第1章 第21話 インターハイ予選1回戦 花美高校VS紗茎学園高等部
「環奈さんだけユニフォーム違うのかっこよくてずるいです!」
ついに始まったインターハイ予選。会場の更衣室で着替えていると、きららが声を上げた。
「でしょ? リベロはバレーの主役だからね」
花美高校のユニフォームは紫のメインカラーに緑のサブカラーが入ったもの。ただしあたしだけは緑のメインカラー、紫のサブカラーという対照的な色のユニフォーム。リベロはコートの出入りが激しいのでわかりやすいように他とはユニフォームの色が異なっている。これもリベロのいいところだよね……!
「ていうかきららはその髪型でいいの? 邪魔じゃない?」
「せっかくの晴れ舞台ですから! おしゃれしたいです!」
普段はブロンドの髪を下ろしているきららだが、今日は高い位置でツインテールを作っている。超長身にクォーターの容姿。さらにツインテールまで作られたら、さすがのリベロも霞む。リベロが一番目立ってかっこいいはずなのに……!
「とにかく着替え終わったのなら早くいくよ。うちマネージャーいないし雑用は一年の仕事なんだから」
バレーに限らずだと思うが、試合前の準備の出来はその後にも影響してくる。準備がバタバタすればアップの時間に食い込むこともあるし、集中して試合に臨めないことだってある。それにあたしは中一からスタメンで荷物持ちの経験はないし、きららは初心者。唯一の控えである梨々花先輩も手伝ってくれるとは言っていたが、強豪校出身の血が騒いでいる。先輩に雑用を手伝ってもらうわけにはいかないと。
「やっぱり紗茎は強いんでしょうか……」
試合に必要な荷物を持って更衣室から移動していると、きららが不安そうにつぶやいた。昨日全体でミーティングはしたが不安は残っているのだろう。
「そりゃ強いよ。前年度の成績は、インハイも春高も全国ベスト16。組み合わせによってはもっと上に行ってもおかしくないチームだよ」
「しかも……前年度に加えて飛龍さんや蝶野さんまで加わってるんですよね……」
「まぁ流火は出ないはずだけど……風美だけであたし以外は蹂躙されてもおかしくない。はっきり言って勝率は一割もないよ」
荷物をまとめてロビーに置き、外で準備運動をやっている先輩たちを待つ。ここで軽く準備運動を済ませておきたいけど、今はきららの緊張を解く方が先決かな。
「もちろん強いのはその二人だけじゃない。中二、中三で全国制覇したチームに入っていた二年生ミドルブロッカーの輪投知朱ちゃん。中三で全国制覇した三年アウトサイドヒッター、蒲田霧子さん。この辺は胡桃ちゃんと同レベルだと見ていい」
「でも他のメンバーはたいしたことない……でしたっけ?」
「うん。基本高等部のメンバーは中学からのエスカレーターだから知ってる人も多いけど、他に特段強い選手はいない。学校自体は全国でも有名だけど、それはあたしたちがいたから。そもそも監督が教えるの下手なんだよ。全国ベスト16も正直天音ちゃんがいてそのレベル? って感じだし。今挙げた選手以外は甘く見て県中位から上位レベル。そこら辺ならきららの高さだけで圧倒できる」
「誰を圧倒できるって?」
嫌な空気を感じて振り返ると、いた。紗茎学園の三年の選手たち……そして中等部と高等部の監督である近田知由監督が。
「ひさしぶりだな、水空。元気にしてたか?」
「おひ……ぉひさ……ぅ……うぷっ……」
「環奈さん!? 泡吹くの早すぎじゃないですか!?」
こういうこともあろうかと用意していたティッシュで口から零れる泡を吹く。正直気絶しないだけでも大健闘だ。あたしはこの人を理由に学校を変えるほど、この人が苦手なのだから。
近田知由……確か年齢は30半ば。かつては一部リーグでプレーしていた優秀な選手だったが、若くして怪我に悩まされ引退。その後母校である紗茎学園に戻ってきたという経歴を持っている。その指導方法はシンプル。ひたすらにスパルタ。悪いプレーをすれば怒鳴られ、良いプレーをしても褒められない。
この人やあたしが中一だった頃の三年……今の高三の代はとにかく厳しくて嫌いだった。でも一個上や同期とは仲良くできて、上手い選手と強いバレーができたから我慢できた。中三の全中での、あの事件が起こる以前は。
「最初に言っておくがお前が挙げていた奴らの中で、今回の試合に出すのは蒲田だけだ」
「それは……自分たちを舐めていると受け取ってもいいんですよね?」
きららがあたしを庇うように前に出る。近田監督も元選手ということで170中盤くらいはあるが、きららはそれよりさらに大きい。相当威圧的なはずなのに、監督は表情一つ変えないでいる。
「当然だろう。花美なんて名前も聞いたことのない弱小校……舐めるなという方が無理な話だ。それにこの大会はトーナメント。戦力を温存するのは大事だろう?」
「だとしたら温存するところを間違えてますよ。環奈ちゃんは中学ナンバー1と呼ばれたリベロなんですよね?」
「水空のことは正しく評価している。優秀だが試合に対する熱量はなく、監督に対して反抗的な態度をとる問題児だ。実力は認めるが、エースならともかく上手いリベロが一人いたところで結果は変わらない。所詮得点には貢献できないポジションだからな」
「なるほど。ではあなたを見下ろしている選手はどうお考えですか?」
「君が初心者だということは知ってるよ、翠川きららさん。君は教育者の間では有名人だからな。『リアスの人魚姫』だったか? 最後は泡となって消えた、夢見がちなお姫様」
「……どうやら舐めているのではなく喧嘩を売っているようで」
きららはあたしの前に立ってくれている。だから表情を窺うことはできない。でも何か、きららの触れられたくない部分に監督があえて触れたのはわかった。
「きらら……あたしは大丈夫。とりあえず場所変えよっか……」
「つーか水空さ。まだうちらに対する謝罪聞けてないんだけど。なんかうちらのこと弱いとか言ってなかった?」
うぐぇ……きららと監督がやり合ってる間に三年の人たちがこっち来た……名前は覚えてない。でもあたしたちが別の高校に行ったからレギュラーに入れたリベロとミドルの人だ……。それに流火を怪我させたであろう、セッターの人もいる……。
「いえ別に弱いとは言ってませんよ……? ただ所詮繰り上がりっていうか……特にリベロの方なんかあたしのおかげでレギュラーに入れてよかったですねっていうか……」
「おい水空」
上手くフォローを入れていると、三年の中で唯一それなりにバレーができる蒲田さんがあたしに肩を組んできた。人目があるから暴力はできないだろうけど、怖すぎる……。
「お前らさ、そう飛龍や蝶野も含めたお前らだよ。『金断の伍』だか何だか知らないけど、ちょっとバレーが上手いからって調子に乗ってたよな。うちらのこと馬鹿にしてただろ?」
「蒲田さんは馬鹿にしてませんよ……もっと練習した方がいいのになぁとは思ってましたけど……」
「そういうところが馬鹿にしてるって言ってんだよ!」
「うぷっ……」
あ、やばいまた泡吹きそう……。試合前なのに……梨々花先輩につなげる大切な……。
「うちらはお前が辛くて逃げ出した苦しい練習を耐え抜いてきたんだ。嫌になったらすぐに逃げ出した甘ちゃんに負けるわけがないんだよ」
「どっちの方が辛いのかなんて環奈ちゃん次第だべ?」
「梨々花先輩……っ」
それこそ失神してもおかしくないくらいの精神状態なところに駆けつけてくれた梨々花先輩。小さい身体で腕を組み、あたしを詰めている紗茎の人たちを睨みつけている。
「少なくとも環奈ちゃんは人生で一番辛かった状況を乗り越えてここにいる。たぶんあなたたちが知っている環奈ちゃんより、今の環奈ちゃんはずっと強いと思いますよ」
「はっ。こんなすぐ泡吹くような雑魚メンタルが?」
「精神状態なんて時と場合で変わるもんだべ。ねぇ環奈ちゃん。ここにいる人たちって、飛龍さんに怪我させた人たちだよね? 勝ち負けはともかく、それは許せないよね?」
「……そうですね。許せないです」
確かにそうだった。梨々花先輩に言われるまでちゃんとその事実を認識できていなかった。梨々花先輩に認めてもらった、バレー以外のあたし。そのあたしがそれを認めないと叫んでいる。……なんだか不思議と心が落ち着いてきた。
「なんだこのチビ……。水空のメンタルをコントロールしてる……?」
「環奈ちゃんはすっっっっごくわかりづらいけど優しい子なので。いこっか、環奈ちゃん」
「はい。流火の想いもまとめて背負って、勝ってみせます」
スターティングメンバ―
花美高校
1 瀬田絵里 S (チームキャプテン) 3年 158.8cm 最高到達点:250cm
2 一ノ瀬朝陽 OH 3年 167.0cm 最高到達点:274cm
3 真中胡桃 MB 3年 174.1cm 最高到達点:295cm
5 扇美樹 OP 2年 154.9cm 最高到達点:263cm
6 外川日向 OH 2年 164.9cm 最高到達点:276cm
8 翠川きらら MB 1年 185.3cm 最高到達点:296cm
7 水空環奈 L 1年 147.2cm 最高到達点:223cm
紗茎学園高等部
2 蒲田霧子 OH (ゲームキャプテン) 3年 173.8cm 最高到達点:283cm
3 陽炎青令 MB 3年 172.9cm 最高到達点:285cm
6 瀬見民美 S 3年 163.1cm 最高到達点:271cm
7 星点灯 OH 3年 169.5cm 最高到達点:280cm
8 向井楓 MB 3年 170.2cm 最高到達点:282cm
9 美濃未乃 OP 3年 167.8cm 最高到達点:279cm
5 安藤有 L 3年 165.3cm 最高到達点:269cm




