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04:最高のバッドエンド

 魔の島から数百メートルは砂浜が続いているが、それを過ぎると放置されて巨大化した松林がある。その向こうには高さ五メートル近い有刺鉄線(ゆうしてっせん)が張られていた。高圧電流が流れており、猛獣が万が一にも人里に出てこないようにするためと、本土の人間が入り込まないためだ。


 ちなみに島側から出ていく人間などミカドくらいである。


「はー、こんなのあったんだ。橋の向こうには来たことなかったからねえ」


 ミカドは興味深げに鉄線を見回し、屈伸運動を始める。


「よし! このくらいなら飛び越えられるね」

「待ちなさい」


 ミカドが足に力を入れようとした瞬間、アレックスが制止する。


「えぇー、あれに触れたらびりびりするじゃない。私は大丈夫だけど、せっかく用意してもらった制服がぼろぼろになっちゃうよ」


 ミカドは不満げに抗議する。常人離れした体力と耐性を持つミカドは、これくらいの電流なら普通の人が冬に静電気でバチッとする程度にしか感じない。ただ、服は黒焦げになるだろう。


 ミカドは自分の体よりも制服の事を心配していた。


「いいですか、あなたはこれから人間社会で生きていくんですよ。基本的に人間は五メートルの電流鉄線をジャンプで飛び越えません」

「じゃあ、どうしろって言うのさ」

「何のためにじじいがあなたにデバイスを託したと思っているんですか」


 アレックスは呆れたように首を振ると、別の方向に歩き出した。浜沿いを数百メートルほど歩くと、そこには頑丈な鋼鉄製の扉があった。


「ここは電流は流れていませんが、その分頑強な扉があります。メンテナンス用に設けられた出入口ですね。もっとも、ここ数十年は誰も近寄らないからまともに使われていないのですが」


 アレックスはそう説明した。彼は時々島を抜け出しているが、その際はこの扉のわずかな突起を足掛かりに飛び越えていた。


「なるほど。ここからよじ登るって訳だね」

「違います。いいから扉に手を触れなさい」


 アレックスに促され、ミカドはそっと手を伸ばす。戦車の砲撃でも破壊できないような頑丈な扉が、重々しい音とともにゆっくりと開いていく。


「おー! なんか勝手に開いた!」

「じじいの持っているIDは国家機密レベルですよ。ほとんどのセキュリティはフリーパスで通れるはずです」

「はぁ、なんかよくわかんないけど、すごいね」


 小学生みたいな感想を述べつつ、ミカドとアレックスは悠々と扉をくぐる、その直後、鉄門は自動的に固く締められた。二人はさらに歩みを進める。海風避けの松林のはずなのだが、長らく人が通っていないせいでジャングルじみた密林になりつつある。


 二人は多少警戒しつつ三十分ほど歩き続けた。そうしているうちに、アスファルトで舗装された道に出た。


「すごい! 綺麗な道だ! 平らだし!」


 ミカドは轢かれたカエルみたいに地面に大の字に寝そべった。まともな道路を見たのは生まれて初めてだったのだ。


「いちいち感動しないで下さい。そんな事ではこれから街に行ったら心臓が持ちませんよ」

「だって珍しいんだもん」


 ミカドはしぶしぶ身を起こすと、アレックスは再びため息を吐いた。この先が思いやられるが、ミカドがこういう純粋さを持っているからこそ、アレックスも付いてくる気になったのだ。


(まあ、じじいはそれを見越して僕にデジタル技術を教えたのでしょうが)


 恐らくミカドが島を出ていくことを想定し、サポート役になるよう自分に教育を施していたのだろう。そう思うと、あのじじいに使われているようで若干腹立たしいが、この力はそれ以上のメリットを与えてくれるので文句を言う気はない。


「さて、それではこれから街へ向かうわけですが、この道をまっすぐ行けばいずれ辿り着くでしょう」

「どうする? 走っていく?」

「あのですね……ちょうどいい、レッスンをしましょうか」

「レッスン?」

「これから生きていく上で、生体IDは使いこなせて損はありません。手始めにタクシーでも呼びましょうか」


 そう言って、アレックスは道路の端にミカドを誘導する。


「タクシーって、人を乗せて走る車みたいな奴だよね。おーい! タクシーさーん!」


 ミカドは全力で叫ぶ。元気があって大変よろしい。


「……ま、いきなりやれと言われても無理ですかね。徐々に慣れていきましょうか」


 アレックスはミカドのふくはぎの部分にそっと前足を伸ばす。肉球がぷにぷにしていて心地がいい。そんな事をミカドが考えていたら、不意に空中に四角い半透明のウィンドウが表示された。


「おばけ!?」

「違います。仕方ないのでミカドのIDをハッキングさせていただきました。ごく一部だけですが、それでも大体の事は出来ますからね」

「アレックスすごいね!」


 ミカドの生体デバイスをハッキングしたアレックスは、空中に浮かぶウィンドウに視線を合わせる。目線だけで遠隔操作することが可能なのだ。


 五分ほど待っていると、道の向こうから一台の車がやってきた。旧型は未だに車輪を使っているが、アレックスが呼んだのはホバータイプの車だった。こちらの方が振動が無いので乗り心地がいいのだ。


 人が運転する車は現代ではほとんど無い。アレックスとしてもそのタイプは困るので、スタンダードな無人タクシーを呼んだのだ。


『いらっしゃいませ。どうぞお乗りください』

「ど、どうもご丁寧にありがとうございます!」

「機械にお礼言わなくていいですから」


 無人機におじぎをするミカドをよそに、アレックスはさっさと後部座席に乗り込んだ。ミカドがおっかなびっくりといった感じで乗り込むと、ゆっくりと扉が閉まる。


『どちらまで向かいますか?』

「ええと……」


 ミカドは悩んだ。父からこの世界についての知識は教えられているが、実際に人間の街に行くのは初めてなのだ。とりあえずの目的は父に投与するアンプルの入手だ。だとしたら、人が多いところに行った方がいいだろう。


「じゃあ、トーキョー……」

「カマクラでお願いします。降ろしてほしい場所に着いたらまた伝えるので」

『かしこまりました』


 ミカドの言葉を遮り、アレックスはタクシーにそう指示を出した。アレックスの指示を受け、タクシーは街道を走り目的地を目指す。


「なんでトーキョーじゃないの? この国だと今でも一番人が住んでるんでしょ?」

「馴らしですよ。道路に感動しているミカドがトーキョーなんかにいきなり行ったら卒倒してしまいます」

「そこまでひどくないよ!」


 とは言ったものの、ミカドとしてもちょっぴり自信がないので、ここは素直にアレックスに従うことにした。後部座席にアレックスと並び、ちょこんと腰かける。


「ここから三十分くらいで到着するでしょうが、ミカドには大事なことを伝えておきます」

「大事なこと?」

「まず第一に、人前で私はただの猫として振る舞います。この世界の猫はふつう喋りませんからね。知られると面倒なことになります。第二に、ミカド自身も出自は隠すこと。これはまあ自覚はしているでしょう」

「う、うん……」


 前者に関しては、ミカドは猫と言えばアレックスしか知らないのでいまいちピンとこないが、後者は理解している。自分は、この世界で唯一の男となる可能性を秘めた存在なのだ。


「それと、先ほどミカドのIDを一部拝借しましたが、あくまでマスター権限はミカドのものです。つまり、あなたはその馬鹿馬鹿しいほどの権限を使いこなす必要があります。早く慣れてくださいね」

「ど、努力はする」


 ミカドは言葉に詰まりながらそう答えた。正直なところ全く自信は無いが、人として生きていくならどうしても必要だと言われたら頑張らざるを得ない。


 ミカドは両手をぐっと握り、決意を新たにした。今日から自分は人間として生きるのだ。それが自分のためでもあり、父のためにもなる。


(ま、今のところはこれくらいでいいでしょう)


 ガチガチに緊張しているミカドの横で、アレックスは身体を伸ばしてリラックスしていた。ミカドと違いアレックスは現実主義者だ。人間社会についてもかなり詳しい。


 父のためのアンプルを手に入れるだけとミカドは考えているが、そう簡単にはいかないだろう。通常の国民に付与されるものと、機密エージェントに付与されるものはその性質がまるで違う。いくら人が長寿になったとしても、二百年も生きるのは無理があるのだ。


 恐らく、ミカドが欲しているものは、国の中枢部に食い込まねば得られない代物だ。そして、現状ミカドは身体能力と所持ID特権がずば抜けているだけで、それ以外はほぼ赤ん坊の状態だ。


 アレックスの考えでは、ミカドは父の遺産を引き継ぎ、何不自由ない令嬢として一生を過ごすことになるだろう。ただ、それを今伝えても意味がない。


 恐らく迎えるであろう『最高に幸せなバッドエンド』を、アレックスは飲みこみながら車の中で時を過ごした。

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