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6.運命の恋人

 ラウラたちが住むのは至って平和な田舎町であったが、ある時から不穏な噂が舞い込むようになった。


 南の辺境に多数の魔獣が出没し、周辺を見境なく襲っているという。やがて魔獣はその周辺だけでなく、次の集落、また次の集落へと殺戮の範囲を広げているのだそうだ。

 襲われた人の数は村一つから、町一つ。被害は更に大きくなってきている。


 魔獣は魔力を孕んだ凶暴な獣である。

 魔にあてられるため、人間が身ひとつで近寄ることは不可能だ。

 俊敏に動く魔獣に騎士の剣や矢だけで致命傷を与えることは難しく、魔獣を魔力で押さえ込んで、騎士達の武器で魔核を破壊するしか対抗する術がなかった。

 王都の魔術士たちが騎士とともに辺境に派遣されたが、凶暴な魔獣を相手に幾人もの騎士や魔術士たちが斃れていった。


 恐ろしいことが起きていると聞いて震え上がっていたラウラだったが、それでも遠方で起きていることとどこか他人事であった。

 セストが魔獣退治へと向かう未来を視るまでは。




 セストの誕生日を翌日に控えた夜。

 簡素な寝台の上でラウラが視たのは、魔獣退治に駆り出されるセストと、同じく魔獣退治のために辺境へやって来た女性との運命の出逢いの場面だった。

 金色の髪をした美しい女性は、セストとともに何度も危険な目に遭いながらも、互いに助け合い信頼を深めていった。


 やがてそれは愛に変わったのだろう。

 眩しい程の暖かな光の中で壊れ物に触れるかのように、ゆっくりと金髪の女性に手を伸ばすセストの姿が映し出された。


 見たこともないくらい甘やかな顔をしたセストが、向かい合った女性を見つめている。女性の面持ちは見えないが、セストの顔を見ればどんな表情をしているかは想像できた。

 セストは幸せそうな表情で胸の中の女性を抱きしめる。その切なげに細められた目は、女性への愛情を湛えていた。


 絶対に視たくなかったセストと恋人の姿だった。



 見ていられなくなったラウラはすぐに目を逸らして固く目を閉じると、家族に聞こえないように嗚咽を堪えながら泣き続けた。


「……運命は変えられない」


 ようやく涙が収まり絶望的な気持ちで起き上がったラウラは、人の気配すらしない夜の静寂の中、足音を立てないように部屋を出た。手に持っているのは、綺麗に畳まれた毛糸の手袋。

 セストに贈るために用意していた手袋を暖炉の火に焼べようとするが、縫いつけられたようにその場から動けない。寒さが厳しくなる前にと、母親に習いながら編んだ手袋だ。


 セストの手を暖めたくて初めて編んだ手袋だ。何度も糸を編んでは解いて、予想以上に時間はかかったがどうにか誕生日に間に合わすことができた。

 手袋が上手くできたら、ラウラの秘密を少しだけでも話そうと心に決めていた。


 薪のように自分の気持ちも燃え尽きてしまえば楽になれるのにと、ラウラは残った灰を見つめ続ける。

 

 自分はセストの特別なのだと思っていた。

 セストに魔力が発現した時も、家族よりも先にラウラに秘密を打ち明けてくれた。それはラウラが信頼されており、特別扱いされているのだと自惚れていた。


 ギーが殺される未来を視た時も、セストの母親が事故で死ぬことを知った時も、恐ろしかったがラウラがどうにかして阻止しなければと自らを奮い立たせた。

 セストのことは自分が守るのだと、セストのために何かができるのは自分なのだと思い上がっていたのだ。


 セストの運命の相手になりたかった。セストと結婚して、誰よりも幸せな花嫁になれると信じていた。


 一晩中、何度も同じことを繰り返し考えて、手袋はセストに渡すことにした。物心ついてからずっと続いている誕生日の贈り物だ。何もないとセストは不思議に思うはずだ。

 セストを思い悩ませたいわけではない。


「ありがとうな、ラウラ。実はおばさんからラウラが手袋編んでるって聞いてたんだ」


 宝物でも扱うように、セストはラウラから受け取った手袋をそっと手に取った。


「もう、お母さんはなんで先に話しちゃうかな」

「偶然ラウラが編んでるの見たんだよ。そしたら、おばさんが気づかない振りをしてって」

「それ余計に恥ずかしいよ」


 いつものラウラでいられただろうか。

 自分では泣かずに無理なく笑えたと思っている。

 まだしばらくはセストの幼馴染でいられると安堵した。





 魔獣の進路が王都へと向かい始めたところで、漸く重い腰をあげた国だったが、すでに王都の魔術士は数を減らしていた。

 一向に減らない魔獣に対抗するには、多くの魔力保持者を集めなければならない。


 そうして、国の危機に立ち向かうため、魔力を持つ者すべての国民に徴集がかかるようになった。まずは王都から。そして範囲は広がり王都から遠く離れた田舎の町にも、魔力保持者を探すために魔術士が派遣された。


 ラウラの住む町へ魔術士たちがやって来たのは、凍えるような冬の終わりのことだった。

 魔力保持者などいないはずの田舎町だ。町の人々は魔術士が魔力判定を行うのを、まるで興行かのように楽しんでいた。


 魔術士が魔力判定を行う順番が回ってくるのを、ラウラとセストは裁きを待つ罪人のような気持ちで待っていた。

 セストの魔力に気づかれなければいい。

 そう願っていたが、願いは届かなかった。


「魔力持ちだ!」


 魔術士たちの間に歓声があがった。

 セストが魔力を保有すると判定されると、すぐさまに王都へ行くことが決まった。

 大したことはないと考えていたセストの魔力量は、平民にしては多量で魔獣退治での即戦力として期待できるということだった。


 他に魔力持ちは現れず、ことは一刻を争うということで、魔術士たちは翌日には町を経つと告げた。


「ラウラ、必ず戻って来るから待っていて欲しい」


 セストは旅に出る準備をしながら、側で見守っているラウラに向けてそう告げた。照れくさそうに、しかし真剣な眼差しでラウラを見つめるながら、じっとラウラの答えを待っている。


 もうその言葉だけでラウラの恋は報われていた。

 セストが待っていて欲しいと言ってくれた。ラウラは待つことを許されるのだ。


 ラウラは滲みそうになる涙を必死に堪えていたが、目の縁にはすでに涙の滴が盛り上がっている。

 いつ帰れるのかも定かではない魔獣退治の旅だ。何年かかるかも、無事に帰って来られるかもわからない。それでもセストはラウラに待っていて欲しいと言った。


「……私は待たないよ」

「ラウラ! どうして?」


 セストが青ざめた顔をして立ち尽くしている。まさか断られるとは思っていなかったのだろう。


 ギーもセストの母親の事故も、ラウラの視た未来をどれだけ変えようと尽力しても、決して覆ることはなかった。それならば、セストが辺境の地で金色の髪をした女性と互いに愛情を抱き、相思相愛になるのは来るべき未来なのだ。


「私ね、町を出るつもりなの。だから、セストが戻ってくるのを待つことはできない」

「どうして? 町を出て何をするつもりだ?」

「そんなの決めてない。けど、セストが戻って来た時にはもうここにはいない」


 この日が来ることをラウラはずっと恐れていた。

 セストが愛する人と幸せになる未来を視た日から、心安まる日はなかった。今度こそ外れてしまえばいい、未来が変わればいいと願い続けたが、セストの魔力は魔術士に見つかって、魔獣退治に向かうことが決まった。


 だったら、セストが罪悪感なく恋人を得ることができるように、最初で最後の嘘をつくことにした。

 セストには隠し事はしたことがない。嘘など以ての外だ。


「ラウラ!」


 セストがラウラの両頬を包み込むように触れると、打ちひしがれたような顔をしてラウラに呼びかける。まるで悲鳴のようなその声は、ラウラの心を抉った。


「私、絶対待たないから!」


 ラウラはひどりことばかりを口にしているが、涙が滂沱として流れ落ちている。どう見ても、言動と行動が乖離している。


「私は待たないから、セストも私のことは忘れて」


 それからラウラは、翌日の出発の時までセストを避け続けた。



 セストの出発の日。

 両親からどれだけ手を引かれても、ラウラは頑としてセストの見送りには行かないと言い続けた。呆れた両親は町の中心地にある広場に向かったが、ラウラはじっと部屋に籠もっている。


 やっと決心してセストの手を離したのに、顔を見たらきっと行かないでと縋ってしまう。

 唇を噛みしめてずっと堪えていたラウラだったが、堪えられなくなって家を飛び出した。


 向かったのは町の広場の見える高台だ。

 足がもつれそうになりながらも必死に走り、何段もの階段を駆け上がった。この高台は建物の間からちょうど町が見下ろせるのだ。どうにか息を整え、額の汗を拭った。


 町を一望できる高台だが、店や住居が邪魔をして全てを見下ろすことはできない。歩き出したラウラは目的の場所を見つけてじっと目を凝らす。

 町の大通りに沿って、王都に向かうための馬車が数両停まっている。セストを見送るために、大勢の人が集まっているのも見えた。


「セスト……」


 魔術士や騎士に交じって、父親や姉との別れを惜しんでいるセストの姿があった。どれだけ人の中にいても、ラウラがセストの姿を見間違うはずがない。

 表情などは見えないほんの小さなセスト。


「……怪我しないでね。どうか死なないでね」


 高台の木陰からそっと見送った。

 セストの姿を目に焼き付けておきたくてずっと目で追っていたが、とうとう耐えきれなくなってその場に蹲った。

 乾いた地面にいくつもの水滴の跡がついていく。


「セスト、幸せになって」


 私ではない誰かときっと幸せになって。

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