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幸せな分銅  作者: 新在 落花


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10.辺境の地(2)

「本日は沢の右岸を中心に捜索を行う」


 翌朝、館にある中庭に集められた一団に騎士がそう声高に告げた。

 国境にある領民に霧の山と呼ばれる山は、非常に険しく入山するには命の危険が伴うといわれていた。

 信心深い一部の領民たちは神の座する神聖な山として、畏れ多いと立ち入ることさえ避けている。


 山はその名のとおり絶えず濃霧が発生しているため、常に視界が悪かった。また、その山は未だ魔獣の目撃情報がないことから後回しになり、一団がまだ足を踏み入れていない場所の一つでもあった。

 大人数で一気に踏み込むには場所が悪いため、いくつかの班に分かれて捜索にあたるのだという。セストやレナートたちはそれぞれ別々の班に振り分けられ、出発の準備に取りかかった。


「団長たちが出発したみたいだ。ということは、セストたちの班が先鋒か」

「ここには魔獣はいないって話だけど、セストも気をつけてね」

「それはお互い様だろう」

「私は後方支援が主だから」


 セストとレナートは魔獣を押さえる役を任じられているため先発の班だが、リタはそこまで器用に魔力を使うことができない。但し、魔力の流れを読むことには秀でているため、魔獣を捕らえた後に魔核の場所を見つけ騎士たちに伝える役目を与えられていた。


「足場が悪いから、魔獣が出たらこちらは不利だな。レナートもリタも気をつけて」


 魔獣は跳躍力にも優れ、岩場や崖も物ともしない。その上、非常に屈強で剣や矢では殺すことはできず、襲われでもすればひとたまりもない。

 魔力で動きを抑え魔核を破壊するために、必ず複数人で一頭に当たることが決められていた。セストは魔力の多さもさることながら、魔獣のどこを抑えることが効果的なのかと瞬時に見抜く能力に長けていた。

 それはセスト自身にも明確な理由は分かっておらず、言わば勘であったが騎士たちに重宝されていた。



「セストはこっちだ」


 リタたちと分かれたセストは顔見知りの騎士に声をかけられ、その騎士の後ろへと続く。騎士が先立って歩き、その後ろに魔術士たちが続く。セストは魔術士に追随し、殿は騎士が務めた。

 人の間から隠れ見える先には、騎士団長と魔術士副団長の姿が見える。


 麓を出発して半刻ほどが経ち、山の傾斜が変わった頃から辺りを薄い霧が覆い始めた。まだ、視界に影響するほどではないが、太陽の光の届かない山の中は鬱蒼として、いかにも何か出そうな雰囲気を漂わせている。

 ごつごつとした岩や木の根で足場の悪い山麓の道を、セストは時折足を滑らせながら歩を進める。


「……ん?」


 耳をそばだてて周りの音に集中するが、谷を流れる川の轟々とした音にかき消されてしまう。川底に岩でもあるのか、時折何かがぶつかるような大きな水音が定期的に聞こえてくる。

 水量の多い川なのだろう。急斜面から落ちないようにと、セストは谷から少し内側の道に軌道を変更した。


 セストの少し前を騎士団長と魔術士副団長が並んで歩いているが、いつもは軽口ばかり叩いている魔術士副団長が、いつになく難しい顔をして黙りこくっている。


「どうした?」


 騎士団長が声をかけると、考え込んでいた魔術士副団長がゆっくりと顔を上げた。視線だけで周りを見渡した後、警戒露わに騎士団長に向かって口を開いた。


「ここは当たりかもしれません」

「いるか?」

「そこまでは断言できませんが、ここは何かがおかしい。自然界には少なからず魔力を内包したものが存在します。しかし、この山は不自然なくらいに閉ざされて、何の気配もありません」


 それは薬草として使用される特殊な植物や、魔術士の魔力を補佐する魔石と呼ばれるものだ。

 人がほどんど足を踏み入れたことのないこの山には、それらが多く残っているはずだった。しかし、魔の気配の強い土地にある山にもかかわらず、魔力に敏感な魔術士副団長にすらその気配を少しも気取らせない。

 

「何かが覆い隠してしまっている、そんな気すらしています」


 セストは漏れ聞こえてくる二人の会話を聞きながら、ずり落ちそうになっていた背中の荷物を背負い直した。顔を上げると月のない夜空のような暗闇が山の奥に向かって続いていた。

 しばらくすると騎士団長の元に斥候が戻ってきたが、申し訳なさそうに首を振っている。



 山を登り始めて一刻ほどした頃、一団に少しの休憩が与えられた。

 先ほどより霧が濃くなり見通しが悪くなったせいか、皆の歩む速度が落ちている。一団から離れると霧ではぐれそうになるため、各々が視界に入る範囲で木の幹に寄りかかったり倒木に座り込んで休憩をしている。

 平らな岩に座り身体を休めていたセストの側で、魔術士たちが打ち合わせをしていた。


「こんなにも何も魔力を感じないのが不思議だ」

「さっきの大木は樹齢何百とも言えそうなものでしたが、何の気配もなかったですね」

「分かれ道にあった岩も、魔力を溜めやすいはずなのに空っぽだった」


 耳に入ってくる魔術士たちの話を聞きながら、そういうものなのかとセストは感心していた。故郷の老人たちが教会側の古木や、森にある巨岩を神聖視して子供の遊びに使わせなかったことにもそんな理由があったのだろう。


「長く年を経ると、多少なりとも魔力が生じるようになるのにな」


 セストが聞き耳を立てているのに気づいたのか、視線を感じて顔を上げると魔術士副団長と目が合った。


「セストは騎士でもないのに、こんな山でも平気そうですね。騎士の訓練でも受けたんですか?」

「いえ、子供の頃から山や森が遊び場だったせいでしょうか。山登りには慣れています。騎士の人たちほど鍛えてはいませんが、足をかける場所や体重のかけ方など、負荷がかからないように山を登る癖が身についています」


 不躾な視線を咎められるのかと思えば、そうではなかったようだ。


「それは残念です。体力的に限界なので秘訣でも聞けるのかと思いました」

「えーと、なんかすみません」


 顔の表情を和らげて少し口角の上がった魔法士副団長を見て、セストは気遣われたのだと気づいた。


「セストはここをどう思います?」


 本気でセストに意見を求めたのではなかった。頭の中を整理するために思わず口に出しただけだった。ところが問われたセストは、魔法士団副長が思いもよらないことを言い始めた。


「……ちょっと違和感があります」

「違和感?」


 息を切らしながら下を向いていた魔術士副団長は、意外なセストの言葉に勢いよく身を起こした。

 射貫かれるほどの強い視線でセストを捉えているが、何も言い出さない魔術士副団長に、続きを促されたのだと思いセストは言葉を続ける。


「さっきから、動物の鳴き声が聞こえないのがおかしいなと」

「鳴き声ですか?」

「言われてみたら確かに」


 聞いていた他の魔術士も同調していた。

 これだけ自然豊かな場所であれば、鳥や動物の鳴き声がするのが普通だ。しかし、薄い霧が出始めた頃から山は静けさを保っている。

 単に大勢の人間の気配を警戒しているだけかもしれないが、故郷の森であれば途切れることがないくらいに、絶えず何かの声が聞こえていた。


 沢伝いに歩いているため山間を流れる渓流の大きな音が常に響き、小さな話し声はかき消されていた。そのため、動物の声が聞こえないことに疑念を抱く者がいなかったのだろう。


「山で動物の声が聞こえなくなったら、近くに強い獣がいるから警戒するようにと教えられました。もしかしたら、自分に聞こえていないだけで鳴いているのかも。ただの気のせいかもしれませんが」


 静かな周りに注意を払っていた魔術士副団長は真剣な眼差しでセストを見て、口元を緩めた。


「よく気がつきましたね」

「恐がりな幼馴染がいたので、なんとなく獣の声を探すのが習慣になっていて」


 ふと風の向きが変わったように感じて当たりを見渡すと、重たい霧が足下から当たりに立ちこめ始めた。水気を吸ったように重たい霧は、足首から膝下、やがて太ももにまで纏わり付くようにべったりと貼り付いてくる。


「騎士団長!」


 魔術士副団長は騎士団長に駆け寄り、セストとの会話のあらましを伝えると魔術士たちに指示を始める。


「霧が目くらましになっているかもしれません。魔術士はこの霧をあらゆる手段を使って解析して下さい」


 思いつきで言った一言でとんでもない事態になったと蒼白のセストは、魔術士副団長の背後にこの場所にいるはずのない人物の姿を見た。


「ラウラ!」


 見間違えるはずはないその少女は、何かに取り憑かれたかのように、脇目も振らずに駆けている。

 濃霧に消えた少女を追って、セストも霧の中に消えていった。

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