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【第1章完結】つなガール!~つながらない二人のバレーボール~  作者: 松竹梅竹松
第1章 わたしとあたしのはじめまして
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第1章 第5話 死刑宣告

〇梨々花



「じゃあ練習終わりー」

 絵里先輩の号令を合図に練習が終わりを迎えた。五月も近づいて気温も段々高くなり、夜だというのにずいぶんと汗をかいてしまった。身体に張り付いたシャツが気持ち悪い。



「リリー、変なシャツはどしたの?」

 バレーに限った話ではないが、運動後はなにはともあれストレッチ。床に寝転がって脚を交差させていると、久しぶりに練習に来た日向が近寄ってきた。ちなみにリリーというのは梨々花から取ったわたしのあだ名。と言ってもそう呼ぶのは日向しかいない。



「変なシャツ? わたし変なシャツなんて着たことないよ?」

 今日着ているのは無地の黄色いシャツだし、普段も特に変と言われるほどのものは着ていないはずだ。わたしがそう答えると、日向はこらえきれなかったようにブフーッと吹き出した。



「え? わたしなにか変なこと言った?」

「変なことっていうか変なシャツっていうか……ふふ……」

「梨々花ちゃんのシャツは変じゃないよっ!」


 うわ、文字通り美樹が飛んできた。普段のジャンプより高く飛んでたんじゃないだろうか。とにもかくにもこれで2年生全員集合。なんかずいぶん久しぶりな気がする。



「出たな、リリー好き好きマン!」

「梨々花ちゃんの悪口を言う奴は絶対に許さないっ!」

「なにその小芝居……」


「エリーさん好き好きマンは黙るがいい!」

「なんだとバイト怪人サボリー!」


「あーそれは本当にごめんって思ってる」

「急に素に戻らないでけろ!」



 乗ってしまったわたしが恥ずかしい。でもリリーとエリ―、わたしと絵里先輩のあだ名が似ているというのはなんだろう、少しうれしい。



 日向は基本的に週一程度でしか部活に来ない。その理由はバイトが忙しいからなのだが、別に家計が厳しいだとか経済的な理由ではない。



 ただ単に日向は自由人なのだ。興味のあることはなんでもやりたいし、ルールに縛られるのをなによりも嫌っている。バイト自体も週二程度しか行っていないらしく、基本的には毎日遊び歩いている。



 遊んでいると言っても見た目のような不良行為はしておらず、そこら辺をふらふらと歩き回っているだけらしい。容姿こそ田舎のヤンキー染みているが、実際は本当にただの自由な人。それが日向だ。



「で、変なシャツってなに?」

 本題からすっかり逸れてしまった。まぁその本題も結構どうでもいいことなんだけど。



「ほら、あの『絶対落とさない』とか、『バレー命』とか格言? が書いてあるシャツ」

「え? 格言Tシャツって変だったの?」

 わたし私服でもたまに着てるんだけど。



「大丈夫だよ、梨々花ちゃん」

 と思ったが、どうやら美樹はわたしの味方らしい。そうだべ、一緒に買いに行ったことあるもんね。美樹は一着も買わなかったけど。



「梨々花ちゃんが持ってる11枚のシャツ、全部似合ってるもん。『絶対落とさない』も、『バレー命』も、『リベロ魂』も、『チームを守る』も……」

「ねぇなんでわたしのシャツについてそんなに詳しいの?」


 なんなら『チームを守る』Tシャツは買っただけで一度も着たことがない。好き好きマンを通り越してホラーマンって感じだ。



「でもリリーもエリーさんのシャツ全部言えるでしょ?」

「そりゃ9着全部言えるよ。青の無地に、白の無地。青と白のストライプに、お気に入りの黒とピンクの……」

「ねぇなんで私のシャツについてそんなに詳しいの?」



 いつの間にかわたしの背後にいた絵里先輩が引きつった笑みを浮かべ、少し後ずさった。いつも満面の笑顔の絵里先輩にしては珍しい表情。ありがとうございます。



「まぁいいや。いやよくないんだけどね、うーん……」

 絵里先輩の葛藤の表情! うへへたまんねぇ。



「とりあえず、ちょっと来て」



 そう言った絵里先輩は、声も表情もいつもと変わらない。優しい、優しすぎる、いつもの絵里先輩だ。



 だからこそわかってしまった。



 たぶんこれは、死刑宣告。



「……わかりました」

 この日がいつか来ることはわかっていた。わかっていたけど、どうしても覚悟ができなかった。



 でも絵里先輩に呼ばれたら断るわけにはいかない。わたしは頷き、体育館の外に歩き出した絵里先輩の後をついていく。



 思えばいつもこうだった。絵里先輩の後をついていって、決して追いつけない。



 いつか絵里先輩の隣に立てる日は来るのだろうか。



 答えはすぐに絵里先輩の口から語られた。



「梨々花、セッターをやってみない?」



 ただでさえ校内の最果てにある第三体育館のさらに裏、誰も寄り付かない草が自由に生い茂った場所で、絵里先輩はわたしにそう告げた。



「別に水空さんは関係ないんだよ? 私もそろそろ引退だし、セッター経験のある梨々花なら私がいなくなった後も立派にセッターを務められると思うの」



 絵里先輩はその後も「セッターをやるなら早めの方がいい」とか、「リベロよりもセッターの方が向いている」とか言って説得してきたが、耳から耳へと通り過ぎていくようで、まったく内容が頭に入ってこない。



 普段なら絵里先輩の言葉を聞き逃すだなんて絶対にしない。でも今は、今だけは絵里先輩の言葉を聞きたくなかった。



 絵里先輩は本当に優しい。水空さんの方が上手いだなんて一言も口にしてこない。でもその優しさが逆にわたしの心を締め付ける。



 全部わかっているから。絵里先輩とわたしは繋がっているから、心が息苦しくて仕方ない。



 絵里先輩は春高まで残らない。高校を卒業した後もバレーを続ける気はない。



 だから今度のインハイ予選が最後だったのに。



 わたしがリベロとして絵里先輩にボールをつなげられる最後のチャンスだったのに。



 わたしにはそれが叶わない。



「……次に水空さんが来るまで、時間をくれませんか?」



 そんなこと、認められない。認められるわけがない。意地でも食い下がってやる。水空さんは別のチームの練習とかで次に部活に参加するのは来週の月曜日になる。時間はまだ充分にある!



 絵里先輩にボールを繋げることだけが、わたしにとってのバレーボールをやる理由なのだから。



「次の練習で、わたしの方が水空さんより上手いことを証明してみせます」



 わたしの言葉に絵里先輩はなにも返さない。ただ優しく、それでいて悲しそうに微笑んでいる。



「失礼します」



 頭を下げ、わたしは絵里先輩の前から立ち去る。すぐに帰って公園ででも自主練しよう。そうでもしないととても水空さんには勝てない。



 体育館に戻る途中、ふと遠くに見える桜の木が目に入った。



 五月も近づき、ほとんど散ってしまった桜の木。今までまったく興味がわかなかったのに、なぜだか気になって仕方ない。



 その残り数枚となった桜の花はわたしのようで。



 往生際が悪いと心の底から吐き捨てた。

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