第1章 第29話 スーパーエース
花美 紗茎
15-24
〇
風美 L 蒲田
OH MB S
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絵里 きらら 日向
朝陽 環奈 美樹
『梨々花ちゃん、レシーブのコツってなに?』
それは……そう、確か中二の頃、美樹に訊かれたことだった。完全に身長が止まり、バレーボールプレイヤーとして大成することはないと悟ってしまった美樹からのSOS。
『スパイクのコースを読んで真正面から受けること!』
『違くて……なんかこう、特別な……。梨々花ちゃんみたいになれる方法っていうか……』
『うーん……特別意識してることなんてないからなぁ……』
『そっか……そうだよね……。梨々花ちゃんは天才だもんね……みきとは違って』
たぶん美樹は焦っていたんだと思う。左利きでバレー歴が長いとはいえ、いつまでもその武器だけでは戦えない。かといってリベロになることは、わたしといる限り不可能。自分にできることは何か。それだけを考えて必死にもがいていたんだと思う。
『わたしは天才なんかじゃないけどなぁ……。でも天才だっていうなら、その天才の真似をしてみたら?』
『梨々花ちゃんの……真似?』
『そう。上手い人の真似をしたら自分も上手くなるでしょ? もちろん絵里先輩の真似なんて大それたことはできないけどさ、この前の大会で見た一個下のすごいリベロいたでしょ?』
『あーいたね。なんか生意気そうな顔してて同じチームになったら絶対仲良くできないなーって思ったけど』
『わたしも同じこと思った。絶対他人の心とかわからなさそうだもん。でもレシーブだけは、上手かった。だから最近あの子の真似してるんだ。まだわたしたちボール拾いばっかやらされてるでしょ? だからあの子のレシーブみたいに、ボール拾ってるの。これが結構よくってね。まだ全然敵わないけど、たぶん高二くらいになったら圧勝してるんじゃないかな!』
『そっか……真似か……うん、やってみよっかな。何より梨々花ちゃんを見るのは得意だし……』
「がんばれぇぇぇぇ! 美樹ぃぃぃぃ!」
「――うん!」
美樹はレシーブが上手だ。わたしや環奈ちゃんには届かなくても、それでも。ずっと練習してきたから。
「っぁぁぁぁああああ!」
だから驚かなかった。蝶野さんのサーブを真正面から受け、セッターまで返る綺麗なAパスにしたことは。何も驚くことはなかった。だから淡々と、
「「ナイスレシーブ」」
声が重なった時、環奈ちゃんはセッターの方へと駆け出していた。もう足取りもおぼつかないけど、それでも前に進んでいた。
「選んでください! どっちがいいですか」
「……どっちでもいいよ」
どういう会話かはわからなかったが、絵里先輩がなぜかトスの仕事を環奈ちゃんに譲った。
「まぁ環奈の方が上手いしね。アンダートスだとしても」
「あぁ!?」
「な、なんで急に怒ってんの……?」
上から絵里先輩の悪口が聞こえ、思わず凄んでしまった。田舎者だと思われてしまっただろうか……。
「でも事実ですわ、ほら」
お嬢様がそう口にしたと同時に、環奈ちゃんがアンダーで早いトスを上げ、きららちゃんがスパイクを合わせる。向こうのリベロに拾われてしまったが、ブロックの上を抜く完璧な速攻だった。
「環奈ちゃんが上手いのは認めるけど……でも絵里先輩だって……」
「……恋は盲目、なんて言いますわよね。どうでもいいですが」
「それより、これで終わりかもよ?」
きららちゃんの速攻は拾われたが、それでも乱していた。ミドルが上げたトスは、このセット何十回目か。蝶野さんに集められる。
「ふうっ」
「いっ……だい!」
きららちゃんのブロックを避けた蝶野さんのスパイクを拾い上げてみせた美樹。それに対して辛口だった観客席の二人が感心のため息をついた。
「あのユニバーサル、元々リベロだったの? いやリベロでも風美のスパイクまともに受け止めるなんて無理なんだけど……」
「ゆにばーさる……ってなんだべ?」
「美樹さんのポジション、オポジットのことです。セッター対角の役目はチームによって変わります。一つは花美……というかほとんどのチームがそうなのですが、守備の上手いオールラウンダー型を配置するパターン。メインの攻撃をアウトサイドヒッターに任せて、補助的な役割をする。これがユニバーサルです。対してそれとは真逆……紗茎の蝶野さんのパターン。サーブレシーブすら他の選手に任せ、前衛でも後衛でも、とにかく攻撃の要となるパターン。それこそが……」
「スーパーエース、です!」
胡桃さんの解説を奪い取った飛龍さんが誇らしげに胸を張る。確かに蝶野さんの攻撃はまさしく超を付けるにふさわしい。でも花美にだって、エースはいる。
「きらら!」
「え、そっち!?」
環奈ちゃんがトスを上げた先が思ってもなくて声が出てしまった。せっかくの美樹のスーパーレシーブの直後。朝陽さんの豪快な一発で決めるかと思ったのに……それに、
「その攻撃は読んでるんだよ!」
環奈ちゃんがトスを上げる先はきららちゃんが多い。それを一セット目で知った紗茎のブロッカー三人が、きららちゃんの速攻の前に立ちふさがる。ブロックを避けるための軟打……はきららちゃんは教わっていない。なんとか環奈ちゃんや美樹がブロックされたボールを拾ってくれればいいけど……。
「ふっ」
きららちゃんがボールを打つ。しかしそれは、スパイクではなかった。角度を調整してあえてブロックに当てて自分のコートに戻す、リバウンド。ボールは緩い軌道を描きながら花美コートに戻ってくる。
「なんだ、リバウンドは教えてて……」
「やだ……!」
わたしがホッとしていると、胡桃さんが悲鳴を上げて頭を抱えた。今のは完璧なリバウンドだったのに……。
「……教わっていないのなら、盗んだというわけですわね。一セット目で天音さんがやった、あのリバウンドを」
なるほど、だからできたのか……じゃない。この試合でリバウンドが出たのはあの時のたった一回だけ。初心者のきららちゃんが見た機会も、おそらくあの時だけだ。たったの、一回で。完璧なリバウンドができるものなの……!?
「目がいいんだろうね。自分の身体に落とし込むセンスも。練習試合の時もそうだった。風美や天音ちゃんを見て、跳び方を学んだ。だから試合中に突然ジャンプ力が上がった。こういう選手はアウトサイドヒッターに多いんだよね。直接相手とやり合うポジションだから。……うん。あの時も思ったけど、やっぱりあの子はミドルより……」
「きららさんはミドルブロッカーよ!」
胡桃さんが叫ぶが、始まったものは途中で止まらない。プレーもそうだ。美樹が拾い、環奈ちゃんが再びトスを上げる。
「きらら、オープン!」
今度はミドルブロッカーの仕事の、速攻をするための低く速いトスではない。蝶野さんのように、ブロッカーと真正面から対決して、それでも勝てるような、高くゆっくりとしたトスを。
「きららさんは最高のミドルブロッカーになるの……ボクがなれなかった分まで……」
「……翠川きららはミドルブロッカーより、エースの方が向いている」
きららちゃんが打ったボールが相手のブロッカーの腕を弾き、観客席の飛龍さんまで飛んでいく。それをキャッチして、飛龍さんは苦々しく付け足した。
「それも……風美のような、スーパーエースに」
「やりましたーっ!」
その評価を肯定するかのようにきららちゃんの悦びの声が体育館に満ちていく。きっとその声に、会場にいた人々は反応して、見つけるのだろう。日本人離れした身長。目を引く容姿。そして圧倒的な才能を。
「先生!」
「審判! 選手交代お願いします!」
何はともあれ、これで花美の得点。マッチポイントながらも、まだつながっている。
「なんか最後は扇ちゃんの方がそれっぽかったですけど……なんとかつなぎましたよ」
「そんなことないよ……ありがとう。第三セットまで休んでて」
「はい……。あー……つかれた……」
OUT:7 7 水空環奈 L
IN:3 真中胡桃 MB
OUT:6 外川日向 OH
IN:4 小野塚梨々花 S 2年 146.8cm 最高到達点:282cm




