第1章 最終話 はじめましてのはじまり
〇環奈
「結局、私は何がしたかったんだろうね」
翌日。全中三連覇を果たしたあたしが県大会の一回戦で敗北したその翌日。あたしは部長さんに呼び出されて喫茶花美にやってきていた。
「環奈ならわかるよね。私と同類の環奈なら」
「ならあたしの気持ちもわかるでしょう?」
「もう終わった私の話なんかどうでもいい。さっさと練習したい、だよね」
「……そこまでは思ってません、けど」
今日は日曜日。本来なら一日中バレーをすることができる日だ。いや二回戦に挑んでるはず、か。でも負けたあたしたちには次がない。バレーを練習することでしか、次に進めない。……ううん、それも違う。
「本音のところ、あたしは最強だと思ってました。本気を出せば誰にも負けないんだぞって、驕ってた」
「梨々花に負けて自信喪失ってわけだ。それにオーバーハンドもへったくそだもんねぇ」
「違います……それは個人の得意不得意。誰にだって苦手なことはあるし、得意で苦手を補完すればいいだけ。あたしが昨日実感したのは、あたしのプレースタイルの限界です。ひたすらに走り続けてボールを拾う……それが満足にできたのは一セット目まででした。花美の攻撃力の弱さが原因ではあるけど、この先風美みたいな点取り屋が仲間にいるとも限らないし、相手のレシーブ力も上がっていく。別のプレースタイルを模索しないと、あたしは最後までコートに立てない」
「……そのために、梨々花がいるんじゃないの」
まぁ、その通りではある。いま花美は人数の関係でリベロを二人作ることができないが、ちゃんとしたチームさえ組めればそういう選択肢もある。リベロはコートに一人しか立てないが、リベロは一人しか作れないわけではない。あたしが弱っている時に、梨々花先輩が出る。梨々花先輩が弱ればあたしが助ける。そういう戦い方だって、確かにある。
「まぁあなたが辞めるせいでさらに人数が減るわけですけど」
「だね。悪いけど引き留められても残るつもりはないよ」
「なに驕ってるんですか。引き留めるわけないでしょ? バレーなんてやりたくないくせに」
それに部長さんが残ってしまうと別の不都合が発生する。まぁこれはあたしには関係ないことではあるけど……。
「……そう。私はずっとバレーが嫌いだった。劣等感と責任感に押し潰されるから。それもやっと終わって……わざとぶつかってまで早く終わりたかったはずなのに……なんだろうね。全然すっきりしないのは」
そう語る部長さんの姿はどこか黄昏ているように見える。……なに悲劇のヒロインぶってるんだか。
「バレーを辞めたかったならいつでも辞められたでしょ。特に高校に上がる時なんて梨々花先輩もいなかったんだから。それなのに続けたのは、バレーが好きだったからじゃないんですか。ただ梨々花先輩と一緒にやるバレーが嫌いだっただけで」
「……そうかもね。大嫌い。梨々花のことなんて大っ嫌い。……でも、私は、さ……」
「別に無理に嫌う必要もないんじゃないですか。嫌いなところもあれば、好きなところもある。大丈夫ですよ、その気持ちならあたしもわかってあげられるし……たぶん梨々花先輩にもつながってる。ところでバレーがやりたいなら紹介できますよ。あたし社会人チームにも混ぜてもらってるんで」
「……環奈には迷惑かけるね。それにたぶん、これからはもっと……」
部長さんが何か言いかけて、やっぱりとコーヒーを飲んで口をつぐむ。それでも言わなければあるようで、満を持した様子で口を開いた。
「……私と環奈は似てる。だからわかる。あなたは梨々花と一緒にいない方がいい。私みたいになりたくなければね」
何を言われるかと思ったら……そんなことか。
「今はまだ環奈の方が上だよ。美樹との神業を除けば、間違いなくリベロの実力は環奈の方が上。でもいつか必ず追い抜かれる。環奈を間近で見続けてその技術を吸収した梨々花は、確実にあんたを上回っていく。梨々花に呑み込まれて私みたいに溺れたその時。環奈は梨々花をまだ好きでいられる?」
部長さんはあたしの方が上だと言ってくれたが、あたしはそうは思っていない。もう既に梨々花先輩の方が上だと、悔しいけど認めてしまっている。でもまぁ、あんまり関係ない。
「あたしは負ける気はありません。勝ちますよ、絶対に。そこが部長さんとあたしの違いです」
「……そっか。がんばってね」
そう笑った部長さんの顔は、どこか空々しくて。やはりあたしでは勝てないだろうと諦めているのだと思った。でもやっぱり関係ない。勝てないからと挑むことをやめる理由なんて、どこにもないのだから。
「ところでその部長さんって呼び方やめない? 私もう部長じゃないんだけど」
「だって部長さんの苗字なんて知らないし……なんか普通に名前呼びだと仲いいみたいで嫌じゃないですか」
「……そうだね。仲なんてよくないもんね」
自分が頼んだ分のお金を出し、あたしは席を立つ。バレーボールをやるために。
「これからもよろしくお願いします、絵里先輩」
「……やっぱり私は間違ってなかった。長い付き合いになりそうだ」
そう悔しそうに笑う絵里先輩を残し、あたしは花美高校へと向かった。
「……あれ、梨々花先輩いたんですか」
「あ、おつかれ環奈ちゃん」
休日の部活は自主練。もう日も暮れてきているし誰もいないだろうと思っていたが、梨々花先輩はボールを壁に打ち付けてそれを拾う、レシーブの練習をしていた。
「さっきまで美樹とかきららちゃんはいたんだけどね。もう帰っちゃった」
「梨々花先輩はなんで居残り?」
「だって環奈ちゃん、絶対来ると思ってたから」
そう笑う梨々花先輩のシャツには、今あたしが着ているものと同じ文字が刻まれている。
つなぐ。それこそが、あたしたちにできる唯一のこと。
コートに立てるリベロは一人。絵里先輩が部活を去り、何の私怨もなくなった今。リベロとして選ばれるのは、純粋に上手い方。
「じゃあはじめよっか、バレーボール。絶対に負けないからね」
「……こっちこそ。梨々花先輩に勝ってみせます」
バレーボールは高さのスポーツ。身長150cmにも満たないあたしたちが戦えるのはリベロとしてだけ。
あたしと梨々花先輩。どちらがリベロの座を勝ち取るか。その勝負がいま、ようやくはじまった。
第1章 完
ドロドロギスギス百合スポコンが好き。こんばんは、松竹梅竹松と申します。
まずはここまでお読みくださりありがとうございました。ひさしぶりにバレー熱が再来し、昔書いたもののリメイクでもするか。基本は元のものをなぞればいいだけだしなと思っていたら、四話以降全て書き直しになってしまいました。昔書いたものを読み直すのは少し恥ずかしいです。
でも私が初めて書いた作品でもあったので、とても楽しく書き切ることができました。少し長くなりすぎて申し訳なくもありますが、個人的にはとてもおもしろい作品になったと思っています。本当に個人的すぎますが。
もしおもしろいと思っていただけましたら、ぜひブックマークや☆☆☆☆☆を押して評価していただけるとうれしいです。やる気が、出ます。
それでは引き続きお付き合いいただけますと幸いです。ここまでお読みくださり誠にありがとうございました!




