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【第1章完結】つなガール!~つながらない二人のバレーボール~  作者: 松竹梅竹松
第1章 わたしとあたしのはじめまして
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第1章 第1話 リベロってなに?

〇梨々花



「それじゃあ翠川さんと水空さんの入部を祝して、かんぱーい!」

「かんぱーいっ!」

「かんぱいですっ!」



 放課後の二時間の練習を終えたわたしたちは、新入部員の歓迎会ということで駅前の『喫茶花美』へと来ていた。なにも夕食時に喫茶店じゃなくてもと一年生は思っただろうが、この付近で高校生が入れる飲食店だとここくらいしか選択肢がないのだ。



 花美高校のある花美町は、岩手県の小さな田舎町だ。特に有名な名物もなく、観光地もない。目立つ建物は高校くらいで、人口もかなり少ない。



 そのため飲食店も限られていて、あるのは喫茶店とスナックが数店だけ。大人は大抵スナックに出かけるので、この喫茶花美はわたしたちの貸し切り状態。結果的に歓迎会にはもってこいの会場になっていた。



 だがなんだろう、歓迎会なのに空気が重い。さっきの絵里先輩による乾杯の音頭に乗ったのも朝陽さんと翠川さんだけだった。



 でも元気を出せというのも無理な話。あの様子見の後も延々と水空さんとの実力の差を見せつけられ、わたしはすっかり意気消沈していた。



 わたしは自分のことを相当レベルの高いリベロだと思っていた。大会で他校の選手に負けていると思ったことはないし、全国大会の試合をネットで観ていてもわたしが劣っていると感じたことはあまりない。明確に劣っていると感じたのは中学時代。全国大会常勝の県内トップの学校にいた『激流水刃(げきりゅうすいじん)』なんてかっこいい異名のついていた子だけだ。



 それでも水空さんには敵わなかった。



 わたしが届かなかったボールにも水空さんは届き、わたしが返しきれなかったボールを水空さんは返せた。確か両方とも百本以上のスパイクの内たった一本だったと思う。



 ほんの少しの差だけど、この差を詰めることはきっとわたしにはできない。二時間の練習でその事実をとことん突きつけられた。



 なんでこんなことになってしまったんだろう。



 今までレシーブだけは誰にも負けたことがなかった。それなのに東北のこんな片田舎の弱小高校におそらく全国でもトップクラスのリベロが入ってくるなんて。今年こそは絶対にわたしのやりたいことができると思ったのに。



 あーだめだ! 考えれば考えるほどネガティブになってくる! 水空さんにはなんの罪もない。先輩らしく明るく優しく振る舞わねぇと!



 とりあえずなにか話題さ振ってお話すんべ。そんで後輩たちと仲良くなる! うん、がんばっぺ!



「そういえば自己紹介がまだだっけ」

 そう思った矢先、絵里先輩が思い出したように話を切り出してくれた。さすがは絵里先輩。今日も変わらず完璧だ。



「さっきも言ったけど、部長の瀬田絵里です。よろしくね」



 絵里先輩はそう告げると、最後ににっこりと微笑む。ただの自己紹介のはずなのに、わたしには武道館のステージに立つアイドルのように見える。それくらいもうかっこよくて仕方なかった。

 いつも誰にも優しく、どんな時でも花のような笑顔を振るまう姿はアイドルと言う他なく、静かな山の中に流れる清流のような澄んだ美しい声色は、今わたしは高級レストランにいるんじゃないかと錯覚してしまうほどに優美で凛々しい。

 そして絵里先輩といったらやはり誰もが憧れる理想的な美しい容姿だろう。

 顔立ちはまさに綺麗な大人の女性といった感じで、同じ高校生、いや同じ女性とは思えないくらい麗しい。その美しさの中に騎士を思い浮べてしまうようなかっこよさも兼ね備えていて、直視することすらおこがましく思えてしまう。

 髪は肩に届かないくらいのショートカットで運動部の代表的な髪型だが、そこら辺の有象無象とは格が違う。活発な印象もありながら、奥に秘められたアダルトな雰囲気も醸し出されていて、見る度に違う印象を与えてくれる。

 身長158.8センチ、体重47.2キロ、スリーサイズは上から76、58、77、Aカップという細身でありながら、そこに弱々しいという印象は皆無。制服から覗く美しい四肢はまるで芸術品のようだ。

 まだまだ絵里先輩の素晴らしい点はたくさんある。起伏の少ない胸は――



「ねぇ梨々花、なにか失礼なこと考えてない?」

「ふぇ? んなことねぇですよ! 絵里先輩の胸のサイズについて考えてましたっ!」

「それを失礼なことって言うんだけど……ていうか訛り、出てるよ」



 あ、いけないいけない。いい加減テンションが上がると訛りが出ちゃう癖直さないと。



「まぁ私のことはここら辺にして、次は朝陽、お願い」



 まだまだ絵里先輩のことを語り足りないのに、サラダに乗っているシーチキンを一人占めしている朝陽さんのターンに移る。同級生の朝陽さんにまで気を遣うだなんて絵里先輩は優しいなぁ。そんな絵里先輩に振られた朝陽さんはコーラを一口飲んで口直しをすると、勢いよく立ち上がった。



「おうっ! ウチは一ノ瀬朝陽(いちのせあさひ)。三年で副部長もやってる。そんでなんと言っても花美のエース! よろしくなっ!」



 相変わらずガサツな話し方。もうわたしの番でいいべか。



「おっと梨々花、なんだそのめんどくさそうな顔は! まだまだウチは話すぞ!」



 ……相変わらずよく見ている。絵里先輩ほどではないけどそこは本当に尊敬できる。

 


 朝陽さんは悪く言えば強引で大雑把で、良く言えば姉御肌でサバサバした性格をしている。容姿もまさに性格通りで、髪は短く揃えられていて、167センチという翠川さんが入るまではうちで二番だったほどの長身を誇っている。スパイクサーブを打てるほどの筋肉を持っているのだが、その割には結構な細身。全国の女子バレーボールプレイヤーの反感を買う身体をしている。



「エース?」

「エースとは一番打って、一番点を取る最強の選手のことだぁっ!」

「おぉー、かっこいいですっ」



 翠川さんは目を輝かせて手を叩いてるけどわかってるのかな? めちゃくちゃ雑な説明だったけど。



「じゃあ次は美樹、頼むぞ」


 朝陽さんは今ここにいる最後の部員、美樹に話を振るが、当の美樹はなぜかむすっとしてなにも言おうとしない。ほわほわ系のふわふわタイプの美樹にしてはずいぶん珍しい反応だ。



「……二年の扇美樹(おうぎみき)です……」



 一応名乗りはしたが、美樹は不機嫌そうな表情を止めようとはしない。そんな顔をしていても元がすごい柔らかなかわいい顔をしているせいで、逆に愛らしく見えてしまう。



「……あたしなにかしました?」

 美樹の珍しい表情を眺めていると、なぜか水空さんが飲んでいたオレンジジュースを置いて気まずそうに口を開いた。よく見てみると美樹の視線はずっと水空さんに注がれていて、ともすれば睨んでいるようにも見える。しばらく様子を窺っていると、我慢できなくなったのか美樹が店内中に響くほどの大声を上げた。



「おっぱい大きくてフライングレシーブ大変そうだねっ!」

 大声でなに言ってんべかこの子は……。



「それに比べて梨々花ちゃんはおっぱい小さいからレシーブ完璧だもんっ!」

 大声でなに言ってんべかこの子は!



「だから絶対に梨々花ちゃんの方がレシーブ上手いもんっ!」



 ……そういうことか。



 美樹とわたしは生まれた時からの幼馴染で、小学生から今に至るまでずっと同じ学校でバレーを続けてきた。そして同級生に使う言葉としてはおかしいが、ずいぶんわたしに懐いている。



 たぶんわたしよりも上手かった水空さんを敵視してるのだろう。



 ……でも、そっか。わたしのことを贔屓目で見ている美樹でさえも、水空さんの方が上手いと思ったのか。



「まぁまぁ落ち着いて。じゃあ最後梨々花、お願いね」



 叫んでいた美樹だが絵里先輩にたしなまれたことで口をつぐむ。こういう時、絵里先輩が部長でよかったと心底思う。ほんと絵里先輩は素敵だ。



 とにもかくにもわたしの番だ。わたしも先輩になったんだし、絵里先輩に負けないくらいいいところを見せないと。



「わたしは小野塚梨々花。二年でポジションは……一応セッターってことになってる」

「え? リベロじゃないんですか?」



 ずっとおとなしかった水空さんがわたしの自己紹介を聞いて即座に疑問を投げかけてくる。まぁそう思われるのも仕方ない。スパイカーほどではないにしろ、セッターだってバレー選手である以上身長が求められる。当然この身長では厳しい。でもしょうがなかったんだ。



「ほんとはリベロなんだけど、うちのバレー部は一年生を除くと部員は試合ができるギリギリの六人しかいないんだよ。だから後衛の選手と入れ替わる七人目の選手、リベロは作れなくて、トスを上げるポジションで身長が低くてもできるセッターで試合に出てたんだ。まぁメインは絵里先輩だけど」



 一応わたしもセッターだけど、実力は絵里先輩には遠く及ばない。トスこそリベロでもやるからできるものの、それ以外の技術はまるでだめ。特に前衛に回った時なんてなんの役にも立てない。



「あれ? でも六人って……」

 今いる上級生は練習時も含めてわたしと絵里先輩、美樹と朝陽さんの四人だけ。わたしの発言に矛盾を感じ、翠川さんが不思議そうな顔で訊いてくる。



「うちにはあと三年と二年の子がいるんだけど、中々部活に出てこられないんだ。三年の方は受験勉強で、二年の方はバイトが忙しいんだって」

「へー。大変なんですね」

「そういえばきららってもしかしてハーフか?」



 なんとなく会話が途切れたところで、朝陽さんがわたしも気になっていたことを訊いてくれた。ていうかいきなり下の名前を呼び捨てか。さすがのコミュ強。



「いえ、クォーターです。おばあちゃんがスウェーデン人なんですよ。ちなみに日本生まれ日本育ち、得意教科は国語ですっ!」

 なぜか翠川さんは胸を張り、得意げな顔を見せてくる。それにしてもクォーターでその身長と容姿か……恐るべし隔世遺伝。



「そういえば先程言っていたリベロの制約ってなんですか?」

 リベロの制約かー。結構複雑でめんどくさいんだよなー。絶対説明なんてしたくない。



「リベロかー。だったら梨々花、お願いできる?」

「はい、絵里先輩の頼みなら!」

 威勢よく返事をしたものの、やっぱり難しい。とりあえずここからかな。



「翠川さんはバレーの試合って観たことある?」

「はいっ、テレビでやってて、バンッ! ってかっこよかったので入部を決めましたっ!」

 なにがバンッ! なんだろう。まぁいいや。



「じゃあ一人だけユニフォームの色が違う選手がいたことに気づいた?」

「いましたけど……あれって敵チームじゃないんですか?」

 敵チームが自分のコートにいるわけないんだけど……。バレーを知らない人にはそう思われていたのか。まぁバレーってメジャーの中でのマイナーって感じだし、知らないことを責められないな。



「ううん、その人がリベロ。リベロは試合中何度もコートを出入りするからわかりやすいように別のユニフォームを着てるの。で、制約その1。リベロは後衛の選手としか変われない。基本的には前衛に回るローテーションになったらコートから出て、次に後衛に回ってきた人がサーブを打ち終わったら交代する。だからリベロは試合中何度でも交代できるんだ」

「はー、特殊なポジションなんですね」



「そうなんだ。あとはネットより高い位置にあるボールを相手コートに返しちゃいけないのと、サーブとスパイク、ブロックはしちゃいけないの。だからリベロは守備専門の選手って言われるんだよ」

「ということはトスはしてもいいんですよね?」

「うん。まぁここら辺はさすがにわからないと思うから割愛ね」



 そして最後の、わたしにとって一番大事な制約。



「それと、リベロはコートに一人しか入れない」



 わたしがそう言うと、翠川さんは愕然とした顔で立ち上がった。



「じゃあ水空さんか小野塚さんのどちらかしかリベロになれないんですかっ!?」

「一応うちのバレー部はこれで八人になったから二人ともリベロってことはできるんだけど、そうなると控えスパイカーが用意できなくなるから厳しいかな」



 もし誰かが怪我をして試合に出られなくなった時、代わりの選手がリベロの練習しかしていなかったら、その時点で勝ちは望めなくなる。そのことを説明すると、翠川さんはどこか興奮した様子で口を開いた。



「なるほど……じゃあお二人はライバルなんですねっ!」



 ライバルね……。はたしてわたしは水空さんのライバルになれるのだろうか。



 きっとこの先わたしと水空さんの差は開いていくばかりだ。そんな奴がライバルを名乗るなんておこがましいにもほどがある。



 あーだめだだめだ! 考えないようにしてたのに! 気づいたら水空さんの表情も重くなっている。この先嫌でも向き合わなきゃいけないこととはいえ、今はこの子たちの歓迎会だ。明るい話題に変えないと!



 ……それでもやはり。どうしても考えてしまう。



 たった一人の正リベロにわたしがなれるのか。



 今年が最後のチャンスだ。今年を逃せばこの先わたしが望むことはできない。



「……すいません、お手洗いに行ってきます」



 そう絵里先輩に告げてわたしは席を立つ。やっぱりだめだ、一度顔を洗ってリセットしてこよう。



 喫茶花美のトイレは飲食店とは思えないほどボロボロで、汚れはないはずなのにすごく汚く見える。真っ先に洗面台に立ったわたしは鏡を見ることもせず、すぐさま蛇口をひねって顔を洗う。ひんやりとした水が身体の熱を奪っていく感覚が心地いい。いつまでもこうしていたいとすら思ってしまう。



 だがそういうわけにもいかないので、しばらくした後顔を上げる。すると見たこともない顔が目の前の鏡に鮮明に映っていた。



 この世の終わりに直面したかのような絶望した表情をした少女。顔についた水滴がさらに悲惨さを際立たせている。



 あぁ、わたしはずっとこんな顔を晒していたんべか。



 なにが先輩らしくだ。絵里先輩は一度だってわたしにこんな顔を見せたことはなかったのに。



「もっとしっかりしねぇと」



 口に出してみたが、わたしの耳に聞こえた声はしっかりとはほど遠いものだった。もう一度顔を洗おうと首を下げた時、わたしのちょうど真後ろに誰かが立っているのが鏡越しに見えた。



 わたしと同じくらいの身長。そんな人、本当の子どもを除けば一人しかいない。



 笑顔笑顔笑顔。



 心の中でそう連呼し、わたしは振り返った。

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