呪いの靴
「全部……っ全部、お前のせいだ!」
「え?」
「お前が作った靴を履いたせいで、俺の父さんが病にかかったんだ!お前のせいだぞ、ハル!」
幼馴染のアーサーの瞳は、怒りに満ちていた。
こんな目をしたアーサーを、僕は二十二年間初めて目の当たりにしている。
僕の店の前で、僕を罵るアーサーの声に、行き交う人々は何事かとちらちらと注目していた。
「そんな……僕は、ひとりひとりお客さんの願いが叶うようにって───」
「嘘つけ!粉屋のアイラも望まない結婚に嫁いで行ったし、果物屋のリズだって辺境に行っちまったし───っそれだけじゃない!
本屋の爺さんはお前の作った靴を履いてから一週間も経たずに死んじまった!お前の祖父さんだって!
お前が作る靴なんて、呪いの靴だ!」
「………」
何も言えないのは、アーサーの言うことに間違いはないからだ。
確かに皆、僕の靴を履いていた。
そして、アイラもリズも街を出て行ったし、本屋のお爺さんも僕のお祖父ちゃんも亡くなったのも事実。
アイラもリズも僕たちと同い年、二十二歳。
ずっとこの街で育った幼馴染だ。
アーサーは惚れやすい。
そして、アイラもリズも、以前アーサーが告白して、振られた子たちだ。
理由は、明確だ。
アーサーはお世辞にもかっこいいとは言えないし、強引で横柄な態度な上に、向上心がないからだ。
小柄な僕に比べたら、悔しいくらいに身体は大きくて丈夫だから、健康的ではある。
でも、彼の魅力はそのくらいだ。
もしかしたら、貧しい地域の生まれだったら、健康的なことが一番の取り柄になったかもしれない。
けれど、この街は活気に満ち、若者はそれなりにいて、人々で賑わっている。
騎士や商人も行きかうこの街で、健康的なことが唯一の取り柄であるアーサーに魅力を感じる女の子は少ないだろう。
アーサーは、パン屋の息子にも関わらず、二十二歳になってもパンの製法を学ぶことはなく、配達をしているが良くさぼる。
読み書き計算に疎く、自分の生まれの悪さを、ことあるごとに不満を漏らしているような奴だった。
『貴族に生まれていれば』
『金のある家に生まれてりゃ、こんな苦労しなかったのに』
『パンなんて、毎日売ったって、儲かりなんかしないんだ』
これで、結婚前提に付き合えって言われたって、僕だって即お断りだ。
アイラは確かに最初は望まない結婚だったけれど、結果はそうじゃない。
アイラは、この街一番の美人だった。
白い肌に、小麦畑のようなみごとなゴールデンブロンドの長い髪に、森林のような深い緑色の瞳で、優しくて笑顔が可愛いおっとりした女の子だ。
おっとりしてるのに、勉強が出来て、計算が得意な、なんというか、この街の男の子なら、誰でも一度は憧れる女の子だった。
僕だって、恋愛感情は抱かなかったけれど、美しい彼女が僕の本当の姉であったら……なんて何度も想像した。
一人っ子で祖父と二人きりで生活していた僕にとって、優しくて美人なお姉さんはとても憧れの存在だった。
そして、街一番大きな粉屋の三姉妹の末っ子だったアイラは、とても裕福な家庭だった。
三つ先の領地に拠点を持つ商人の長男で、顔も知らない、年が十歳も離れた相手にお嫁に行ったアイラは、街を去る時、僕たちに泣いて自分の心内を明かしてくれた。
けれど、三か月後、届いた手紙には、今とても幸せだという朗報が届いた。
夫は紳士的で、街にはいないくらいにハンサムで、すごく優しい人だという。
義父も義母もそして何より義祖父が本当の孫の様に可愛がってくれて、この街にいた時よりももっと幸せだと書いてあった。
そして、『ハルから結婚祝いに貰った靴を履いて行ったからよ、本当にありがとう』とお礼があった。
その手紙を読んで僕はとても心が温かくなったし、彼女の門出に靴を贈ってよかったと思った。
『ハル、靴を作ってくれないかしら。行った先で、私が、少しでも幸せになれるように』
『もちろん。結婚祝いに贈るよ』
アイラに作った靴は、アイラの行く先で彼女が幸せであるように願い、彼女の足に合う、彼女の瞳と同じ深い緑色の照りと柔らかさのある革靴だった。
長旅でも疲れないように、いつも履いている彼女の靴よりも踵を低くした。
けれどお洒落な彼女が気に入るように、上品で、美しいフォルムで。
出来上がった時はまるでアイラそのもののような靴が出来上がったと思った。
この靴を履いてこの街を出ていったアイラは、お嫁に行くのが嫌で泣いていたけれど、行った先で幸せに暮らしている。
果物屋のリズは、確かに辺境に嫁いで行った。
僕の作った、辺境でも丈夫で歩きやすいブーツを履いて。
アーサーはリズにしつこかったから、彼女はアーサーに伝えることなく、両親に反対されても、街を出て辺境に嫁いで行った。
けれど、それは自ら望んで辺境に行ったのだ。
辺境の地は、遠く、そしてとても寒くて一年の内半分ほど雪に覆われた地域らしい。
リズは、辺境伯の視察の護衛として来ていた騎士と飲み屋で出会い、たった二週間という短い間で恋人になり、そのまま一緒に辺境に渡ったのだ。
リズはもともとこの街を出たがっていた。
けれど、果物屋のリズは一人っ子だったから、自分が店を継がないといけないってずっと思っていたようだ。
『ねえ、ハル。私ね、十日後、辺境に行くことにしたわ』
『え?!辺境?』
『辺境の騎士様と一緒に、辺境に行くのよ。私、辺境の騎士様のお嫁に行くの』
『それ……大丈夫なの?』
『大丈夫よ!一緒に行く前にちゃんと紹介するわ。それで、辺境に行くのにブーツを作って欲しいのよ。あ、婚姻祝いでお願いね!』
『んもう……わかったよ、いいよ。どういうのが良いの?』
彼女に頼まれたブーツは、『道中安全であるように』『向こうで幸せに暮らせるように』『この先の未来が明るくなるように』
そう言われて、僕は願いを込めて十日をかけて彼女のブーツを作り上げた。
可愛いのにしてね!と言うので、彼女が好きなピンク色の皮を使い、明るい彼女の性格そのままのようなブーツに仕上がった。
ブーツを受け取る日、旅立ちの前日だというその日、約束通り辺境の騎士様だという彼と一緒に来てくれたリズは、とても幸せそうな顔をしていた。
彼は剣の腕前一つで騎士となった人で、生まれは辺境の孤児だという。
見上げるほどに背が高く、屈強な体つきをしていたけれど、リズを見る瞳はとても優しそうだった。
自分を見て最初から怖がらない女性は、リズが初めてだったらしい。
リズの底抜けた明るさに惚れたみたいで、ふたりはとてもお似合いに見えた。
僕の作ったブーツを受け取ったリズはとても嬉しそうにお礼を言ってくれたんだ。
本屋のお爺さんからは、『足の痛みが和らぐ靴』といわれて、その願いを込めながら、柔らかい革を使い作りあげた。
祖父には『ハルらしい靴』と言われて、悩んだ挙句『これからも幸せでいて欲しい』という願いを込めながら、こげ茶のつるりとした革で丸みのある丈夫な靴を作った。
本屋のお爺さんからは、『お前の靴を履いたら足の痛みがなくなった』と喜んで貰えたし、祖父からは『良い靴だ』と褒められた。
それらが特別じゃなくて、僕は靴を作る時に、『どんな靴が欲しいですか?』と聞いている。
それは、僕の師匠でもある祖父が、毎回お客さまに対して聞いていて、その答えを聞いてから、形や色や素材などを相談しながら靴を決めて、それから願いを込めて、丁寧に作っていたからだ。
作る時、相手の顔を思い出し、聞いた願いを叶えて貰えるように、一緒に願いながら作るんだと。
祖父が靴を作るその時が、僕は小さい頃から大好きだった。
必ず小さい光の粒が、どこからともなく集まり、ああでもない、こうでもないと可愛い賑やかな声をあげるのだ。
良く凝らしてみると、羽根が生えていて、顔も姿もまちまちだった。
その者たちは、僕と同じで祖父が靴を作るのが大好きなようだ。
ひと際大きい子は、羽が生えていないけれど幼い僕と同じくらいの大きさの子で、頭に小さな冠が乗っている男の子だった。
黒い瞳に黒い髪をしていて、祖父に向かって偉そうにぶうぶう文句を言っているけれど、優しさからだとわかった。
『こっちの糸の方が合うぞ』だとか『おい、針が落ちそうだぞ』だとか。
始めて僕がその男の子に話しかけた時、小さい光がわらわらと僕の周りを楽しそうに飛び回り、男の子も祖父もびっくりした目で僕を見た。
『お前、俺のことが見えるのか?』
『おまえじゃなくて、ハルだよ。君はあの子たちとちがって羽が生えてないね』
『わー、僕らのことが見えてるよ!』
『うん、見えてるよ』
『声も聞こえてるよ!』
『嬉しいなー』
『ハルだってー!』
『ハルー』
驚いたことに、祖父には全く見えていないというのを初めて知ったのだ。
妖精という存在も、そのとき祖父に初めて聞いた。
妖精は悪戯好きだけれど、気に入られると、その人を助けてくれる存在らしい。
けれど、心を奪われると、妖精界というところに連れていかれることもある。
そして、善悪の区別がつきにくいとも言われたっけ。
妖精たちは、祖父が亡くなって、店を引き継いだ今も僕と一緒に靴作りを手伝ってくれている。
僕の祖父と同じように、僕の靴作りが大好きなようだ。
僕も靴を作るのが好きだ。
僕が作った靴を、嬉しそうに受け取ってくれるお客さまの顔も、喜んでくれるその気持ちも、なにより願いを叶える手助けを出来るこの靴作りが大好きだった。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「ハル───ハル!───起きろ、ハル!」
ぺちぺちと頬に軽い衝撃を感じて目を覚ました。
真っ暗な部屋の中で、間近にクロの顔が光って見えた。
眠い両目を擦って改めて彼に目を向けると、仁王立ちで僕に向かって切羽詰まった形相をしていた。
いつも冷静なクロにしては、とても珍しい光景だ。
あ、クロっていうのは、僕が勝手につけた、羽根が生えていないちょっと大きな妖精だ。
驚くことに、二十二歳に成長した僕とちがって、クロは初めて目にした時のまま、大きさも声もそのふてぶてしい態度も何も変わっていない。
「なあに、クロ、まだ夜中だよ……」
「すぐに支度をしろ!ここを、いや、この国を出るぞ、ハル!」
「え……えー!?何それ!?」
「このままここにいれば、明日、いや、もう今日になるか、とにかく朝には連れていかれて、殺されてしまうかもしれない!急げっ、今なら間に合う!荷物をまとめろ!」
「嘘でしょ?」
「この俺が嘘などいうものか!お前、最近のこの店の状況と、街の状態がわかっていながら嘘だと思うのか?」
「………」
クロに言われて、僕は黙るしかなかった。
アーサーに店の前で罵られたその翌日から、お客さんがさっぱり来なくなったからだ。
オーダーの途中だった靴も、次々とキャンセルされてしまった。
そして、この街には最近原因不明の病で苦しむ人が増えてきた。
原因はわからないし、症状も様々だ。
頭痛や吐き気を起こしたり、身体がよじれるような酷い痛みが起こったり、痙攣を起こして気が狂ったり、手足の指先が黒く腐っていく等、恐ろしい症状が次から次へと増えていった。
何かの呪いではないかと噂になっているのも知っていた。
そして、その原因を作ったのが、僕じゃないか、との噂も。
「お前が目に見えない何者か───それは俺となんだろうが、その会話している姿を目にした奴がいる。アーサーだ。それが噂と憶測と交わって、お前が魔人と契約している魔女なんじゃないかと噂が立ったんだ。とにかく早く着替えて、それから片っ端から持っていけるものを、そのカバンに詰め込め!」
「っわかった!」
「なるべく目立たない黒い服にしろよ、フードを被れ」
いつの間にか妖精たちがわらわらと集まり、『これが良いよ』だとか『このズボンにしよう!』だとか『急げ急げ』だとか声を掛けてくる。
急いでパジャマからこげ茶のズボンと黒いセーターそしてその上に黒いフードのついた外套を身に着ける。
クロの指さすカバンはいつもの、薄汚れた茶色の革の斜めがけのカバンだ。
これに入る量なんて、たかが知れてる。
「詰め込めって言ったって、このカバンじゃ入りきらないよ!」
「量は増やした!あー、もう!良いからとりあえず全部入れてくぞ!」
驚くことに、大きさも重さも関係なく、手に触れてカバンの口を広げるだけでどんどんと吸いこまれていく。
クロが言う『量は増やした』と言う意味が、すぐに分かった。
良いのか、これは。
こんな便利なカバンは見たことが無いし、聞いたこともない。
妖精たちに急かされて、クロにも急げと罵られながら、とりあえず目につくものを全てカバンに吸い込ませていった。
その結果、棚も、材料の倉庫も、作業台の上も、がらんとして何もかもがなくなった。
部屋も空っぽで、ベッドや、使い慣れた机、椅子もない。
ただ、作業台や棚は、床に固定してあるもので、釘やねじで止められていたのでカバンには入れることが出来なかった。
店ごと入れられたらどんなに良かったことだろう。
クロの言うことには、地に固定されている者はどんなに小さくても入れられない、とのことだった。
カバンの重さは、カバンその物の重さで、何も入れていないような軽さだ。
ただ、見た目には、膨らみがあり、何かが入っているのがわかるような、不思議なカバンになっていた。
「よし、行くぞ!裏口から出て、大通りを避けて森に入る」
「わかった」
「明かりはつけるな、俺についてこい!妖精の道を抜けて隣国に入るぞ、走れ!」
「え!?」
「っ口を開くな!いいから足を動かせ!」
小さな手が僕の右手首を掴んで、先頭をもの凄いスピードで進む。
初めて掴まれたその手の感触は、小さくて、とてもあたたかかった。
言われるがままに、全速力で足を前へ前へと両足を動かす。
「急いで、急いで!」
「早く早く!捕まっちゃう!」
「こっちだ、急げ!」
小さな妖精たちが僕と黒の周りを明るく照らして飛び回る。
いつも楽し気な妖精たちが、何かにおびえるように急かしてくるから、より緊迫感が増す。
まだちょっとだけクロを信じられていなかった僕だけれど、これは本当にやばい状態なのではないかと、走りながらようやく現実味が押し寄せてくる。
街灯もない真っ暗な街は、前に何があるのかもわからないし、どこをどう走っているのかもわからない。
ただ、目に痛いほどに風を切って進むその感触に、よほどのスピードが出ているのが分かる。
「っ!?」
途中、濃い森林の香りが鼻をかすめると同時、ガクンと足元の地面がなくなる感覚が訪れた。
「っクロ!落ちる!」
「っ大丈夫だ、とにかく足を動かせ!口を閉じろ!目も瞑っておけ!」
「大丈夫よ!私たちがついているわ!」
「急げ急げ!」
「道が消えちゃう!急いで!」
「もっと早く!」
「早く早く!」
ひぃーこれ以上は無理だよー!!
大人になってからこんなに走ったことないよ、むしろ走るなんてこと自体久しぶり過ぎるんだから!
内心で悲鳴を上げつつ、浮遊感の中をもがくように必死に足を左右交互に前に前にと動かしていった。




