第1章 第30話 必殺技
〇環奈
花美 紗茎
16-24
風美 L 蒲田
OH MB S
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朝陽 絵里 きらら
胡桃 美樹 梨々花
〇
「梨々花ちゃぁぁぁぁんっ、やっと出られたねぇぇぇぇっ」
「美樹……さっきのレシーブすごかった。ナイスレシーブ!」
「……だって梨々花ちゃんのレシーブずっと見てきたんだもん。梨々花ちゃんと水空ちゃん以外には、誰にも負けない」
この瞬間のためにあたしに土下座までしてきた扇ちゃんが梨々花先輩に抱き着く。たぶん彼女もあたしと同じ気持ちなのだろう。この時のために、風美の攻撃を受け続けてきたんだ。梨々花先輩の夢を叶えるチャンスにつなげるために。
「絵里先輩……ごめんなさい」
一通り扇ちゃんと抱き合った梨々花先輩が部長さんと向き合う。決して感情がつながることのない二人が。
「どうして私の指示を待たずに勝手に交代なんてしたの? これで負けにつながったらどうするつもり?」
「その時はボクが謝るわ」
部長さんも梨々花先輩が言いつけを破るとは思わなかったのだろう。悪意を隠せなくなったところにあたしと交代した胡桃ちゃんが出てくる。
「胡桃……私を裏切るわけ?」
「別に元からあなたの味方じゃないわ。ただ気持ちがわかっただけ。その気持ちより後輩が苦しむ姿を見たくなかったってだけよ」
「なにいい子ぶってんの……現在進行形であんたは……!」
「胡桃さん! どうして梨々花さんと交代したんですか!?」
いいタイミングか悪いタイミングかはわからないが、きららが二人の間に割り込むように胡桃ちゃんの前に出た。
「環奈さんが疲れきってたからね。リベロは出ても出なくても自由。あの子の体力が回復するまでボクが凌ぐのよ」
「なるほど! つまり自分もサーブ終わった後でも後衛にいていいってことですね!?」
「……あなたはだめ。ミドルブロッカーに後衛での技術は必要ないわ。余計なことを学ぶくらいなら環奈さんに出てもらう」
「……余計なこと?」
「とにかくだ。あと八点連続で取らなきゃ後衛もクソもねぇ。一気に獲り切るぞ!」
エースである一ノ瀬さんがまとめ、梨々花先輩がボールを受け取りサーブ位置に向かう。そう……今は16-24。デュースになるまで八点連続で取らなければ、待っているのは敗北。全ては梨々花先輩のサーブにかかっている。
「だいじょぶかな……リリー元々普通のサーブでしょ? 強豪相手に通じるかな……」
「梨々花先輩は元々ジャンプフローターでしたよ。どんだけ練習にきてないんですか」
あたしと同時に交代した外川さんが変な心配をしているがその必要はない。
「それに梨々花先輩のサーブはこの一ヶ月で成長しました。大丈夫、紗茎相手にも通用しますよ」
ただ懸念点が一つ……梨々花先輩の必殺技はまだ未完成。成功率は半々というところだ。失敗すれば良くて普通の緩い球……悪ければネットに阻まれる。そうなった時点であたしたちは負ける……いや信じろ。梨々花先輩の才能を。
「……え?」
思わず声が出てしまった。梨々花先輩がボールを床に跳ねさせてボールの感触を確かめている。昨日までそんなことはしていなかったはずだ。そんな……天音ちゃんのルーティーンみたいな……。
「なんで天音ちゃんの真似してんの?」
観客席の流火もそれに気づいて声を上げる。そう、ボールを数度ついて、今の梨々花先輩のようにシュルシュルと手元で回転させるのは完全に天音ちゃんのサーブ前ルーティーン。ルーティーンはその当人にとって、気持ちをリセットするための行為だ。本人以外が真似したところで何の意味もない……どころかいつもと違うことをして感覚が狂えば終わり。梨々花先輩の意図がわからない。
「蝶野、あんた偵察行ったんでしょ? あのチビどういう選手だった?」
「ひぇ? と……特に……印象は……」
紗茎のコートでは第一セットに出ず、突然第二セットの最終版に出てきた梨々花先輩を警戒して風美が詰められていた。
「……何のために偵察行ったんだよ」
「偵察っていうか環奈ちゃんに会いに行っただけですし……。確かサーブはジャンプフローターでレシーブが上手……だった気がします。でも上手かったら印象に残ってるはずなので……たぶんそんなにだと……」
まぁ確かに……一ヶ月前だとその評価でも間違ってない。あの時はあたしがスランプに陥ってたせいで庇ってもらってたからたぶん得意のレシーブもそんなに目立ってはなかったんだと思う。ま、五分後もう一度この評価を聞いてみたいな。
「……いくべ」
そして笛が鳴り、梨々花先輩のサーブからプレーが始まる。両手で軽くボールを投げる……ここまでは完全にジャンプフローター。
「ぁあっ!」
激しい雄叫びと共に、ボールはあっという間に紗茎のコートに落ちていった。その間誰も動けなかった。まるで空中にあるボールを探すかのように見上げるばかり。それもそのはず。梨々花先輩のサーブはジャンプフローターのそれとは違い、スパイクのように速かったから。
「……ここにも目がいい選手が一人」
まだ夢の中にいる選手とは違い、コートを俯瞰で見れていた流火がつぶやく。次に気づいたのは、同じサーブの使い手……高校ナンバー1ウイングスパイカーの天音ちゃん。
「あなたも使えるんだね……ハイブリッドサーブ」




