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願いが叶う不思議な靴屋  作者: 日夏


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3/4

リベルタ大国

「おい、ジーンがいるぞ」


ザックのもう片方の靴を直して、代金を受け取って大部屋に戻ろうとしたその帰り道。

クロの声に足を止めて、その視線の先を追う。

すると、なんとも大人な雰囲気のバーのカウンターの席に、フード付きのコートを羽織った姿のジーンを発見する。

隣に座っているのは、一緒のパーティメンバーの一人、デリクさんだ。

デリクさんのあの長くて真っ青な髪は良く目立つ。

フードを被っていて顔が見えなくても、クロの言う通り、あれはジーンだ。



声を掛けようとしたところで、躊躇したのは、彼らが僕の話題を口にしていたからだ。


「ジーンさあ、あんな子供に護りの紐なんて渡して、どうすんの?」

「どうするって言ったって……どうしよう」

「どうしようって、お前なあ」




その先は、なんだか聞いちゃいけないような気がして、踵を返す。


「良いのか?」


クロの呟く声に、小さく頷いて答える。

ザックさんは、『大切にな』って言ってくれたけれど、こんなに綺麗なものだ。

やっぱり、そうほいほいお礼に渡していいものじゃないのかもしれない。

『あんな子共に』ってことは、もっと、他にふさわしい人に渡すべきってことなんだろう。


それよりなにより、ジーンがとても困っていた。

何にって、僕にこの護りの紐を渡したことに、だ。

後悔してるのかもしれない。


明日、船を降りる前に返そう。

こんなに綺麗なのだ。

きっと、この護りの紐というのは、凄く大切にしてるもので、本来大切な人に渡すものなのだろう。

初めて護りの紐っていうものがあることを知ったから、それを貰う事がどういう意味なのか知らなかった。

今日会ったばかりの子供に、旅路の安全を願うために、渡していいものじゃないのだろう。

つい、出来心で渡してしまったのかもしれない。


なんだか、とても胸が苦しくなる。

返そうと決めたのに、判断が鈍る。


綺麗な銀色と水色のキラキラ光る糸と、それとブルーグレーの見たことないような綺麗な丸い石だ。

これを見ているだけでなんだかあたたかな気持ちになる。


本当は、返したくない。

でも、ジーンが困っているのを知ったら、返す以外の選択肢はなかった。





「ハル!」

「あ、ジーン……おはよう」

「おはよう。どうした?あまり眠れなかったのか?」

「っ!?」


お互い深くフードを被ったままだ。

なのに、なんでわかってしまったのだろう。


昨夜、あの後大部屋に戻って、自分の寝床についてもなかなか眠れなかった。

カバンについている貰った護り紐を、窓から薄っすらと差し込む光に当てて、ずっと眺めていた。

眺めていると、知らず知らずのうちに涙がこぼれてきて、嗚咽をかみ殺して声を出すのを耐えた。

涙を流しているところをもしかしたら誰かに見られていたかもしれないけれど、そうだとしたらきっと察してそっとしておいてくれたのだろう。

そのまま朝日が差し込んできて、気がつけば朝がやってきた。


「うん、ちょっと寝付けなくて」

「……そうか、リベルタ大国まであと少しだ。国についたら、俺が役所まで───」

「ジーン、これ、返すよ」


最後まで言わせずに、護り紐を差し出す。

すると、フードの奥で、はっと驚きに息を呑む様子が伝わってきた。

差し出しても、ジーンの両手はそのままで、受け取っては来ない。

決心が鈍ってしまうから、早く受け取ってほしいのに。


「……何故?」


絞り出すようにジーンの声が呟く。

その声が、なんだか凄く悲しそうに響いた。


「だって、コレ、特別なものなんでしょ?」

「っ……」

「昨日、聞いちゃったんだ。デリクさんが『あんな子供に護りの紐なんて渡して、どうすんの』って言ってたの。

ジーン、凄く困ってたから、本当は、僕なんかに渡すものじゃなくて、もっと他に渡す人がいるんでしょ?」

「あれは、そういう意味じゃないっ!」


ジーンが声を荒げるのを初めて聞いた。


「驚かせてすまない。だが、それはハル、俺がお前に持っていて欲しくて渡したものだ。それは今も変わらない」

「でも……」


「もう、お前にとって必要ないか?」

「え?」

「お前にとって、もう、いらないものになったか?」

「ううん」


必要ないわけない。

いらないものになってなんかいない。


返したくない。

夜通しずっと眺めながら、涙するくらいに。



「───本当は、本当はね、返したくないなって思ってたんだ……っぁ、ごめん、泣くなんて、みっともない」


左手でフードをより深くかぶり直すと、ジーンがそのままそっと抱き寄せてくれた。

優しくて、安心するあたたかい腕だ。

右手の中にある護り紐と同じくらい、あたたかくて安心する。

そして、やっぱりジーンからは、ふんわりと甘い花の蜜みたいないい香りがする。


「悩ませて悪かった」

「ううん。じゃあ、これは、本当に僕が貰ってもいいものなんだね?」

「ああ、お前が持っていてくれ」


「えっと、これって、お守り……なんだよね?」

「ああ、お前を危険から守ってくれるものだ」

「そっか。うん、大事にする。何でかわからないけれど、この護りの紐を見てるだけで、あったかい気持ちになるんだ」

「……そうか」

「うん。昨日、ずっと窓から差し込む月の光にあてて見てたんだよ。すごく綺麗だね、ありがとう」

「ああ。……眠いのか?」


『くあっ』としたあくびを噛みしめると、頭上から心配そうな声が聞こえてきた。

うん、確かに急に眠気がやってきている。


「うん、ちょっと眠いかも」

「じゃあ、俺の部屋で寝ればいい。一人部屋だから静かに眠れるだろうし、その、手を出すような真似はしないから安心して欲しい」

「え?あ、うん……じゃあ、お言葉に甘えようかな」

「着いたら起こしてやる」

「うん───あ……」

「どうした?」


昨日、どうしてジーンに話しかけようとしたのかを思い出す。

クリーン魔法をかけて貰おうとしたからだ。

昨日はあれから悲しくてずっと泣き腫らしていた上に、身体も拭いていない。


抱きしめられた腕の中から出ようと、そっとジーンの胸を押し返すも、拘束は緩まらなかった。


「あの、ジーン……僕、昨日身体も拭いていないから、臭いかも」

「全く臭くはないが、気になるなら、クリーン魔法をかけようか?」

「いいの?」

「ああ、そんなものいくらでも───クリーン」


ぽわっと身体が暖かくなったかと思うと、その後すぐに、すっきりさっぱりと体が軽くなるのがわかる。

凄いなあ、このクリーンっていう魔法。


「ありがと、ジーン」

「ああ」

「昨日、ザックさんに頼んだら、断られちゃって」

「は?」

「それで、僕、知らなかったんだけど、魔法にも相性があるんだってね?今度からジーンに頼みなさいってミレーさんが教えてくれたんだ」

「そうか。必要な時は俺がいつでもかけてやる」

「うん」



◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇ 



「良い旅を」

「ありがとうございます。うわー……」


船を降りて、その地に足を下ろすと、行き交うのは、人だけじゃない。

本当に、様々な種族が当たり前のように同じ道を歩いている。


すごいすごい!

元いた国には人以外の種族はいなかったんだ。

排他的な国だったから、獣人や亜人が行きかうのを目にするだけで、ものすごいロマンを感じる。


二足歩行の猫さんが、お洒落な紳士服に身を包んでいる!

耳の尖った色白の───エルフ族の人かな?

あ!あの小さくてガタイの良い小人がドワーフ族?

黒豹!?黒豹の騎士がいる!かっこいい!

すごい、すごい!



「ようやくかー!あ゛ー……しばらく船は乗りたくないぞー」

「お前ずっとゲロってたもんな」

「苦手なんだよ、あの地に足がつかないもにゃもにゃした感覚がさあ」

「もにゃもにゃってお前……つーか、今回は大分気候が穏やかだっただろ?魔物も三日間全くでなかったし」

「まあ、そこは楽な仕事でラッキー……あ、ジーン、俺等ギルドに寄った後、拠点に直帰でいいかー?」

「ああ、頼む。俺はハルを役場に案内する」

「へいへい、三等分で良いな?」

「ああ、問題ない、よろしくな。───ハル!」


「っ?!あ、ジーン」


背中をポンと軽く叩かれて、びっくりする。

行きかう者たちの珍しい光景に目を奪われていて、気がそれちゃっていた。


船を降りる前、外国から渡ってきた僕は、入国確認というものがあるんだけれど、これは難なく通された。

審査と言っても、身分証を出して、いくつか質問に答えるだけだ。

船に乗る前に行った入国審査とほぼ同じ。

僕の身分証は、靴職人のカードだ。

まだ祖父が生きていた頃、一緒に職人ギルドに行き発行されたもので、このカードがあれば、どこにいったとしても靴職人だと認められる。


入国確認の時はジーンも横にいてくれたのだけれど、逆隣りにいたクロが『俺の言うことを復唱しろ』と言ってくれたので、その通りにしたのだ。


『リベルタ大国まで何しに来たんだ?』

『えっと、立派な靴職人になるためにきました』

『へえ……』

『こいつはもう立派に靴職人だぞ』


ジーンが、自分の作った靴を修理してくれたと自慢気に船員に伝えてくれた。


『や、そうみたいだけれど、なんでリベルタ大国へ?』

『それは、この国なら色んな靴を作れると思ったから、挑戦したいって思って』

『なるほどなあ……あ、あと一つ。獣人については、どう思う?』


ここで、はじめてクロが、自分で好きに答えろって呟いたので、『僕は見たことがないから、見てみたいなあ』と答えた。

動物が二足歩行で歩いている感じだろうか?

ちゃんと言葉を交わせるのだから、ぜひ話をしてみたい。

ずっと共通語を話してきたから、リベルタ大国でも言葉は通じるし。

あわよくば、ちょっとだけ触らせてくれないかな、なんて思ってしまう。


『そうか。あー……まあこの様子なら大丈夫か』

『役場には俺が連れて行く』

『なら安心だな』


その後は、僕より船員とジーンの方のやり取りが多かったかもしれない。

因みにフードを外す必要はなかったけれど、顔を一応確認が必要だからと船員にだけそっと見せた。

一瞬驚かれたけれど、容姿については何も聞かれなかったし、クロも大丈夫だと言ってくれたから。

ただ、船員からは『ああ……まあ、しょうがないのか?もめ事もなかったしな……』なんて呟かれたのだ。

意味は良く分からなかったけれど、無事船を降りることが出来たんだから、何の問題もない。


役場に行くのは、この国の住人として認めてもらうためだ。

入国した後、リベルタ大国では、役所に行って許可が下りれば、晴れてその場でリベルタ大国の国民として認められる。

そうでない場合は、この国で働くことは出来ても、税金を納める場所が元の国になる。

それだと、色々と面倒そうだし、折角国を出たのに居場所を突きとめられたら厄介だ。



「ハル、もうフードを取ってもいいぞ」


あ、そっか。

クロに言われて、フードを取る。

ずっと日を浴びてなかったから日差しが眩しくてチカチカした。

けれど、風が心地よくて気持ちがいい。


「……っ!?」

「え、あれ?」


フードを取ったとたん、ジーンに抱きしめられた。

周りの人が、僕らに注目して、足を止めてる人までいるくらい注目を浴びてしまっている。


「ジ、ジーン、恥ずかしいよ、みんな見てる……」

「子供じゃなかったのか?」

「え?」

「子供じゃなかったのか?」

「あ……うん」


「なんか変だと思ったんだ、抱きしめた時に違和感があったし、部屋に運ぶ時にも軽いは軽いが、子供のそれと違うというか……」

「あー……うん、騙すようでごめん。船の旅が初めてで、安全に越したことないって思って」

「ってことは、見習いじゃなくて」

「うん、ちゃんともう靴職人だよ、ほら」

「……マジか。あー……だからか。なんかさっきの会話に違和感があったのはそれか」


ギルドカードを他人に見せる行為は、必要でないかぎり、むやみやたらに人に見せていいものじゃない。

だから、ジーンにも見せたことはなかったし、ジーンも見せろなんて言ってこなかった。

さっきの会話っていうのは、船員との入国審査のときだろう。


あの時僕は、船員にカードを渡したし、僕が口にしたのは『立派な靴職人になるため』だ。

ジーンは、僕は見習いになり立ての子供だと思っていたのだろう。

けれど、船員は僕を靴職人だとわかっていたし、成人してると認識していた。

ギルドカードには、発行した日付以外にも、生年月日が刻まれているからだ。

『こいつはもう立派に靴職人だぞ』と言ったジーンに対して、『や、そうみたいだけれど』と肯定したのだ。


「フードはしばらく被ってろ」

「え?何で?」

「なんでもだ!」


クロは取っても大丈夫だと言ったのに……と、ちらりとクロに目を向けると、クロは可笑しそうに笑っていた。

クロが可笑しそうに笑うのは珍しい。

なにがそんなに可笑しかったんだろう?


「そいつの言う通りにしてやれ」


クロにそう言われて、小さく頷く。


「俺は、もういいな」

「え?……うわー……」


ジーンが、フードを外すと、そこから銀髪の長い髪の毛と、その頭の上には、同じ色した立派な耳がついてた。

太陽に照らされてキラキラと光り輝いている。


ジーンは亜人だったようだ。

今までフードを深くかぶって口元しか見えなかったし、手は人のそれと変わらなかったから、わからなかった。

少し大きめの耳は、ツンと上を向いて立っている。

瞳は綺麗なブルーグレーで、切れ長の瞳だ。

高い鼻に、少し薄い唇。

なんだかとても洗練されたような、すごく綺麗な顔をしていた。


「銀狐さん?」

「狼族だ」

「狼族……間違えてごめん」

「怖いか?」

「え?なんで?狼族なんてかっこいいね」

「っ……そうか」


ジーンが照れたように呟いた後、そっと抱きしめていた腕を放す。

顔が広いジーンは、役場にも知り合いが何人かいるようで、このまま案内を買って出てくれた。

僕はこの国に知り合いがいないし、知り合いとなったのは、ジーンと、ジーンのパーティーメンバーのデリクさんとアイリさん、

それから、ザックさんとルウさんとミレーさん。

他に知り合いがいないから、とても助かる。

それが、誰でもないジーンなことも。


ジーンは最初から、『ジーンでいい』っていうから、そのままジーンって呼ばせてもらってるんだ。

もう子供じゃないのに、僕の手を繋いだまま役場までの道を進んでいく。

例え僕が大人であっても、小柄なのは変わりない。

ジーンは背も高いし、そうなると足の長さが違うのが明確で、歩幅が違うから、僕は少し速足だ。

このままずっとだと息切れしそうだと思いながら足を進めていると、ぴたりと、急にジーンの足が止まる。

それから、速度がゆっくりになった。


「すまない、速かった」

「ううん、ありがとう」



◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇ 



リベルタ大国一の港町、その一角にある役場は見上げるほど大きな建物で、中に入るとたくさんの者たちがいて賑わいを見せていた。

役場なのに文字通り賑やかで、大声で話し合いをしている人や、楽しそうに談笑している者もいる。

なにより、役場と言うのにその半分以上が、飲食が出来るスペースだ。

言われなければ、大食堂だと勘違いしていたと思う。


「驚いたか?」

「うん、ここ、役場なの?」

「そうだ。昔は飲食出来なかったんだが、待つのが苦手な者が多くてな。国民申請は───ああ、三人目ならすぐ呼ばれるだろう。

今日は運がいい」


そう言って、入口直ぐのところに置かれている台の上、五つ横並びに並んだ三つ目のボタンを押したジーンは、その上の箱に入っている小さな四角いキューブを手にとる。


「それは?」

「順番が来たら、震えて光るんだ」

「へー!凄いね!」

「持ってみるか?」

「うん。僕みたいに魔力が少なくても良いの?」

「ああ。魔石で動いてるからな。これを持っていると居場所も役人にわかるようになってる」

「便利だね」


僕のいた国にはこんな便利なものはなかったと思う。

といっても、あの街から出たことがないからわからないけれど、少なくとも街の職人ギルドにはなかった。


「国民申請は、八番から十番窓口の三つだ。

日によって番号が増えたり減ったりすることもあるが、今日は全部出てる」

「うわっ!」


ライトがついたようにキューブが光って、ぶるぶると震えだした。

順番がきたみたいだ。

ライトの光に、八という数字が表れる。

八番窓口っていう意味らしい。


「よし、行くぞ……ああ、良かった。俺の知り合いだ、良い奴だから紹介する」

「うん」




◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇




八番窓口に立っていたのは、立派な黒豹の獣人さんだった。

きっちりと役人の制服に身を包んでいて、とても凛々しい。

ジーンが良い奴だというから、きっと優しいんだと思う。

ぱっと見怖そうにみえるけれど、僕を目に止めると、優しそうな目でにっこりと笑ってくれた。


「はじめまして、こんにちは」

「ハイ、こんにちは。国民申請だね……ジーン、この子のフードを取ってもいいかい?」

「っ……駄目だ」


僕のフードを外すのに、ジーンの許可がいるみたいだ。

ぐっとジーンの返答が一度詰まって、葛藤した末に、ノーが出る。

え?と思ったけれど、目の前の役人さんは面白そうにくつくつと笑った。


「ジーンの独占力もここまで発揮されると怖いね。誰もとって食いやしないさ」

「うるさいぞ、アラン!場所を移すなら良い、空いてるだろ?後、物件で店舗型のを紹介してくれ」

「あんまりこういう特別なことはしたくないんだけれど、しょうがないな。じゃあ奥に行こうか」


大人だと思ったジーンより、更に大人に見えるこの黒豹の役人さんの名前は、アランさん。

アランさんとジーンは、良く行く食堂の常連さんのようだ。

一度もめ事があって、その時に二人して協力して解決したことがきっかけで仲良くなったみたい。


「さて、それじゃあ先に国民申請をしようか。……ジーン、この子の───」

「本当は嫌だけれど仕方ない」


ジーンの許可がおりたので、フードを取る。

すると、アランさんは僕の顔を見てびっくりしたように息を呑んだ。

なんだろう。

いやな感じはしないけれど、僕の顔はジーンみたいにかっこよくもなければ、どこにでもいそうな頼りない人族でしかないと思うんだけれど。


「……船できたんだよね?」


ようやく、ぽつりとアランさんが声にする。


「はい、船できました。あ、これ、僕の身分証です」

「ありがとう。……その、ちゃんと個室で来たのかい?」

「えーと、大部屋で」

「………それは、随分危険な選択だ」


ちょっと厳しい口調でアランさんが言う。

身分証のカードを石板の上に置くと、ピカッと光った。

促されて、右手のひらをその石板にかざす。

こうやって、そのまま国民申請の登録に使うらしい。


「あの、フードを被っていたら、何故か子供と間違われたので、そのまま通しちゃいました」

「ほう……」


再度僕の顔をじっと見つめられて、なんだか気恥ずかしくてどこに視線を合わせたらいいのかわからなくなって、ジーンをちらりと見上げる。

すると、ジーンと目が合って、そっと肩を抱き寄せてくれた。


「もし次に船に乗ることがあったら、俺と一緒だ」

「ま、そうだろうね。───さあ、身分証明書の確認も取れたし、登録もした。犯罪歴もないし嘘偽りもないからこれで君はリベルタ大国の国民だ。───ようこそ、リベルタ大国へ。これからよろしく、ハル」

「よろしくお願いします、アランさん」


「それで、店舗物件だったね。商業ギルドでなくていいのかい?」

「ああ」


聞かれて答えるのは、僕じゃなくてジーンだ。


「あっちの方が抱える店舗数はずっと多いし、物件数も多いよ。役場の抱えている店舗物件は少ないし、店舗物件だと私はあまり詳しくないんだけど」

「国民申請通ったばっかのハルにすすめられる物件なんて、ロクなもんじゃないだろ。第一、今、ブラッドもコーネリアスもいないんだ。いいから見繕ってくれよ、治安が良くて防犯に優れている場所を頼む」

「はいはい。えーと……そうだな───ここはあまり治安が良くないな。ここは治安がいいけれど大きすぎるか……」

「住居も兼ねてるところで頼む。出来るだけ治安が良くて───」

「わかったわかった、ああ、ここは?三カ月前に足を痛めて店をたたんだ鞄屋の居ぬき物件があるよ。君の拠点からも近い」

「あの偏屈じーさんの鞄屋か!」


「そうそう。条件はかなり厳しいんだけれど、君ならなんとなく通りそうだし」

「条件は?」

「出来るだけそのまま使って貰えて、()()()()()()がいたら、安く貸し出したいって言われてね」

「相性ってなんだ、相性って。あの偏屈じじいと相性が良い奴なんているか?」

「いや……そこは店との相性を言っているんじゃないか?商業ギルドが何度か買い取れないか来たけれど、あのとおり偏屈だから、商業ギルドも諦めたばかりだよ。ほら、あの場所結構高く売れるだろ?なのに売らずに役場預かりになっているんだ。

ジーンたちの拠点からも歩いて十分もかからないし、あそこなら治安も良い。どうかな?今から見に行ってみるかい?」

「是非。ジーン、一緒に来てくれる?」

「ああ、もちろんだ」



◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇



「うわー……」


案内された店舗は、多少埃をかぶっているものの、大きさも作りも前に住んでいたお店とほぼ変わらない大きさだ。

それに、長年よく手入れされて大切に使われていたのがわかる。

作業台もそのまま使えそうだし、工具棚も保管庫も同じ革を扱っている職人として相性が良いんだろう。


二階が作業部屋、三階が住居で二部屋。

僕の家にはなかった猫足のついたお風呂と、ボタン一つでお湯が出る給湯設備、キッチンにはボタン一つで火がつくコンロがあった。

魔石を入れたらすぐにでも使えるらしい。


治安が良いと言っていたように、周りは同じような店舗型のお店が並び、お隣が帽子屋、その隣が洋服店。

逆隣は、刺繍の小物を売っているお店で、一本道を挟んだ隣は食器屋が並ぶお店、ガラス細工のお店が並んでいる。

その奥が飲食店が並ぶ道がずっと続いているらしい。

日当たりも良くて、人通りも多い道だ。



「良い店だぞ、あっちの隅を見てみろ」


ずっと黙っていたクロが、面白そうに口を開いた。

クロの指さす方に目を向けると、真っ白な猫がちょこんと座ってこちらをじっと見ている。

僕と目が合うとトコトコとやってきて、喉を鳴らして足首に寄り添うので、しゃがみ込んで抱き上げる。

どこからか入り込んでしまったのだろうか?


「あ、やっぱり見えてるにゃ?」

「え?」


白い猫が面白ろそうにしゃべるので、思わず両手でべりっとはがして、まじまじと猫の顔を覗き込む。

しゃべる猫は……いないはずだ。

あれ、獣人って偶に動物その物になるんだっけ?

いやいや、ならないならない。

獣人は獣人、猫型であっても、猫とはまったく別物だ。

猫になるっていう話は聞いたことがない。



「どうした、ハル」

「もしかしたらと思ったけれど、ハル、君のその手の中に何かいるのかい?」


アランさんに言われて、どうしようかと思っていると、『正直に言っていい』とクロが言うので口を開く。


「あの、真っ白な猫がいます」

「は?」


ジーンはわけがわからないというような顔で、僕の手の中の白い猫を凝視してる。

たぶん、ジーンには何も見えていないのだろう。

アランが嬉しそうに笑う。


「ハル!すごいね、君。合格だよ」

「え?」

「もし、『白猫が見える奴が現れたら貸す』っていうのが条件だったんだ。わたしには見えないけれどね、いるんだね」

「えーと、はい、います、ね……ここに」

「この店舗にするかい?」

「はい、是非!」

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