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【第1章完結】つなガール!~つながらない二人のバレーボール~  作者: 松竹梅竹松
第2章 あたしとわたくしの特別

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第2章 第3話 ポジション争い

〇環奈




「水空ちゃん、対人付き合ったげよっか」



 珠緒の暴走によりいきなり練習試合が組まれたが、生憎一年組は部活に来たばかり。まずはアップをしようとしていると、扇ちゃんが話しかけてきてくれた。ちなみに対人とは対人パス練習の略で、お互いがスパイクやトス、レシーブなどあらゆる手段でボールを相手にパスしてそれを続ける最も基本的な練習の一つだ。まぁあたしはレシーブしかできないけど。



「あざーす」

「ん。で、あのお嬢様……新世さんのことなんだけど……」



 どうやらあたしのアップに付き合ってくれたのは珠緒のことが気になるかららしい。対人のペアになっている梨々花先輩と珠緒をちらちらと見ながら軽くスパイクを打ってくる。



「ちょっとあの子……生意気だよね。普段ならあんな感じなの?」

「珠緒はずっと、あんな感じですよ。先輩相手だろうが先生相手だろうが傲慢無礼。言葉を選んだりはしないです。ずっとただひたすらに、正論を突きつけてくる。悪い子じゃないんですけどね」


「水空ちゃんが言うんだ……。じゃあ、さっきの攻撃力不足~とかセッターが必要~とかも正論なの?」

「そりゃそうですよ。バレーで一番重要なポジションはセッターですから」



 バレーは自コートで三回しか触れない球技。最もオーソドックスな流れは一手目でレシーブ、二手目でトス、三手目がスパイク。この内レシーブとスパイクは誰がやってもいいけど、トスだけはセッターが務めるのがベスト。バレーの三分の一を一人で担っていると言ってもいいのかもしれない。



「セットアップがヘタクソだったらどれだけ優秀なスパイカーも上手く攻撃できないし、セッターの組み立てによって攻撃の流れ全体が変わってくる。一番能力の高い選手がセッターを務めることも多いですし、優秀なセッターがいないから負けたっていうのもあながち間違いじゃないです」



 仮に。仮にこの前のインハイ予選で流火がセッターだったらおそらく大敗を喫していただろう。逆に何かの間違いで流火が花美に入学してたら、たぶんあの試合は勝てていた。その場合紗茎のセッターが天音ちゃんだったらそれでも負けていたと思う。……たらればは置いておいて、とにかくそれくらいセッターは重要なポジションなのだ。



「……だよね。だからみきは、梨々花ちゃんがセッターをやるのは大賛成。元々希望は置いておいてセッターだしね」



 バレーでレギュラーになれるのはリベロを入れて七人。花美の部員は珠緒を入れて八人。現状ポジションが被っているのは梨々花先輩と珠緒。すなわち、どちらかがレギュラーから外れることになる。



「それで……あの子ってどれくらい上手いの? ほんとに梨々花ちゃんからポジションを奪えるレベルなの……?」

「そう聞かれたら答えは、はいです」

「っ」



 あたしの答えに扇ちゃんのスパイクの威力が強まる。正直なところ梨々花先輩のセッターとしての実力は未知数だ。元々セッターだったらしいけど本人の希望はリベロだったし、正セッターは絵里先輩だったから。梨々花先輩のセットアップを見る機会は少なかった。少ないと言っても何度か見てきたし、たぶんこの前の試合で紗茎のセッターだった人よりかは遥かに上手いと思う。それでも断言できる。セッターには珠緒がなるべきだ。



「珠緒の能力を簡単に表すなら、劣化版天音ちゃんです。トスもスパイクもブロックもレシーブもサーブも、全てが天音ちゃんの下位互換。才能もセンスもあんまりないです」

「そう聞くと全然すごく思えないけど……」

「まぁそれは能力的な話で感情的に言うと、こうです」



 あたしはあえて、宣言する。今までのあたしから最もかけ離れた言葉を。



「梨々花先輩は珠緒とじゃなくてあたしと戦ってほしい……セッターじゃなくてリベロになるべきです。あたしと真剣に、ポジション争いをしてほしい」



 その宣言に一番動揺したのは梨々花先輩ではなく、ペアをしていた珠緒だった。返ってきた緩いボールを落として信じられないものを見るような目をあたしに向けている。



「……マジですの? 環奈さん、ポジション争い(それ)が嫌いだから……」

「残念ながら大マジ。あたしは梨々花先輩に勝ちたい。リベロとしてあたしの方が上だって証明したい」

「……まぁ人数的にリベロ二人は無理だし、わたしはサーブがあるけど環奈ちゃんレシーブ以外ダメダメだからリベロ以外の選択肢はないでしょ? リベロは環奈ちゃんだよ。もう絵里先輩(拘る理由)もないしね」



 驚愕に口を閉じることができない珠緒とは真逆に、梨々花先輩は困ったように笑っていた。確かにチーム事情的にはそう……本気でポジション争いができる余裕は花美にはない。それでもあの試合であたしは自覚してしまった。梨々花先輩の才能に劣ってしまっていると。だから……。



「まぁでも大丈夫だよ。あの試合の敗因はわたしだったんだから」



 悪寒。悔しいという気持ちを軽く覆い尽くすような、嫌な気配。



「最後、わたしが絵里先輩のボールをつなげられなかったから負けた。だからもう負けない。誰にも絵里先輩が悪いなんて言わせない。絵里先輩のどんな想いでもつなげられるくらい、強くなる」



 あの試合で変わったのはあたしだけではない。尊敬する人に明確に拒絶され、自身が原因で試合を終わらせた、梨々花先輩。つなげるべき光を失ったどす黒い瞳が、あたしと珠緒を見上げている。



「環奈ちゃんも新世さんも、好きにやっていいよ。ただ一番使えない子がレギュラーから外される。それだけだから」



 「あ、ごめんね! 怒ってるわけじゃないんだよ!」。いつもの優しい顔に戻った梨々花先輩があたしに抱き着いてくる。あぁ……くそ。やっぱり苦手だ……こういうポジション争いは。誰かが嫌な気持ちになることが決まっている。そしておそらく負ける(そうなる)のは……。




梨々花

美樹   胡桃   日向

ーーーーーーーーーーーー

朝陽   きらら  珠緒

     環奈




 一年生連合と二年生連合の試合は梨々花先輩のサーブから始まった。梨々花先輩が打ってきたのはジャンプフローターサーブ。あたしが苦手なオーバーハンドでのレシーブが推奨される無回転サーブだ。でもアンダーでも取れないわけじゃない。不規則に揺れるサーブを正面から受け止め、セッターである珠緒へとボールをつなぐ。



「翠川さん、一ノ瀬さん、いきますわよ!」

 素早く落下地点に潜り込んだ珠緒が事前に伝えておいたサイン通りに動くよう指示する。相手ブロッカーには全国レベルの胡桃ちゃんがいる。たとえブロックを抜けたとしても梨々花先輩と扇ちゃんという同じく全国レベルのレシーバーが待ち構えている。身長はあってもまだ未熟なきららや、力任せなスパイクしかできない一ノ瀬さんでは通用しない。普通にやっては。



「日向さん止めるわよ」

「うっす!」



 ――珠緒の実力は特別高いわけじゃない。身長は170には届かないし、スパイクやブロック、レシーブも相手を圧倒できるほど優れているわけでもない。それはトスも同様……たぶん、梨々花先輩に劣っている。そして梨々花先輩は、さらに上手くなろうとしている。それでもあたしの考えは変わらない。



「さぁ、まずは一点取りましたわ。次も取りますわよ」

「……は?」



 トスを上げるために跳び上がっていた珠緒が着地して声を出す。ボールは相手コート、ネット際に落ちていた。胡桃ちゃんも、扇ちゃんも、梨々花先輩もその場から一歩も動けずに失点を許してしまっていた。



「ツーアタック……! でも……!」

 ようやく答えに辿り着いた胡桃ちゃんだが、何か納得できなそうに口ごもっている。そう、今珠緒が行ったのはツーアタック。トスを上げるモーションから相手コートにボールを押し出すフェイクプレー。読まれれば確実に止められる諸刃の剣だ。それでも珠緒は一点目という状況で決めてみせた。誰一人にも、読ませずに。



「小野塚梨々花さん。あなたが特別な存在だということはこの前の試合でわかりましたわ。さっきのオーラにも気圧されて正直クソビビってましてよ。でも、それだけですわ」



 天音ちゃんの下位互換という評価は間違っていない。珠緒には才能もセンスもまるでない。でもたとえば扇ちゃんを天音ちゃんの下位互換と呼ぶだろうか。答えは否。全ての能力で劣っていても、下位互換という言葉は使われない。比較対象にならないとその言葉は出てこない。



「わたくしは勝つための努力を重ねてましてよ。だから負けませんわ。バレーの神様から愛されただけの、特別なあなたには」



 新世珠緒は、努力だけで高校最強(天音ちゃん)と近いところに迫っている。

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