脱輪をいたしました!」
「え、あーそうか。青年よ、助けてくれてありがとう。それでー、あの、何をしに来たか教えてくれないか青年?」
「えっ!!?いや、あの。御者の彼が、寛大なご主人様からお礼があるかもって、、」
「…ハハハ!そ、そうだよね!お礼だよね!そりゃ勿論!…(えーお礼かぁ…」
…全然歓迎されてない!!!そりゃそうだ!ただの脱輪だもん!僕も小さな勇者さんとか言われて浮かれ過ぎてて思考停止しちゃってたけど脱輪だよ!脱輪!お礼なんて厚かましすぎるでしょ!ご主人様も小声で「えーお礼かぁ…」とか本音溢れちゃってるじゃん!!なんだよこれ!恥ずかしいよ!
「まっまあ、なんだ取り敢えず食事でもどうだろうか?屋敷の者たちに準備をさせよう。ついて来てくれ」
「お、お邪魔します」
僕は主人に連れられ屋敷の中へ歩き出す。玄関の中へ入った時、背後から声が聞こえた。先程は一言も発してなかった奥様だ。
「てめぇ!御者!!脱輪如きで歓待するわけねぇだろ!感謝してもそれ以上のことはねぇーんだよ!あったとしてもお前のポケットマネーから小銅貨一枚とかで済ませとけや!」
パンッ!パンッ!
「お、おやめください奥様!ああ!!!けどこれはこれでいいかも!痛い!けどいい!痛みがいい!!」
「何喜んでんだ御者!!てめぇ今日は厩舎で寝泊まりしろ!」
パンッ!パンッ!
「め、目覚めるーー!!何かに目覚めて、寝付けないかもー!!!」
キィーーーバタン。
玄関扉が締められる。それでも微かに漏れ聞こえるスパンキング音を背に僕は歩き出した。
アウェーが過ぎるよ!誰一人歓迎してない食事とか緊張で味なんか楽しんでらないよ!もう一刻も早く帰りたい。そして僕もあの御者を叩いてから帰るんだ。浮かれてた僕も悪いが僕はもう十分羞恥心で罰を受けたよ。
そんな恥ずかしさと後悔で頭の中を支配されている間に一つの扉の前に着いていた。
「ここの食堂で待っていてくれ。私は君に出す食事の指示をしてこよう」
メイドによって開けられた扉の中、主人が食堂の一席を手で示しながら僕に伝えた。食堂へと入り、僕は示された席へ座った。部屋を見渡しているとゆっくりと食堂の扉が締められた。
「おい!妻が御者の尻を叩くのを止めてこい!あの特権は私のものだ!御者には褒美でなく罰を与えろ!羨ましくて堪らん!」
僕は魔王の居城にでも案内されたのだろうか?ここはとんでもない生き物達の館のようだ。魔王城で僕はどんな見せ掛けの歓待をされるのかな。ああ、早く帰りたい。机に両肘をつき頭を抱え込んでいた。
「それから!御者には街に行き一番安い飯を買って来いと伝えろ!一番安い吟遊詩人も買い付けて来るようにと!この館には平民を歓待する食料なんてないんだ!」
街の一番安い飯を貴族の豪華な館で食べる。トッピングには一番安い吟遊詩人、表面では歓迎してる振りの貴族付きだ。どんな罰ゲームなんだ?食事はまだのはずなのに僕の口には塩っぱい水が運ばれていた。ああ、神様よお助けください。
再び扉が開けられ主人が食堂に入って来た。
「すまないね、急なことで食事には少し時間が掛かるんだ。ワインを持って来させたから共に呑もうじゃないか」
主人は僕の向かいに座るとメイドにワインを注がせる。ワインを注いだメイドは僕の方にやって来ると僕にも注いでくれた。歓待をするつもりがなくても貴族としての矜持なのだろう。良いワインだと思う。注がれたワインからは芳醇な香りが立ち込めていた。主人はワイングラスを掲げてて僕を待っていた。礼儀は知らないが主人の真似をして掲げてみた。そしてお互いのグラスを合わせて打ち鳴らすような仕草をした。香りを嗅ぎ、一口口に含む。平民の僕が普段飲んでいるワインとは大違いだ。味が濃く、苦味も強いのだが決して不味くはない。苦味が喉を通りお腹に到達すると鼻からは豊かな葡萄の香りが抜けた。ああ、このワインと合わせるのが街の安飯じゃなければ最高だった。羞恥心を受けてでもまた呑みたくなるようなワインだった。
それからは主人と会話をした。吟遊詩人の歌う勇者に憧れ旅を始めたことをだ。
「ほう。ならばアレを見せてやろう。おい、メイド。アレを持って来い」
主人から何やら言伝を受けたメイドがパタパタと歩き食堂を後にする。開かれた食堂の扉からはメイドと入れ替わるように奥様が入って来た。
「私も同席させて下さいませ。今は何をお話してらしたの?」
奥様は主人に尋ねながら主人の隣へ座ろうと歩いていていた。だが急に動きが止まった。主人と僕が呑んでいるワインボトルを見ていたのだ。ワインボトルからゆっくりと主人の顔へ視線を動かす。不自然なまでに深い笑みをしている。
「あなた。このワインは私とあなたの結婚を記念して作ったワインではなくて?」
「ああ!そうだとも!覚えていてくれたかい?20年が経ったからな!どんな味かと思ってぶへーーーーー!」
冒険に出たばかりの僕には何が起こったか、目で追うことができなかった。椅子から転がり落ち倒れ込む主人。そして右の拳を前に突き出し、左の拳は腰に添えられ次の一撃を待っているようだった。殴られたのだろう。貴族が「ぶへーーー」などと言って飛んで行く貴重なシーンを見逃してしまった。あまりにも一瞬の出来事だったのだ。
今は奥様に馬乗りにされて叩かれている主人を見ている。何を言ってるかうまく聞き取れない。分かることと言えばこのワインは美味しいことだけだ。僕はこの屋敷に来てから色々と考え過ぎていたので深く考えるのをやめていた。コクコク、とワインを煽っていると先程何かを取りに行ったメイドが戻って来た。
「ご主人様、マジックポーチを取ってまいりました」
「おお、こちらへ持って来てくれ」
お尻を摩りながら主人はマジックポーチを受け取る。奥様と主人は何事もなかったように隣同士で僕の向かいに座り直した。いや、主人は少しお尻がヒリヒリするのだろう。一瞬痛みに顔を顰めていたが僕を見つめていた。
「これは一見ただのポーチだがね、なんと空間魔法が施されていて荷馬車と同じ容量の荷物が入るんだよ。旅の途中の勇者様が立ち寄った際に、使わなくなった小さなマジックポーチを下さったんだ。いずれ来るであろう、次の勇者に託してくれとね」
「え…それってもしかして」
「ハッハッハッハ!流石に君にはあげられないな。もし君が将来勇者になるなら、その片鱗を見せてくれないと困るな。君はまだ脱輪を助けただけの脱輪勇者なんだから」
僕はまた浮かれてしまった。記念の高級ワインを出した主人がマジックポーチまで渡すのでは?と奥様も思ったのだろう。厳しい目で主人を睨んでいたが今はワインを呑んでいる。
コンコン!
食堂の扉がノックされ開かれる。食事が届いたのだろう。安飯が。給仕と吟遊詩人の風体をした男が入って来た。
「お食事と吟遊詩人が到着しました」
給仕係のメイドがそう告げると僕の前には食事が並ぶ。村でも見かけたことがある食事メニューが。期待してなかったからがっかりはしない。
「急なことで少し簡素だが楽しんでくれ!私と妻は食事を済ませてしまっているから一人になるがな。だか共にワインと吟遊詩人の歌を楽しもうじゃないか!」
目新しくも豪華でもない食事、マジックポーチは自慢されるだけ。だが、家での食事に吟遊詩人が付くのだ!なんとも贅沢じゃないか!僕は勇者の歌が特に好きだ。けれども吟遊詩人の歌には他にも沢山の冒険者の歌がある!僕の知らない歌が聞けるかもしれない。そんな期待を込めて料理から吟遊詩人へと視線を移す。
「…ゲェーーーープ」
「…」
「…」
「…」
主人も奥様も、僕も固まってしまった。ボロの革靴に煤汚れた羽織りマント。無精髭。先程まで呑んでいたのであろう、酒に頬を赤らめゲップまでしている老齢の男性がそこには立っていた。
そりゃそうだ。街で一番安い飯と共に一番安価な吟遊詩人を手配していたのだから。
「…カーーーーッ!ベェッ!」
「ヒイッ!」
食堂に痰まで吐いている有様だ。奥様が短い悲鳴を上げていた。
口元をゴソゴソと腕で拭き、ヨタヨタと歩き近づいて来る不潔な男性に三人とも視線が釘付けだ。男性は両手を勢いよくテーブルにつくと一言願い出た。
「…馬車で、ここまで来て、もう、吐きそう。桶か何かを、くれ」
先程までの硬直とは打って変わって主人と奥様、僕の三人は周りを見渡したが食卓に桶などない。後ろに控えていたメイドや給仕たちも顔を青くし慌てている。
「ウッ、ウッー!」
口を押さええているが限界そうなのは見てわかった。吐き気を催してる吟遊詩人以外、全員が立ち上がりテーブルから離れた。
受け皿となる物が何も出されず一人残された吟遊詩人は周囲を見渡し、食卓を見渡した。そして一つのポーチを掴み取り顔を突っ込んだ。
「…オロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ」
どこにそれだけの「モノ」が入るのか分からない。だがポーチは「モノ」を一つも溢さず受け止めていた。ポフっと食卓にポーチを落とすとそのまま吟遊詩人は天井を仰ぎ、倒れ込んだ。
静寂のなか主人が食卓へ歩き出す。そしてゆっくりとポーチを掴み取る。殊更丁寧にゆっくりと持ち上げ、中を恐る恐る確認するため開いた主人は、ポーチを覗き込んだ瞬間、顔をきつく結ぶと僕を見た。
「…君こそ将来の勇者だ。このマジックポーチを託そう」
食事会は強制お開きとなった。一室を与えられた僕は部屋へと案内するメイドについて行き食堂の外へと向かう。
パンッ!パンッ!
「わたしが!選んだ!絨毯に!痰を吐かれ!マジックポーチは汚物入れになって!あなたは何をしてるんですか!!!」
「ああ!痛みが!快楽へと!コレだ!コレこそ私へ与えられた特権なのだ!マジックポーチは譲っても!コレだけは誰にも譲らんぞ!」
「あなたも今日は厩舎で寝なさい!」
キィーーー、パタン。
僕は食堂を後にし与えられた一室で一夜を過ごした。僕はまだ村にいて夢を見てるのだろうか?
翌朝。
お世話になった?屋敷の玄関を出て振り返る。そこには奥様と何人かのメイドがお見送りに立っていた。
「昨日は御者を助けて下さりありがとうございました。私からのお礼がまだでしたね。馬を一頭差し上げますので厩舎でお選び下さい。旅の無事を祈っております」
僕は奥様へと深々と礼をして厩舎へと向かった。厩務員が好きな馬を選んでくれという。
馬。馬。馬。尻を少し腫らした男性。馬。尻であっただろう場所を腫らした男性。
僕は馬を一頭貰い受け。屋敷を後にした。向かう場所は決まっている。立派な馬に跨り、腰には剣。そして酸っぱそうなマジックポーチ。
「村へ帰ろう。」
僕は村へ帰り吟遊詩人となって旅に出直すことにした。勇者や冒険者の旅に憧れるのはいいが同じ道を歩むのは違うな。僕が本当に憧れてたのは歌を歌っていた吟遊詩人なのだと思い直した。
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