8.魔力持ち
リタもレナートと同じく、魔力持ちの中でも年齢が近く一緒にいる時間が多い。
他は孫のいるような世代や、セストの両親の世代など、集められた魔力持ちの年齢にはばらつきがある。
リタは軽やかな足取りでセストの前まで歩いて来ると、そのままセストの横に腰を下ろした。
目を引く見事な金髪に碧の目、化粧をしていなくても蠱惑的に色づく唇。目鼻立ちがはっきりとしたリタは、控えめに言っても美人の部類だった。
規律が厳しいと言われている騎士団にリタが連れて行かれた時に、上司の叱責をものともせず騎士たちが色めき立ったというのは語り草となっている。
「ちょっと問題発生で、午後の訓練開始を少し延ばすんですって」
大仰に溜息をつくと、疲れたような素振りを見せながらリタはそう言った。
「原因はあの子か?」
「そう」
それは魔力保持者として召集された少女のことだった。
国によって集められた魔力保持者は、セストのような十代から年嵩を増した者まで幅広い。
あまりに幼い者は魔力が安定していないため今回の召集の対象外だが、件の少女は年齢はセストと同じ十八歳ということもあり、親元から離され王都にやって来た。
しかし、命がけで魔獣退治へ赴くことを受け入れられず、家族の元へと帰りたいと定期的に泣き出したり、逃げ出したりを繰り返している。
「あの子を連れて行くのは無理じゃないかしら」
リタは二人きりの同性というだけで少女の世話係のような扱いだが、事態はリタでは手に負えない状況になっている。
騎士団ではすでに今の調子では無理に遠征へ連れて行っても、逆に危険を招きかねないという意見も出ているようだ。
「リタは家へ帰りたいとは思わないのか?」
「魔獣は怖いけど、家に帰ることもできないのよね」
眉間に皺を寄せて唇を歪に歪めながらちらっとセストを見ると、少し間を置いてリタは話し始めた。
「実家が少額だけど出資してた船が沈没して、少なからず借金を背負うことになったの。その利子が膨らんで、借金をしている会頭の後妻になることが決まりかけていたのよ」
「そんな……」
「私が王都に行くことで一時金がもらえたから、ひとまずそれで一部だけは払えたみたい。だから、今家に帰されるとそれはそれで困るの」
今帰ったら後妻になるの確定じゃないと、リタが自嘲気味に笑う。
リタは淡々と話しているが、要は借金の形に父親よりも年上の会頭に嫁がされるという話だった。
「ひどい話だな」
「だから、何年かかるか分からない魔獣退治は都合が良かったの」
セストが育ったのは長閑な田舎町だ。町の人たちはほぼ顔見知りばかりで、問題がある人や攻撃的な人はいない。
もしセストの姉やラウラが同じ目に遭ったらと考えると激しい憤りを覚える。
セストは魔獣退治のために召集されることになったが、これは国からの命令で当然断れる話ではなかった。しかし、無理強いして連れ去ったと言われるのを防ぐためか、国は一時金という名のそれなりの金銭を家族に支払っている。
拒否もできないためセストの家族もそれを受け取ったが、「セストを売ったみたいで腹立つから、使い途はセストが戻ってから考えなさい」と姉が憤慨していた。
死んでしまった母親も含めて仲のいい家族の中で育ったセストは、リタの家族のことがどうにも理解できない。
「どうしてリタの家族はそれを受け入れたんだ? 娘が幸せになれないと分かっていて、後妻になるのを許すのか?」
「いいのよ。家のことだから私にも責任はあるもの。でも、……私のために怒ってくれてありがとう」
他人事ながら憤慨するセストにリタは柔らかな微笑みを返す。
気丈に振る舞っているが、家族に見捨てられたも同然のリタの肩がやけに小さく見えた。声もかけられないまま、二人の間に無言の時間が流れる。
その沈黙を破ったのはレナートだった。
「そこでさぼってる二人! 時間だぞ」
魔術士団の団舎へと続く回廊から、レナートが大声で叫んでいる。他の人に聞かれたらどうするんだと苦笑いしながら歩き出したセストは、一つのことを思いついた。
「さっきの話、レナートにも相談してみたらどうだ? 実家は商売をやってるって言ってたし、何か参考になることが聞けるかもしれない」
「……惨めな話だから、あまり誰彼にもは言いたくないの。話したのはセストだからよ」
「そうか」
当事者のリタにそう言われてしまうとそれ以上は強制できない。肩を落としたセストにありがとうと言うと、リタはレナートの方を向いた。
「さぼってなんかないわよ。人聞きの悪いこと言わないで」
あえて陽気な声を出してレナートに答えているリタは、やはりその話をレナートにすることはなかった。
セストが王都に到着し、遠目ではあるが初めて見た王宮は、見たこともない程の絢爛華麗な白亜の宮殿だった。故郷の中心部がそのまま収まる程の広さの庭園と、左右均等に配置された窓や精緻な細工の施された円柱。
王子や王女の出て来る物語を好むラウラが見れば飛び上がって喜びそうだと、土産話にするためセストはその姿を目に焼き付けた。
セストたちが魔術士に魔力の指南を受けたり、騎士との連携の取り方の訓練をしているのは、王宮からいくらか離れた騎士団の施設である。有事には外敵から王都を守る要塞の機能を備えた、実用性を重視された堅牢な建築物だ。
騎士団は高い城壁に守られた王宮の一区画にも団舎を構えているが、魔力保持者とはいえただの平民であるセストたちがそこに立ち入ることは許されなかった。
「どうにか魔力の使い方は分かってきたけど、魔力酔いするのよね」
魔力保持者であることが判明したとはいえ、気づいてさえもいなかった魔力をいきなり使えと言われても到底無理な話だ。
その上、慣れない魔力に身体が馴染まず、訓練の度に頭重感や吐き気などを引き起こしている。
「セストは平気そうよね? なんで?」
「親からは魔力のことは秘密にしろって言われてたけど、幼馴染が凄い凄いって喜ぶから二人の時は結構日常的に使ってたんだ」
木の実を取るために振動を起こしたり、寒い部屋で火をつけたりと、ラウラが魔力を自然に受け入れていたため、セストもごく自然に使っていた。
そのお陰か、他の魔力持ちよりは一歩進んだ訓練に進んでいる。
「……ふぅん、幼馴染って女の子?」
「そう。一つ下で生まれた時からずっと一緒にいるから、魔力のことを怖がることもなかったんだ」
「いいなぁ」
「そうだろう? 気心知れてるから、何も言わなくても分かってくれるよ」
ラウラのことを得意げに話すセストに、レナートがぽつりと呟いた。
「……多分、そういう意味じゃないんだけどなぁ」
レナートは何とも形容しがたい表情で、セストとリタを眺めている。
あとひと月もすれば訓練を終え、辺境へと旅立つことが決まっていた。
訓練の成果が出ようと出まいとその計画は覆らない。
そして、魔術士たちは引き続き魔力所持者を探しつづけている。
王都の騎士団という未知の場所での慣れない訓練は、セストたちの精神と身体を疲弊させていた。それでもこの時はまだ穏やかな時間を過ごしていたのだと、後になって思い知るのだった。




