第2章 第2話 足りないもの
〇珠緒
ふふふ……。わたくしの華麗なるサプライズ登場にさぞやお喜びのようですわね、環奈さん。そんな両手で顔を覆って涙を隠すだなんて……。中々かわいらしいところがあるじゃありませんの。
「なんで勝手に来てんの!? あんためんどくさい……本当にめんどくさいんだから! あたしが話通しておくって言ったよね!?」
と思いきやずいぶんお怒りの様子……まさかあの環奈さんにめんどくさいと言われるとは思いませんでしたわ。
「環奈、こいつ誰だ?」
そう言って不躾にもわたくしを指でさしたのはつい先日繰り上がりで部長になったという一ノ瀬朝陽さん。ずいぶんガサツそうな方ですわね……環奈さんが一番嫌いそうなタイプですが。
「えーと……新世珠緒……あたしの中学時代のチームメイトです。花美に入学はしてたんですけどわけあって入部は遅れてて……」
「その通りですわ! わたくしは……」
「珠緒それ以上は禁句!」
ちょうどその話が出たのでわたくしの入部が遅れた理由を説明してさしあげようと思いましたが、環奈さんに止められてしまいましたわ。珍しいですわね……環奈さんが周りに気を遣うなんて。
「環奈さんのチームメイトということはもしかして『金断の伍』の一人ですか!?」
興奮した様子で口を開く翠川きららさん。金断の伍……ひさしぶりに聞きましたわね。水空環奈をはじめとした、全中三連覇を果たした紗茎中の五人の天才選手。同じ代、同じチームで生まれた化物を指す言葉ですが……。
「珠緒は違うよ。三年間ずっとベンチだったから」
「あー……なんだか思ったより微妙な方ですね!」
「もっとオブラートに包みなさいな。全国区のベンチに入り続けるのも大変なんですのよ」
まぁ今さら何を言われてもどうでもいいですが。あれは過去の出来事。わたくしにとって大切なのは未来だけですわ。
「それで、そのベンチさんがずいぶん偉そうなことを言っていたじゃない」
嫌味ったらしくそう言ってきたのは三年生の真中胡桃さん。花美の中で圧倒的に一番上手いこの方に詰められると弱いですが、もう口走ってしまった以上退けませんわ。
「珠緒……あんたなに言ったわけ?」
「進言して差し上げたのですわ。花美高校がなぜ紗茎学園に負けたのか。その理由を」
先日行われたインターハイ予選一回戦、花美高校VS紗茎学園。わたくしはその一部始終を観戦していた。26-24。25-23。結果的には負けてしまいましたが、点差に大きな開きはない。ではたまたま負けてしまったのかというと、そうでもない。負けたのには大きな理由がありましたわ。
「花美高校の防御力は目を見張るものがありますわ。環奈さんを筆頭にして、小野塚さん、扇さんといった全国でも通じるレシーバー陣。ミドルブロッカーの翠川さんと真中さんもいい。環奈さんがよく言う、ボールを落とさなければ負けない。この言葉にぴったりのチームですわね。でも結果的に、勝てなかった」
確かに環奈さんの言う通り、バレーはボールを落とさなければ負けることのないスポーツ。ただし、そんなことはありえない。どれだけ優れたレシーバーやブロッカーがいようが、失点をなくすなんて不可能。だからこそ。
「点を捥ぎ獲る、攻撃力の不足。それこそが花美が負けた理由ですわ」
「でもそんなの一朝一夕で何とかなるもんじゃないでしょ」
この問題の一番の要因が自分だと気づいているのか。基礎も何もなっていない、ただ運動神経だけでバレーボールをやっている外川日向さんがつまらなそうに口を挟んでくる。言っていることは正しくはありますが。
「でしたら! 自分がバンバンスパイクを決めてみせます!」
「あなたはそれよりブロックよきららさん。それにこの子が言いたいことは、そういうことじゃないわ」
「話が早くて助かりますわ、真中さん。強い攻撃ができれば勝てる。それだけなら紗茎は花美に圧勝していますわ。単体の攻撃力なら最強の風美さんがいますもの。でも点差的に大きな開きはなかった。紗茎だって攻撃力が足りなかったんですのよ。少なくともあの試合ではね。では何が必要か」
花美と紗茎。あの試合ではお互い同じ問題点を抱えていた。三度しか触れないバレーで、攻撃へとつながる二度目のタッチを任されたポジション。
「セッター! つまりわたくし! わたくしが花美に足りない攻撃力をカバーしてさしあげますわ!」
……決まった。かんっぺきですわ! これでわたくしの価値がわかったはず……でもなぜでしょう。何か、すごい殺気を感じますわ。……あぁ。そういえば、あの凡庸セッターにずいぶんご執心な方がいましたわね。
「それってつまり。絵里先輩のせいで負けたって言いたいの?」
小野塚梨々花。先の大会で八面六腑の活躍を見せた、わたくしのライバル。
「小野塚さん。今のセッターはあなたですわね? 悪いですがそのポジション、わたくしがもらいますわよ」
「水空ちゃんといいあなたといい! 最近の一年生はちょー生意気! 梨々花ちゃんがあなたなんかに負けるわけないでしょ!?」
静かな敵意を覗かせる小野塚さんの前に出てきたのは扇美樹さん。環奈さんの話では小野塚さんの親友とかなんとか……。でもこの展開は悪くないですわ。
「なら勝負で決めるとしましょうか。一年生連合と二年生連合の試合。そうですわね、せっかくなら三年生にも参加してもらいましょうか。能力的に劣る一ノ瀬さんはこちらで預かりますわ」
「あぁ!?」
吠えている一ノ瀬さんは一旦置いておくとして。
「小野塚梨々花さんとわたくし。どちらがセッターにふさわしいか。勝負ですわ!」
1年生連合
一ノ瀬朝陽 OH 3年 167.0cm 最高到達点:274cm
水空環奈 LorR 1年 147.2cm 最高到達点:223cm
翠川きらら MB 1年 185.4cm 最高到達点:296cm
新世珠緒 S(希望) 1年 168.9cm 最高到達点:290cm
2年生連合
真中胡桃 MB 3年 174.1cm 最高到達点:295cm
扇美樹 OP 2年 154.9cm 最高到達点:263cm
外川日向 OH 2年 164.9cm 最高到達点:276cm
小野塚梨々花 SorLorR 2年 146.8cm 最高到達点:282cm




