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神の招く山  作者: 日戸 暁
番外編
13/15

夢か現か幻か


 あの山から帰ってきて3週間以上が経った。9月に入ってもなお、ただひたすら蒸し暑い研究室に何となくゼミ生が集まって、じっと押し黙っている。

五人のゼミ生と一人のOB。そして僕。

あの日以来、初めて顔を合わせる。

 皆が来るちょっと前に起きたことを話してあげよう。少しでも皆が……笑顔になってくれたら。


********

 今日、僕はバイトのため、早朝からこのゼミ室に来ていた。他に誰もいないこの部屋の書庫で、のろのろとデータ入力をしていた。数時間経っても、まだ50人分のデータしか打ち込めなかった。実に能率が悪い。少し気分転換に体を動かそう。お手洗いに立ちがてら、わざと遠回りして研究室に戻ろうか。

 それで廊下をてくてく歩いていたら、曲がり角の向こうから、がさごそと音が聞こえてきた。あの辺りはゴミ回収コーナーだ。こんな時間に誰だろうと思いながら角を折れる。

 ……見慣れたマットレスが廊下を歩いて来るではないか。思わず立ち止まれば、マットレスの向こうからひょいと人の顔が覗いた。

緩くうねる髪を束ねたその人は、黒い丸眼鏡の奥で目を細めた。

「津田さん……何で……」

 ここに居るの、いつ帰ってきたの、どうやって帰ってきたの。聞きたいことがたくさんあるのに。声が喉の奥に絡んで、それ以上言葉が出ない。びっくりしすぎて体も動かない。

「禍々しいモノを寄せやすくなった」

 津田さんの声。もう嗄れていない。良かった。

 ……うん、マットレスを捨てる理由を聞いたんじゃないんだけど、まぁ、いいや。

 お祓いとかするのかなと思ったらそのまま粗大ゴミの料金シールを貼っている。

「これで眠ると妙につかれる」

津田さんは僕を見て言った。

「8月某日、キミが使って以来な」

 ……え?

 聞き返す僕にひらりと手を軽く上げ、津田さんは廊下の角を曲がって立ち去った。

 はっと我に返って追いかけたけど、どこにも姿はない。

 教授室に駆け戻り、鍵を開ける。誰も居ない。マットレスも消えている。僕はもう一度、ごみ回収コーナーに走った。確かにそこに、マットレスが立てかけてある。

 お手洗いに行く前には確かに部屋の定位置にあって。僕は教授室に鍵を掛けて出て……今、鍵を開けて入った。

 じゃぁ、誰が、いつ。

 

 近付いて、津田さんのマットレスにそっと触れてみる。料金シールで半ば隠すように、なにか別のモノが貼られているのに気付いた。思い切って、シールをめくってみた。

そこに貼ってあるのは、不思議な模様と読めない字が筆で書かれた御札のような何か。

それが急に黒ずんで、しわくちゃになって剥がれ落ちた。

 拾ったそれは今、コピー用紙に貼り付けてチェストの上に飾ってある。

これを皆に見せたら、……驚くだろうな。

 僕の赤いデイパックの鈴が、りんと笑うように鳴った。

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