第1章 第22話 ローテーションってなに?
〇梨々花
「ごめんなぁ、全然部活来れなくて」
花美高校と紗茎学園の試合が始まりを迎えると、監督席に座る顧問の徳永桃子先生が突然頭を下げてきた。
「いえいえ仕方ないですよ。コーチの先生を探してくれてたんですよね?」
「そうだげんども。オラがバレーの経験者でながっだばがりにほったらかしにしちまって。こった時ばっか監督面されてもうざいだけだべ?」
「そんなことありませんよ。監督席に座ってくれるだけでも感謝してます」
信じられないくらい訛っているが、この徳永先生。今年就職したばかり、教師になったばかり、顧問になったばかり、バレーボールを学んだばかりの、初めて尽くしの若い先生だ。だから本来アップゾーンで立って応援するはずのわたしは、徳永先生の隣に座ってバレーのルールを説明することになった。
「……で、スタメンでねぇ小野塚さんはいいとして、なんで真中さんもコートの外にいんだ?」
「今ボクの代わりに環奈さんがコートに入ってるんです。図で説明しますね」
胡桃さんもウォームアップゾーンから抜け出し、ノートに今のコートの様子を書いていく。
L OH OP
S 蒲田 MB
ーーーーーーーーーーーー
美樹 きらら 朝陽
日向 環奈 絵里
〇
「これがスタート時……今のローテーションです。〇はサーブを打つ人のことですね。Lはリベロ。OHはアウトサイドヒッター。OPはオポジット。MBはミドルブロッカー。Sはセッターのことです」
「で、リベロは後衛の選手と自由に交代することができるんです。ただしサーブを打つことはできない。多くのチームはミドルブロッカーが後衛に下がってサーブを打つターンが終わったらリベロと交代します。で、ミドルが前衛に戻る時にまた交代。そのタイミングで前衛にいた対角のミドルがサーブを打つターンになるので、それを終えたらまた後衛のミドルと交代って感じです」
「ろ……ろーてーしょん……?」
先生が戸惑うのも無理はない。バレーボールで一番複雑なのはこのローテーションというシステムなのだから。再び胡桃さんが図を書いていく。
「バレーボールは点を交互に取る形になるのが自然なんです。サーブの語源はサービス、奉仕するという意味。得点した側がサービスでボールを出し、失点した側に攻撃のチャンスが与えられる。そして攻撃と防御では圧倒的に攻撃が有利なのがバレーボールというスポーツ。バレーはこれを繰り返す形が基本となります」
→→→→→→→→→→→→→→↓
〇 ↓
S L OH↓
蒲田 MB OP↓
ーーーーーーーーーーーー
美樹 きらら 朝陽
日向 環奈 絵里
「今回は基本通り相手が得点をしたとしましょう。これをサイドアウトと呼びますが、するとサーブ権が相手に移ります。と同時に時計回りに移動。次にわたしたちが得点した場合、こうなります。
S L OH
蒲田 MB OP
ーーーーーーーーーーーー
日向 美樹 きらら↓
環奈 絵里 朝陽↓
〇↓
←←←←←←←←←←←←←←↓
「なるほど。得点した場合そっちのチームが一つ場所を移動するんだな」
「この図では1-1。たとえばここで花美が得点して2-1になったとします。これが連続得点。そうなった場合ローテは動かず、また朝陽のサーブ。つまりサイドアウトの場合はローテーション、ブレイクの場合はローテーションなしです。そして試合が進み、こうなったら……。
蒲田 S L
MB OP OH
ーーーーーーーーーーーー
日向 美樹 きらら↓
環奈 絵里 朝陽↓
←←←←←←←←←←←←←←↓
↓
↓
↓
↓
蒲田 S L
MB OP OH
ーーーーーーーーーーーー
胡桃 日向 美樹↓
絵里 朝陽 きらら↓
〇↓
←←←←←←←←←←←←←←↓
「ミドルブロッカーがサーブの時、リベロは前衛もサーブもできないのでボクと環奈さんが交代。そして相手が得点して向こうのサーブに移ったタイミングで……。
→→→→→→→→→→→→→→↓
〇 ↓
MB 蒲田 S↓
OP OH MB↓
ーーーーーーーーーーーー
胡桃 日向 美樹
絵里 朝陽 環奈
「きららさんと環奈さんが交代。それを繰り返すことになります」
つまりリベロの動きとして、ミドルブロッカーがサーブになり対角が前衛に上がるタイミングで一度コートに下がり、サーブが終われば後衛のミドルと交代、というのが基本となる。ただしこれはあくまで基本の形。リベロは入るも誰と代わるのも自由。たとえばハイスペックの胡桃さんを後衛でも使いたい場合はレシーブが苦手な後衛にいる日向と交代、ということもできる。もっともミドルブロッカーはブロックの中心として跳びまわる体力消費の激しいポジション。ずっとコートにい続けるのはあまり現実的ではないが。
「ちなみに花美も紗茎も配置でエースが誰かわかることができます。もっともこれはチームによってかなり違うので絶対ではないですが、今回の場合はこれで間違いないです」
MB(表ミドル) OH OP
S 蒲田(表エース) MB
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美樹 きらら 朝陽(表エース)
日向 胡桃(表ミドル) 絵里
「表というのは二人入れるアウトサイドヒッター、ミドルブロッカーの中で強い方ということ。セッターは基本攻撃をしないんですけど、そうなるとセッターが前衛の時は攻撃が二枚になっちゃうんですね。そこで優秀な方のスパイカーをセッターの隣に置くことで攻撃面を補強するんです。まぁほんとにチームによって変わってくるんですが」
「じゃあ今の花美は表エース含むスパイカー三枚が前衛にいるから強いローテーション、ってことか?」
「その通り。これもちなみになんですが、絵里からサーブが始まるこのローテをS1ローテと呼びます。サーブがある地点が1。次に移動する地点が2という形で、セッターを基準として呼称するんですが、このS1ローテもかなり基本の形。さっきも言った通りセッターが前衛のターンはローテとして弱いんです。だから前衛から一番遠いポジションから始める、というわけですね。紗茎はS6ローテですがサイドアウトを取れればすぐにセッターが後衛に下がる。作戦としては同じだと思います」
「なるほどなぁ。ちなみに今はどういうローテだ?」
「今は……今は……。今は……!?」
胡桃さんが驚きのあまり立ち上がる。あたしも気づくのが胡桃さんより早かったらそうしていただろう。点数は0-0。まだ絵里先輩のサーブから始まった1プレーが終わっていない。解説が始まってから一、二分は経過しているはずなのに、だ。
「バレーって大変なんだなぁ。これを25点取らなきゃいけないだべ? いや相手も取るから50点……それが最大三セット分だもんなぁ。二、三時間はかかるんでねぇか?」
「いえ……普通三セットマッチは長くても一時間半程度……一プレーにかかる時間は30秒もあれば長い方です。さっきも言った通り、バレーは攻撃が圧倒的に有利なスポーツ。均衡が長く続くことなんてありえないんです」
それなのにまだプレーは続いている。普通ではありえない事態が起きている。普通ではない人によって。
「しっっっっつこいんだよ!」
今の紗茎のエース、蒲田さんが大きく叫びながらスパイクを打つ。その直後、ボールは再び紗茎のコートに戻っていった。環奈ちゃんがレシーブしたボールがダイレクトに相手コートに戻っていったのだ。
「もう一回!」
ボールが再び蒲田さんへとセッティングされ、間違いなく全国レベルのスパイクが叩き込まれる。しかしボールはさっきの巻き戻しのように、環奈ちゃんの腕に弾かれ紗茎のコートに戻っていく。そしてまた蒲田さんへとボールがつなげられ……。
「クッッッッソ! 水空ぁぁぁぁ!」
「アウト」
最後の一打だけは再現にはならなかった。叩き込まれたスパイクを顔を逸らしてかわす環奈ちゃん。そのボールの行方すら追わず、環奈ちゃんは腰を落として次のボールを待つ。ボールはラインを越えていてアウト。こちらの得点になったのにも関わらず仲間と喜ぶこともせずに、より強い愉しみをただ待っている。
「クソ……クソが……!」
きっとこの二分間。ずっとさっきの光景の繰り返しだったのだろう。紗茎のコートの全員がまだ序盤も序盤なのに汗を大量に流して息を大きく吐いている。対して花美側は汗一つ垂らしていない。ただ一人を除いて。
「バレー……バレー楽しい……♡」
紗茎側とは別種の荒い息を吐いている、環奈ちゃんだけ。
「1番サーブ弱いよー」
「2番たいしたことなーい」
「8番でかいだけー」
花美サーブで得点したため、サーブは変わらず絵里先輩。ボールを打つまでの間、紗茎のコートが小さな声で煽りを入れてくる。審判も注意をしない、バレーボールではよくある光景。そんな中花美のコートから一言。
「2番」
環奈ちゃんが、蒲田さんを狙いに定めた。
 




