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神の招く山  作者: 日戸 暁
第2章 妖しい彼との怪異な夏
4/15

妖精さんの個人授業

怪異はおやすみ。

7月の末近く、期末試験期間に入ったある日。僕が、ゼミの大きなテーブルで第2外国語を勉強していたら、津田さんが後ろで立ち止まった。つつ、と津田さんの白い指が僕の書いた字を辿り、

「人称代名詞の格変化、違うと思う」

ぼそりと言われ、慌てて補習課題プリントを見直す。

「え?……あ」

ほんとだ。

 今日は、佐倉研究室は修士二年のゼミ講義の予定だったけれど、教授都合で取りやめになった。僕にやらせる業務も特にないというので、教授の許可を得て、広いテーブルで勉強させてもらっている。津田さんはテーブルに散乱する僕のプリントをざっと眺め、

「ミニレポートの提出がいくつかと、明日8時半提出の補習課題か……あぁ、この教養科目の考査は、A4両面1枚のみ資料持ち込み可だったと思うが」

「明日の午前中に作るつもりです」

「そうか」

とだけ言って、津田さんはいつものように給湯室に消えた。

明日の朝8時半提出の第2外国語のプリントを終え、僕はパソコンを開いた。古いものなので、起動に時間がかかる。

まずは、さっき返されたレポートの書き直し。提出期限は明日の朝9時。その次は……と僕がぐるぐる考えているところへ、津田さんが、黄色いマグカップに冷たいココアを入れて持ってきてくれた。

「わ、ありがとうございます!」

「例の教養科目の試験は、明日の午後一?」

津田さんは、僕の斜め前の椅子に座りながら聞いた。

「……はい」

正直、もう諦めている。試験も、資料作りも。

「その講義資料、見ても?」

「え? あ、はい」

津田さんは、ぱらぱらとプリントの束をめくっていく。前期講義、全12回分のレジュメだから、それなりの厚みがあるのを流し見していたかと思ったら、不意に席を立ち、津田さんはいつものスペースに行って、ノートパソコンを取ってきた。色はつや消しシルバーだ。津田さんの私物なのかな。パソコンは黒色じゃないんだな。なんてぼけっと眺めている僕の斜め前で、津田さんは何やら入力作業を始めた。

たた、たたた、と軽やかにキーを叩いている。

パソコン作業では長い髪が邪魔になるようで、普段は目元を隠している前髪が耳の方に除けられている。白い額と細めの眉が珍しく露わになっていて、僕はつい津田さんの顔を見てしまう。

しゅっと通った目鼻立ち。でも濃い顔ではなくて、どこか中性的。というか、美術の彫像のような、人間離れした整い方をしているのに、どうして黒縁丸眼鏡なんですか⁉ あぁ、駄目だ。集中できない。

「うるさいか?」

タイピングの指は止めずに、津田さんが聞く。

「へぁっ⁉ あ、いえ、全然大丈夫です!」

「それなら君は、レポートを進めなさい。 僕のことは気にせず」

「……はい」

そう言われても、僕のパソコンはやっとログイン画面になったところだ。

まぁ、パソコンが動いたところで、レポートはそう簡単に書き上がるものではない。

……僕の気力の問題で。

僕がパソコンの画面に向かってうんうん唸っている間、津田さんは黙々と何かを打ち込んでいた。1時間くらいして、津田さんが何か印刷した。うぃー、びぃー、と派手な音を立ててプリンターが動き出す。

「君も、印刷して構わない」

教授のプリンター、勝手に使って良いんかい。

「今度は、第2外国語の、教科書とさっき終えた補習課題を見せてくれるか?」

プリンターの前で紙が出てくるのを待ちながら津田さんが僕に言った。

「え?」

「全問正解するまで補習をやらせるぞ、あの教員は」

津田さんが、印刷された1枚のコピー用紙をひらひらさせて振り返る。

「あぁ、これはキミにあげよう。明日の持ち込み資料だ」


それから僕は、補習課題もレポートの直しも津田さんに見てもらい、日暮れまでかかって全部やり遂げた。

それらを提出したら、担当教員達には出来映えを驚かれ、とっても褒められた。

でも、第2外国語の小野町このまち先生は鋭かった。

「丹波くん。いつでもティーチング・アシスタントに来るよう、津田に言っておいてくれ」

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