第1章 第26話 生まれた想い
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天音 OP L
MB S 蒲田
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朝陽 絵里 胡桃
環奈 美樹 日向
「いくよ、環奈」
24-25。あと一点取られたらセットを落とすという状況。迎えるのは高校ナンバー1ウイングスパイカー、天音ちゃんのサーブ。とはいえ根本的に、あたしがサーブを取れないという状況は起こりえない。唯一あたしが苦手なオーバーハンドでのレシーブが推奨される、ジャンプフローター以外であれば。
「ふっ」
そしてあらゆるサーブを操る天音ちゃんが選んだサーブはジャンプフローターサーブだった。しかもポジション的に打ちなれている右手からの、モーションから打突まで一連の動きが完璧にジャンプフローターのそれという、全身全霊渾身の無回転サーブ。
「環奈!」
「環奈ちゃん!」
チームメイトからあたしに声が届く。ボールの落下地点はあたしが立っている位置の付近。誰を下げさせる意味もない。単純な、真っ向勝負。
あたしはオーバーが苦手だ。苦手だから練習してこなかったから。そして守備専門のリベロがボールを落とすという事実は、それだけで試合の流れを左右するほどの勢いを生む。セットポイントなら尚更だ。だからこそ無回転を選んだのだろうが。
「さすがに舐めすぎだよね??」
ジャンプフローターは不規則に変化するサーブ。両腕を組んで前に構えるアンダーハンドでは、左右に大きく変化する軌道には身体の可動域上ついていくことができない。ならばどうするか。
「流火と同じで! あたしは片腕だけでも最強のリベロだ!」
ボールの変化に合わせて身体と一緒に右腕だけを移動させ、ボールを打ち返す。狙いは依然として変わらない。
「悪いけど逃がさないから。もっともっとバレーに溺れましょうよ」
ボールを上げただけで満足するわけにはいかない。作戦は継続してこそ作戦だ。セッターにファーストタッチをさせ、多彩な攻撃を封じる。そして紗茎のテンポを速め、ひたすらつないで自滅を待つ。これがあたしのバレーボールだ。
「片手でレシーブとか化物かよ……!」
紗茎のセッターがボールをアンダーで拾い上げる。さっきまでよりも勢いの強い強引な片腕レシーブ。ボールは乱れ、ミドルブロッカーがトスを上げる展開になる。
「天音!」
ボールを託された相手は後衛の天音ちゃん。後衛の選手はコート中央付近に書かれたアタックラインより前で踏み切ったスパイクが禁止されている。故に強いスパイクは難しく、コースを打ち分ける余裕も少ない。対する花美のブロックは……。
「止めるわよ!」
「おうよ!」
平均身長が低い花美の中で、平均より上の胡桃ちゃんと一ノ瀬さんを揃えられる唯一のローテ。二枚の強壁が天音ちゃんの前に立ちふさがる!
「……ミドルブロッカー。やっぱり向いてないですよ、あなたたち」
「……!」
天音ちゃんが打ったボールが、胡桃ちゃんのブロックに阻まれて紗茎コートへと返っていく。緩く高い軌道で。
「リバウンド……!」
胡桃ちゃんのブロックが勝ったわけじゃない。天音ちゃんはあえてブロックにボールを当てて、攻撃をやり直す選択をしたんだ。プレーのリズムが速く、トスが雑になっていたから。
「チャンスボール!」
緩く戻っていったボールをリベロが拾い、ボールが高く上がっていく。あたしが一セット丸々かけて速めていったリズムを振り出しに戻す大きなパス。ボールが向かった先は、アウトサイドヒッターの天音ちゃん。
「レフトがトスとか舐めすぎだろ……!」
「油断しないでください! 天音ちゃんはセッターよりトスが上手いです!」
本来トスを上げる立場から最も離れたアウトサイドヒッターのそれに苛立つ一ノ瀬さんを諫める。それと同時にあたしも駆け出した。天音ちゃんの視界に入るよう大きくコートを横断していく。これがトスを上げる先を惑わす一手になってくれればいいが……。
「綺麗……」
思わずといった様子で胡桃ちゃんがつぶやいた。そう、天音ちゃんのセットアップのモーションは基本に忠実で、綺麗なのだ。綺麗な動きが生み出すメリットは、トスを上げる先を読ませないこと。完璧に上がったAパス。攻撃の手段は無限大。対するブロッカーは、たったの三枚。どこに上げるかある程度予想をつけたいが、天音ちゃんの綺麗なモーションがそれを許してくれない。
「このっ!」
相手のセットポイントという状況に呑まれたのか。一ノ瀬さんと部長さんが、一番早く飛び出したミドルブロッカーに慌てて跳び上がる。しかしボールが上がった先はエースの蒲田さん。ブロッカー二人を振り切ったスパイクは……。
「ワンタッチ!」
胡桃ちゃんのブロックの指先に当たり、花美コートの奥に飛んでいく。これが胡桃ちゃんが日頃しつこいくらいにきららに言い聞かせている、トスが上がった先を見てからブロックに跳ぶということ。多少遅れてでも、必ず仕事を果たしてくれる。
「向いてなかろうが、ボクはミドルブロッカーよ!」
「ふぅん。でもそこ、誰もいませんよ」
胡桃ちゃんがボールの勢いを弱めてくれた。それでも蒲田さんのスパイクは強烈だった。完全に勢いを殺しきれておらず、ボールははるか後方。さっきまで蒲田さんの攻撃にここまでの威力はなかった。トス一つでここまで変わるものなのか……でも。
「こっちだってさっきまでとは違うわよ」
「ふっ」
確かにボールが飛んでいった場所には誰もいなかった。しかしボールに手が届いた選手がいた。
「いつまでも名前覚えられないままじゃいられないからね!」
「ナイスレシーブ! ……外川さん!」
あたしの失礼が火を点けたのか。外川さんが落下地点に追いつき、ボールを戻してくる。さすがは運動神経だけでバレーをやっている人って感じだ。身体能力だけは人一倍高い。
さて、あたしは問題なく中継に入れるけど、問題は誰に上げるか。普通ならエースの一ノ瀬さん。でも正直、一ノ瀬さんに紗茎のブロックと正面から戦える地力はない。だからずっと、あたしはきららか胡桃ちゃんにボールをつないでいた。……それでも。
「レフトォォォォォォォォ!」
「一ノ瀬さん! ラストお願いします!」
呼びかけに応じ、あたしは一ノ瀬さんにボールをつないだ。敵わないことなんかわかっている。でもバレーに絶対なんてない。何よりも、
「ブロックに捕まったらあたしがフォローします! だから思いっきり打ってください!」
ミスったらあたしが拾えばいいだけ。誰かが失敗しても、誰かが助ければいい。だってバレーは、チームスポーツなのだから。
「っしゃゴラァァァァッ!」
あたしがつないだボールに合わせ、一ノ瀬さんがスパイクを叩き込む。しかし予想通りボールはブロックに阻まれ……。
「っしゃぁぁぁぁ!」
あたしが完璧に拾い上げた。あぁ……なんだろう。やっと、ようやく。花美に入ってちゃんとリベロができている気がする。
「環奈フォローサンキュー!」
「たった一回でお礼なんて言わないでください! こっから何回でも上げたりますから!」
ボールが高く上がり、花美のスパイカーたちが助走距離を取るために後ろに下がる。あたしはその邪魔をしないような位置取りを心掛け、部長さんが上げるトスを……。
「へったくそですわぁ!」
観客席から声が聞こえた直後、あたしも気づいて駆け出した。それから少し遅れ、紗茎のブロックも跳び上がる。
セッターとはトスを上げるポジションだ。しかしセッター以外がトスを上げることもあるように、セッターもトス以外をしてもいい。その代表格が、ツーアタック。トスを上げるように見せかけ、相手コートにボールを押し込む技。
隙を突くこの技の代償は、読まれればほぼ確実に止められること。だから天音ちゃんのトスのように、読ませないことが何よりも重要になる。しかし部長さんは……。
「……これで24-26。一セット目は私たちのものだね」
ブロックに止められて花美コートに落ちたボールと、それを拾うために床に飛び込んだあたしを見下ろしながら天音ちゃんがつぶやく。そしてそれとは別の声も、あたしを見下していた。
「ごめんごめん、いけると思ったんだよ。だって環奈がフォローしてくれるって言ったから」
ツーアタックを失敗した部長さんがへらへらと笑っている。梨々花先輩が敬愛と呼べるほどに尊敬している、部長さん。
この人が、花美高校で一番バレーボールが下手で、圧倒的にバレーボールに対してやる気がない。だから外川さんと同じでいつまでも名前を覚えられない。知っているのは梨々花先輩が尊敬しているってことくらで……梨々花先輩……。
「部長さんって梨々花先輩のこと嫌いですか?」
「うん。だいっきらい」
 




