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【第1章完結】つなガール!~つながらない二人のバレーボール~  作者: 松竹梅竹松
第1章 わたしとあたしのはじめまして

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第1章 第7話 死刑囚は足掻き続けて

〇梨々花



「梨々花ちゃんいくよっ」

「うん、お願い」



 絵里先輩との約束の月曜日の昼休み。わたしは美樹にお願いしてスパイクレシーブの練習をしていた。お互い制服のままだけど、今はこの短い時間でも使いたかった。



 今日の放課後の練習を最後にわたしのポジションが決まる。水空さんより上手いことを証明できなければ、わたしは絵里先輩にボールをつなげることができなくなる。



「っぁ!」

 コートの間近で美樹はボールを高く放り、それを自分でスパイクする。本当はトスを上げる係もほしかったが、隣のクラスの日向に頼もうとしたら眠いと断られてしまった。他学年に頼むのも気が引けたので、苦肉の策がこの一人スパイクだ。



「ふっ」

 左利きである美樹お得意のライトから打たれたスパイクをフライングレシーブで拾い、本来セッターのいる場所に返す。ボールはほとんど回転することなく、ポトンと音を立てて床を跳ねる。



「さすが梨々花ちゃん。綺麗なAパスだね」

「ありがとう。次、お願い」



 レシーブの技術は今さらどう足掻いたところで水空さんには敵わない。しかしそれはそんなに大きな差ではない。わたしだって勝っている部分はある。



 まずは左利きからのレシーブ。単純な話、左利きのスパイクは右利きのスパイクとは逆の回転が起こる。ボールが腕に当たる瞬間は一瞬だ。その一瞬で通常とは逆の回転のボールを受けるとなると、綺麗に上げるのは相当難しい。でもわたしは美樹のスパイクを小学生時代からずっと受けてきた。この武器は絶対に水空さんより勝っている。



 次にオーバーハンド。リベロは通常オーバーでのトスを上げることができないが、それはアタックラインより前での話。アタックライン手前で踏み切り空中でトスを上げることは許されている。それに無回転サーブを取る時もオーバーハンドの方が有効だ。練習を見る限り水空さんのオーバーのテクは相当ひどい。オーバーの技術はセッター経験のあるわたしの方が上のはずだ。



 後は……信頼という面でも新入りの水空さんよりかはわたしが上だと……信じたい。この三つ。水空さんにはないこの三つをさらに磨き上げる。短期間でわたしの方が上だと証明するにはこれしかない。



「梨々花ちゃんってさ、」

 五分ほど延々とスパイクレシーブを続けていると、突然美樹が口を開いた。



「レシーブ、本当に綺麗だよね」

 話しているせいかスパイクを打つ美樹の手がボールからずれ、ボールがネットに引っかかる。それでもボールはこちら側のコートに入り、なんとか取ろうと飛びついたことでギリギリボールを上げることができた。



 こんなしょぼレシーブのどこが綺麗なんだ。本当の綺麗っていうのは絵里先輩のトスのようなことを言うんだ。わたしなんて足下にも及ばない。わたしの気持ちなんか知らず、美樹は夢を語るような口調で話を続ける。



「格言Tシャツを着なくなったのって、水空ちゃんに気を遣ってだべ? 綺麗で優しくて、梨々花ちゃんはほんとにすげぇよ」

 美樹のスパイクがまた適当なものになった。今度はちゃんとコートの中に入ったが、まるで威力がない。こんなの翠川さんだってレシーブできる。



「……そんなことねぇべ」

 軽くボールを拾い、わたしは答える。



 わたしは綺麗でもないし、優しくもない。



 格言Tシャツを着なくなったのは確かに水空さんが入ってきたからだが、別に気を遣ったつもりはない。ただ恥ずかしくなったから。『リベロ魂』なんてTシャツを着ているのにリベロができないだとか、そんな間抜けな話はない。



「……そんなことあんべ」

 ついに美樹はスパイクを打つことを止め、わたしをまっすぐ見つめてきた。間にネットがあるせいでよくは見えないが、その目は少し潤んでいるように見える。



「だって梨々花ちゃんはすげぇもん。 いっつも誰かのことを気にかけて、自分ばっかりが損をして、それなのにいつでも全力でっ! 梨々花ちゃんが一番すげぇのに……!」



 前々から思っていたが、どうにも美樹はわたしのことを過剰に評価している節がある。



 わたしなんか全然すごくない。ただやりたいことをやって、その結果失敗しているだけだ。そんな風に解釈されても困る。



「梨々花ちゃんといるとね。みき、すっごく安心すんだ。普段でも、バレーでもそう。梨々花ちゃんがいたからみきは楽しくいられた。梨々花ちゃんがどんなボールでも拾ってくれるから安心してプレーに集中できた。梨々花ちゃんのおかげでみきはバレーをやってこれた。ねぇ、梨々花ちゃん。梨々花ちゃんはほんとにすごいんだよ……?」



 あぁ、美樹は優しいなぁ。わたしのことをすごい褒めてくれるし、普段はほわほわしてて和むし、一緒にいて楽しいし。



「だからリベロは梨々花ちゃんがやるべきだべ。だって梨々花ちゃんは……!」



 でもだからこそ、



「美樹の言葉、聞きたぐねぇ」



 優しい言葉が耳に痛い。その優しさが逆にわたしを傷つける。



 だってわたしはやっぱり、すごくなんかないのだから。



「…………」

 美樹の足下に水滴が一粒垂れる。それが汗なのか、涙なのか。わたしと美樹の間がネットで阻まれている以上、知りようがなかった。



 美樹は止まっていた脚を動かし、無言でボールカゴから一つボールを手に取る。そしてボールを高く上げると、強いスパイクを打ってきた。



 ボールの到達地点はわたしの真後ろ。本来ならオーバーハンドで取るべき球だが、いつもよりスパイクに力が入っているせいで、おそらくエンドラインをわずかに超える。つまり、



「――アウ……」

「入りますよ」



 わたしのアウトコールは、ほんのわずかに早かったジャッジにかき消された。咄嗟に後ろを見てみると、ボールはエンドラインのほんの少し手前に落ちていた。つまり、イン。



「……ナイスジャッジ、水空さん」

 正確なジャッジを下した声の主。白い紙袋を持った水空さんが、制服姿で体育館の入口に立っていた。



「やっぱり外から見てるとジャッジしやすいですね。たぶんコートにいたらあたしもアウトだと思ってましたよー」

 水空さんはそう笑いながら言うと、足だけで上履きを脱いで体育館の中に入ってくる。水空さんの発言はきっと嘘だ。もし水空さんがわたしの場所にいたら、ジャッジミスなんてしなかったに決まっている。



「……どうしたの、水空ちゃん」

 美樹がネットの下をくぐり、わたしがいるコートに入ってくる。その顔はいつも通りのふわふわした笑顔だが、水空さんと話す時にこの表情をしたことはないので、無理に作っていることがバレバレだ。



「外川さんに訊いたらここにいるって教えてもらいました。これ東京土産です」

 水空さんは淡々とそう言うと、美樹にお菓子を手渡す。ここら辺では見ることもできないおしゃれなお菓子だ。なんて名前かもわからない。別のチームの練習に行っているとは聞いていたけど、わざわざ東京にまで行ってたなんて……遠征だろうか。



「……ありがとう水空ちゃん。でもお土産選びなんてずいぶん余裕だね。全日本って話はウソだったのかな?」

「まぁそれなり……いえ。とても大変でした。すごい疲れてたけど先輩たちのためを思って必死にお土産を買ってきたんです……こういう感じでいいんだよね……」



 何やらぶつぶつと言っているけど……全日本? まさか日本代表として遠征してたってこと……? だとしたら美樹より上手い左利きの選手だっているはず。オーバーだって本当は上手い可能性だって……。それに……そんなすごい人がいたら……信頼だってわたしより……。だとしたら……だとしたら……。



 わたしが水空環奈に勝っていることなんて、何一つ――。



「小野塚さんにはこれです。初日にこういうシャツ着てましたよね? こういうの好きなのかなーって。わたしの想いを込めて選びました」



 最早口を開けることすらできないわたしの前に、水空さんがシャツを広げて見せてくる。



 それは格言Tシャツだった。確かに格言Tシャツは大好きだ。着るとなんだか自信が湧いてきて、がんばっぺって気持ちになる。



 でもこの格言は、今一番見たくない言葉だった。



 『努力は必ず報われる』。



 そんなありふれた、誰でも言える、無責任な言葉。その文字がTシャツの前面にでかでかと踊っていた。



「小野塚さんっていつも練習がんばってるじゃないですか。だからこの言葉がぴったりなんじゃないかなーって思ったんですけど……気に入ってくれました?」

 わたしがTシャツの文字を見たのを確認して、少し照れくさそうに笑う水空さん。無理矢理シャツを渡され、その文字がより大きく視界に映る。



「うん……ありがと、とってもうれしいよ……」



 だめだ。抑えろわたし。水空さんはなにも悪くない。



 頭ではわかっている。わかっているんだ。



 それでもTシャツを掴む手には力が入り、腕全体がプルプルと震える。



「あの……自分で言うのもなんだけど、あたしって無自覚に人を怒らせちゃうみたいで……。それで真中さんに注意されたんです。もっと他人とも向き合えって。だからこれはあたしからの気持ちです」



 水空さんが何か喚いているが全く耳に入ってこない。わたしの頭の中は上から目線のこの言葉だけ。今すぐにこの言葉をわたしの目の前から消し去りたい。このTシャツをビリビリに引きちぎってしまいたい。



 努力は必ず報われる。そんなはずはない。じゃあなんでわたしは今こうしてるんだ。なんでわたしはリベロになれないんだ。



 ずっと。ずっと努力してきた。誰よりもがんばって、必死にがんばって、どんな時だってがんばってきた。



 それでもわたしは絵里先輩にボールをつなげられない。わたしの方がバレー歴は長い。チームに長く貢献してきた。



 でも結局絵里先輩が選んだのは水空さんだった。待ってもらったとはいっても、そんなものはただの悪足掻きにすぎない。たった数日で実力差がひっくり返るわけがない。



 そんなことはわかってるんだ。でもやらざるを得ないんだ。がんばるしかないんだ。努力するしかないんだ。



 でも。それでも今日の練習後、わたしは正式にリベロから降ろされる。



「小野塚さんの話をもっと聞かせてください。あたしももっと話します。それでちゃんとお互いが納得できる妥協点を見つけましょう。たぶんそうすれば、あたしはもっとリベロが上手くなると思うんです」



 ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな!



 なにが努力は報われるだ。



 わたしの努力は、絶対に報われない。



「小野塚さん……? 息上がってますけどどうかしましたか……?」

「……うん。大丈夫。大丈夫だから……!」



 「ここからすぐに消えろ」。そう言いそうになって、開きかけた口を手で抑える。



 息が上がる。身体が熱くなる。目の前が歪む。脚がふらつく。立っていられなくなる。



「はぁ……はぁ……! なんで……なんでわたしは……!」



 これ以上言うな。わたしは先輩だ。こんな言葉を後輩に聞かせるわけにはいかない。絵里先輩はいつでも完璧だった。わたしもそうしなくちゃならないんだ。



「わたしは……絵里先輩に……! 絵里先輩にボールを……! はぁ……! あぁ……!」



 もう自分でもなにを言っているかわからない。心のコントロールが全くできない。



「保健室……保健室に……」

 顔を上げると、わたしと同じくらいの身長の女が肩に手を伸ばしてくるのが見えた。



 あぁ、そうだ。



 こいつがいなければわたしはリベロになれたんだ。



 こいつさえ、いなければ。



「お前さえ……いなければ――!」



 わたしの肩に乗せられたその白く細い腕を払おうとした瞬間、



「水空ちゃん、話があるの」



 10年間聞き続けてきた声が、わたしの動きを制止させた。

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