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肺の奥にこびりつく胞子の生臭い甘みと、全身を苛む鈍痛。

俺は湿り気を帯びた地面を這い、ようやく一本の発光植物の根元まで辿り着いた。ぼんやりとした青白い光が、泥にまみれた自分の両手を幽霊のように照らし出している。


「おい、あれを見ろ! 誰か来るぞ!」


沈黙と呻き声に支配されていた地下空洞に、場違いなほど明るい声が響いた。

声の主は、少し離れた場所にいた若い男だった。スーツこそボロボロだが、幸運にも大きな怪我はしていないらしい。彼は暗闇の奥、洞窟のさらに深部から近づいてくる複数の「人影」を指さしていた。


その人影は、松明のようなゆらゆらとした灯りを手にし、等間隔で並んでこちらへ向かってくる。


「助けだ……! 救助隊だろ!? ほら、見ろよ、あんなにたくさん!」

「おい、こっちだ! ここに怪我人がいるんだ! 早くしてくれ!」


男の声に呼応するように、絶望に沈んでいた奇跡的な生存者たちが次々と顔を上げた。

ある者は這いずり、ある者は折れた足を引きずりながら、その光の列へと群がっていく。それは地獄の底に垂らされた蜘蛛の糸を見つけた罪人たちの姿そのものだった。希望という名の劇薬が、彼らの痛みを一時的に麻痺させているようだった。


だが。

俺の背筋を、落下した時の冷気よりも鋭い戦慄が駆け抜けた。


……何かが……おかしい。


何かが、決定的に狂っている。

近づいてくる人影の動きが、あまりに滑らかすぎた。岩場の凹凸を無視し、まるで地面を滑るような足取り。そして、彼らが手にしている「灯り」だ。それは松明ではない。人影の頭部、あるいは肩のあたりから直接生え出した、生物的な発光器官のように見えた。


「……っ」


俺は歓喜に沸く群衆とは逆に、重い身体を無理やり引きずってすぐに後退した。背後にある巨大なキノコの影、その湿った闇の中に身を潜める。

俺と同じように、本能的な危うさを察知した数人が、顔を青ざめさせて後ずさるのが見えた。だが、彼らの躊躇は、前進する者たちの熱狂にかき消されていく。


「おい、早く! 早く助けて――」


先頭を走っていた活発そうな男が、一番近くにいた「人影」に縋り付こうとした、その時だった。


救助隊と思われた影が、不自然な角度でその「首」を伸ばした。

パキパキという、乾燥した小枝を折るような嫌な音が響く。影の顔には目も鼻もなかった。あるのは、垂直に裂けた巨大な「口」だけだ。


「あぁぁぁ!!!!――」


男が短い声を漏らし続ける暇もなかった。

異形の顎が、男の首筋に深く、容赦なく突き立てられた。

生々しい「肉を断つ音」が空洞に響き渡る。異形は男の頸動脈を噛み切り、溢れ出す鮮血を啜り始めた。男の身体がビクンと大きく跳ね、やがて糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


その絶叫を、あるいは「食事」の合図だったのかもしれない。


「キャァァァァァ!!」

「化け物だ!!!! 来るな!! 来るなあああ!!!!」

「助けてぇぇぇぇ、グブッ……」

女性の悲鳴が鈍い声へと変わったのが、決定的に俺の頭を真っ白にさせた。


一瞬の静寂の後、洞窟内は阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。

暗闇の中から、十、二十、いや数えきれないほどの異形たちが四方八方から躍り出してきた。それらは細長い手足を持ち、皮膚は湿った土のような色をしている。


ある異形は、逃げ惑う女性の髪を掴み、そのまま助けてと絶叫する女性を暗闇へと引きずり込んでいく。

ある異形は、地面に転がっていた動けない負傷者の腹を裂き、温かい内臓を貪り始めた。


「ぎゃああああ! 痛い、痛いぃぃぃぃ!!」


動物達の断末魔はなんとも思わないのに、同じ人間の断末魔は酷く脳を汚染していく。

生きたまま喰われる。それは俺には、死ぬその時の一瞬まで分からない痛みだ。


耳を裂くような断末魔が、湿った空気の中で反響し、重なり合う。

だが、その叫びさえ、異形たちにとっては獲物の鮮度を知らせる心地よい音楽に過ぎないようだった。


俺はキノコの陰で息を殺し、ただ、目の前で繰り広げられる「捕食」の光景を凝視していた。

地面には、上空からの落下で既に物言わぬ肉塊となっていた死体がいくつも転がっている。異形たちの多くは、動く生存者を追うよりも、まずは手近にあるその「死体」に夢中になっていた。


クチャ、クチャ……。


ゴリッ、ギチ……。


ネチャ……ネチャ……。


骨を噛み砕き、肉を咀嚼する音が暗闇から絶え間なく聞こえてくる。

彼らにとって、俺たちは救助すべき対象でも、敵ですらない。

ただ定期的に空から降ってくる、新鮮で、かつ無力な「餌」なのだ。


自分の心臓の音が、異様に大きく聞こえる。

この場に留まれば、死体か、あるいは生きたままの餌になるのは時間の問題だ。

生存者たちの絶叫を囮にするようにして、俺はさらに深く、光の届かない闇の奥へと這い出した。


指先に触れるのは、粘り気のある粘液と、誰のものとも知れない冷たくなった肉の感触。

だが、恐怖で思考が停止するのを、奥歯を噛み締めて拒絶する。


『生きたい』

こんな、わけのわからない場所で、ただの家畜のように喰われて終わるのだけは、嫌だ。

思考など、何もない。

ただ溺れまいと足掻く子供のように、無我夢中になり、この恐怖から逃れたい一心だった。


俺は血と胞子の臭いが充満する闇の中、出口のない絶望のさらに先へと、音を消して掻き分け進んだ。

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