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2.芽生え

 ラウラとセストの両親は家と年齢が近いせいか、子供が産まれる前から仲が良かった。そのため、産まれた子供たちを互いに預け合うことも多く、ふたりは兄妹のように育てられた。

 祖母のいるラウラの家にセストが預けられることも多々あり、祖母にとってはもう一人の孫同然であった。


 セストには姉がいるが、五歳も離れていては遊び相手にはならない。姉も子供じみた男児の遊びには興味がないらしく、どちらかというと同性であるラウラと話すことを好んでいた。

 

 幼い頃はひとつ年下のラウラの方がセストよりも背が高く、話す言葉もしっかりしていて、周りからはどちらが年上か分からないと揶揄されたものだった。


 セストの身長がラウラを超えた頃、山で木の実取りに夢中になったふたりが急斜面から転げ落ちたことがあった。

 太い幹を折ろうとしたラウラが折れた枝の重みに耐えきれず、斜面から足を滑らせたのだ。とっさにラウラの手を掴んだセストも勢いに負けて体勢を崩して転落した。


 地面に倒れたセストはすぐに起き上がり、身体を確認するが特に痛む場所はない。だが、目を回したラウラはなかなか目覚めず、驚いたセストは急いでラウラを背負って家へと急いだ。


「ラウラ! ラウラ!」


 焦って何度も呼びかけるが、背中からの応えはない。


「……セスト?」


 しばらくするとようやく背中のラウラが目を覚ました。

 身体に痛むところはないかと訊くが尻を打ったくらいのようだ。頭を打っていなかったことに、セストは安堵のため息をもらした。


「ラウラ、本当に大丈夫か? 気分悪くなったりしてないよな?」

「大丈夫だってば。重いから下ろしてよ」

「いいから、このまま家に帰るぞ」


 そうとは見せずに振る舞っているが、軽々と背負えたラウラの身体に、セストは心中動揺していた。

 男兄弟のように思っていたラウラが、実は自分よりも随分と華奢で、力弱い女の子なのだと気づいたせいだった。


「重たい物が持てるように、身体鍛えようかな」

「いや、無理だろ」


 腕の擦り傷を洗いながら言うラウラにセストは苦笑いする。そんなセストに納得がいかないラウラが、頬を膨らませて抗議をする。


「そしたら、私もセストを負ぶって山を下りることもできるよ?」

「ほら、ラウラが一年で背を伸ばす間に俺は二倍伸ばしている」


 柱に刻まれたふたりの成長の記録を指さしながら、セストが偉そうにラウラを見下ろしている。


「昔は私の方が背が高かったのに!」

「もうとっくに追い抜いてる」





 まだ寒さの残るある日、ラウラたちは町にやって来た隊商を見に行くことになっていた。

 他国から仕入れた商品を王都に運んでいる途中だが、休憩と物資の補給のために数日この町に滞在するそうだ。


 売り先の決まっていないいくつかの商品を露店で売って、路銀を稼いでいくらしい。そこには異国の珍しい食べ物や見たこともない不思議な品物が並べられていて、町の人たちの興味を集めている。


 二家族の両親から出かけるなら家の手伝いをしてからと厳しく言われたふたりは、セストの姉に言われるとおりに薪を運んだり水を汲んだりしているがどこか気もそぞろだ。

 姉は出かけたいがために、ちらちらと許可を待っているふたりを見て苦笑いをする。


「ラウラ、このリボンをあげるわ。ほら、髪の色によく合ってる」


 セストの姉が物入れからオレンジ色のリボンを取り出すと、ラウラの目の前に差し出した。それは痛んでいる様子もなく、まだ綺麗なリボンだ。

 そろそろラウラも身を飾るものが欲しいと思う年齢になっていたが、両親はラウラを子供と思っているらしく、土産となるのはもっぱら食べ物が多かった。


「嬉しい。こういうの欲しかったの。おねえちゃん、ありがとう!」


 目を輝かせたラウラは、セストの姉に駆け寄って渡されたリボンを手に取ると満面の笑みで礼を言う。


「俺には何もないのかよ」

「あんたリボンなんてつけるの?」


 姉にとって五歳下の弟は遊び相手にはならないが、仲が悪いわけではない。三人でわいわいと騒ぐのは、兄弟のいないラウラにはとても楽しいひとときだった。


「おいで、結ってあげる」


 セストの姉は器用にラウラ髪を編み上げてまとめると、最後にリボンを結んだ。明るい色のラウラの髪にそれはよく似合っている。

 普段はおろしっぱなしか、簡単に三つ編みにするくらいだ。いつもとは違う髪型が気恥ずかしく落ち着かない気持ちでセストを見上げると、何やらセストが不機嫌そうな顔をしている。


 待たせているのが気に入らないのかとラウラは申し訳ない気持ちになったが、セストの姉は耳の縁を赤くしている弟に気づいていた。

 吹き出しそうになるのを必死に我慢して、ラウラの髪に最後の仕上げをする。 


「ラウラの髪はサラサラでいいわね」

「どうせなら綺麗な金色が良かった」

「なによ贅沢ね。はい、できた。ほらいってらっしゃい」


 顔を見合わせたラウラとセストは、満面の笑みで家から飛び出した。

 向かう先は町の中心にある広場だ。広場に近づくにつれ、ざわざわとした賑わいがふたりの耳に届く。はっと顔を見合わせると、ふたりとも自然に手を繋いで駆け出していた。


「あ、待って! これ以上走ると髪が崩れちゃう」


 走る速度を落としたラウラがセストを呼び止める。

 ラウラが不安げに髪を触っているが、セストはラウラの髪を一通り見て問題ないと頷いた。


「また別の日に姉さんにやってもらえばいい」

「今日崩したくないの。ね、リボン可愛いよね。こんなの欲しかったの。おねえちゃんに何か買って帰ろう」


 少ないが小遣いを持ってきている。小さな菓子くらいであれば買えるはずだ。

 親世代にとっては、隊商が町に滞在することは珍しいことではない。しかし、ラウラたちにとっては、いつもとは違うことは祭りのように新鮮だ。


「……あー、ラウラ……」

「なんだ? ラウラがおかしな髪型してるぞ」


 何かを言いかけたセストの声をかき消すように町の子供の声がした。

 いつもラウラの髪をからかうアロルドだ。ラウラと同じ歳のそばかすのある少年は、ラウラを指さしながら小馬鹿にするように笑っている。


「おかしくないし! 私は気に入ってるからいいでしょ」

「お前の変な色の頭には似合わないし」

「変な色なんかじゃない!」


 眉間に皺を寄せたラウラが噛みつくように言い返す。ラウラはいつも髪のことを揶揄するこの少年のことが苦手だ。嫌いと言っても過言ではない。

 他の子供たちには言わないような意地の悪いことを、なぜだかいつもラウラにだけ言う。

 セストを含めた周りの子供たちは、またいつものかとため息を漏らす。


「アロルド、それ以上は言うな」

「なんだよ、セスト」


 アロルドはふたりの繋いだ手を、憎々しそうにじっと見ている。アロルドはラウラが好きなのだろうと町の子供たちは知っているが、気を引くための言動が悪手すぎて、顔を合わせる度にラウラの悪感情を招いている。


「もういいよ。セスト、向こう行こ」


 ラウラはセストを見上げてそう言うと、手を引っ張って身体の向きを変えた。


「くすんだ金髪のくせに!」


 アロルドがラウラを誹る声が聞こえてくるが、ラウラは聞こえないふりをして早足で通り過ぎた。

 露店へ向かう道すがら、セストは何かを言いたそうにラウラをちらちらと見ている。


「なに?」


 気になってラウラが尋ねると、セストはもごもごと不明瞭な言葉を発している。


「どうしたの?」

「……陽に当たると金色にしか見えないし」

「もしかして、アロルドの言ってたことを言ってる?」

「ラウラは自分の髪の色が気に入らないのかもしれないけど、綺麗な色だし似合ってると思う」


 それは、ラウラの姉への愚痴やアロルドに反論していた言葉に向けて言っているのだと分かった。


「あ、ありがとう」

「……おう」


 なぜか二人ともそのまま口をつぐんで、露店に着くまで無言だった。

 なんとも言えない空気が二人の間に漂っていたが、露店が視界に入ってくるとそんなことはすっかりと頭から飛んで、競うように露店へ向かった。

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