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幸せな分銅  作者: 新在 落花


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14.つかの間の再会(2)

「……おじさんとおばさんは元気か?」


 少し落ち着いたのを見計らってラウラに問いかけた。ラウラは鼻をぐずぐずと言わせながら口を開く。


「もの凄く元気だよ。セストのおじさんもお姉ちゃんも、セストが帰ってくるのを待ってる」

「……ラウラは?」

「え?」

「ラウラは待ってないのか?」


 答えに窮したラウラは、何と答えるべきかと考えて眉尻を下げる。

 以前と変わらないセストの態度は、ラウラが幼馴染だからだろうか。もし、すでにもう恋人がいるのなら、ラウラはどのように接するのが正解なのか。


 困り顔で視線をうろうろと巡らせたラウラだったが、セストの視線を痛いほど感じている。

 居たたまれず辺りを見まわしていたラウラは、何かを見つけ立ち上がると背の高い雑草を掻き分け始めた。


「セスト、こっちに通り道があるよ」


 それは非常に狭くかなりの急斜の獣道ではあるが、足場となりそうな場所がある。二人同時には無理だが、一人ずつであれば登れるだろう。


「ここから上がろう」

「うん」


 ラウラを先に歩かせ、後ろにセストが続く。下を見ると足が竦みそうになるので上だけを見て、斜面に足を着き手で太い枝を掴む。

 何度か足を滑らせながら、ふたりはどうにか窮地を脱することができた。


 緊張が解けて座り込んだラウラの目に映ったのは、血塗れになって倒れている大きな魔獣の姿だった。

 ラウラの視た白昼夢のとおりの見事な赤い鬣の魔獣だ。すでに絶命して、焼け爛れた大きな口からは舌がだらりと垂れている。

 心臓のあたりには突き刺されたような跡がしっかりと残っていた。


「あれがセストを襲った魔獣ね」


 セストの喉を食いちぎって、その命を絶つはずだった赤い鬣の魔獣。その魔獣が今、ラウラの目の前で死体となって転がっている。


「あの魔獣が死んでる」


 何かを追い求めるようにふらっと立ち上がって近づこうとするラウラを、セストが手を引いて制した。

 首を傾げながら魔獣の方を見たラウラの目に、人の足が見えた。他にも血を流して絶命している数体の魔獣や、木の幹に寄りかかったまま動かない騎士の姿もある。


「ラウラは見ない方がいい。ここは危険な場所だから、皆が皆無事でいられるわけじゃない」


 ラウラの視界を手で覆いながら、苦しげな表情でセストが言う。


「セストも危ない目に遭ったの?」

「そうだな。俺はどうにか無事だったけど、一緒に集められた魔力持ちの人は亡くなった人も多いよ」


 魔獣の出現する危険な場所に行くのだとは知っていたが、ラウラは本当の意味ではその意味を理解していなかったのだと愕然とする。

 騎士や魔術士が完璧になんでも処理し、ただの魔力持ちのセストはもっと安全な場所にいるのだと思っていた。


「セストが無事で良かった」

「ここも危ないかもしれないから、皆のいるところまで行こう」


 今、魔獣に襲われたら、ラウラを守りながらセスト一人で対処できる自信はない。ならば騎士たちと合流した方が安全だろう。


「いたっ」


 歩き出したラウラの呟きをセストは聞き逃さなかった。すぐに座り込みラウラの足首を見ると腫れていた。


「どこかで足を捻ったみたい。大丈夫、歩けるよ」

「ラウラ背中に乗れ。この辺は平らだから負ぶったまま歩ける」


 渋るラウラを無理矢理に背中に乗せ、セストは主の魔獣のいた方へと歩を進めた。


「昔もこうやってラウラを負ぶって山を下りたことあったよな」


 背負われて山道を歩いていると、セストが懐かしみながらそう言った。

 それは幼少の頃にふたりで木から落ちた時のことだ。


「私は目を回してたんだよね」


 ラウラとセストの世界がふたりだけで成り立っていた、随分と過去の話だ。

 あのままずっとふたりでいられたら良かったのにと、ラウラは一粒の涙をこぼす。


「……あの日、俺は初めてラウラを好きなんだと気づいたんだと思う」

「え?」


 背中越しに聞こえる声にラウラを呆然と声を漏らす。


「ラウラのことは家族みたいに思っていたのに、背負ったラウラがあまりに小さすぎて、俺が守りたい女の子だって気づいたんだ」


 流していた涙を歓喜の涙に変えて、ラウラは声を絞り出す。


「私は……産まれた時からセストが好きだったよ」


 ラウラの告白を聞いてセストは思わず破顔する。ずっと聞きたかったラウラの本心をやっと聞くことができた。


 町を出た時のラウラの拒絶はずっと心の澱として沈殿し、セストを苦しめていた。心は離れていなかったのだと安堵し、力が抜けそうになるところをどうにか奮い立たす。


「そうか。ラウラの方が随分と早熟だったんだな」


 ラウラが小刻みに震えているのが、背中越しに伝わってくる。ラウラは泣いているが、それはもう不安を招くようなものではない。


「ラウラはそんなに泣き虫だったか?」

「セストが私を泣かすのよ」

「そっか。じゃあ、ラウラを泣かすのは俺だけの特権だな」


 セストの足は確実に騎士たちの元へと進んでいるが、ラウラの存在をどう説明するのかが不安になった。


「私がここにいることをなんて説明する?」

「そうだよな。こんなに魔獣がうようよいる山に迷い込んだっていうのも不自然だし」


 そもそもがなぜラウラがこの場所にいるのか、当事者のラウラでさえ分かっていないのだ。

 それからもどうにか白を切り通せるような言い訳を考えるが、結局のところ事実を正直に言おうということになった。


 子供の頃、家族に怒られそうなことをした時も、ふたりで隠し通せるような言い訳を考えるが、結局は正直に言うことになった。

 二年近くも離れていたのに少しも変わらないセストとの関係に、喜びの気持ちが零れ出しそうだ。


「あのね、セストに聞いて欲しいことがあるの。魔獣退治が終わってセストが町に帰ったら話を聞いてくれる?」

「今じゃだめなのか?」


 それはきっとラウラが隠し続けていた何かだとセストは直感した。できればすぐにでも話を聞きたい。その焦りが思わず口から出た。

 セストは背中からラウラを下ろすと、ラウラを真っ直ぐに見つめながらその答えを待つ。


「……もう少しだけ時間が欲しい」


 葛藤の末、心苦しそうに言うラウラの辛そうな顔を見ると、問い詰めるのが申し訳ない気分になった。

 ラウラを苦しめたいわけではないのだ。ラウラが抱えている何かを、セストも一緒に背負いたいと思っているだけなのだ。


「もしかしたらラウラは先に帰されて、俺が帰るまでには時間がかかるなもしれない。だから、待ってろ」

「……待っててもいいの?」

「あたり前だ。俺は町を出る時にそう言ったよな?」

「うん。待ってる」


 そう笑うとラウラの輪郭が少しずつぼやけ始めた。霧が晴れるかのように形をなさなくなったラウラはそのまま姿を消した。

 ラウラのいた場所にはセストの上着が落ちていた。


「ラウラ! どこに行った!」


 その時、山中に恐ろしげな咆哮とそれに続いて大きな歓声が沸き起こった。きっとあの猪のような魔獣を倒したのだろう。

 セストは声の方向へと一人で歩き出す。


 魔術士副団長は山に異質なものが紛れ込んだと言っていた。それはラウラだったのではないだろうか。

 セストは迷ったあげく、ラウラのことを告げるのはやめることにした。


 まずは町に帰ってラウラに逢わなくては。

 今はもう以前のような絶望的な気持ちはない。ただ早く逢いたかった。

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