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願いが叶う不思議な靴屋  作者: 日夏


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願いが叶う不思議な靴屋

僕は今、リベルタ大国というこの大きな国で、小さな靴屋を営んでいる。

僕が靴を作る度、妖精たちが周りに飛び交い、賑やかになる。

クロの他に、白い猫が加わった。

名前は、シロ。

安易だと言われても、構わない。

シロも、その名前を気に入ってくれたから。



「おい、じーさん!なんでまたハルの店にいるんだよ」

「ハルの作った靴を履いてから、調子がいいんだ。ほれ、見てみろ!ついに杖が無くても歩けるようになったぞ!」

「そりゃすごいことだけど、ここにいる理由にはなんねーだろ?」

「散歩の寄り道だ。ここに来ると、うまい茶と菓子が出るんでな」

「ここは靴屋で、カフェじゃないんだぞ」

「おまえさんがわしに言えるのか?銀級がここで茶を飲んでていいのか?ん?」

「ぐっ……」

「ふふっ」


ジーンがダグラスさんに注意するが、そのジーンだって、ダグラスさんの向かいに座って僕の出したお茶を飲んでるから一緒だ。


ずずずっとお茶をすすって美味しそうに飲むこのお爺さんは、この店の大家で人族のダグラスさんだ。

この店を、月大銀貨三枚という破格の値段で貸してくれている。


リベルタ大国では、土地を買うことが出来るらしい。

僕のいた国では、土地は王国のものだったから土地や家は全部借り物だった。

あの店は、土地を借りるのに年間大銀貨二十枚。その他に月に大銀貨七枚を住居代として支払っていた。

この土地と店は、大家さんであるダグラスさんの持ち物だ。


こうやって、ちょくちょく僕のお店に来て、色々と気にかけてくれている。

今は、息子さん一家の住むお家で一緒に暮らしている。

時々、お孫さんと一緒にこの店に遊びに来たり、大通りにあるお店のサンドイッチをお昼に持ってきてくれたりする。

息子さん一家は、大きなかばん屋さんをしていて、職人じゃなくて商人だ。

色々な国をまたいで、商品の買い付けをしている大きなお店を切り盛りされている。

そんなお店の息子さんの靴も、お孫さんの靴も、頼まれて僕が作ったけれど、とても喜んで貰えた。


僕が靴を作るのは、変わらない。

『どんな靴が欲しいですか?』『靴を履いてどうなりたいですか?』といつも聞くようにしている。


最初、『どうしてそんなことを聞くんだ?』と言ってきたお客さんもいた。

けれど、形だけじゃなくて、あなたにぴったりの世界で一つの靴を作るのが僕の仕事だって言ったら納得してもらえた。

そのお客さんは商人だったけれど、国に戻って来てから、わざわざ僕のところまで商談がうまくいったと報告に来てくれた。


僕の作る靴は、冒険者さんの間でも人気になったんだよ。

願掛けの様に作りにくる人が後を絶たない。

ジーンとザックさんの宣伝のおかげだと思っている。

ジーンは、僕が忙しくなるのを不満げに『宣伝しなきゃよかった』なんて言ってる。



あ、それでね、ジーンとは、すぐに、その、恋仲になったんだ。

ジーンからいい香りがするのは、運命的な番の証なんだって。

昔、ぼくが船でこの国に来るとき、みるからに子供なのに番の香りが僕からしてたから驚いたそうだ。


大人になるまで五年以上かかりそうだと思ったのに、護りの紐を渡して、自分の物だとわかるようにした、と言っていたっけ。

護りの紐って、『誰かのお手付きですよ』っていうものらしい。

カバンについていたそれは、今、僕の左手首についている。

自分の獣毛を織り込んで、自分の瞳の色の石をはめ込んで作るもので、人族には見た目で、亜人や獣人には、においですぐにわかる。

だからザックさんは『大切にな』と言ってくれたし、クリーン魔法を断った。

知らなかったんだけれど、クリーン魔法を相手にかけるっていう行為は、通常恋人同士がするもののようだ。

今はお風呂付の家に住んでいるけれど、偶にジーンにクリーン魔法をかけて貰う時もある。


『何年でも待つつもりだったけれど、待てなかったかもしれない』そう言って僕を大切に抱いてくれたあの日から、ジーンはずっと僕を大切にしてくれている。



「いや、俺は今日はちゃんとした理由があってだな」

「ほーう、言ってみろ!」

「本当だっての!」


頼りになる大人なジーンだけれど、アランさんとダグラスさんの前ではとたん幼くなる。

そんなジーンも、僕は好きだ。



「───ハル、これ、使えるか?」


そう言って、ジーンはカバンから一枚の革を取り出す。

ジーンの使っているカバンは、腰に固定されている小さなカバンだ。

迷宮から出た特別なカバンで、小さい見た目に反してもの凄い量が入るカバンらしい。


うん、僕の持っているカバンもそうだけれど、それは内緒だ。

クロが、誰にも言うなっていうから内緒にしている。


ジーンが渡してくれた革は、艶やかで真っ白なのに、光に当てると虹色に光る鱗の、とても綺麗で珍しい革だった。

こんなの見たことがない。


「ほー……そりゃあ、もしかして、幻のオーロラサーペントの鱗革か!それも大物じゃないか!」

「すごく綺麗な色だね、初めて見る」

「前にダンジョンに潜った時に偶然狩れたんだ。革になめしたのがようやく出来上がったから」

「貴重なものなんだね、ちゃんと払うよ」

「金はいらない」

「でも───」


こうやって、珍しい革や貴重な革を貰うのは初めての事じゃない。

以前同じパーティーメンバーのデリクさんとアイリさんにも、一応確かめた。

だって、ジーンは一人でダンジョンに挑むわけじゃないからだ。


そしたら、口をそろえて『伴侶への貢ぎ物なんだから、素直に受け取っておけ』って言われたっけ。

二人とも、ちょっと、呆れた顔つきで。

僕は貰ってばかりだ。


「それは、俺からのプレゼントだ。その革でお揃いの靴を作って欲しいんだ」

「うん、もちろん!」



僕たちは、再来月結婚する。

ジーンにも僕にも親兄弟も親戚もいないけれど、ジーンの勧めで結婚式をあげることにした。

港町にある教会で誓いを立てた後、大きな食堂を貸し切って、友人達やお世話になってる街の人たちを呼んで祝ってもらうことになってる。

このあたりに住む人たちは、結婚式をあげるときの定番らしい。

もちろん、ダグラスさんも、息子さん夫婦もお孫さんも出席してくれることになっているよ。


自分で作った靴を履いて国を出た僕は、僕の願いの通りになった。

そして、今履いている靴も、僕が作った靴だ。


『幸せになれますように』

『どうか、穏やかに暮らせますように』

『大切な人と大切な家族を作れますように』



元いた国が今どうなっているのか、正確なことはわからない。

ただ、以前聞いた商人たちの噂はとても良いものではなかった。

『麦角中毒が蔓延していて、各地で騒動が起きている。行くもんじゃない』だとか

『馬鹿馬鹿しい話だが若い娘を中心に魔女狩りが起こっているらしい』だとか

『一部は原因を知りえながら、放置してるらしい』って。


あの病の原因は、呪いのせいでも、魔女のせいでもない。

汚染された麦から作られた、毒入りのパンが原因だった。

けれど、人々はそれを知らなかった、もちろん僕もだ。


本当は、噂の通り国のごく一部は知っているのかもしれない。

リベルタ大国には、すでに麦角中毒という病とその原因が明らかになっていたし、僕がこの国に来る数年前に既に対策が取られて沈静化していたからだ。


人々が、知らされていないのか、あるいは、信じることを許されていないのか。

それすらもわからないけれど、今もあの国では、人々は自分の正義感で、自分じゃない誰かを魔女に仕立て上げ、罪もない誰かを裁いているのだろう。

その正義が、どれほど容易く人を傷つけるかも知らずに。


正しいことが伝わらないというのは、とても恐ろしいことだ。

言葉は届かず、事実は歪められ、噂がどんどん広がって、やがて誰かの都合のいい物語にすり替えられる。

そしてその物語は、人々の心をいとも簡単に操るんだ。

真実を知ること、考えることを奪って、気が付かないうちに、同じ方向へと向かされている。

まるで、国そのものが人々に呪いをかけて操っているみたいだ。


リベルタ大国は違う。

医療魔法と伝達魔法が発達しているから、情報は迅速に広まるし、流行病が起こっても、原因がすぐに突き止められて予防や対策が取られる。

神だ呪いだとそんな迷信に走る者は少ない。

正しい知識が共有されるだけで、これほど結果が変わるのかと、思い知らされる。


排他的で、外からの言葉を拒むあの国は、たとえ真実だとしても、受け入れようとはしないだろうな。

獣人や亜人が多く住むリベルタ大国の教えなど、なおさらだ。



「お前が幸せなら、それでいい。お前の周りは幸せだ、ハル」


クロがぼそりと呟いた。

満足げに、目を細めて僕のことを見上げている。


結婚したら、ジーンは僕の家に一緒に住むことになる。

っていうか、今も、二つの部屋の一つはジーンのための部屋にしているから、あまり変わり映えはしないかもしれないけれど。


クロの話を、ジーンにいつしようかな。


「べつに無理に話さなくてもいいと思うぞ。まあ、あいつは最近俺の存在に気が付いている」


可笑しそうに笑ってクロが答えた。

うん、僕もそう思う。


クロってば、たまにジーンに困った悪戯をするからだ。

妖精たちと一緒に。


嫌われているわけじゃない。

ただ、僕が靴を作るのを後ろから抱きしめて邪魔してくることがあるからだ。

それは、愛情からだから、僕は嬉しくて、ちょっと困る、そんな感じなのだけれど。


なかなかジーンが僕から離れない時、クロが見かねて、ジーンのしっぽの付け根を後ろからむぎゅっと掴んでひっぱるらしい。

僕は見えないのだけれど、ジーンはその度に『うおっ?!』と声を上げて、僕から離れる。

あとは、妖精たちがジーンの髪を総出で引っ張ったことがあった。

その時も、ジーンは、『いでででっ!』と言いながら僕から離れたっけ。


もちろん僕は作業中だから、両手の中に靴があるんだけれど、だからジーンの頭の上にはいつも“?”が浮かんでいるんだよね。



「幸せだなあ……」

「俺もだ、ハル」


さっきからずっとあーでもないこーでもないと言いながら、ダグラスさんと交互に『俺の知っているハル自慢』をしていたジーンが、僕が思わず漏らした言葉に振り返ってそれに答える。

嬉しそうに揺れるその尻尾を目にすると、ほんわりと幸せが広がる気がした。


ダグラスさんも、『俺の知っているハル自慢』をしていたことに気が付いたみたいで、どこか照れくさそうに笑っている。



大切な人たちと過ごす、大切な時間。

柔らかな光が入る店内に、嗅ぎ慣れた革のにおい。

いつもとかわらないこの見慣れた風景。


幸せを感じる時って、特別な何かがあるからじゃないのかもしれない。



店内に並んでいる靴たちは、どれも楽しそうに主人の迎えを待っている。

ここに来る人はみんな、何かしらの願いを抱えている。

それが、小さなものでも、大きなものでも。


僕の靴屋は、『願いが叶う不思議な靴屋』なんて言われている。

足の痛みが良くなっただとか、好きな相手に告白してうまくいっただとか、怪我なく遠征から帰ってこられただとかだ。


けれど、ふと思うときがある。

願いを叶えているのは、本当に僕が作った靴を履いたからなのかな?って。

確かに僕は、依頼された人のために、その願いを込めて靴を作っている。

一足ずつ、丁寧に。


でもね、その願いを込めて作られた靴でも、靴を履いて実際に勇気をもって歩き出す一歩は、お客さん自身だ。

僕じゃない。

その一歩一歩の積み重ねが、いつの間にか長い長い道になって、気がついたら願いに届いているだけなんじゃないかな。

僕は、その手伝いをしているに過ぎないもの。


「どんな靴にしようか?」

「とびきりハルに似合う、可愛い靴がいい」

「もう、ジーンもお揃いで履くんだよ?」


ジーンが真顔で迷いなく答えるその答えに、思わず笑ってしまう。

僕とジーンのお揃いの、結婚式で履く靴だ。




───チリン。


「あ、お客さんだ。───いらっしゃいませ」


店の扉が開く音に、持っていた革をテーブルに置き、そちらへと向かう。

このベルを聞くたびに、僕は胸の真ん中がほわっとあたたかくなるんだ。


小さなリスの獣人の親子が、そっと店の中に入ってくる。

新しいお客さんだ。



「あのう、この子の靴を作って貰えますか?」

「はい、大丈夫ですよ。───どんな靴がいいかな?」


小さなリスの男の子に視線を合わせて問うと、キラキラとした目で『あのね、あのね』とお口を開いてくる。

小さな三角のお口で、一生懸命で、すごく可愛い!


「かっこよくて、赤いのが良い!強くなりたいんだ!」

「そっかそっか、じゃあ赤くてかっこいいのを作ろうか」

「うん!」

「もう……ごめんなさい、騒がしくて。この子、遊び盛りですぐ靴を壊しちゃうんです。丈夫に作ってください」

「はい、わかりました」



店の奥では、ジーンとダグラスさんが、僕を見て嬉しそうに笑っているのが見えた。

ダグラスさんのすぐ傍のテーブルの上で、シロが丸まって日向ぼっこをしている。



実際に願いを叶えるのは、僕が作った靴じゃない。

歩き出す、その人自身だ。


それでも。

その踏み出す一歩が、少しでも軽くなるように。

その勇気に、ほんの少しだけ背中を押せるように。


僕は、この店で、靴を作って、靴を売り続ける。

願いを叶えるための小さな一歩、その手助けをするために。

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