13.つかの間の再会(1)
赤い鬣の魔獣が軽やかに跳躍し、鉤爪や口吻部で騎士たちを打ち払うと数名が谷底に落ちていった。浮石に足を乗せていたセストも危うく体勢を崩し崖から落ちそうになったが、近くにいた魔術士に助けられた。
セストを助けた魔術師が、怪訝そうな顔をしてセストを見ている。
「あの赤いの、セストを狙ってないか?」
それはセストも感じていたことだった。
「お前あいつに何したんだよ?」
「何もしてません!」
赤い鬣の魔獣は取り囲む騎士たちを相手にしているように見えて、なぜか執拗にセストを狙っている。騎士でもなく魔術士でもないセストが、この中での弱者だと判断したのだろうか。
「親玉の猪は団長たち、小物はあのお嬢ちゃんが引きつけてくれてる。赤いのはなぜかセストを狙っているから、一点に集中するのは防げているな」
少女は予想もつかない動きをして、騎士どころか魔獣まで攪乱している。
「セストはあいつが入れないような、できるだけ狭い場所を選んで逃げろ。俺たちが必ず追いつめるから、逃げ切ってくれ」
「はい!」
別の騎士が攻撃しても魔術士が魔力を削ごうとも、木々の隙間を跳躍しながら怪我を押してでもセストを追い詰めてくる。その様は何かに操られているようで不気味でもあった。
「見つけました! その魔獣の核は左の心臓部分です」
魔術士の声に、騎士たちは一斉に心臓を狙いにかかる。セストも魔術士たちと共に魔獣を魔力で抑える役を担う。
赤い鬣の魔獣は攻撃によって傷を負い、魔力で抑制され動きが鈍くなっていたが、突然セストに向けて矢のように跳んだ。
「セスト! 逃げろ!」
騎士の声が聞こえたセストは、一度目の攻撃を避けすぐに方向転換をすると背の高い木が密集する方向かって走り出した。できるだけ大型の魔獣が通れないような、狭い木々の隙間を狙って移動する。
追いかけてきた赤い鬣の魔獣の二度目の攻撃は、顔見知りの騎士が防いでくれた。
魔獣の足音が聞こえなくなったと木陰から顔を出すと、正面に赤い鬣の魔獣の姿が見えた。あっと気づいた時には目の前に魔獣が迫って来ている。
咄嗟に炎を出し頭部を焼くことに成功すると、魔獣は目を焼かれたらしくその場でのた打回り始めた。
それでも爪で襲いかかろうとする魔獣の心臓部を、セストは腰に穿いていた剣で刺すが、魔核の破損にまでは至らなかった。
援護に来た騎士が剣を振り上げたところで、最後の力を振り絞り魔獣がセストに襲いかかった。
「セスト!!」
その声は騎士のものでもなく、魔術士のものでもなく、この場所で聞こえてくるはずのない声だった。
何かに体当たりされたかと思うと、セストはその何かとともに斜面を転がり落ちて行く。
落ちていく中で、魔獣の断末魔の声を聞いた気がした。
「セスト!」
崖から落ちたはずだが、背中に当たる地面の感触からどうやら崖下の飛び出た段差に落ちて助かったようだ。背中を打った痛みに耐えていたセストだったが、間近で名前を呼ばれて我に返った。
顔を上げて目の前にいたのは、顔にいくつもの切り傷を作り葉っぱまみれになったラウラだった。
「セスト! しっかりして!」
ラウラはぐちゃぐちゃに泣きながら、セストの名前を連呼している。
「……は? ラウラ? なんで?」
「良かったぁ。セストが生きてる」
「ラウラも落ちたのか? 怪我は?」
「セストを下敷きにしちゃったから怪我はないよ」
ラウラは泣きながらセストの頬を両手で挟むと、セストの無事を確認する。
どうしてこんなところにラウラがいるのかと考えるよりも先に、勢いよく起き上がるとラウラを抱きしめていた。
昔よりも華奢に感じるラウラが、腕の中にいる。それは幻ではなく確かに生身の人の感触だった。
ただ、セストが触れている腕や頬はひどく冷たく氷のようだ。見るとラウラの格好は、標高高い山には相応しくない薄いブラウスとスカートだ。
「なんでこんな薄着してるんだよ!」
「さっきまで家にいたの。そしたら、知らない内に山に迷い込んでて」
ラウラは朝起きて洗濯物を干し終わったら、山に迷い込んでいたと説明をする。セストが魔獣に殺される未来を視たことを告げることはしない。
「こんなに冷たくなって。ラウラを温めないと。そうだ! この辺の葉っぱに火をつけたら」
「山火事になるよ!」
「……そうだな」
セストは自分の上着を脱ぐと、ラウラに着るようにと促した。
「脱いだらセストが寒いじゃない」
「ラウラで暖をとるからいいよ」
セストはそう言いながらラウラを足の間に座らせると、後ろからラウラの腹に手を回した。そのままラウラの肩に顔を埋めると、大きく息を吐く。
ラウラが振り向くと、肩に頬を乗せたまま上目でラウラを見てるセストと目が合った。
「セストー、無事か?」
上の方からセストを案じる声が聞こえた。声から察するに落ちたといっても大した高さではなかいようだ。
「はい。崖の出っ張りに落ちたみたいで無事です。ただ、足場がないので、すぐに上がるのは難しそうです」
「怪我はないか?」
「打ち身くらいで大きな怪我はありません」
セストの存在を知らせることができたので、捨て置かれることはないだろう。
「赤い獣は殺したが、まだ猪が残っている。全員そっちの援護に行くから、そこで待ってろ。後で助けに行く」
赤い鬣の魔獣を倒したと聞いたラウラは、信じられないものを見るかのようにセストに振り向いた。
「……生きてる?」
「生きてるよ。助けてくれたのはありがたいけど、危ないことはするな。一歩間違えば谷底に落ちてたぞ」
「セストが生きてる!」
セストの母親もギーも、どれだけ未来を変えようとしてもその未来はやってきた。だが、セストを殺した赤い鬣の魔獣はセストが致命傷を与え、騎士が命を絶った。
「セストが助かった」
それからラウラは子供のように大声を上げて泣いていた。セストが驚いて宥めようとするが、ラウラ自身も流れ出る涙を止められないようで、しゃくりあげながら困り顔でセストにしがみついている。
いつからかラウラの様子は明らかにおかしくなっていった。何かを警戒するような、しかしそれを気取られないようにと必死で隠そうとしていた。
ラウラがなぜここにいるのか。ラウラが頑なに隠している何かと関係あるのか。
問い詰めたい気持ちがあるが、今ではないとセストはぐっと我慢する。




