第1章 第23話 激流水刃
花美 紗茎
01-00
L OH OP
S 蒲田 MB
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美樹 きらら 朝陽
日向 環奈 絵里
〇
「いくよ」
絵里先輩はトスだけでなく、サーブも美しい。しかし絵里先輩のサーブは向こうのリベロに拾われ、綺麗なAパスがセッターに届く。ここからつながる攻撃は無数だ。エースのオープンスパイク。ミドルの速攻。後衛のバックアタック。あるいはあえてつながずセッターがそのまま攻撃してくるかもしれない。
胡桃さんの言う通りバレーは攻撃側が圧倒的に有利。ボールを持つことも許されないのに、百キロに届きかねない速度のボールが至近距離からいくつもの手段で繰り出されるのだから。いくら超高校級のリベロと言えど、全てを完璧に上げられるわけがない。それはブロックも同様。ただし、攻撃が読めているのなら別だ。
「きらら、速攻」
「っ」
セッターがトスを上げる寸前、環奈ちゃんが指示を出す。そして立ちはだかるのは、最高の壁。環奈ちゃんの指示に瞬時に反応を見せたきららちゃんが、相手のミドルブロッカーからの攻撃を止めてみせた。これで2-0。強豪相手に連続得点という立ち上がりだ。
「やりましたーっ!」
「きららさん今のは環奈さんの手柄よ! ブロックの基本はトスが上がる先をしっかり確認すること! 調子乗って勘で跳び出したら許さないわよ!」
「褒めてくれないんですか!?」
胡桃さんはきららちゃんに対して厳しいなぁ……。でも胡桃さんの言うことは一理ある。今の速攻は、前のプレーで環奈ちゃんがエースのスパイクを徹底的に止めたからこそのもの。それを嫌ったセッターが速い攻撃を選択し、スパイカーも環奈ちゃんがいない方向へとスパイクした。……なんて終わってみたから言えたけど、コート内でしかもあんな咄嗟に指示を出せるなんて……。やっぱあの子、すごすぎる……。
「あーあ、今のトスわかりやすすぎでしょ。スパイカーに失礼だよ」
「ですわね。早く一点目を取りたいあまり低かったですし、止められて当然のセットアップでしたわ」
再び絵里先輩のサーブからプレーが始まる。その時上から声がした。
「飛龍さん!? どうしてここに!? 向こうの応援じゃないの!?」
「ちょっとあっちに居づらいんで。お邪魔させてくださいよ」
こちら側の応援席にいたのは、相手チームのはずの飛龍流火さん……と、隣にいる金髪のお嬢様っぽいゴスロリ服を着た子は誰だ……?
「そんで結局、エースなんだ」
飛龍さんがつぶやいたのでコートに視線を戻す。ボールは向こうのコート。相手セッターが蒲田さんにトスを上げている。昨日環奈ちゃんから聞いたけど、今コートにいる中では蒲田さんだけ群を抜いて上手いらしい。だからこその選択なんだろうけど……。
「はいもう一回がんばれ!」
スパイクの先にいた環奈ちゃんがボールを綺麗に受け、相手コートに戻していた。
「すげぇな水空さん! どんなボールでも取れんでねぇのか!?」
「確かに水空さんもすごいですけど、あれはボクの後輩の手柄ですよ」
さっききららちゃんを注意した胡桃さんが、胸を張って誇らしげに先生に言う。
「ブロックの役目は止めることだけじゃない。触ってスパイクの威力を弱めること。跳んでスパイクのコースを絞ること。だからこそ勘で止めるのではなく、相手のスパイクに確実に合わせることが重要なんです」
そう。今環奈ちゃんがボールを拾えているのはきららちゃんの働きが大きい。それに加えて、
「返球がいい、ですわね」
謎のお嬢様の言葉通りだ。環奈ちゃんがボールを返す時、必ずセッターへとボールを飛ばしている。バレーは連続で同じ選手がボールに触れることはできない。ファーストタッチがセッターだと、トスを上げるのは本来トスを上げないポジションになる。そうなれば速攻のようなコンビネーションプレーは難しく、自然とボールはエースに集まる。ミドルがきららちゃんにドシャットを食らった直後ではなおさら。
「まだまだぁ!」
「クソ……このぉ……!」
またエースのスパイクを拾い、セッターへと返す環奈ちゃん。その動きに疑問を覚えたのは初心者の徳永先生だ。
「でもバレーって向こうみたいに、三手で相手のコートに返すスポーツだべ? なして水空さんは一手で相手に返してるんだ?」
「スパイカーが弱いからじゃないの?」
わたしたちでは言いづらいことを平然と言ってのける飛龍さん。認めなくないが、環奈ちゃんの性格的にその通りだと思う。環奈ちゃんは考え方が根っこからリベロだ。攻撃を決めるのではなく、ボールを落とさないことに重きを置いている。だからこそ下手に攻撃させるより守り続けて相手のミスを待つことを決めているのかもしれない。絵里先輩のトスなら充分攻撃は決まると思うけど……昔からこれが、環奈ちゃんのスタイルだった。
「私たちの異名……『業火剣乱』とか『暴風騒嵐』とか。それを付けたのって私たちの後輩なんですよ、超中二病の」
プレーを見守っていると、上から飛龍さんの声が届いてくる。
「環奈のもそう。相手に休む暇を与えない。考える余裕を与えない。プレーを自分たちでも制御できないほどの超スピードで回し、どんどんお互いの呼吸を奪っていく。それはまるで、激流に呑まれて息ができなくなるかのように」
再び環奈ちゃんがレシーブを決め、相手コートにボールが返る。早く決めたい。早く終わらせたい。そう思えば思うほどレシーブが、トスが。低く速くなり、スパイクが打ちづらくなる。
「苦しい。早く終わらせたい。藻掻き苦しむ相手は息がしたいと手を伸ばすかのように、攻撃が雑になっていく。そこに、刃が届く」
ミドルブロッカーがボールを上げた先は、やはりエースの蒲田さん。きららちゃんの人では踏破できない高い壁が道を塞ぎ、助かる道が一つしかなくなる。
「クソがぁ!」
「きらら」
「はいっ!」
またボールが返ってくる。相手コートの選手全員が身構えるが、レシーブが上がった先はブロックに跳んだばかりのきららちゃん。いや、これはもはやレシーブではない。回転がかかっておらず、高くも低くも速すぎずも遅すぎずもしないその軌道は、まるでトス。
「この……っ」
「……低すぎますよ」
ブロックを忘れていた前衛の選手が慌ててきららちゃんへと集まってくるが、遅いし、何より低い。
「やぁっ」
気の抜けた声とは裏腹に、高く速いきららちゃんのスパイクが相手コートに突き刺さる。これで3-0。三連続得点だ。
「相手を呑み込む激流と、勝負所を逃さない一刀両断の水刃。これこそが水空環奈のプレースタイル。超攻撃型リベロ・『激流水刃』」
得点したことでプレーが止まり、ようやく息ができたと激しく呼吸をする紗茎の選手たち。膝に手をつき、前屈みになって喚く彼女たちを見下ろすのは、このコートで一番小さいリベロ。
「もっとバレーに溺れましょう……♡」
自ら激流に呑み込まれ溺れ苦しむこと。環奈ちゃんはそれを、何よりも望んでいた。




