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もうすぐ、すべてが終わる。
豆粒のようだった地上の景色が、暴力的な速度でその「質感」を膨張させていく。眼下に迫るのは、巨大な穴がいくつも穿たれた、歪な形状の山々だ。その異様な威容が視界を埋め尽くしたとき、死の抱擁はすぐそこまで迫っていた。
ゴォォォという、耳を削ぐような風切り音の中に、別の音が混じり始める。
「ベチャッ」
「グシャッ」
肉を叩き潰し、骨を粉砕する生々しい破壊音。
俺より先に落下していった連中だ。抵抗する間もなく地面に激突し、一瞬前まで人間だったものは、ただの赤い肉塊へと成り果てていく。そこには慈悲も、劇的な結末もありはしない。ただ物理法則に従っただけの、無機質な終焉。
(水だ……水なら、あるいは……!)
視界の端、巨大な水溜まりのような場所に落ちていく者たちが見えた。だが、淡い期待は一瞬で打ち砕かれる。超高度から叩きつけられる水面は、コンクリート以上の硬度を持って彼らを迎えた。激突した身体は弾け、微動だにせずプカプカと浮き上がる。赤く染まっていく水面が、生存の可能性を冷酷に否定していた。
だが、俺の真下は違った。
そこには巨大な胞子植物――スポンジ状の組織を持つ巨大なキノコや、厚く堆積した苔のような植物が群生していた。先にそこへ落ちた数人が、苦悶に身をよじりながらも「動いている」のが見える。
(助かる……のか?)
そう思った直後、衝撃が俺を襲った。
「ボフッ……!!」
鈍い音と共に、全身が底知れない弾力に包み込まれる。
肺の中にあるすべての空気が一気に絞り出され、凄まじい圧迫感が肋骨を軋ませた。全身を電流のような鈍痛が駆け抜け、脳が揺れる。
視界が真っ白に染まった。
衝撃で舞い上がった膨大な胞子の煙だ。肺に吸い込んでしまったのか、喉の奥を焼くような生臭さと、むせ返るような独特の臭気が鼻腔を突く。
「――っ、げほっ! ごほっ、はっ、はぁ……!」
……どれくらい、意識を失っていただろうか。
猛烈に咳き込みながら、俺は意識の表層に這い上がった。うつ伏せのまま、泥濘のような植物の感触を両手に感じる。
身体を動かそうとするたびに、節々が悲鳴を上げた。だが、折れてはいない。あの絶望的な高度から落ちて、五体満足で生きている。信じがたい幸運、あるいは悪夢の始まりか。
震える腕に力を込め、何とか上体を起こした。
視界を覆っていた胞子の霧が、ゆっくりと薄れていく。
「…………う、ううっ……」
「……助けて……だれか……」
周囲から、地這うような呻き声が聞こえてきた。泣き声、嗚咽、断続的な苦痛の叫び。それらが低い天井に反響し、囁き声のように重なって鼓膜を浸食する。
そこは、山の穴の底だった。
天高くから降り注いでいたはずの光は届かず、湿り気を帯びた巨大な地下空洞がどこまでも広がっている。
空の上にあった刺すような冷気は消え、代わりに熱を帯びた「湿った重い空気」が肌にまとわりつく。腐敗臭と、甘ったるい胞子の香りが混じり合い、肺を汚していく感覚。
ふと、闇の奥に淡い光が灯っていることに気づいた。
地面から生え出た発光植物が、冷ややかな光を放っている。その頼りない光に照らされて、暗がりのあちこちに、力なく横たわる生存者たちの無残な姿が浮かび上がった。
地獄の底へ、俺たちは生きたまま投げ落とされたのだ。




