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【第1章完結】つなガール!~つながらない二人のバレーボール~  作者: 松竹梅竹松
第1章 わたしとあたしのはじめまして

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第1章 第19話 共生

「突然呼び出して悪いね、水空さん」



 恥ずかしい写真を撮られた直後。あたしはなぜかモール内にあるペットショップに呼び出しを食らっていた。待っていたのは梨々花先輩の大好きな人、絵里先輩。苗字は覚えていないが、バレー部の部長さんだ。



「梨々花は?」

「中学時代の知り合いに会いに行くって伝えて待たせてます。そちらこそ自主練は? 土日でも体育館にいた気がしますけど」

「珍しく梨々花が休むって言ってきたからね。いい機会だからショッピングにでもって思ったけど、やっぱ梨々花だね。こんな近くにいたなんて」



 いくら仲がいいとはいえずっと一緒にいたら息が詰まるのだろう。あたしだって梨々花先輩とずっと一緒にいたら……いやなんで梨々花先輩が出てくるの!? なしなしなし……!



「それであたしを呼んだ理由は?」

「梨々花と同じだよ。もっと水空さんと仲良くなりたいなって。これから長く付き合うんだからさ」

「え? 春高まで残るんですか?」



 想像もしていなかったので驚いてしまった。春高……通称春の高校バレー。毎年一月に行われる高校三大バレーの一角にもなっている全国規模の大会だ。中高一貫だったから知っているが、高三は必ずしもそこまで残る必要はない。予選でも九月から十月ごろ。受験を控える三年生には中々ハードなスケジュールになっている。だから普通の三年生は八月のインハイ……そこまで辿り着けない大半は予選が行われる六月で引退となる。部長さんとまともに話したことはないが、だからこそインハイで引退かと思ったのに……。個人的な理由だけど、それだと困る事情が一つあるんだよなぁ……。



「ううん、私はインハイで引退する。朝陽と胡桃は春高まで残るみたいだけどね」

「じゃああと一ヶ月の付き合いじゃないですか」

「あれ? 全国出場するつもりないんだ」



 ……真中さんにも梨々花先輩にも言われたけど、やっぱりあたしは失言が多いみたいだ。普通に、普通のことを言ってしまった。全国出場? 無理に決まってる。普通の県でならまだしも、岩手では無理だ。



「そんなんじゃ困るよ。私たちは勝つつもりでやってるんだから。あの紗茎だって倒してやるってつもりで挑まないと」

「…………」



 ……言っていいかな。いや絶対だめだよな。いやでも、ちょうどいい機会だし。最悪梨々花先輩にも頼んで謝ってもらえば……。



「……ある条件さえ満たしてくれたら勝率は、一割くらいはあると思ってます」

「条件?」

「……あなたをレギュラーから外して梨々花先輩をセッターにしてください。それなら流火が怪我していることも込みで勝率一割はあります……」



 正直な話、花美はそこまで弱くない。選手単体で見れば全国でも戦える人材が揃っている。言わずもがなのあたしと、地味にセットアップも上手な梨々花先輩。全国トップクラスの高さのあるきららちゃんに、普通に全国クラスの実力のある真中さん。身長は低いけどレシーブやテクニックだけなら中々できる扇さんに、アウトサイドヒッターとして及第点レベルの実力はある一ノ瀬さん。ウイングスパイカー……サイドに不安はあるけど、センター線を軸として戦えれば多少ではあるが勝率はある。さらにある条件を満たせられれば二割……もう一つお願いができれば三割は固い。



「ひどいなぁ。私にボールをつなぐためにバレーをやってる梨々花に、私と代われって言うの?」

「だから無理だって言って……うぷっ……」

 やばい……上級生にこんなこと言ったから泡吹きそう……。ここ店の中なのに……!



「ていうか梨々花先輩って。ずいぶん仲良くなったんだね、相性悪いと思ってたのに」

 普通に怒られることを覚悟していたのに、部長さんは意外にも微笑みながらペットショップの奥へと歩いていく。かわいいワンちゃんやネコちゃんが気持ちよさそうに寝ている空間から離れた、薄暗いお魚コーナーへと。



「水空さんはクマノミとイソギンチャクの関係って知ってる?」

「共生……でしたっけ。よく知らないですけど」

「そう。クマノミはイソギンチャクの触手に守ってもらって。イソギンチャクはクマノミに新鮮な海水を届けてもらって生きてるんだって。お互い一緒にいることで利益があるんだってさ」



 そう語る部長さんの視線の先にはオレンジ色のかわいい魚がもふもふの海藻の中に埋まっている。これこそが部長さんの語っている内容なのだろう。



「でも実はイソギンチャクはクマノミがいなくても普通に育つみたいだよ。でもクマノミは小さくて弱い魚だから、隠れる場所がないと生存確率が下がるみたい。傍から見たら仲良く見えても、実際は一方だけが得してるのかもね。むしろもう片方は迷惑くらいに思ってるかも。本当は憎くて憎くてたまらないのに、できないだけなのかもしれないね」

「……なんの話ですか?」

「梨々花と水空さんの話。あの写真見た時ちょっと心配になったんだよ。梨々花ってちょっと空回るところがあるからさ、もしかしたら水空さん迷惑してるかもって。水空さんは一人でも生きていける子でしょ?」



 あたしのことを気遣ってくれている様子の部長さんだが、視線は水槽から動かしてくれない。ただガラス越しに映る真剣な顔が、戸惑うあたしを覗き見ている。



「……確かにあたしは一人で生きていけます。バレーボール一つあれば、一緒にやる相手がいなくても一生楽しんでいられると思う」

 だからこそ強いだけの紗茎を離れ、ただバレーをやれるだけの花美にやってきた。そしてそれは今も尚変わっていない。変わったことがあるとしたら、一つ。



「大切な人のためにやるバレーも、バレーですから。あたしはバレーの全部を楽しんでみせますよ」



 真中さんに諭され、扇さんに魅せられ、梨々花先輩に導かれ、ようやく心からそう思えるようになってきた。あんなに嫌いだった勝つためのバレーも、それがバレーであるのならばやってもよかったと少し後悔してしまうほどに。



「……やっぱり梨々花とは相性悪いと思うよ」

 イソギンチャクに隠れながらも泳いでいたクマノミが遠くに逃げていくのが見えた。あたしの身体が水槽のない壁に押し付けられるのと同時に。



「でも私とは気が合うと思うな。どう思う? 環奈」

 部長さんに両腕をがっちりと掴まれ、壁へと追い込まれる。抵抗しようとするが非力なあたしでは引き剥がすことすら叶わない。何もできないあたしを、部長さんが上から覗き込んでくる。店員も客も誰もいない、薄暗い空間で。



「だめでしょ環奈、生意気なこと言っちゃ。こぉんなに、弱いんだから」

 力負けしているからか、あるいは怯えているからか。口すらろくに動かせないあたしの姿を嘲るように微笑む部長さん。その表情は普段の優し気な顔と変わらないように見える。でも明確に違う。あたしは他人の気持ちが全然わからないけど、これだけは確かだ。普段と何かが、違っている。



「かわいいね環奈。こっちの顔の方が似合ってるよ。何かに怯えてるその顔の方が、強がってるよりずっとかわいい」

「ぁ……ぁたしは……っ」

「あれ? 美樹?」

「り、梨々花ちゃん!?」



 壁の奥から梨々花先輩と扇さんの声がする。それと同時に部長さんの力が明らかに弱まった。



「絵里先輩の香りがした気がして来てみたけど……なんで美樹がここにいんの?」

「みきは水空ちゃんをわからせ……ちょっと教育しようかなって……」

「うぷっ……!?」

「…………」



 扇さんのワードに口から泡が零れると、部長さんが腕から手を離して口を塞いできた。手が唾液まみれになることも厭わずに。



「環奈ちゃんのこといじめちゃだめだべ?」

「いじめねぇよ……ほんとに少し、話したかっただけだ。最近梨々花ちゃんと全然話せてなかったから……梨々花ちゃんをお願いしたいって、頼みたかっただけだから……」


「そうだな……あの体育倉庫以来あんま話せてなかったもんな。こんなに話さなかったのは初めてだ」

「だべ……? だからすごく心配で……でもあんなことをしたみきにはそんな資格ねぇから……」



 訛り全開の会話が壁越しに聞こえてくる。今すぐ声をかけたいが、それが許されない会話が。



「その……梨々花ちゃんは大丈夫……? 無理してない……? 水空ちゃんとは……その……」

「大丈夫だ。そもそも環奈ちゃんはなんも悪くねぇし、わたしだって完全に夢を諦めたわけでねぇ。試合にさえ出られればいくらでもチャンスはあるんだ。リベロでっていう夢は無理だけど、ピンチサーバーでもレシーバーでも、試合にさえ出られれば絵里先輩にボールをつなぐチャンスはいくらでもある。だから最近ジャンフロ練習してるんでねぇか」


「そう……だけどさ……」

「だから大丈夫だって。わたしも美樹と同じ。自分のことが心配なんだよ。今日環奈ちゃんを遊びに誘ったのはあの子を知りたいってのと同じくらいに、自分の気持ちをはっきりさせたいってのが理由なんだから」



 「なるほどね」。そう小さくつぶやき、部長さんが手をあたしの口から離す。口の中に指を入れ、泡を拭い取りながら。



「あの日わたしたちは間違えたんだと思う。なんも悪くねぇ後輩にいらねぇ負担をかけた。そのせいで環奈ちゃんをスランプになるまで追い詰めちまった。だからどっちが悪いとかそういうのはなしだ。お互い悪かった。お互い間違えた。その責任は先輩として果たさなきゃならねぇ。わたしが今日だ。美樹はまたいつか、環奈ちゃんが困ってる時助けてあげてけろ。そんで全部チャラだ。仲直りだ。それでいいな?」



 梨々花先輩たちにバレないよう、部長さんが静かに去っていく。そして壁の向こうでは誰かが去っていく音がした。おそらく扇さんだろう。そして……。



「あれ、環奈ちゃん。ここにいたんだ」

「……梨々花先輩。ちゃんとお話をしましょう」



 あたしと梨々花先輩の、はじめましてが終わろうとしていた。

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