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【第1章完結】つなガール!~つながらない二人のバレーボール~  作者: 松竹梅竹松
第2章 あたしとわたくしの特別

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第2章 第1話 新入部員

〇環奈



「大変です環奈さんっ」



 インハイ予選も終わり、練習中でなくとも暑さを実感し始めてくる六月中旬。いつものように授業終わりに練習が行われる第三体育館へと向かっていると、真正面から一人のチームメイトが爆走してきた。



「どうしたの? きらら」

 あたしとぶつかる直前で急ブレーキをかけると、翠川(みどりかわ)きららは膝に手をつき激しく息をする。ぜえぜえするほどつかれるって一体どこから走ってきたんだか……。



「大変です……! ぜぇ……大変なんです……! はぁ……」

 息も絶え絶えでそう吐くきららの顔には汗が滝のように流れており、表情はお化けを見てしまった人のように驚愕と必死が入り混じった緊急性を感じさせるものをしている。まだ顔も上げられないし、そうとう切羽詰まった状況なんだろう。



 え? なんで顔を上げてないのにきららの表情がわかったのかって? 答えは単純。きららが背を屈めていたとしても、まだまだあたしの方が身長が低いからだ。さすがは百八十五センチ……まるで大木の下にいるかのような包容力を感じる。



「とりあえず水でも飲む? スポドリしかないけど」

「お水なんか飲んでる場合じゃありません! 一大事ですっ!」

 ようやく落ち着いたのか、きららはばっ、と顔を上げてそう叫ぶ。



「だからどうしたのって。誰かケガでもした?」

 顔を上げたはいいもののあたしと話すために結局下を向くこととなったきららに若干イラだちを込めた声でそう訊ねる。あたしときららは同じクラスなので基本的に一緒に練習に向かうのだが、今日はあたしが掃除当番で先に行ってもらっていたのだ。時間的に十五分くらいだし、このセンが一番濃厚だろう。だとしたらあたしより先に職員室に行くべきだけど。



「違いますっ。まだ体育館には行っていませんっ!」

「じゃあなに? 告白でもされたの?」


「こ、告白!? そんな……自分にはまだ……」

「あーはいはいそういうのいいから早く教えて」



 かわいらしく照れているきららには悪いけど、いい加減イライラが抑えられなくなってきた。怪我じゃなくても緊急性の高いものだったら急がなきゃいけないのに。


「わかりました。ではお話しします」

 きららはすーっと一度深呼吸し、語り始める。



「自分、体育館に行く前に職員室に寄ったんです。宿題をやり忘れてたので。あ、宿題と言えば休み時間に手伝ってくれてあり……」

「いいから。それで?」

「うー……環奈さんが怖いです……」


 あたしからすればあんなにすっ飛んできたのに宿題に話が飛びそうになってた方が怖いよ。



「それでですね、現代文の権田先生に怒られたんですよ。いくら中間テストの点数がよかったからって提出物を出さないといい成績あげないぞーって。でもそれっておかしくないですか!? 実力を発揮するテストこそが……」

「…………」


「ご、ごほん。その……お説教も飽きて徳永先生何やってますかねーってチラ見してみたら、一人の女子生徒とお話してたんです」

「ちゃんと先生の目見ないと怒られるよ」


「何のお話してるんですかねーって聞き耳立ててみたら、」

「もう見ても聞いてもないじゃん。ただ職員室に来た人じゃん。もっと怒られればいいのに……」


「なんと! バレー部に入りたいってお話だったんですっ!」

「へぇ!」


 この時期に新入部員。確かに大変な事態だ。つい先日一人部員が減ったことだし、部員増は初心者だったとしてもありがたい。



「それで大変ですーって思って急いで職員室を出て環奈さんを探してたんです!」

「はぁなるほど……。ってあれ? もしかして説教終わってなかったんじゃない?」

「はっ! しまったですっ!」


 しまったですって何語……? まぁいいや。



「とりあえず新入部員が入ってくるかもしれないって話ね。うん、わかった。それはびっくりだ。じゃあ職員室へお戻りください」

 あたしはわざとらしくきららに一礼すると再び体育館へと歩を進める。



「そんなぁー! 自分だって新入部員さんとご挨拶したいですっ!」

「まぁきららが怒られるだけだからあたしはどっちでもいいけどね」

 青い顔をしながらもあたしの後をのろのろと追ってくるきららに追い打ちをかけたが、もう怒られるのを受け入れたのかきららは小走りをしてあたしの横に並んできた。



「そういえばその子はどんな子だったの? 一年生?」

「たぶんそうです。名前は知らないですけど入学式とか全校集会とかで見たことのある顔だったので。それについ最近も見た覚えが……」

「ふーん、じゃあ隣のクラスだ」



 東北の田舎町に建つ我らが花美高校は、少子化プラス都市集中化の煽りを受けて絶賛生徒が激減中らしい。具体的には三年生は三クラスあるのに二年生と一年生は二クラスだけ。来年度は一クラスしか作れなくなるという噂もあるほどだ。なのに田舎だけあって敷地はやたら広く、体育館は小さいのも含めて五つも存在する。おかげで第三体育館はほぼほぼ女子バレー部が独占できてるんだけど。



「それにしてもどうしてこの時期なんですかね?」

「うーん……想像できるのは前の部活が辛くて早々に辞めちゃったけどやっぱり運動部に入りたいーって感じかな」


「それはないと思いますよ。彼女、ずっと金髪だったので」

「いやあたしたちも金髪じゃん……」


 まぁきららはあたしと違って地毛だけど。やっぱり外国人の血が入ってるのはずるいなー。確かおばあちゃんがスウェーデン人なんだっけ。



「でも金髪かー。目立ちそうなものだけど全然記憶にないや」

「おかしいですね。かなり目を引く髪型なんですけど」

「目を引く髪型ってどんなよ。金髪ツインテールとかアニメみたいなやつだったら確かに覚えてない方が無理あるけどさー」


 そう笑って、少し引っかかる。アニメみたいな髪型。そんな知り合いが、いたような……。



「えーと、縦ロール! の、なりそこないみたいな髪型ですっ!」

「はぅわっ!」

「ぅえっ!?」


 思わず奇声を上げてカバンを落としてしまった。きららもそれに驚いてカバンを放り投げてしまっている。



「わ、わすれてた……。あいつだ……あいつそろそろ来るって言ってたんだった……!」

「か、環奈さん……?」

 あまりのショックに頭を抱えるあたしをきららが心配そうに覗き込んでくれるが、今きららに構える余裕はない。


「ごめんきららっ」

 カバンを拾わずにあたしは体育館へと駆け出す。あいつのことだ。あいつが来るまでに先輩たちに話を通しておかないとめんどくさいことになる……!



「どうしたんですか環奈さん! ていうかカバン自分で持ってください!」

 だからごめんってきらら今いそい……ってはやっ! カバン二つ持ってるのにあたしの隣に平然と並んでくる!



「その人がどうかしたんですか? まさかものすごいヤンキーさんでとっても暴力的だとか……!」

「そっちの方がまだいいっていうか……なんて言ったらいいんだろ……嘘つき……性悪……馬鹿……」

「大丈夫なんですかその人!?」


 きららの悲鳴になにも返せない。大丈夫かと訊かれたら大丈夫じゃないけど、体育館が見えてきたし説明してる時間はない。


「とにもかくにもっ!」

 走りながら蹴飛ばすように靴を脱ぎ、一気に体育館へと身を転げる。



「ものすっっっっっっごく! めんどくさいっ!」



 体育館に入ったあたしの視界に入ったのは、一人の女子生徒の後ろ姿。そしてその前では梨々花先輩に扇ちゃん、胡桃ちゃん。それに一ノ瀬さんと外川さん。あたしたちを除いた花美高校女子バレー部全員がぽかんと口を開けてそいつの話を聞いている。



「おそかった……」

「はぁ……はぁ……もう……靴はちゃんと揃えないとダメですよ……」


 おそらくあたしの靴を拾ってくれたきららがあたしの隣に立ってその一団を見る。


「あっ! もしかしてあれが新入部員さんですか!?」

 きららが大声を出したことで梨々花先輩たちがあたしたちの存在に気づく。それと同時に彼女も振り返った。


 百七十近い身長に、引き締まったスタイル。目鼻立ちの整った顔に、自信に満ち溢れた表情。慎ましさとは無縁なウィッグに見えるほどの派手すぎる金髪。そして髪質のせいで全然上手く巻けず、毛先が曲がる程度に留まってたできそこないの縦ロール。



「思い出しました! インハイ予選で飛龍さんの隣で解説係やってた方です!」



 そう……その通り。あたしや流火、風美と同じ中学の同級生。三年間女子バレー部に所属していたが、わけあって花美のバレー部には遅れて入ると宣言していたあいつ。



「ごきげんよう、環奈さん! 真の主役、わたくしの登場ですわ!」



 新世珠緒(あらせたまお)が高らかに笑っていた。

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