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意識が覚醒したその瞬間、世界は轟音と「青」に支配されていた。
鼓膜を突き破らんばかりの咆哮が、脳髄を直接揺さぶる。上下左右の感覚が消失し、内臓がせり上がるような不快な浮遊感――いや、これは浮遊ではない。
俺は、落ちている。
「あ、…………っ、が…………っ!」
叫ぼうとした口内に、暴力的なまでの風圧が叩き込まれた。肺に溜まっていたわずかな酸素が強引に引き抜かれ、呼吸が止まる。
反射的に目を見開いたが、凄まじい風の流れに涙が溢れ、視界が歪んだ。涙は頬を伝う暇もなく、弾け飛んで後方へと消えていく。
滲む視界の先、眼下に広がるのは果てしない雲の海だ。その切れ間から、毒々しい色彩を帯びた「異形の大地」が断片的に覗いている。見たこともない巨大な植物の群生か、あるいは何かの死骸か。
現実味のない光景。だが、肌を刺す氷点下の冷気と、絶え間なく体温を奪っていく死の予感だけが、これが夢ではないと告げていた。
「ひ、い、あああああああ!!」
隣から、風の唸りを切り裂いて、狂乱した叫びが届いた。
首を巡らせると、数メートル横を同じように落下している男が見えた。よれよれのスーツを着た、どこにでもいるサラリーマン風の男だ。
彼は、血走った眼で虚空を掻き毟っている。一瞬、彼と目が合った。絶望と、助けを求めるような、浅ましいまでの生への執着が混じった眼。
だが、空気抵抗の差か、あるいはパニックで四肢を振り回したせいか、彼は不規則な回転を始めながら、あっという間に俺の視界の外へと吸い込まれていった。
彼が最期に何を叫んだのか、風の音にかき消されてもう分からない。
(なんで……どうして、俺がこんな……!)
考えようとした。だが、思考は形をなす前に、生存本能が発する強烈な警報によって焼き切られる。
脳が「死」を理解し、拒絶反応を起こしていた。手足は自分の意志を離れ、まるで水死体のように無様にばたついている。制御などできない。ただ、大気の渦に弄ばれるだけだ。
周囲を見渡せば、地獄絵図が展開されていた。
俺と同じように、空に投げ出された「人々」が点在している。
ある者は絶叫のあまり過呼吸に陥り、白目を剥いて硬直している。ある者はこの恐怖に耐えきれず、地面に激突する前に意識を手放している。
空中に散らばった人間たちが、バラバラのポーズで、一様に「死」という終着点へ向かって加速していく。そのパニックは感染し、空全体を絶望の泥濘へと変えていた。
「が、はっ、……げほっ!」
無理やり息を吸い込もうとして、冷たい大気が喉を焼く。肺がひきつり、胸が締め付けられるように痛む。
視界の端に映る地平線が、刻一刻と迫り上がってくるのが分かった。
遠くにあるはずの「大地」が、巨大な顎を開けて自分を飲み込もうとしている感覚。
逃げ場はない。
掴むものも、縋るものも、足を下ろす場所さえもない。
ただ重力に従い、肉の塊として、あのアドレナリンを逆なでするような色彩の大地へ叩きつけられるのを待つだけだ。
死ぬ。確実に、死ぬ。
その圧倒的な事実に、俺の心は急速に冷え切っていった。
手足の指先は冷気で感覚を失い、思考は白濁していく。
「なぜ」という問いも、「どうすれば」という足掻きも、この猛烈な風圧の中では無意味なゴミに等しい。
抗う術を持たない無力な存在として、俺はただ、絶望という名の闇に意識を沈めていくしかなかった。
急激に視界を埋め尽くしていく、異形の大地。
網膜を焼くような鮮烈な色彩が、俺の人生の幕引きとなる色だった。




